源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
オイドル絵っせい 人生、90歳からおもしろい!
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オイドル絵っせい 人生、90歳からおもしろい!  

やなせたかし【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2012(平成24)年9月発行

小学校の音楽の教科書に載つてゐた「手のひらを太陽に」。この曲でもつて、作詞の「やなせたかし」さん、作曲の「いずみたく」さんの名を知りました。二人とも平仮名なので、印象に残つたものです。
時は流れて、「アンパンマン」が人気者になるにつれて「やなせたかし」の名も売れ始めたのですが、わたくしの中では、「どこかで聞いたことのある名前だ」といふ認識で、あの「手のひらを太陽に」のやなせたかしさんと同一人物と気付かなかつたのであります。

アンパンマンの人気が上昇するにつれ、作者のやなせさんも知名度が上がり、仕事も増え、忙しい日々となつてゆくのであります。しかしその時、やなせさんは既に50代後半。
『「俺は老人の星なんだ/老いたるアイドル/オイドルだ」/なんて気取っても/年のせいだと許されよ/九十年は夢みたい/さあこれからがおもしろい』(「はじめに」)
ポジティヴですねえ。年間自殺者が三万人を超えるといふニュースに心を痛め、長生きすればおもしろいことがあるぞと思つてくれる人が増え、結果自殺者が一人でも減ればと願ひ、本書のタイトルとしたさうです。

本書は高知新聞で連載されたものの抄録といふことです。エッセイについては自信がないと記してゐますが、どうしてどうして。これがすこぶる心地良い文章なのです。ミュージカル、病気、アンパンマン、自作キャラクタア、社会風刺など話題はさまざま。何を語つても、とにかく前向き。抑制されたユウモワに読者の頬も緩みます。文は人なりと言ひますが、一読してやなせさんの温かい人間性が想像できます。

やなせさんは2013年、94歳で帰らぬ人となりました。しかし、晩年がこれほど充実してゐた人が他にゐるでせうか。最晩年にピークがやつてきた、稀有な人生。読む人のすべてに(一部のひねくれ者を除く)勇気を与へてくれる一冊と申せませう。



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ショージ君の面白半分
ショージ君の面白半分 (文春文庫)ショージ君の面白半分 (文春文庫)
(1979/12/25)
東海林 さだお

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ショージ君の面白半分

東海林さだお【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
1979(昭和54)年12月発行


年の瀬に、寂しいニュウスが飛び込んできましたので、今回取り上げる本の予定を変更しました。
即ち、毎日新聞紙上にて連載されてゐた四コマ漫画「アサッテ君」が、本日12月31日をもつて終了するといふのです。
なんと40年の長きに亘る連載でした。ニュウスによると、一般全国紙の漫画連載としては最長記録ださうです。
わたくしが子供の頃、家ではその毎日新聞を取つてゐたのですが、毎朝新聞受から新聞を取り出すと、まづ「アサッテ君」を読んだものです。わたくしが小学生の時に初めて書いた小説のタイトルも「アサッテ君の謎」でした。アサッテ君が殺人事件に巻き込まれるといふ、くだらないストオリイであります。まあそれほどこの漫画が気に入つてゐたのでせう。

その後別の新聞に切換えたので、「アサッテ君」からは遠のきましたが、たまに「毎日」を読む機会がありますと必ず目を通し、「あ、まだ続いてゐるのだな」と安心したものであります。
ただ、讀賣・朝日の2大新聞の漫画に比べて世間の待遇はイマイチだつたやうな気がします。朝日の「フジ三太郎」や、讀賣の「コボちゃん」なんかは、早い時期に全作品が単行本化されたのに(四コマの革命児と呼ばれた植田まさしも、今では...)、「アサッテ君」は単行本化が遅く、しかも抄録だつたと記憶してをります。
何はともあれ、作者の東海林さだお氏にはお疲れ様でしたと申し上げたいところです。

さて、それなのに取り上げる本は「アサッテ君」ではないのか?と突つ込まれさうですが、適当に書棚から手に取つたのが本書でしたので。余りに面白くて、書棚の前でそのまま全部読んでしまつた。1979年の作品だから、35年前といふことになります。村井美樹さんと同い年。まあ東海林さんの本は新しからうが古からうが外れが無い、といふことで。
最近は各ジャンルで一時代の終りを感じさせる出来事が多いのですが、今年の最後の最後でまたひとつ、昭和が去つたといふ感じです。

さあ2014年も終りであります。今年は本当に、何かと疲れた一年でした。来年はもう少し考へて活動しなければ。
ぢやあ、みなさま良いお年を。

ぶ男に生まれて
ぶ男に生まれて (集英社文庫)ぶ男に生まれて (集英社文庫)
(2004/11)
徳大寺 有恒

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ぶ男に生まれて
徳大寺有恒【著】
集英社(集英社文庫)刊
2004(平成16)年11月発行




タイトルを見て、「ほほう、源氏川苦心め、自分の事を語りだすのか?」と早合点する人がゐるかも知れません。
しかし、それは違ひます。ま、確かにわたくしはぶ男のカテゴリーに含まれる人間でせうが、わざわざ自らそれを強調するやうな趣味は持ち合はせてゐないのであります。

これは、先達て亡くなつた徳大寺有恒氏の著書のタイトルであります。
徳大寺氏といへば、自動車評論で他の追随を許さぬ地位を築きあげた人。しかし残念ながらわたくしはクルマ趣味がないので、もつぱら徳大寺氏の人となりについてが分かる本はないかと探したら、この『ぶ男に生まれて』がありました。

徳大寺氏がその半生を語つた自伝本かな、と思ひ読み始めると、とにかくコンプレックスの話ばかり出てきます。
単に容姿のことのみならず、出身地や学歴、さらには仕事上のコンプレックスなど、彼はあらゆる面で劣等感を抱いてゐたらしい。
普通ならそこでイジケてしまひ、悶々と日々を過ごすだけの人間になりかねません。犯罪に走る輩もゐるかもしれないのです。
しかし徳大寺氏はそのコンプレックスを力に変へました。もつとも本人によると、女性にモテたいといふ強い願望が原動力のやうです。まあ男なら誰でも(特に若い頃は)女性にはモテたいと考へますが、この人の場合はちと尋常ではない。その思考がコンプレックスとない交ぜになり、驚異の行動力へと向かふのであります。
もし美男子であつたらチャンスを掴むこともなく、『間違いだらけのクルマ選び』で成功することもなかつたであらうと言ひます。ポジチヴであります。

「好きなことは記録せずに記憶する」「コンプレックスのない人間は色気がない」「男に不可欠なのはユーモア精神」「嘘のない恋愛はない」「コンプレックスが武器になることだってある」...章のタイトルを並べるだけで、悩める若者たちへのアドヴァイスになつてゐます。本人は「僕は努力したことがない」と述べてゐますが、それは明らかに嘘だらうな。ただ、人並みの苦労を苦労とも思はぬ人だから、別段努力したといふ自覚がないのでせう。余人には真似の出来ぬところです。

徳大寺さんは自らを繰り返し「ぶ男」と呼びますが、実に味のある良い顔をしてゐると思ひます。同じ「ぶ男」でも、のんべんだらりと生きてゐるだけでは、かういふ余裕のある顔にはならんでせうな。
クルマに興味の無い人も愉しめる一冊と申せませう。特に若い男性諸君、一読すれば大概の悩みは馬鹿馬鹿しくなること請け合ひですよ。

哲学者かく笑えり
哲学者かく笑えり (講談社文庫)哲学者かく笑えり (講談社文庫)
(2001/12/14)
土屋 賢二

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哲学者かく笑えり
土屋賢二【著】
講談社(講談社文庫)刊
2001(平成13)年12月発行


某誌に連載中の「ツチヤの口車」なるものは屡読んでゐましたが、一冊まるごと土屋教授の本を読むのは実は初めてであります。まあ何と言ひますか。
私事になりますが、かつて人前で話をしたり、文章を書いたりする際には、なるべく意味の無いことを発表したいと考へてゐました。こんな下らぬ人間が立派なことを発言するのは恥づかしいと思想してゐたのです。内容は無いのに、聴衆や読者には「ほほう!」と唸られたい。これが理想でした。しかし当然のことながら、これが難しい。

そんなわたくしにとつて、土屋教授の一連の作品は、かなりの変化球とはいへ理想的と申せませう。人を喰つた文章ながら、一見起承転結を完成させると見せてをいて、結局何も残らない。実に潔いではありませんか。

などと真面目に語るのも照れ臭くなつてきたので、最近見聞した事件を開陳しませう。否、事件でもないけれど。
豊田市の主要国道248号線沿いを歩く、京都弁の三人の女性がゐました。それぞれ70代・40代・10代と思はれ、10代の子からすれば母と祖母でせう。スカイホール豊田から名鉄豊田市駅へ向ふやうです。

すると、沿道にある地元のふとん屋さんを通りかかると、その店名は何と読むかで論争が始まりました。
娘「ねたまん、だつて。変な名前」
祖母「あれは『わたまん』でせう」
娘「えーさうかな。だつてふとんだから「寝た」まんぢやないの?」
母「私も『ねたまん』だと思つた」
祖母「ふとんだから「綿」まんなのよ、きつと」

そのあとも論争は続きましたが、彼女らの間では結論が出ず、気まづくなつてゐました。三人の後を付かず離れず歩いてゐたわたくしは、地元民として真実を伝へるか否か逡巡しましたが、結局勇気を出せず...

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機長からアナウンス
機長からアナウンス (新潮文庫)機長からアナウンス (新潮文庫)
(2004/08/28)
内田 幹樹

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機長からアナウンス
内田幹樹【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2004(平成16)年8月発行


小旅行のお供に携帯した文庫本であります。下呂温泉。
飛行機の旅ならより気分が高揚したかもしれませんが、私は航空機は好んで乗りませんので。
もつとも下呂は近すぎて空路はございませんが。
国内旅行ではなるべく汽車を駆使します。陸続きの土地にわざわざ飛行機で飛ぶのはつまらないのであります。沖縄へ行つた時も、飛行時間を少しでも減らさうと、福岡まで汽車で行き、福岡空港から那覇まで飛んだものです。

元A社(と作中で表記される)パイロットの内田幹樹氏の第一エッセイ集です。A社とは全日空のやうです。なんて言はなくても皆知つてゐるのでせうね。
酒の席での話が面白いから本にせよ、と求められて書いたものであります。当方は航空業界の知識がないので、なるほど「へえ」と思ふ内幕話が満載です。
人気のYS-11は、パイロット仲間には不評なのですね。パワーが無いし、コクピットは暑すぎたり寒すぎたりで最悪であると内田氏は語ります。また、国産といはれてゐるが、部品はほとんど外国製なのだとか。

格安航空券に関する話などは「内部の人間」らしく、一般の乗客とは少し異なつた意見のやうです。航空機に於るサアビスとは何か、これは提供する側と享受する側との間で溝があるのではありますまいか。それは航空業界に限つたことではないでせうが。
ま、ここは余計なことは考へず、気楽に読めばいいのでせうね。