源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
日本の国鉄
31dMNJ2EAyL__SX303_BO1,204,203,200_

日本の国鉄

原田勝正【著】
岩波書店(岩波新書)刊
1984(昭和59)年2月発行


原田勝正氏が亡くなつてから丁度十年。早い喃。
原田氏は単に鉄道ファン向けの著作のみならず、「鉄道史学会」を立ち上げるなど、鉄道を歴史、政治、経済面から学術的に捉へる活動で知られました。

この『日本の国鉄』も、まことに端正かつスタイリッシュな一冊であります。出版された1984年といへば、既に国鉄は末期状態でありまして、第二次臨時行政調査会(土光臨調)による分割・民営化案が提案されてをります。日本の国鉄の歴史を俯瞰するのに、充分な時期と申せませう。

国家にとつて、創業期の鉄道とはまづ中央集権を目的として建設されました。戦時中は「兵器」として活用され、戦後はGHQによる「戦利品」として扱はれ、日本人は屈辱の日々を送りました。そして主権回復後に、漸く国民の国鉄として開花する。本書を読むと、さういふ「誰のための国鉄か」といふ視点でも読めます。
岩波新書といふこともあつてか、文章は論文調で、極力個人的感慨を排してをります。ハードボイルドかつ流線型、無駄のない記述で実に快い。



<その後>退院したはいいが、胃が術前の三分の一となつてゐるため、食事が面白くないのであります。
何しろ少し食べただけで満腹となつてしまふ。自然と食べる物を厳選するやうになります。外食もしにくい。一人前が食べられないのですから。
しかしまあ命があるだけ良しとしますかね。主治医によると、三か月もすれば術前の八割程度までは戻るさうです。
アルコールも少しは飲んでもいいみたいですが、うつかり飲むとビールだけで満腹になつてしまふので、現在避けてをります。
その分、読書や映画鑑賞などで気を紛らわせてゐます。
デハデハ。



スポンサーサイト
昭和の鉄道
31dZlzTA9HL__SX313_BO1,204,203,200_

昭和の鉄道 近代鉄道の基盤づくり

須田寛【著】
交通新聞社(交通新聞社新書)刊
2011(平成23)年4月発行


平成も31年4月で終了することが決まり、昭和は愈々遠くなりさうな感じです。そんな昭和の鉄道史を振り返つてみませう。
著者はJR海の初代社長にして、現在は同社の相談役の須田寛氏であります。この方は物凄い人なんですが、まあここでは経歴は省略。今年で86歳とのことですが、先日もTVに出演してゐるのを拝見し、まだまだお元気であることが分かり愉快になりました。

昭和の鉄道』は、文字通り昭和時代の日本鉄道史を概観する一冊。国鉄が解体されてJRグループが発足したのが昭和62年なので、まあ昭和の鉄道史はずばり国鉄(官鉄)の歴史とも申せませう。
更に本書では「前史」として、明治期と大正期の鉄道史に、それぞれ一章を設けてゐますので、そのまま「日本鉄道史」の体裁を整へてゐます。

章割は「昭和の鉄道Ⅰ」~「昭和の鉄道Ⅴ」に分けられ、それぞれの章で「国鉄旅客運輸の動向」「貨物運輸の動向」「民鉄の動向」について触れます。
この種の本は、どうしても国鉄の旅客事情に偏りがちですが、さういふことのないやうにとの、著者の律儀な面が出てゐます。まるで学術論文みたい。

国鉄~JRにかけて常にその中枢で活躍してきた著者だけに、「鉄道と乗客(大衆)」の距離感について敏感な記述が目立ちます。両者の距離が極めて近かつた戦前の黄金期、次第に乖離が見られる戦中輸送事情、車両不足が殺人的混雑に拍車をかけた戦後直後の、サービス以前の時代、そして復興とともに再び近くなる距離感、しかし国鉄末期の度重なる値上げやストによる「国鉄離れ」......単なるテツが書いた本とは違ふな、と思はせるところです。

逆に、身内だからといふ訳ではありますまいが、事故・事件や不祥事についてはあまり触れられてゐません。特に下山事件をはじめとする国鉄三大事件などは、どこにも記述がありません。せめて年表くらゐには載せればいいのに。
しかし全体としては、その長い歴史をまことにコムパクトに纏めた好著ではないかと思ひます。こんな感じで、『平成の鉄道』も執筆して頂きたい喃。



全国私鉄特急の旅
31NBZ30CZPL__SX297_BO1,204,203,200_

全国私鉄特急の旅

小川裕夫【著】
平凡社(平凡社新書)刊
2006(平成18)年10月発行


わたくしは毎日のやうに「ラジオ深夜便」の3時台「にっぽんの歌こころの歌」を聴いてゐますが、昨日は鉄道の日記念で、鉄道の歌を特集してゐました。中島みゆき「ホームにて」とか竹内まりや「駅」など、名曲が次々と。
せつかくなので、ここでも鉄道本を。私鉄特急を紹介する本であります。

元元、私鉄特急は、特急の「華」でした。昔の国鉄特急は性能面ではともかく、華やかさといふ点では私鉄に遅れをとつてゐたと存じます。何しろ151系こだま以来、どんな車両もクリーム色に窓枠部分に赤いラインが引かれてゐるものばかりでした。181とか183とか381とか485とか色色形式はあるものの、一般人には全部同じに見えたのでは。

ところが分割民営化以降、私鉄特急への逆襲が始まります。JR各社は、地域ごとの特性を生かした車両を続々と誕生させました。押された私鉄側は、より観光面を前面に出した特急で対抗したのであります。

全国私鉄特急の旅』では、大手私鉄で特急を走らせてゐる14社をとりあげてゐます。テツにはお馴染みの車両をコムパクトに紹介。有料特急に拘らず、京急だの阪急だのの料金不要の特急も登場。
著者は若いフリーライターださうですが、テツではないと述べてゐます。その分、フラットな視点から先入観なく記述がされてゐると感じました。ただ、筋金入りのテツからは不満が漏れるかもしれません。テツではないけれど、少しは興味があるといふくらゐの人が読めば丁度いいかも。

あと、大手私鉄に拘る必要はなかつたと思ひます。「全国私鉄特急」を名乗るなら、有料の優等列車を走らせてゐる、例へば伊豆急行とか大井川鉄道とか長野電鉄とか富山地方鉄道とかも載せれば良いのに。
......と思つたが、さうするとますます一社あたりの頁数が減つてしまふのでこれはこれでいいのですかな。
まあ、そんなところです。ではまた。



新幹線、国道1号を走る
41AhGCzm_QL__SX298_BO1,204,203,200_

新幹線、国道1号を走る
N700系陸送を支える男達の哲学


梅原淳/東良美季【著】
交通新聞社(交通新聞社新書)刊
2009(平成21)年10月発行


車両工場で製造された新幹線電車がJRの工場まで輸送される手段として、実は一般公道を利用して陸送される、といふのは、現在では知る人も多いでせう。テレビの特番でも何度か紹介されてゐます。
在来線の車両ならば、引込線を駆使してそのまま本線上を走ればいいのですが、新幹線の場合、軌道の幅が違ふのでそれは出来ません。で、結局コストその他の条件を勘案した結果、陸路での輸送が選ばれた訳であります。

本書『新幹線、国道1号を走る』では、愛知県豊川市の「日本車輛製造豊川製作所」から、静岡県浜松市の「JR東海浜松工場」までの行程を辿るドキュメントであります。運ばれる車両は取材当時最新鋭の新幹線電車・N700系。請け負ふのは日本通運の精鋭部隊。
第1章ではそのN700系が如何なる車両なのかを紹介してゐます。少し恥かしいくらゐの絶賛ぶりで、まるでJR東海のPR記事みたいです。ま、事実は事実なのでせうが。

第2章では陸送するにあたつての計画といふか、手続きの数々ですね。何しろ一般的に道路交通法では運べない代物であります。
まづ通行ルートの選定のため、道路の測量があります。障害物が有れば事前に対応。背の低い歩道橋を壊し、新幹線を運ぶトレーラーが通れる高さまでの歩道橋に作り直した事もあるさうです。
そして通行許可を得るために、国(国土交通省)や各自治体、愛知・静岡各県警と公安委員会などへの認可申請。まことに大変なのであります。

第3章では実際に陸送を担当する日本通運のメムバアを紹介。皆カッコイイぞ。
第4章で、いよいよ陸送開始。一晩に2両づつしか運べないさうで、16両編成のN700系だと8日に分けての作業となります。これは大変だ。ゆゑにスタッフはしばらく現地のホテル住まひです。

一般道を利用する訳なので、なるべく交通量の少ない深夜(午前一時)に出発します。陸送計画は公表される訳でもないのに、どこからか情報を聞きつけた人たちが蝟集します。まあ野次馬ですな。
編成は、先導者・トレーラー(N700系)・後導車・後方警戒車。幾つかの難関交差点が存在し、野次馬にとつては、最大の見所となります。もちろん経路についても公表されませんが、超大型トレーラーが通れる道となれば大体限定されるので、まあ分かる人には分かるのでせう。

交差点を曲がる時は当然前後左右が通行止めになり、トレーラー前面には舵切りオペレーターとその助手が陣取り、各角に交差点誘導員が控へる。そして輸送指揮者が監督します。彼らの協力を基に、腕利きのヴェテラン運転手が腕を振るふ。接触して傷をつけるなどは以ての外。何度も切り返し切り返し、すれすれに交差点を通過した瞬間には、ギャラリーから拍手が起きるさうです。気持ちは分かりますね。何となく一体感を持つのでせう。

素人考へでは、毎回こんな費用のかかる輸送をするより、新幹線サイズの軌道を新たに建設したらどうかと思ひますが、さうしないといふことは、最終的にこの方式がコストが低いのでせうね。官憲が指揮を執る訳ではなく、利潤を追究する私企業ですので、その辺はシヴィアに考へてゐる筈ですね。

梅原淳氏と東良美季氏の共著となつてゐますが、その執筆分担が記載されてゐません。さういふ点はしつかり記していただきたいと存じます。とはいへ、テツ以外の人も興味深く読める一冊と申せませう。



新幹線 保線ものがたり
51Dx3auYnJL__SX334_BO1,204,203,200_

新幹線 保線ものがたり

仁杉巌【監修】
深澤義朗【編著】
山海堂刊
2006(平成18)年2月発行


いやあ読み通すのに時間がかかりました。ツマラナイのではなく、その逆で興味深い内容なのですが、何せ専門的な話が多いので理解するために何度も立ち止つたりしたのです。しかし語り口はソフトで親しみやすいので、何とか最後まで辿り着いたといふ訳です。

監修は元国鉄総裁の故・仁杉巌氏。国鉄の分割民営化をすすめるにあたり、最後の国鉄総裁となるかに思はれましたが、組合対策でうまくいかず、分割民営化に消極的と見做され、時の総理中曽根康弘に更迭されてしまひました(後任は杉浦喬也氏)。
仁杉氏による「序文」では、元来土木系の氏が、「保線」といふ作業について誰かに(一冊の書物に)纏めて欲しいと考へてゐたことが明かされます。その眼鏡に適つたのが、編著者としてクレジットされてゐる深澤義朗氏といふ訳ですな。
「編著」だからこの人が一人で書き上げた訳ではなく、複数の執筆者がゐると推測されます。 しかし「執筆者一覧」みたいなコーナーはなく、不思議なのです。

本文を読むと、それまで漠然と「保線」は縁の下の力持ち的な、地味なものだと思つてゐましたが、実は鉄道運営における基盤といふか、花形部署(と呼ぶには過酷過ぎる現場ですが)であることが分かります。
最も古い東海道新幹線は、基本的に盛土にバラスト軌道、木の枕木であります。つまり在来線と大差無いのでした。この上を、無数の新幹線電車が、16両編成の躯体で駆け抜けるのです。何度も何度も実験を繰り返し(重量、速度、直線とカント部分の相違など、様々な要因の差でダメージの度合いも違ふ)、「軌道破壊理論」を構築する。わたくしのやうな凡人には想像もつかぬ世界であります。

東海道新幹線開業時は、路盤が固まつてゐないといふことで、東京-新大阪間の所要時間は、「ひかり」四時間・「こだま」五時間でした。13か月後に漸く、「ひかり」三時間十分・「こだま」四時間運転を実現したのです。これはテツには良く知られてゐる話。
しかし、その13か月の間に、想像を絶する悪戦苦闘が繰り広げられてゐたのですねえ。
また、閑散時に全面運休した「若返り大作戦」を支へた現場の修羅場など、初めて知る事柄ばかりでした。

頭から通読しやうとすれば、かなりの力瘤が必要となりますので、仁杉氏が語るやうに拾ひ読みでも十分にその真髄に触れることが出来るでせう。一寸高いけどね。