源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
大相撲の見かた
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大相撲の見かた

桑森真介【著】
平凡社(平凡社新書)刊
2013(平成25)年5月発行

先程稀勢の里の奉納土俵入りを見たところであります。今日はどのチャンネルを見てもキセノンキセノンキセノンですな。お前暇人だなと思ふかも知れませんが、偶々今日は午後時間が空いたのです。
まあそれはいい。

これほど期待を裏切り続けてきた力士も珍しいのですが、初場所前は特に「綱とり場所」として認識されてゐなかつた事が幸ひしたのではないでせうか。その実力については衆目の見る通りでありましたが、精神面が弱いのか、ここ一番で優勝を逃し続けてきました。若嶋津みたいに悲劇の大関で終るのかな、と考へてゐたら突然優勝したので吃驚しました。
しかし今場所は上位陣の休場が重なり、不戦勝も含まれたりとラッキイな面も有つて、綱とり場所は春場所になるのだらうと認識してゐたのです。

ところが一気に横綱昇進への動きが。今場所で昇進させるのは甘いとの非難もあります。「日本人横綱」が欲しいばかりに、昇進ありきの議論が進んでゐると。
まあその通りでせうね。自分も甘いとは思ひますが、問題は「二場所連続優勝、、またはそれに準ずる成績」といふ曖昧な昇進基準ですね。優勝に準ずる成績を、単に優勝力士の次の成績を挙げた力士とみるか、本割では優勝同点で、本割外の優勝決定戦に持ち込んだケースを差すのか。わたくしは後者だらうと思ふのですが、実際は前者の条件で昇進する人も多いやうです。特に物議を醸したのは、柏戸が直前三場所を10勝・11勝・12勝で昇進した時です。無論優勝は含まれてゐません。まるで関脇から大関に昇進する時の成績ですね。これは大鵬と同時昇進させたかつた協会の意向らしい。

稀勢の里の場合は、この一年の安定感が評価された面もあります。その点、今回は吉葉山のケースに近いか。吉葉山は実力は認められながら、あと一歩で優勝を逃し中中横綱に届かなかつたのですが、遂に15戦全勝で初優勝、前場所は11勝止まりながら、安定感を買はれて「涙の横綱昇進」となり、優勝パレードは「雪の全勝行進」などと言はれました。
しかし吉葉山は横綱昇進が相撲人生のゴールとなつた感があり、横綱としては満足な成績を残せずわづか17場所(うち皆勤は9場所のみ)で引退となりました。キセノンにはまだまだ頑張つていただきたい。千代の富士は30歳を過ぎてから19回優勝してをります。

さて稀勢の里のお陰で俄ファンになつた方も、以前からのファンの方も楽しめる一冊『大相撲の見かた』であります。
第一章では相撲用語の解説。イラスト付きで分かりやすい。TVの実況や解説ではよく聞く言葉ながら、具体的にそれはどんな動作なの? といふこともあるでせう。こつそり本書を覗き、「ああさういふ事だつたのか!」と納得したら、得意気に友人との会話にさりげなく用語を駆使してみませう。
第二章では、実際の取組の攻防について解説します。漫然と大相撲中継を見てゐるだけでは気付かぬ、勝負のポイント、戦術の駆け引きなどを教へてくれます。
第三章は現役力士(ただし平成25年時点)の取り口などを紹介。対戦カード別の見所も解説。
第四章は「昭和・平成の名勝負」を連続写真で紹介。「千代の富士×隆の里」が無いぞー。

著者は学生時代、自ら相撲部に所属し学生相撲で活躍した人。肌で相撲を知る人だけに、その描写も説得力があります。立ち合ひで頭と頭がガーンと当る時、素人は「うわー痛さう」と思ふが、実は当り方により、それほど痛くはないとかね。
個人的には、第一章と第二章のみに特化して、より詳しい一冊を書いていただきたいと考へます。
デハまたお会ひしませう。



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不滅の“ウルフ”千代の富士貢
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不滅の“ウルフ”千代の富士貢 第58代横綱・千代の富士引退記念

「相撲」別冊夏季号’91
ベースボール・マガジン社刊
1991(平成3)年6月発行

早い。早過ぎるなあ。言ふまでもなく、元千代の富士の九重親方のこと。まだ61歳なのに、膵臓癌には勝てず、惜しまれつつこの世を去りました。昨年の北の湖親方に続き、昭和後期の大相撲を支へた名横綱が相次いで鬼籍に入る事態となつたのであります。

わたくしは元元、三重ノ海が好きになつて相撲ファンになつたのですが、その三重ノ海も晩年は休場続きで、横綱としての相撲が取れてゐませんでした。再起をかけた1980(昭和55)年11月場所、初日に当つたのが、当時売り出し中の関脇千代の富士。わたくしは千代の富士も幕下以来応援してきましたので、まことに複雑な思ひで観戦してゐました。この当時の両者は、横綱と関脇といふ関係ですが、既に力関係は逆転してゐたと存じます。
案の定、三重ノ海は千代の富士に浴びせ倒しで敗れ、続く二日目も玉の富士に屈し引退したのであります。即ち千代の富士は三重ノ海を引退に追ひ込んで、世代交代を自ら演出したわけです。

そして大関獲りがかかつた、翌1981(昭和56)年1月場所、初日から綺麗に白星を14個並べた千代の富士は、千秋楽で一敗の北の湖に敗れます。相星で並んだ両者、優勝決定戦で再び激突、やはり北の湖有利かの予想を覆し、千代の富士は上手出し投げでこの無敵の横綱を倒したのであります。
この初優勝で、日本中が大騒ぎ、たちまち国民的ヒーローとなつた千代の富士は、その年の内に大関そして横綱へと登りつめたのでした。
とにかくこの人は、見てくれが良い、スタイリッシュな横綱でしたな。まあ簡単に言へば「カッコイイ」の一言に尽きる。特に四股を踏む姿の美しさと言つたらなかつた。足のつま先がピンと天を向く、そんな横綱は他に例がありません。

不滅の“ウルフ”千代の富士貢」は、1991(平成3)年、引退記念に出版されたもの。ウルフの全記録などデータブックと、充実の読物・記事が満載であります。これを読むと、この横綱が、角界のみならずあらゆる分野の人たちから愛されてゐたことが分かります。
ちなみに、天存でも中古品が出品されてゐますが、その価格は何と16800円~25000円! 定価は税込690円なのに。いやあ、発売当時に真先に買つておいて良かつた喃。

といふことで、追悼の一冊でした。では御機嫌よう。



133キロ怪速球
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133キロ怪速球

山本昌【著】
ベースボール・マガジン社(ベースボール・マガジン社新書)刊
2009(平成21)年9月発行

愛知県在住ですが、ドラゴンズファンではありません。ちよつと申し訳なく思ひます。
しかし山本昌投手については、同世代といふことで、以前から何となく応援してゐました。贔屓の燕ティームが負けると気分が悪いですが、山本昌投手にやられた場合は不思議と腹が立たないのであります。
どうでもいいが、登録名を「山本昌」にした時は、名古屋女優の「山田昌」さんを連想したものです。

その山本昌投手も、惜しまれつつ今季限りで遂に引退となり、それを機に『133キロ怪速球』を登場させるわたくしであります。本書は2009年に発表されたもので、たぶん200勝達成を記念して出版されたと思はれます。
200勝。現在のプロ野球では至難の業と申せませう。昔のエース投手は、とにかく投げまくりました。連投も当り前で、先発でもリリーフでも登場しました。中には、勝利をもぎ取るために、勝ちゲームの4回辺りから登板して、先発投手の勝利の権利を奪ふなんてえげつないことをした人もゐます。
しかし現在は、権藤権藤雨権藤の時代ではありません。「肩は消耗品」の思想が浸透し、十分な間隔を開け、球数も管理するのが当然となつてゐます。マー君こと田中将大投手が2013年、東北楽天ゴールデンイーグルス時代に、一年間ローテーションを守りながら無敗を誇つたのですが、それでも24勝止まりでした。

さて山本昌投手は、入団時(1983年)はドラフト5位指名といふことで、注目度は低かつたやうです。実際最初の五年間は鳴かず飛ばずで、いつ首になるかと怯える日々を過ごしたと言ひます。それがなぜ200勝投手になり、ノーヒットノーランを達成し、50歳まで第一線で活躍できたのでせうか。
1988年、山本昌投手は、その後語り草になる米国への野球留学に参加します。そこで生涯の代名詞となる「スクリューボール」を目の当たりにし、「自分にも投げられさうだ」と真似をしたのが始まりらしい。その手本となつたのが、スパグニョーロといふ無名の選手。しかも投手ではなく内野手らしい。

一流と呼ばれる選手の真似をするのは理にかなつてゐますが、実際には自らがどれだけ真剣に、先入感を捨てて学べるかがより重要と思はれます。あの落合博満氏も、ロッテ時代に土肥健二さんの「神主打法」を見て、良い打ち方だなと思ひ自らの打法に取り入れたと言ひます。一流選手だらうが、無名の選手だらうが、自分に合ふものなら真似をすれば良いのです。
結果は、如実に表れました。彼はスクリューを武器にして一軍のマウンドに伸し上がつてきたのですから、スパグニョーロは師匠であり恩人と申せませう。

わたくしの少年時代は、男の子は程度の差こそあれ、ほとんどが野球少年でありました。現在は野球以外のプロスポーツが擡頭し、少年たちの憧れも変化しつつあるのでせう。地上波のテレビ中継もめつきり減りました。しかし野球選手が男の子の憧れの存在でなくなるのは実に寂しいものです。
さう考へると、山本昌投手の引退は大きな意味を持つなあと勘考するところです。




引退 そのドラマ
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引退 そのドラマ

近藤唯之【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1986(昭和61)年11月発行

今年のプロ野球もレギュラーシーズンが終了し、ポストシーズンを残すのみとなつてきました。毎年この時期、優勝したティームやタイトルを獲得した選手などの華やかな話題の陰で、惜しまれつつ、或はひつそりと姿を消す選手も多い。
近藤唯之著『引退 そのドラマ』は、そんなプロ野球のスタア選手がいかにして引退を迎へたかのドラマを綴つた一冊であります。

いかなる名選手にも、等しく引退は訪れます。よく「余力を残し惜しまれながらの引退か、それとも全てを出し尽くし、ボロボロに燃え尽きての引退か」などと議論されますが、本書を読めばそんなことはどうでもよくなつてきます。それほど、引退を決めた瞬間といふのは、一時代を築いた選手ほど切ないものだなあと思ふのです。
例へば王貞治選手。若手選手が速いと思はない相手投手の球が、自分には恐ろしいほど速く感じ、しかも悔しさも湧いてこないのを自覚し、俺も終りだなと悟る。
或は野村克也捕手。最後の所属チームは西武ライオンズでしたが、自分の打順で代打を出されて、「西武なんて負けちまへ」と内心毒づいた。その時、プロとして、自軍の負けを願ふなんて「もう終りだ......」と。

また、出勤時は妻に「行つてくるよ」と普通に家を出た選手が、その夜には引退することになつてゐた、といふ急転直下の人も珍しくありません。
江本孟紀投手は、あのアホ発言の責任を取れと球団に迫られ、その日のうちに失業者となりました。
辻恭彦捕手は監督からの突然の「肩叩き」で、考慮する猶予さへ与へられず引退を強要され、その夜妻に告げる事が出来なかつた。

そんな「明日の運命も知れぬ」男達への、近藤氏の眼差しは温かいのであります。
男の運命なんて、絹糸一本で重い石をつるしているようなものだ。いつ切断されるかわからない
男の運命なんて重い荷物を背負って、丸木橋を渡るようなものだ。いつくるりと地獄へ落ちるかわからない
くり返される近藤節も絶好調。江夏豊・平松政次・星野仙一・鈴木啓示・堀内恒夫・高橋一三など13投手と、田淵幸一・張本勲・高田繁・大杉勝男・長嶋茂雄・山本浩二など27野手の「引退の瞬間」をルポしてゐます。
周辺取材や文献に当つてゐる訳ではなく、全て近藤氏が選手に直接取材した話ばかりでありますので、本書でしか明らかになつてゐない事実も多数ございます。
ちと古いですが、シーズンオフの話の種にもなるでせう。



世紀末のプロ野球
世紀末のプロ野球 (角川文庫)世紀末のプロ野球 (角川文庫)
(1986/08)
草野 進

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世紀末のプロ野球

草野進【著】
角川書店(角川文庫)刊
1986(昭和61)年8月発行


今年もプロ野球が開幕して早くも三週間が経過、我が燕ティームはまづまづの滑り出しであると申せませう。なんだかんだ言つて、わたくしどもの世代はプロ野球に関心があるのですなあ。
そこで『世紀末のプロ野球』。念の為に言ふと、世紀末とは20世紀末のことであります。1986年の発行。

著者の草野進さんは、謎の女性といふ触れ込みでしたが、どうやら今では蓮實重彦氏のペンネームであることが定説化してゐるやうです。それはどうでもいい。問題は書物の内容であります。
ところで、草野進さんのツイッターの写真は、かつての東宝女優、田村奈巳さんですね。なぜ彼女の写真なのか分かりませんが、わたくしの好きな女優でした。おそらくこの写真は、『ウルトラセブン』の「超兵器R1号」に出演した時のものでせう。この作品についても語りたいところですが、本筋から外れますので又の機会を待つことにします。

で、著者はのつけから「プロ野球は二十世紀とともに滅びる」と宣言。「二〇〇一年、ベースボールはもはやスポーツとしては存在しえなくなっているのではないか
とりあへず予言は外れたけれど、草野進さんが嘆くプロ野球側、ファン側双方の問題点は解決するどころか、進行の一途を辿りそれは定着化したやうに見えます。と言ふことは、実は世紀末どころか1980年代には「プロ野球」は滅んでゐたのかも知れません。

もつとも著者の主張を一つ一つ真面目に受け止めてゐると、莫迦莫迦しくなることもあります。ちやうど居酒屋なんかで呑みながら無責任に管を巻く時の話題に似てゐます。特に選手ごとの評は完全に個人的見解と言ふべきもので、反発する人も多いでせう。
ただ、著者が「プロ野球は、いま、とても悲しい。ただ、ひたすらに悲しい」と慨嘆するその理由については、大いに首肯できるものであります。
プロ野球好きを自称する人たちが、ベースボールに興味を示さない。各種記録の数字には通暁する人が、どの試合が好きなのかを問はれても答へられない。彼らは球場で試合を観ることよりも、プロ野球について語ることが好きで、さいうふ物語の中に自分を見出すことが好きなだけであると。

確かにテレビ観戦は便利であります。しかしアレは「この試合はここに注目せよ」とばかりに、カメラで我我の興味を誘導してしまひます。真に見たい場面を映してはくれません。一方、球場で観る試合は、しつかり観てゐないと「ん? 今何が起こつた?」と戸惑ふことが多い。別段場内マイクで実況があるわけではないですからな。これを不便と捉へる人が多い以上、著者の悲しみは深まるばかりです。

まあしかし、あまり屁理屈をこねずに一読すれば、愉快で捧腹絶倒の一冊とも申せませう。まづは、ナゴヤドームへ行つて中日ドラゴンズ×東京ヤクルトスワローズの試合を観戦することにします。ぢやあまた。