源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
室町戦国史紀行
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室町戦国史紀行

宮脇俊三【著】
講談社(講談社文庫)刊
2003(平成15)年12月発行


「日本通史の旅」もいよいよ最終巻。扱ふ時代は、南北朝・室町・安土桃山時代。関ヶ原の戦いで幕となります。
あくまでも歴史の流れに拘つて史跡巡りをしてきた宮脇氏ですが、流石に戦国時代となると各地の武将が群雄割拠、一筋縄では行きません。そこで戦国時代は各武将の動きや、合戦の跡を古戦場を巡つて歴史を辿るのです。それでもあつちこつち前後しますが。

三英傑が登場するので、我が愛知県近辺に出没するのが嬉しい。「清州と桶狭間」「小牧、墨俣、岐阜」「長篠の戦い」「小牧・長久手の戦い」など。特に秀吉関係の出来事が多いので、断片的な秀吉伝の趣きがあります。最後には宮脇氏もうんざりしたのか、「もう秀吉とつきあうのはイヤになってきた」(お土居と名護屋城跡)と嘆きます。確かに晩年の秀吉は、朝鮮出兵など常軌を逸したとしか思へぬ挙措が目立ち、一部では気がふれてゐたのではとさへ言はれてゐます。まともに付き合ひたくはないよね。

「鉄砲伝来」と「清州と桶狭間」の間で、四か月のブランクがあります。ブラジル旅行にて左足に悪性の菌が入り、入院と治療のため取材が出来なかつたとのこと。左足切断の危機だつたさうです。
この後の宮脇氏は体力が落ち、そのせいか筆力まで勢ひを失つたやうな気がします。本書の最後で、その辺の事情も語られるのです。関ヶ原の項で、松尾山山頂を目指しますが、途中で息切れ。

前回、私がこの地を訪れたときは、雨に降りこめられて、泥んこ道だった。探訪を諦め、「あらためてハイキング・シューズでもはいて出直したいと思っている」と書いた。けれども、あれから一八年も経てしまったきょうは、天気も道もよいのに、私は登ることができない


紀行作家として、これほど無念なことはありますまい。読者もつらいのであります。で、「あとがき」で「日本通史の旅」終了宣言をするのです。

昨年(一九九九)六月、関ケ原を訪ねたとき、私には史跡めぐりをする力がないことを自覚しました。石段の上に目指すものがあっても登れないのです。(中略)『小説現代』編集部は、江戸時代まで書き続けよ、と仰言ってくださっていて、涙が出るほどありがたいのですが、これでお別れにさせてください。


まるで紀行作家引退宣言ともとれる、哀しい「あとがき」であります。実際、紀行作品としては本作が実質最後となつてしまつたのであります。
しかし宮脇氏が遺した作品は少なくありません。折に触れて読み返し、末永く愉しむことにしたいと思ひます。ぢやまた。


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平安鎌倉史紀行
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平安鎌倉史紀行

宮脇俊三【著】
講談社(講談社文庫)刊
1997(平成9)年12月発行

古代史紀行』に続く、「日本通史の旅」シリイズ第二弾であります。
日本史の流れに沿ひ史跡や歴史上の人物のゆかりの地などを巡る企画で、今回は長岡京遷都から鎌倉幕府の滅亡までを辿ります。即ち『平安鎌倉史紀行』といふ訳。

古代史では歴史と神話の境界線があやふやで、従つて素人も色色と妄想する愉しみがあつたのですが、平安鎌倉となると文献も揃ひ始め、歴史の形が次第にはつきりとしてきました。宮脇氏も、あまり気の進まぬ事件や好まぬ人物がゐるやうですが、さうも言つてをられず、せつせと現地へ向かひます。

あくまでも歴史の流れ順に訪問する為、同じ場所に何度も足を運びます。一見無駄足のやうに見え、交通費も嵩むのですが、著者は何度も旅行出来て嬉しいと全く意に介さないのが愉快であります。
なるべく鉄道やバスで移動したいと言ひながら、タクシーをやたらと駆使します。史跡巡りにはその方が便利だからですね。運転手から地元ならではの情報も仕入れる事もできます。

日本史を繙くとどうしても京都が中心になりがちなところを(実際京都は何度も行つてゐますが)、少しでも変化を付けやうとする姿勢も読者思ひでよろしい。平泉・鎌倉・熊野・比叡山・水海道・日振島(愛媛県・藤原純友を巡る旅)・黒田庄・福原(神戸)・厳島・木曾宮ノ越・一ノ谷・壇ノ浦・美濃太田・永平寺等等。さすがに蒙古襲来の項では、モンゴルまでは行つてませんが。それにしてもこの蒙古軍といふのは、知れば知る程腹が立つのであります。某国なら千年恨みは忘れないと喚く事間違ひなしですな。

武士が擡頭し、新田義貞軍が北条高時を追ひつめ、鎌倉幕府が滅亡したところで本書は一旦終ります。ああ早く続きを読みたい喃。日本史のおさらひにもなつて、まことに愉快な一冊となのでございます。


古代史紀行
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古代史紀行

宮脇俊三【著】
講談社(講談社文庫)刊
1994(平成6)年9月発行

宮脇俊三氏の最晩年のライフワーク、「日本通史の旅」であります。
もう鉄道紀行は日本全国色々な切り口から書き尽くし、海外もアジア・北南米・欧州と目ぼしいところは乗りまくつた。次いで「廃線紀行」を一つの主要ジャンルとして確立し、さらに宮脇氏の得意分野「歴史」をからめた紀行文が誕生した訳です。
宮脇氏はかつて『徳川家康歴史紀行5000キロ』なる著作を世に問ふた事があり、その際に「歴史紀行」の面白さに目覚めたのではないかと愚考してゐます。

従来の鉄道紀行とは違ひ、あくまでも歴史の流れに沿ふので、同じ土地を時代別に何度も訪れたり、かつては乗り鉄一辺倒だつたのが、名所旧跡を中心に回る旅になるのでした。歴史遺構が鉄道沿線にあるとは限らず、否むしろ駅から遠く離れた場所に点在することが珍しくないのです。
従つて移動手段には鉄道に拘らず、バスやタクシー、徒歩など様様であります。特にタクシー利用率は高く、長距離でも躊躇ふことなく乗りまくつてゐます。当つた運転手はさぞほくほくでせう。

文献に現れる最初の地として、まづ対馬から旅は始まります。むろん出雲や北九州など古代史ゆかりの場所も訪れますが、何と言つても畿内が中心となります。さらに百済国を訪ねて韓国へ、遣唐使を偲んで上海へ、海外へも出かけます。
著者も述べるやうに、古代史は史実と伝説がない交ぜになり、想像力を掻き立てられる余地が多く、素人でも議論に加はりやすい。事実が分かつてゐないのだから、言葉は悪いですが好き勝手な想像もできるのです。

本来ならサクッと終る筈だつた「日本通史の旅」ですが、予定外に長期連載となり、とりあへず奈良時代の終焉までを『古代史紀行』として刊行したのであります。読者としても、長く宮脇氏の文章を読めるのは望むところ。個人的には、せめて明治維新あたりまで続けて欲しかつたのですが......



豪華列車はケープタウン行
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豪華列車はケープタウン行

宮脇俊三【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
2001(平成13)年6月発行

おそらく宮脇氏最後の海外鉄道紀行と思はれます。国内を含めても、この後は廃線跡紀行とか、歴史紀行を残すのみなので、純粋な鉄道紀行としては最晩年の作品でせう。さう思ふと、じつくりと惜しむやうに読みたいものです。

収められたのは「台湾一周、全線開通」「ヴェトナム縦断列車、二泊三日」「豪華列車はケープタウン行」「ブラジル・ツアー日誌」「マレー半島のE&O急行」の五編。このうち「ブラジル」のみは宮脇氏自弁で参加のツアーであります。世界各地を訪れたが、ブラジルのみ未訪であるのが気にかかり、丁度いいツアー企画があつたので、夫妻で参加したといふことです。ゆゑに、この一編のみは観光ツアーで、鉄道紀行ではありません。

あとがきにもありますが、これら訪問国は途上国が中心で治安が悪い国が多い。宮脇氏も年齢を重ね、健康上の理由もあつて一人旅の自信がなかつたさうです。それで文藝春秋の編集者に同行してもらひ、夜は安全な宿に泊まる。危険が少ない分、旅に起伏が乏しくなる。そこを筆力で面白い読み物にするのが我らが宮脇氏であります。

以前わたくしは、宮脇氏の著作は古いものほど面白いと述べたことがありますが、晩年のそれがツマラヌといふ訳ではありません。
確かに諧謔調は薄くなり、重複表現が目立つなどはあります。宮脇氏が最重要視してゐた「推敲」に手が回らなかつたのか。しかしそれは最初期の奇跡的な傑作群と比較すれば、の話で、並の紀行作家の作品以上の水準であると申せませう。

ブラジルツアーで悪性の菌が入り、帰国後入院を余儀なくされた宮脇氏。これが原因で一気に体力を落とし、その後の執筆活動に大きな影響を与へました。それを考へると、本書を読みながら悲しくもあります。
デハ今日はこんなところで。



ヨーロッパ鉄道紀行
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ヨーロッパ鉄道紀行

宮脇俊三【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2000(平成12)年2月発行

宮脇氏は若い頃からヨーロッパの鉄道にも頻繁に乗つてゐたさうです。しかしながら、本書を上梓するまで、一冊の欧州鉄道紀行を書いてゐません。
本人の弁によれば、アジアやアフリカ、中南米などと比較して、やはり先進国が集まるヨーロッパでは、元元鉄道が発達・進化してゐるため、実に快適で苦労がなく、トラブル遅延犯罪等に巻き込まれるやうな事も少ない為、執筆意欲が湧かないといふ事らしい。本来なら実に結構な事でありますが、さういふ障害の全くない旅行記などは、読者も読んで面白くないでせう。
そんなこんなで、今まで手を付けずにゐたヨーロッパですが、雑誌「旅」の編集部から勧められたこともあり、本書の誕生となりました。

三部構成で、まづは「1 高速新線の列車」。これに先立つて「宮脇俊三氏と行くスイス登山鉄道の旅」といふツアーが敢行されたさうですが、応募が殺到したため抽選に漏れた人が多く、さういふ人たちを救済するために、再度「ヨーロッパ鉄道旅行」のツアーが企画されました。その紙上再現がこの章に当ります。
さすがに安全安心のパックツアーですので、乗る列車も「ユーロスター」「ICE」「ベンドリーノ」「AVE」と一流、ホテルも一流、トラブルとは無縁の快適旅行であります。即ち紀行文としては、いささか緊張感に欠けるところです。まあ、しやうがないね。ユーロスターでドーヴァー海峡を潜るトンネルに入るまでは皆ワクワクしてゐたのに、いざトンネルに入ると、車窓は当然真ッ暗なので、忽ち退屈するのが面白いですね。

続く「2 地中海岸と南アルプスの列車」は、前章のツアーが解散した後、引き続き宮脇夫妻だけで続行した汽車旅です。もはやツアーではないので、ガイドも添乗員もゐません。乗車したのは、お馴染みの「タルゴ」や、「カラタン・タルゴ」など。スペインの「軌道可変列車」ですが、日本では中中実用化しません。ただし同じフリーゲージトレインでも、日本の新在直通列車で採用されるのとはかなり違ふ方式のやうです。

最後の「3 東欧と南イタリアの列車」では、元出版社勤務で現在文筆家の丹野顯氏との男二人旅。丹野氏は宮脇氏の恩人に当る人ださうで、恩返しのつもりで誘つたとか。丹野氏は海外旅行の経験は余りなく、海外も旅慣れてゐる宮脇氏が引率する筈が......
パリで若い女性数人によるひつたくり襲撃に遭ひ(被害はなし)、それ以降丹野氏は警戒を怠らず、宮脇氏が助けられる場面もあつて立場が逆転したところもあります。
やはり無責任な読者としては、旅人が難儀な目に遭つた方が面白い。芸人が想定外のハプニングをオイシイと感じるのに通づるものがありますね。
デハデハ。今日はこの辺でご無礼します。