源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
フランス語の新しい学び方
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フランス語の新しい学び方

田辺保【著】
講談社(講談社現代新書)刊
1981(昭和56)年3月発行


田辺保先生が亡くなつてから、早十年といふことになります。
いや、「先生」といつても別段恩師といふ訳ではなく、学生時代に『フランス語はどんな言葉か』を読んで以来、その著書をなるたけ読んできただけなんですが。

で、この『フランス語の新しい学び方』もその一冊。従来の新書では、会話や文法の初歩をコムパクトに纏めた内容が多かつたと存じますが、本書ではさういふ方法はとつてゐません。
第一章で「発音」、第二章で「会話」、第三章で「単語」、第四章では「作文・文法」、そして最後の第五章は「発想」について語ります。

ただ「発音」といつても、口の形や舌の位置を解説する訳ではなく、ひたすら「音楽」「リヅム」を強調します。「会話」についても、日本人が何かと苦手とするユウモワや即興のリアクションなどに言及。キスがさまになれば一人前、と従前の語学書では見られぬ指摘もあります。まあわたくしには無理だわな。

フランス語を学ぶのが目的といふよりも。文字通り学び方を学ぶ本であります。むしろ読物と申せませう。


ティーエスワンといふ抗癌剤を飲んでをりますが、医師や薬剤師が副作用についていろいろ脅かすのであります。
即ち、吐き気がする、食欲不振、口内炎、下痢、皮膚にあざが出来る、発熱、倦怠感、等等等。
飲み始めて二週間を経過しましたが、いまのところ何も起きずピンピンしてゐます。同僚などは、「単なる鈍感ぢやないの?」と感想を述べますが、苦しむより鈍感の方がいいや、と思ふのです。
尚、抗癌剤といふと、殆どの人が「頭髪が抜けるのか?」と聞きますが、この薬にはさういふ副作用はないさうです。もう今更どうでもいいですが。むしろ、現在の禿頭を薬の所為にして同情を惹かうと思つてゐたのに。
いづれにせよ、これから五年間はお付き合ひせねばならぬのです。ああ。



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漢字の気持ち
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漢字の気持ち

高橋政巳伊東ひとみ【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2011(平成23)年3月発行


漢字を知つてゐれば良いといふものでもありませんが、やはり漢字の意味や語源を知ると、読書の際の助けにもなりますし、何より豊かな気分になれます。
特にある程度の地位にある人は、寄稿だのスピーチだのの機会も多からうと存じます。「でんでん首相」や「みぞうゆう財務相兼副総理」のレヴェルでは困ると申せませう。

ところで、このひよつとこ太郎氏が最近「有無」を「ゆうむ」と読みました。その時わたくしが思つた事。「確かにゆうむといふ読みは存在するが、世間はまた漢字が読めない大臣と騒ぐだらうな。そして擁護派は『いや、ゆうむといふ読みは間違ひではない、知つたかぶりの無知なアンチが逆に恥を晒した』と反論するであらう」
まつたく想像通りの展開となりましたが、この財務大臣兼副総理はそこまで承知した上で発言した訳ではありますまい。単に有無を「うむ」と読む事を知らなかつたのでせう。踏襲を「ふしゅう」と読んでくれる人ですから。

いや、余計な事を述べてしまつた。
戦後、日本の文化人や学者、為政者は敗戦の一因に、日本語を槍玉に挙げました。こんな不完全で非論理的な言語を国語としてゐるから、世界から文化面でも遅れを取るのだ、なんてね。
中でも漢字は悪者扱ひされ、難しい漢字は簡略化され、なるべく漢字を使はぬ文章が推奨され、いづれはローマ字化したいとの意図が見えました。タイプライターの都合とかで。

しかし今や日本語入力は自在であります。画数の多い漢字でも容易に入力できるのであります。さうであれば漢字の復権は必然と申せませう。
古代中国より輸入された漢字は、日本で独自の発展を遂げ、表意文字として優れた機能を持つてゐます。その語源を辿ると、古代人の生活ぶりや思想が垣間見えるのであります。それを本書では『漢字の気持ち』と優しく表現してゐます。漢字一つ一つに想ひが詰つてゐるのです。今更正字に戻せとは申し上げ難いですが、新字だと元の表意が分からぬ事が多い。例へば「戀⇒恋」や「樂⇒楽」など。
また、本書で紹介される「象⇒為⇒偽」の変遷は不勉強にして存じ上げませんでした。確かに悲しい物語であります。

なほ、巻末付録として「名前に使われる漢字の語源」が収録されてゐます。かつては漢字の意味を尊んで命名されたのに、最近は見た目の字面と読みを優先する傾向があつて、結果他人には読みにくい名前が増えてゐるといふことです。キラキラネームつてやつですな。個人的には、他人から正しく読まれない名前を喜喜として付ける神経が分かりません。
とまあ、いろいろあつてうまくまとまりませんが、少しだけ「漢字の気持ち」が分つたやうな気がする一冊でございます。




英語遊び
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英語遊び

柳瀬尚紀【著】
講談社(講談社現代新書)刊
1982(昭和57)年4月発行

わたくしの好きな人たちが次々と去つてしまふのです。しかも志半ばで。
人気翻訳家の柳瀬尚紀氏が亡くなつたのが先月30日。73歳は現代では早過ぎると申せませう。ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』全訳は未完のままとなり、さぞかし本人も心残りではないかと勝手に想像してゐます。

かなり古い本ですが、『英語遊び』を登場させます。これは英語の学習書ではありません。文字通り英語を遊び倒す本であります。
いやあ、遊ぶほどの英語力をボクは持つてゐないから、などと物怖ぢする必要はございません。日本語を駆使して、英語と遊び戯れる一冊です。

「1」でまづ紹介してゐるのは、詩や散文の各行の最初の文字を繋げると何かしらのメッセージになる「アクロスティック」。わたくしも自力で何とか作らうと考へたのですが、暑くて頭が働かず、発表に値する作品が出来ませんでした。代りに、某新聞のプロ野球中継番組の紹介文。

▽水曜日はブラボー!
海道の熱い観衆の目
前での快勝が見たい
谷の出番はあるか?
元・札幌で魅せろ!
るか?中田の一発!
の打線&投手陣を撃
退せよ!打て!佐藤賢
▽チケットも当たる
▽大宮龍男副音声解説

こんなんださうです。対戦ティームが阪神タイガースだつたのですね。

「2」では「アナグラム」が登場。これは有名な言葉遊びですね。ある単語に使はれる文字の順番を変へて別の単語にしてしまふ。本書の例から引くと、例へば「eat」といふ単語だと、「ate」「eta」「tae」「tea」。無論出鱈目に並べてはダメで、きちんと意味のある言葉になつてゐなくてはならないのです。
柳瀬氏は知人女性の名を次々とアナグラムにしてしまひ、これが面白いのです。例)「田渕容理子」⇒「豚より貴重」、「宮崎恵子」⇒「気障・嫌味・苔」、「久保京子」⇒「濃き欲望」、「渡辺由利」⇒「湯女、綿減り」、「伊藤貴和子」⇒「亀頭怖い」、「片山三保子」⇒「ほんま堅い子や」等等......

「3」では、「ダブレット」を紹介。ある単語の一文字づつを変へてゆき、最終的に別の意味の単語にする遊びであります。本書のカヴァー表紙にもありますが、「猫」を「犬」に変へよ、といふ場合は......

CAT
cot
dot
DOG


となります。ただ一文字づつ変へれば良いのではなく、途中の言葉もちやんと存在する単語を駆使しないといけません。
また、著者自身からの出題で、「少年を男にしなさい」では......

BOY
bay
may
MAN


これらは僅か3文字だから簡単ですが、文字数が多くなれば途中に使はれる単語が十以上要する難問もあります。

さて「4」では「発音レッスン」。
吉田健一の言葉をもぢり、英語の発音なんて覚えられないものだから、始めから諦めた方がいい、などと宣ひます。日本人がriceをliceと間違へて発音したとしても、まともなレストランならシラミではなくちやんと米を出してくれるとか、詩人の正津勉氏が猛犬を前に、命懸けで「Stop!」の発音を体得した話を紹介し、「いざとなればできる」と我我を安心させてくれます。

「5」は、「パリンドローム」、お馴染みの回文ですね。アダムとイブの会話を回文(勿論英語で)にしてしまふ力業には、笑つてしまふと同時に、凄味すら感じられます。いやあ、柳瀬氏の面目躍如たるものがあります。わたしまけましたわ。

「6」も身近な「オノマトピア」。西洋語は日本語ほど擬声語・擬態語が発達してゐない印象でしたが、どうもそれは間違ひのやうでした。さすがに『フィネガンズ・ウェイク』を翻訳した人だけあります。

「7」は「洒落」。ところで、次の文章(?)を読めますか。

生生「生」。生生生生生生生生生。生生生生生。生、生、生生。(正解は181頁)

最終章の「8」は、「ジョイス語入門」。架空の『二十世紀文学のアリス』なる書を駆使して、「瞬間接着剤のようなもので言葉と言葉をぴたっとくっつける」といふジョイス語のさはりを解説します。この解説を読んで、よし、俺もいつちよ『フィネガンズ・ウェイク』を読んでみるか!と思ひたち、天存で河出文庫版を取り寄せたはいいが、数頁もいかぬうちに激しく後悔するのであります。しまつた、全巻買ふんぢやなかつた、取り敢へず1巻だけにしときやよかつた......

なほ、この『英語遊び』、河出文庫版も出てゐますが、それもすでに18年前で、入手難のやうです。ここはあへて、講談社現代新書版を挙げておきます。ぢやあね。



翻訳英文法
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翻訳英文法 訳し方のルール

安西徹雄【著】
バベルプレス刊
1982(昭和57)年4月発行
2008(平成20)年9月新装版発行

所謂英文法の本は、それこそ星の数ほど出てゐますが、翻訳を志す人の為に書かれた文法書は、わたくしの知る限り本書が本邦初であります。
英語が得意な人なら翻訳が出来るかといふと、それは大間違ひ。翻訳は英文解釈の延長線上にはなく、新たな日本語文章を構築する力が必要であります。しかし、具体的にどうすればいいの? といふ疑問に応へたのが、この『翻訳英文法』でございます。

名詞・代名詞・形容詞・副詞・動詞......と品詞別に、豊富な例文と「安西試訳」を駆使して分かりやすく解説します。演習では安西氏が直接関つた「バベル翻訳学院」の受講生の翻訳を添削する方式で展開。受講生が原文を理解しきれず苦し紛れに書いた訳文を読むと、まるで自分の事のやうに思へて恥かしくなります。

また、共通テキストとして、江川泰一郎氏の『英文法解説』(金子書房)を採用し、この本から多くの例文を引用してをります。わたくしも高校時代、この黄色い表紙の「江川の英文法」にはお世話になつたものであります。無味乾燥な凡百の英文法書と一線を画してゐてお気に入りの一冊でしたが、翻訳のプロも認めてゐたと知り、嬉しくなつた次第。

訳し方のテクニークは様様ありますが、原則中の原則が序章の冒頭に述べられてゐます。即ち「原文の思考の流れを乱すな」といふことであります。
周知のやうに、英語の構文はSVOが基本。主語の直後に動詞が配置されてゐますので、文意の重要順に並んでゐると申せませう。しかるに日本語では結論となるべき動詞が最後なので、文意を完全に理解するまでのストレスがあります。ただ単にヨコのものをタテにすれば良いといふものではありますまい(最近はヨコ書きの日本語も一般的ですが)。

また、代名詞は極力訳さない(必要があれば固有名詞を繰り返した方がいい)とか、複雑な構文は一度再構築して訳してみるとか、英語の品詞通りに日本語にする必要が無い(原文が形容詞でも、日本語では形容詞を充てない方が良い場合もある)とか、学校英語しか触れてない人には参考になるであらう考へ方が惜しげもなく開陳されてゐます。
いはばプロの翻訳家の手の内を明かす側面もあり、同業者から苦情が出ないか心配になるほどであります。

そして最終章で、「何よりも大切なこと、三つ」と称して「英語を知ること」「日本語を習うこと」「翻訳という仕事を愛すること」を挙げてゐます。これを読むと、軽い気持ちで(デモシカで)翻訳でもやつてみるかなと思つてゐる人には耳が痛いでせう。
あへてエラソーに言へば、「誠実さ」が欠かせない徳だと個人的には思ひます。今をときめく舛添要一氏も数冊の訳書を世に問ふてゐますが、過去の翻訳をめぐる不誠実な対応がニュースになつてをりました。似たやうな事例は、例へば大学の教授と教へ子の関係でしばしば起きてゐると仄聞してゐます。自分に手の負へない仕事は断る勇気も必要ですね。

オヤ話がそれてしまひました。申し訳ない。ちよつと疲弊してゐるやうですので、休息いたします。デハデハ。



英語演説
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増補 英語演説 その原則と練習

松本亨【著】
英友社刊
1966(昭和41)年3月発行
1974(昭和49)年4月増補

日本人は演説下手で、そのために様々な国際舞台で軽んぜられてきたと、松本亨氏は常々苦虫を噛み潰したやうな顔で(といふのは想像ですが)指摘してきました。
原稿をたどたどしく読むか、開き直つて日本語で演説し通訳に任せるといふのが、国際会議などで見せる「日本代表」の姿でありました。無論これは松本氏が現役の頃の話。現在は堂々とイギリス語、もとい英語で表現力豊かに演説する人が多くなりました。
では本書はもう無用の長物かといふと、さうでもありますまい。いつの時代でも、聴衆の前で説得力のある表現を会得するのは重要なことであります。わたくしは結局身に付きませんでしたがね。

以下に、ちよつと内容をかいつまんで紹介しませう。
「Ⅰ 人の前で話す」では、恐怖心の克服や自己意識を捨てる方法を、自らの体験を基に述べてゐます。また、「演説の三要素」として、「事実を明らかにすること」「聴く者を説得すること」「聴く者をして行動をおこさせるように訴えること」を挙げてゐます。

続く「Ⅱ 聞く人を知れ」では、聴衆が共通認識としてもつてゐる事柄をなるべく多く仕入れ、それを演説に取り入れて聴衆との距離感を詰めませうといふことですな。「1人だけに集中するな、1人でも無視するな」

更に「Ⅲ タイトルのえらび方、つけ方」では、中高生・大学生・社会人の英語弁論大会におけるタイトルを紹介して、読者の参考に供してゐます。

そして「Ⅳ スピーチの内容」では、前章で紹介した弁論大会で入賞した演説をそのまま採録してゐます。松本氏も評する如く、低学年ほど先生の介入度が高いやうで、いささか気取つた物言ひが目立つのが残念。

一転して「Ⅴ スピーチの構造」では、構成を考へる時に参考になる、技術的な面を解説してゐます。

一方で「Ⅵ 発声法」では、具体的に声の出し方、使ひ方を説明します。「ふだんの心がけ」として、酒は控へよ、タバコも駄目よ、辛いものは避けなさい、水をガブガブと飲み過ぎるな(ジウスやコオラ類などの甘いものは発声に障害あり、飲むなら熱い珈琲かお茶ださうな)、夜更かしはするなと、中中厳しい。これでは人生はツマラナイと思ふなら、演説の上達は諦めよと言はんばかりであります。

本書の白眉「Ⅶ 有名な演説」では、練習用に適した過去の著名な演説が収録されてゐます。強調すべきアクセントの位置が分かるやうに記号が付いてゐるのですが、CDを付録に付ければ尚良いですな。ちなみに収録された演説は「山上の垂訓」「マーカス・アントーニアス」「ウィンストン・チャーチル」「J・F・ケネディ」「ジョンソン大統領」、そしてキング牧師「私には夢がある」。
特に最後のものは、本書初版後の演説で、松本氏はこれを是非収録したいが為に、増補版を出したやうです。確かに、実に感動的な演説であります。

「Ⅷ スピーチこばれ話」では、松本氏自身の体験談、失敗談が紹介されてゐて、肩の力を抜いて読めるセクションと申せませう。
最後は、「Ⅸ 発音上達のためのPronunciation」。日本人が不得手な発音を含むフレイズを、別の言ひ方で表現するリスト。或は代替表現が無い場合、頑張つて覚える一覧表。痒い所に手が届く表といふわけです。

実戦にも使へ、読物としても読める、古典的名著と存じます。