源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
〈図解〉配線で解く「鉄道の不思議」 中部ライン編
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<図解>配線で解く「鉄道の不思議」

中部ライン編


川島令三【著】
講談社(講談社+α文庫)刊
2013(平成25)年1月発行

今度は「中部ライン」を取り上げてゐます。著者によると、中部ラインとは「東京駅を起点に中央線に沿って進み、上信越線、北陸線を経て東京駅にターンするルート」ださうです。

第1章は「発掘・発見!知られざる鉄道 歴史とミステリー」。
川島氏の読者なら、「ウム、この話はどこかで読んだぞ」と思ふ項目が多いかも知れません。それでも、新宿駅の歴史や、北陸線旧線跡の話などは一読の価値はあるでせう。
わたくしも日本の鉄道にはほゞすべて乗つてゐますが(テツぢやないけど)、全ての路線で血眼になつて車窓をチェックしてゐたわけでもなく、当然見逃してゐた箇所も多多ございます。
地元の名鉄や愛環などは、おほむね見所は押さへてゐる心算ですが、それ以外の地域ですと、やはりかういふ書物は助けになるのです。

第2章は「配線図を楽しむ 絶景・名所クローズアップ」。
「美しき新宿駅の配線」によると、新宿駅周辺は超高層ビルが林立してゐるのに、駅を俯瞰できるビルは案外少ないらしい。あつても、一般人は立入禁止の箇所が多いとか。そんな中で、西武新宿駅ビル内にある新宿プリンスホテルは絶景が眺められるのださうです。まあ、態々見に行く機会は無いでせうが。
他には、池袋駅界隈のトレインヴューや八王子駅界隈の鉄道遺構を紹介。首都圏の人達が羨ましくなる一冊と申せませう。

「東海道ライン」と比較すれば、若干内容が薄いか、とも思へますが、それでも一般には解放されない鉄道を紹介したり、立入りできない場所からの写真を多く掲載して、それなりに配慮されてゐます。テツならば一応手元に置いても良いかと存じます。
ぢやあまた。



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日本近代文学の名作
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日本近代文学の名作

吉本隆明【著】
大井浩一/重里徹也【構成】
新潮社(新潮文庫)刊
2008(平成20)年7月発行


学生の頃、人並みに吉本隆明を幾つか読んでみましたが、さつぱり分かりませんで、これはわたくしの理解力が足りないせいだらうと消沈してをりました。
その後社会人になつて読み返す機会がありましたが、その時は「ああこりや、悪文だな」と考へるやうになつたのです。ファンの方には申し訳ございませんがね。
さういへば西原理恵子さんの漫画で、よしもとばななさんに「お父さんの本はいつごろから読めたか(理解できるやうになつたか、の意)」と問ふたところ、「今でも読めません(理解できません)」と応へたのがありました。

ところが本書『日本近代文学の名作』は、さういふ書物とは成立事情が違ひます。即ち、吉本氏が口頭で語る内容を、毎日新聞社学芸部の大井浩一、重里徹也両氏がまとめたものであります。語り言葉なので、まことに解りやすい。
何でも吉本氏本人の視力が俄かに衰へ、原稿用紙の升目を埋める自信が無かつたとか。それはそれで寂しい話ですな。

近代文学といふことで、二葉亭四迷から太宰治まで、明治~昭和戦前の作家を24名取り上げてゐます。作家及びその作品の選抜については、毎日の二名によるものださうですが、吉本氏の「わがまま」により、一名だけ外したとか。一体誰なのか、気になります。

従つて江戸川乱歩のやうに、「どういう作家なのか、大まともに論じられるほど読んでいない」と告白する箇所もあります。
一方、岡本かの子については、「漱石、鷗外といった男性作家と肩を並べられるほどのものを書いている」と高評価であります。思はず書棚の「岡本かの子集」を取り出したことであるなあ。
また、鷗外の成功の要因として、あくまでも医学者としての本分を忘れず、文学者としては素人の立場を守つた事であらうなどと指摘します。
さらに、芥川龍之介「玄鶴山房」を激賞するかと思へば、ラストで社会主義者の名前がとつてつけたやうに出てくるのを「つまらない」「軽薄なことだ」と断ずる。自由自在であります。

本書は決して「名作案内」ではなく、ある程度名作を読み込んだ人が唸る種類の一冊と申せませう。同時に、構成担当の御両名の力量にも賛辞を贈りたい。
わたくしとしては、「西脇順三郎」を加へていただきたかつた喃。




ゴジラを飛ばした男
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ゴジラを飛ばした男 
85歳のクリエイター 坂野義光


坂野義光【著】
JUKE弘井【構成】
フィールドワイ刊
2016(平成28)年7月発行


今年5月7日、蜘蛛膜下出血にて86歳で他界した坂野義光監督です。
ゴジラの監督といへば、昭和だと本多猪四郎や福田純、VSシリーズでは大森一樹や大河原孝夫、さらにミレニアムシリーズでは手塚昌明や金子修介といつた面々が思ひ浮かぶでせうか。
坂野監督は、シリーズ11作に当る「ゴジラ対ヘドラ」(1971年)のみの担当ですが、これ一作だけで十分すぎるイムパクトを放つてゐると申せませう。
ゴジラシリーズの対象が低年齢化し、予算も払底する中、坂野監督は第一作同様にメッセージ性を強く打ち出す作品を目指しました。更に大人の鑑賞にも耐え得る作品といふことで、結構ショッキングな映像もあります。
特撮の神様・円谷英二の死を受けて、特撮現場も混乱してゐたさうです。それまで、本編・特撮2班体制だつたのが1版体制となり、坂野氏は特撮パートも監督することになりました(特殊技術は、中野昭慶)。

ヘドラの恐怖に対し、ゴジラは口から吐く放射能噴射で、後ろ向きになつて空を飛ぶといふ、まあとんでもない行動を見せます。田中友幸プロデューサーが入院中だつた為、この演出の了解を得ないままの公開だつたのですが、田中の退院後、案の定苦言を呈されてしまひます。それが原因かどうかは分かりませんが、その後ゴジラシリーズは続きますが坂野氏に依頼は2度と来なかつたさうです。
しかし映画全体にみられる、公害の恐ろしさを訴へるメッセージは強烈で、本作は今なほ、シリーズ中屈指の異色作として、カルト的人気を誇るのであります。

その後については、本書で初めて知る事項が多いのですが、東宝が映画製作を縮小して活躍の場がなくなつたため、水中撮影を中心としたテレビ用の映像制作に関はるやうになります。さういへば「ヘドラ」で山内明が潜水するシーンも、坂野監督自らがスタントをしてゐたとか。
同時に後進に対しての、技術の継承を強く意識してゐたやうです。夢としては、「国際映像大学」を開校することがありました。誰もやつてくれないので、坂野氏自らがスタッフ集めや資金調達に奔走したのですが、中中うまくいきません。結局坂野氏の存命中には叶ひませんでした。
それでも、個人的には「ミロシティ」計画(大学を中心として、各種テーマパークを併設した新しい施設を造る)は、まことに夢がある、素晴らしい構想だと存じます。オカネのある人がこの構想を実現してくれないかなあ。

ところで本書は、「坂野義光著」となつてゐますが、本文は全て「坂野義光は」といふ三人称で語られます。「構成/JUKE弘井」となつてゐますので、この人の聞き書きを中心にまとめたのでせうかね。その辺をはつきりと記して頂きたたかつた喃。



ゆうじょこう
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ゆうじょこう

村田喜代子【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2016(平成28)年2月発行


硫黄島の海女の娘・青井イチ。困窮する家を救ふために、熊本の郭に売られてしまひます。15歳。時代は明治中期くらゐでせうか。当時は貧しさゆゑに、娘を売る家は珍しくなかつたと聞きます。
イチが売られたのは、熊本一番の遊郭である「東雲楼」。楼主の羽島茂平は、大阪堂島の米相場を牛耳る実力者。
ここでイチをはじめとする娘たちは、各花魁に遊女としての教育を徹底して仕込まれるのであります。イチは「小鹿」なる源氏名を与へられました。
イチが預けられた花魁は、一番の稼ぎ頭である東雲さん。聖母のやうに、後輩たちを温かく見守ります。

当初のイチは、島ことば丸出しで、「けー、こー、こけー、こー」などと、ニワトリみたい。現在でもネイティヴの鹿児島弁は、耳で聴くだけでは理解出来ぬ事が多い。まして当時の、しかも島ことばになりますと、本土の人にとつては外国語そのものでしたらう。
郭には「学校」もあり、「女紅場(じょこうば)」といふ名前。ここで一人前の娼妓としての技能知識を身に付けるのです。先生に相当する「お師匠さん」は、赤江鐵子さんといふ中年女性。キリッとタスキをかけてゐます。
女紅場でイチが書く日記が面白い。島ことばで書くので、文字で見ても理解不能。それで標準語のルビが振つてあり、やうやく理解できるのであります。

鐵子さん自身も勉強家とお見受けしました。福沢諭吉の欺瞞を指摘する箇所などは、快哉を叫びたいところでした。さうなんですよ、著書を読めば分かるが、この福沢翁は、徹底した差別論者であります。しかも自身の自覚はどうやら無い。なぜ未だに神格化され、お札の顔なんかになつてゐるのか、わたくしには首肯しかねるのであります。まあいいけど。

女としても成長してゆく青井イチ。郭の中では様様な出来事が起き、その都度新しい発見や悲しみが。逃亡する女郎、妊娠する花魁、刃傷沙汰......そして天神(花魁に次ぐ位)の夕浪さんの一言をきつかけに、物語は大きく展開してゆくのです......
生々しい女だけの世界を描きながら、ドロドロした感じは全くなく、寧ろ爽やかな感動を呼ぶ長篇小説であります。面白いよ!



室町戦国史紀行
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室町戦国史紀行

宮脇俊三【著】
講談社(講談社文庫)刊
2003(平成15)年12月発行


「日本通史の旅」もいよいよ最終巻。扱ふ時代は、南北朝・室町・安土桃山時代。関ヶ原の戦いで幕となります。
あくまでも歴史の流れに拘つて史跡巡りをしてきた宮脇氏ですが、流石に戦国時代となると各地の武将が群雄割拠、一筋縄では行きません。そこで戦国時代は各武将の動きや、合戦の跡を古戦場を巡つて歴史を辿るのです。それでもあつちこつち前後しますが。

三英傑が登場するので、我が愛知県近辺に出没するのが嬉しい。「清州と桶狭間」「小牧、墨俣、岐阜」「長篠の戦い」「小牧・長久手の戦い」など。特に秀吉関係の出来事が多いので、断片的な秀吉伝の趣きがあります。最後には宮脇氏もうんざりしたのか、「もう秀吉とつきあうのはイヤになってきた」(お土居と名護屋城跡)と嘆きます。確かに晩年の秀吉は、朝鮮出兵など常軌を逸したとしか思へぬ挙措が目立ち、一部では気がふれてゐたのではとさへ言はれてゐます。まともに付き合ひたくはないよね。

「鉄砲伝来」と「清州と桶狭間」の間で、四か月のブランクがあります。ブラジル旅行にて左足に悪性の菌が入り、入院と治療のため取材が出来なかつたとのこと。左足切断の危機だつたさうです。
この後の宮脇氏は体力が落ち、そのせいか筆力まで勢ひを失つたやうな気がします。本書の最後で、その辺の事情も語られるのです。関ヶ原の項で、松尾山山頂を目指しますが、途中で息切れ。

前回、私がこの地を訪れたときは、雨に降りこめられて、泥んこ道だった。探訪を諦め、「あらためてハイキング・シューズでもはいて出直したいと思っている」と書いた。けれども、あれから一八年も経てしまったきょうは、天気も道もよいのに、私は登ることができない


紀行作家として、これほど無念なことはありますまい。読者もつらいのであります。で、「あとがき」で「日本通史の旅」終了宣言をするのです。

昨年(一九九九)六月、関ケ原を訪ねたとき、私には史跡めぐりをする力がないことを自覚しました。石段の上に目指すものがあっても登れないのです。(中略)『小説現代』編集部は、江戸時代まで書き続けよ、と仰言ってくださっていて、涙が出るほどありがたいのですが、これでお別れにさせてください。


まるで紀行作家引退宣言ともとれる、哀しい「あとがき」であります。実際、紀行作品としては本作が実質最後となつてしまつたのであります。
しかし宮脇氏が遺した作品は少なくありません。折に触れて読み返し、末永く愉しむことにしたいと思ひます。ぢやまた。