源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
暗闘 尖閣国有化
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暗闘 尖閣国有化

春原剛【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2015(平成27)年8月発行

現在もなほ続く尖閣周辺の緊張。そのきつかけとなつた2010年の中国漁船による海上保安庁の巡視船衝突事件の勃発から、野田政権が尖閣諸島を国有化するまでの経緯を、ドキュメントで描いてゐます。

漁船の船長を公務執行妨害で勾留したはいいが、その後の中国の猛反発、日本叩き、嫌がらせの数々が予想以上の規模になり、日中関係は最悪の事態となりました。結局、「国益を考へ」船長は釈放されるのですが、この時の世論は「中国の圧力に屈した」「弱腰外交」などと政府の対応を批判する声が多数だつたと思ひます。わたくしもその一人でしたが。
ところが、対応に当つた当時の野田佳彦首相や仙谷由人官房長官、前原誠司国土交通相、玄葉光一郎外相、長島昭久らの側には、いささか違つた風景が見えてゐたのでした......

さうかうするうちに、石原慎太郎なる御仁が、こともあらうに米国ワシントンでの講演にて、東京都が尖閣諸島を買ふと宣言しました。地権者との交渉にも自信満々で、政府がやらぬなら都がやりますと鼻息荒いのでした。しかし買取り後の中国の反発や尖閣沖への領海侵犯の恐れについては、その対策は国家にやつてもらふなどと宣つたのだとか。
国有化を水面下で、目立たぬやうに進めたかつた野田内閣の思惑は、朝日新聞の記事によつて破られてしまひます。案の定中国は国有化させぬやうに表裏で硬軟織り交ぜて動き出したではありませんか。国益上、報道を控へた方が良いニュースもあると存じますが、わが国ではさういふ配慮は全くないやうです。

国有化後の中国の動きに関しては周知の通りであります。この国に少しでも隙を見せると、完膚なきまで日本は叩かれます。自分たちが行つた国家的犯罪まで、「原因は日本にある」と国際社会に喧伝する。中国の正体を知らぬ各国は日本に対して「自制せよ」などと頓珍漢な事をいふ始末であります。かういふ事のないやうに、森本敏氏が主張するごとく粘り強く現状維持を保つていただきたいものです。
日本が実効支配してゐる尖閣で、相手を刺戟する行動をしても百害あって一利なし。いい例が韓国ですね。実効支配してゐる竹島に李明博がわざわざ上陸して以来、韓国は災ひ続きであります。事件、事故、汚職、スキャンダル......そして現在の大混乱。

巻末に長島昭久氏との対談が付されてゐます。「平時のコスト」「有事のリスク」については、我我ももつと考へる必要があるでせう。まだまだ国民的な議論にならないのが残念であります。しかし、米国ではトランプ政権が誕生することになり、嫌でも変化を受け入れざるを得ないかも知れませんね。
......などといふ事を、本書『暗闘 尖閣国有化』を読んでつらつら考へた次第であります。生々しいね。



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国難
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国難 政治に幻想はいらない

石破茂【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2015(平成27)年8月発行

いつぞや石破茂氏の『国防』といふ本を取り上げました。さすがにミリタリーの専門家だけあつて、説得力のある話でした。為政者は軍事のプロでなくてはいけないと語る石破氏の覚悟と信念が感じられました。
将来的に地方分権が進んでも、国防と外交は国の責任となるでせう。しかし軍事に関して一家言ある政治家が思ひのほか少ないといふ話は、まことに心許ないところです。平和を語るその口で軍備の話をすれば、票を失ふとでも思つてゐるのでせうか。そして平和主義者ほど、ミリタリーに無知ではゐられない昨今でございます。なんて偉さうな事を言ひながら、わたくしも素人丸出しですが。

そして『国難 政治に幻想はいらない』であります。
周知のやうに、日本は戦後、世界史上まれにみる経済発展を遂げ、格差の少ない、平和で治安の良い国を作りあげてきました。人口は増え続け、今日よりも明日の生活が必ず良くなるといふ、将来への希望があつたからであります。
ところが今や、景気の良い話はどこにもありません。雇用は不安定になり、将来の不安から消費は滞り、超高齢化社会で年金は目減りし、治安も悪化して、国の借金は増える一方なのです。みんな頑張つたつもりで、こんな国を作つてしまつた。

本書は自民党が野党に転落してゐた時期を中心に書かれてゐます。ゆゑに、各所で当時の民主党政権に対して猛烈批判が展開されてゐます。政権与党を攻撃するのは野党の役目なので、それはまあ良いのですが、長年に亘つて政権を担つてきた我が党の責任についてはあまり感じてゐないやうです。確かに「自民党に責任がある」「反省」などのフレイズはちよくちよく出てきますが、どうもその言葉は空疎に響きます。
ここで念のために添へますが、別段民主党を擁護する積りは毛頭ございません。彼らの政権運営は確かに下手糞でありました。目を覆ふほどに。そしてそれを選んだのは国民であります。この国の有権者は選ぶ権利は声高に叫ぶが、選んだ結果に対して責任を感じぬやうです。二大政党制も真の民主主義も育たぬのは、かかる背景があるからでは。

さて国難を乗り切るには、従来のやうに政治家が国民に耳障りの良い言葉ばかり述べてゐてはいけない、真実を語らねばならないと石破氏は語ります。最近はかういふ意見が優勢ですな。ポピュリズムに陥るな、大衆に迎合するな、なんて。
その通りでせうが、それを増税や社会保障の水準低下の言ひ訳にされると、「待てよ」と個人的に思ひます。
この国難を招いたのは誰か。その反省もなく一方的に国民に「金がないからしようがないだらう」と負担を求める姿勢に疑問を感ずるのであります。「身を切る改革」などと言つても、それは結局国民の身を切ることですな。議員さんがその特権を自ら放棄する事は考へられませんね。こんなオイシイ商売、やめられるか。税金で物見遊山ができなくて何の為に議員になつたんだ。
石破氏も、議員の削減や歳費カットでは限界がある、などと消極的な姿勢ですね。限界までやつてもゐないのに。

逆さに振つても鼻血も出ないぜ、といふくらゐ無駄を省いたカネの分配をした上でなら、本書の主張は20000%同意できるものです。あ、最高で100%でした。訂正します。
かういふ話題を語るのは、本来わたくしの柄ではありません。ご無礼をいたしました。



野中広務 差別と権力
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野中広務 差別と権力

魚住昭【著】
講談社(講談社文庫)刊
2006(平成18)年5月発行

先達ての参議院選挙に先立ち、野中広務氏が自民党に復党してゐました。かういふ護憲の人は、安倍政権にとつてプラスになるのかしらん、と思つたら、どうやら野中氏が強いパイプを持つといはれる土建屋さんの票が目当てだつたやうです。立つてゐる者は、90歳でも使へ。
政界引退から十余年の現在でも頼られる、野中広務氏とはいかなる人物か。一般には、陰で権謀術数を駆使する闇将軍の印象でせうか。悪代官のイメエヂも強いやうです。

しかるに、魚住昭著『野中広務 差別と権力』を拝読しますと、なかなかどうして、それだけの人物ではないらしい。現在ではよく知られてゐますが、野中氏は生れながらにして差別を受ける境遇でした。いはれなき迫害を受けた経験を持つ野中氏としては、故なく虐げられる人たちへ限りなく温かい眼差しを向けます。
たとへば、ハンセン病訴訟では当時官房長官の職にありながら、国を相手取つた原告側に寄り添ふ行動を取つてゐます。原告団の事務局長は「素晴らしい政治家です。細やかな気配りがあって人間として温かい。言葉の一つひとつに、傷ついた者をこれ以上、傷つけてはいけないという気持ちがにじみ出ています。今、私は野中さんのことを手放しで信頼できると言いますよ」と絶賛してゐます。たいした惚れつぷりですな。

本書の第二章のタイトルに「融和の子」とあります。その後の野中氏の歩みを見るにつけ、なるほど、うまい表現だと感じました。一方的に弱者の味方かといふと、時には「わしはお前らだけの町長とちがう。全町民の町長や。お前らだけの言うことを聞けるかっ」と一喝する一面もあります。
後に中央政界で「闇総理」と呼ばれるやうになり、政敵を次々と叩き落す一方で、身障者の施設を設立・運営したり、先述のやうにハンセン病患者の味方になる。また、松本サリン事件で容疑者扱ひされた河野義行氏は、疑ひが晴れても警察・マスコミ等から一切直接謝罪をされなかつたさうですが、唯一の例外が野中氏だつたと言ひます。弱者・虐げられた者たちへの優しさは、権力を握つてからも失はなかつたのであります。

総理に上り詰める日も遠くないのではと思はれた野中氏ですが、自らは手を挙げることもなく、結局野中総理は実現しませんでした。魚住昭氏はその理由を、部落解放同盟の小森龍邦氏の言葉が正解ぢやないかと語ります。即ち「ふつうの議員だとその出自は問題にならんけど、総理になって日本を動かす立場になるときに『あの人の出生はこうなんだ』とキャンペーンがはられる。利害関係が一番厳しゅうなったときに部落差別が出てくるんです。それを本人は分かっていたんではないですか」といふことです。「融和の子」としては十分首肯できる意見ですね。

さういへば失言のホームラン王・麻生太郎氏が「野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなあ」と発言したとか。麻生氏は否定しますが、「自分も聞いた」といふ証人も複数ゐるさうです。島崎藤村『破戒』から100年が経過しても変らぬ差別。
野中広務氏の歩みを辿ると、日本人が抱へる問題がぽつかり浮かんできます。まさに「私は闘う」人ですね。



国防
国防 (新潮文庫)国防 (新潮文庫)
(2011/07/28)
石破 茂

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国防

石破茂【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2011(平成23)年7月発行


今から思へば、冷戦時代といふのは東西の緊張状態が続いてゐたのですが、危ういながらもそれなりのバランスが取れてゐたのでせうか。ああ、これが「抑止力」だつたのだな、と今にして理解するわけでございます。
日本を取り巻く状況は、決して平和とは申せません。いかにして国を守るかを真剣に考へない為政者は即退場せざるを得ない国情となつてまゐりました。

この風潮に乗つて、いはゆる極右の皆様が伸してきまして、「反戦護憲の奴らよ、これでも軍備は不要かね、それともただ座して死を待ちますか?」と意気軒昂であります。まるでこの人たちは「中○よ、もつと尖○に接近して、領海侵犯してくれよ、しかし上陸しちや駄目だぞ。平和ボケした日本国民を刺激する程度にやつてくれい」と、内心は考へてゐるのぢやないかと疑念を抱くほどです。あ、本気にしないでください。
まあ必ずしも平和ボケは悪いことではないとわたくしは考へてゐますが、それはあくまでも、今享受してゐる平和が、いかなる先達の苦労により得たものか、そして現在どんな人達によつて守られてゐるのかを十分に認識した上でのことでせう。さうでなければ、有事の際に「銃後の守り」も出来ないと思はれます。

さて石破茂大臣です。先達ての総選挙直後は、まるで毒でもあふいだやうに物凄い面相をしてゐましたが、最近は元のツルツルした顔に戻つたやうです。
本書はズバリ『国防』と命名されてゐますが、国防や軍備に関する教科書的な内容を求めても、それは裏切られることでせう。ではツマラナイのかといふと、さうではない。
軍事オタクなどと呼ばれてゐるせいで、石破大臣は好戦的な人物だと誤解されてゐますが、実はまことに合理的な考へを持つてゐると申せませう。

塩野七生さんの「政治家こそミリタリーを知らなくてはいけない」といふ言葉を引き、軍事を語る=極右、危険思想といつた誤解曲解を正します。
また、軍事費を増やしたケネディが批判に答えた言葉「国民をギャンブルに巻込むわけにはいかない」を紹介し、手を打たなかつた場合のマイナスを考へる。日本でうまくいかないのは、日本国民が自国の民主主義に自身がないからではないかと自説を開陳します。

一読して、石破大臣の「焦燥感」が伝はる一冊と申せませう。国防に関しては日本の常識が世界の非常識といふ現状があります。この話題を口にしただけでアブナイ奴扱ひされてきた風潮も関係があるのでせう。「自分の国は自分たちで守る」世界の大原則を改めて訴へた書物ですな。
石破さんはテレビでは何だか胡散臭い感じを与へますが(失礼)、活字ではあの口調が伝はらない分、素直に読めます。決して「ゲル長官」などと、揶揄してはいけませんよ。

おお。もうこんな時間か。デハ寝ますのでご無礼します。

小説 土井たか子
IMG_0032.jpg  小説 土井たか子 (現代教養文庫)

小説 土井たか子

大下英治【著】
社会思想社(現代教養文庫)刊
1995(平成7)年3月発行


昨年亡くなりました、土井たか子さんの評伝小説であります。何となく年末ごろの訃報だと思つてゐたのですが、改めて振り返ると、9月20日(公表は9月28日)のことで、もうそんなになるのかと驚くのであります。

小説と銘打つてゐるので、脚色潤色もあるのでせうが、まあほぼ事実に沿つた内容のやうです。大下英治氏のことですから、対象人物を批判めいて書いたり茶化したりはしません。日本の憲政史上、初めての女性党首として注目を浴び、さらにこれまた初の女性衆議院議長となつた頃の書物であります。

戦前は軍国少年ならぬ軍国少女だつた彼女。それが空襲を経て、反戦へと変心します。それでも、憲法九条に初めて出会つた時、戦争放棄はともかく、軍隊を持たぬとはどういふことか、外国が武力行使してきたらどうするのかと不安に思ひます。
そんな時、同志社大学の田畑忍教授の講義に参加し、その「徹底した軍備放棄」の思想に触れるのでした。感化された土井さんは、それ以降「護憲」に大きく舵を切ることになり、憲法学者としての道を歩むのであります。

田畑教授を「恩師」と崇め、その後も進路などで悩む時には、必ず相談してゐたやうです。社会党から衆議院選挙出馬を請はれた時も、田畑教授は固辞する土井さんを翻意させるために奔走したのださうです。師弟愛。

社会党を大躍進させた功績者としての面もありますが、結果的に社公民の枠組みを崩壊させるきつかけも作つてしまつたと申せませう。評価は毀誉褒貶あるでせうが、そこは大下氏の著書であります。あまり悪いことは書いてありません。文字通り小説として、偉人伝の類を読む感覚で良いんぢやないでせうか。改めて故人の冥福を祈るものであります。
では、然様なら。