源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
さよなら国鉄 最長片道きっぷの旅
o0642096013871383464.jpg

さよなら国鉄 最長片道きっぷの旅

種村直樹【著】
実業之日本社刊
1987(昭和62)年4月発行

国鉄解体30周年シリーズ(?)の第三弾は種村直樹氏。レイルウェイ・ライターとして、国鉄最後の日々を記録しやうと、国鉄最長片道切符の旅を敢行します。
む、それなら宮脇俊三氏もやつてるよね、と思つた貴方、種村氏のそれは、もう一つスケイルアップしてゐます。即ち、国鉄バス路線も含めた、文字通りの国鉄最長切符に挑戦したわけであります。

鉄道線だけでも最長ルートを探るのは困難を極めるのに、バスまで含めるなんて尋常ではありません。この種の話に必ず出てくる眼科医の光畑茂氏といふ方がゐますが、種村氏はここでも彼の力を借ります。その結果、起点は佐賀県の竹下町(バス停)、終点を北海道の鵡川としました。鉄道線12012.4km、バス路線5655.5km、航路113.0km、総計で17870.9km、運賃230450円の壮大な片道切符であります。

なほ、宮脇氏の時代には本州と四国を結ぶ国鉄連絡船が「宇高」「仁堀」と二つ存在したため、四国も片道切符のルートに含まれたのですが、種村氏の時には既に「仁堀連絡船」は廃止となつてゐました。そのため一度四国に入れば戻れない(同じ宇高航路で戻れば片道切符ではなくなる)ので、四国は割愛されてゐます。もつとも、番外で四国篇も収録されてゐますが。

さて実際に旅が始まると、予想通りバス路線での苦難が続きます。一日数本しかない路線はざらですが、さうかといつて短区間のバスに乗るために一日を無駄には出来ません。他社バスがある場合は代行乗車をしたり、タクシーで代行したり。あるいは季節運転の路線がルートに含まれてゐて、丸丸カットするケースも。
沿線風景をルポする取材ならともかく、今回は国鉄の姿を記録するのが目的であります。ならば他社バスに乗つても意味がないのではないかと思ひました。タクシー代行など、太川陽介さんが聞いたら激怒しさうです。やはり無理せず鉄道のみの最長切符で良かつたのでは。
そして極めつけに残念なのは、実は種村氏が辿つたルートは、最長ではなかつたといふ衝撃の事実。旅行後に判明したのですが、起点を竹下町ではなく、福岡県の姪浜にすれば、さらに12.6km長かつたさうです。ああ何たること。

とまあ色々残念なことはありますが、国鉄を見つめる種村氏の眼は確かであります。鉄道メイニアではなく、一利用者の観点からの辛口批評ですので説得力があるのです。まあ中には個人的不満の表明もありますが。
宮脇氏のそれが鉄道紀行文学作品となつてゐるのに対して、種村氏の作品はあくまでも記者の視点から国鉄の現状を記録してゐて、ここでも両者の違ひがくつきりと表れてゐるのが面白いですね。

さて随分久しぶりの更新で、いささか疲れました。おやすみなさいませ。




スポンサーサイト
上越新幹線物語1979
41uYvX_MQ_L__SX298_BO1,204,203,200_

上越新幹線物語1979 中山トンネル スピードダウンの謎

北川修三【著】
交通新聞社(交通新聞社新書)刊
2010(平成22)年6月発行

上越新幹線は東北新幹線に遅れること五か月、1982(昭和57)年11月に開業しました。本来なら同時開業の予定だつたのですが、種々の理由からそれは叶はなかつたのです。
この両新幹線は、常に「東北・上越」の順番に呼ばれ、何かと上越は東北の陰に隠れて不遇な扱ひを受けてきたと存じます。せめて開業は同時にしたかつたでせう。それを妨げた「種々の理由」のひとつが、本書で語られる「中山トンネル」であります。

本書『上越新幹線物語1979』の著者・北川修三氏は、鉄建公団の技術者として中山トンネルの工事に大いに関はつた人。中山トンネルとは、高崎駅と上毛高原駅の間にあり、小野子山と子持山の間をすり抜けるやうに掘られたトンネルであります。総延長は14,830メートルで、一万メートル級のトンネルが珍しくない現在、特段長い部類ではありません(まあ長いけど)。しかしその名を知らしめたのは、その長さではなく、史上稀に見る難工事ぶりで、二度にわたる大水没、それに伴ふルート変更などで、結局工期が伸びてしまつたのでした。
しかも単なるルート変更ではなく、二度目の変更はやむなく規定を超える半径曲線が生じてしまつた。それゆゑ、本来時速240キロで走り抜ける筈のトンネル内を、時速160キロに減速しなければならぬ箇所が発生したのであります。トンネル屋としては、真に悔しいことでせう。しかし本書を読めば、「その程度の変更でよくぞ開通したな」と感嘆するところです。

著者によると、上越新幹線の基本計画が決定したのが1971(昭和46)年の1月、建設開始は同年10月だと言ひます。素人目には、そんなに短い準備期間で大丈夫かと思ふところですが、実際短すぎたやうです。地質調査など十分な時間が取れず、結局工事の工程に禍根を残す事になつたと。東海道新幹線がわづか五年の建設期間で開業したのが、却つて後続の新幹線計画に悪影響を与へたのでせうか。

著者は自らの記憶と経験から本書をまとめました。当時の関係者などに特に取材などしなかつたさうです。本来なら「手抜きぢやないのか」とでも言はれさうなところですが、著者はノンフィクションライターではなく、当事者そのものであります。本来なら専門のライターが取材をする対象ご本人が執筆するのだから、それでいいのでせう。お陰で臨場感あふれる一冊となりました。水没しさうなエレベーターから危機一髪脱出する話などは、まるで映画みたいです。
また、地元の人たちとの折衝は重要な仕事でした。著者は自らは加害者であるといふ立場を崩さず対応したため、地元と険悪になることなく(小さなトラブルは色々あつたやうですが)、良好な関係を築いたといふことです。

本書が世に出なければ、恐らく埋もれたままの事実が多くあつたことでせう。労作でありますが、表題(書名)の付け方に問題があるのでは。本書は徹頭徹尾中山トンネルの工事に終始してゐます。しかも北川修三氏個人の視点から述べられてゐますので、上越新幹線の歴史を客観的に俯瞰した内容を期待して手にした人は、肩透かしを喰らふのでは。そこだけが心配と申せませう。
デハデハ。また逢ふ日まで。



鉄道と国家
31vUe9D17rL__SX298_BO1,204,203,200_

鉄道と国家 「我田引鉄」の近現代史

小牟田哲彦【著】
講談社(講談社現代新書)刊
2012(平成24)年4月発行

鉄道と国家。いささか堅いタイトルであります。サブタイトルにありますやうに、過去の鉄道敷設において、如何に政治が関はつてきたかを考察します。
表紙には「すべての路線は政治的につくられる!」との惹句(?)。まあこれは当たり前の話で、屡々言はれるやうに、本来鉄道は中央集権の象徴として敷設されてをります。ただ、力のある代議士などが、地元への利益誘導の一種として、強引に路線を迂回させておらが村に汽車を走らせやうとしたり、新たに中間駅を作らせたり、地元の駅に急行を停まらせたりといふのは困りますな。これを我田引鉄と称します。

特段に目新しい内容はありませんが、政治を絡めた鉄道史として、非テツの読者にとつては、恐らく新鮮な視点で読めるのではないでせうか。ああ、わたくしもテツではありませんが。
東海道新幹線に佐藤栄作が大きく関はつてゐて、本書では功労者として描いてゐます。島秀雄や十河信二の名前は直ぐに出てきますが、この佐藤こそ新幹線計画になくてはならなかつた人であると。この視点はわたくしには無かつたので、中中興味深く拝読いたしました。
また、未だに岐阜羽島駅は大野伴睦が強引に作らせた政治駅であるとの俗説が流布してゐます。本書ではその点も修正が入つてをります。まあ、駅前に大野夫妻の像が屹立してゐるのを見れば誤解する人も多いでせう。しかしなぜかかる像を立ててしまつたのか。しかも女房も一緒に!

さて最終章は「海外への日本鉄道進出」がテーマで、本書の中では若干異質な内容であります。今でこそ首相自らトップセールスで新幹線の海外売込をしてゐますが、かつては官民一体に程遠い状態で、海外勢に敗れ苦い汁を飲まされてきました。完成度の高いシステムとしての新幹線を海外で展開することで、その国のインフラ整備、雇用創出など国際貢献も出来ます。因みにこの著者、中国にはかなり毒を含んだ筆致ですね。まあ、ごもつともと頷くしかない。

鉄道をテエマにした「新書」は、今やウンザリするほど出てゐますが、著者の趣味的内容に留まる自己満足本が多いのです。新書として世に問ふならば、この『鉄道と国家』くらゐの力作を望むものであります。



「動く大地」の鉄道トンネル
41_4Ny-hRiL__SX310_BO1,204,203,200_

「動く大地」の鉄道トンネル 世紀の難関「丹那」「鍋立山」を掘り抜いた魂

峯﨑淳【著】
交通新聞社(交通新聞社新書)刊
2011(平成23)年10月発行

鉄道を敷設するに当つては、山あり谷あり大河ありで、それらの障害を乗り越える為に橋梁を架け、トンネルを掘ります。
橋梁は建築中の様子がよくわかり注目されます。完成したら乗客は眺望を楽しんだりしてゐます。観光地スポット化する場合もございます。
一方トンネル工事は、一般人の眼に触れることはまづなく、完成して初めて、利用者としてその存在を認識するといふ程度ですな。車窓を愉しんでゐる汽車や電車の乗客は、トンネルに入るとチッと内心舌打ちし、「なんだ、またトンネルかよ」などと心無い事を言ひ放ちます。そんな方に、この『「動く大地」の鉄道トンネル』を読んでいただきたい。

第1章「日本の鉄道トンネル」は概観。日本の地層は諸外国と比較しても複雑なのださうです。どこを掘つても断層だらけで、活断層も少なくありません。いかに地質学が進歩た現在と雖も、トンネルは「掘つてみなければわからない」部分が残るとか。日本は英国などから鉄道技術を学んだ訳ですが、トンネル掘削技術については海外のノウハウはあまり役に立たず、結局日本人自らが切り拓いてきたさうです。

第2章「トンネルの造り方今昔」では、掘削技法の歴史を振り返つてゐます。これほどの工法の種類があるのかと驚きます。地質学の基礎すら知識がない当方としては、専門用語がぽんぽん出てくるので一々理解するのに時間がかかるのであります。わたくしが愚鈍なだけか。

第3章は「丹那トンネル」。日本のみならず世界に目を向けても、「丹那」は最難関クラスのトンネルでした。着手から完成まで16年を費やし、67名もの犠牲者を出した、悲劇の難工事です。わざわざ丹那トンネルに一章を割いてゐるのは、「日本のトンネル工事を知るには、また日本でトンネルを掘る人々を知るには、丹那トンネルの苦闘を知ることが一番」(「はじめに」より)といふ理由ださうです。

第4章では「鍋立山トンネル」の苦難を紹介。海千山千のトンネル堀り達が途方に暮れた、前代未聞の地層でした。こちらは休工期間があるとはいへ、何と22年の年月がかかつてゐます。海外の学者は「掘るべきトンネルではなかつた」と批判しました。しかしそれでも掘らねばならなかつたのであります。

第5章「日本の地質の特徴」では、日本列島の7つの地質体を解説。日本の地質はあまりにあまりに多様で変化に富むため、「地質基準」を策定するのも平成に入つてからと遅くなりました。さらに最新の研究成果を反映させるために、5年ごとに見直すのださうです。

終章は、「思い出のトンネル屋たち」。著者が忘れ得ないトンネル技術者たちを四名紹介してゐます。いづれも人間的魅力に満ちた、責任感ある人たちですが、決してトンネル屋の代表選手といふ訳ではなく、その誠実な生き方に著者は感動したのだと言ひます。

鉄道トンネルについて理解を深めるには良い入門書だと存じます。現在リニア中央新幹線でも、南アルプスを貫くトンネルの工事が始まりました。ここでも難工事が予想されてゐます。リニアはトンネルばかりで車窓が愉しめないだらうと文句を言ふ人が多いですが、本書を読んでトンネル屋の辛苦を少しでも知れば、乗車中に列車がトンネルに入つた時、今までとは違ふ気分で過せるでありませう。



全国鉄道事情大研究 青函篇
61wsMya3A8L__SX346_BO1,204,203,200_

全国鉄道事情大研究 青函篇

川島令三【著】
草思社刊
2016(平成28)年9月発行

「はじめに」にも記述がありますが、このシリーズの前作『中国篇②』が刊行されて以来、何と7年ぶりの新作であります。過去最大のブランクですので、もうシリーズ継続は諦めたのかと思つたほどでした。
残るは東北・北海道地区なのですが、この間に発生した東日本大震災の影響で東北の鉄道事情は大きく変化してしまひました。恐らくこれも空白期間が長引いた一因なのでせう。

前作の帯による予告では、次回配本「東北篇①」となつてゐましたが、近年の変化が著しい青函地区を取り上げ、最新刊は『青函篇』として発表されました。北海道新幹線の開業を待つての執筆だつたと思はれます。
北海道新幹線については、予想通りその遅さに言及してゐます。北陸新幹線の場合は、整備新幹線標準の時速260キロでも(東京駅から北陸各都市まで)2時間台のため、あまり問題にされませんが、より遠距離の新函館北斗までは(東京駅から)4時間2分と、航空機に対して優位に立てる数字ではありません。青函トンネルが諸問題によりネックになつてゐるのも痛いところです。

その他、JRから切り離された「道南いさりび鉄道」を始めとして、本書に登場する路線は、経営の厳しいところが多い。それなのに漫然と各駅停車をちんたらと走らせるだけの地区には、川島氏も苛立ちを隠さぬ筆致ですな。
過疎地区では少子化などにより利用者は減る一方なのに、これといつた手を打てないままの鉄道会社が目立つのです。このままでは座して死を待つ(廃線になる)だけなので、沿線の観光資源を活かした施策を打ち出すことが必要であると。例へば津軽鉄道。金木駅から太宰治記念館まで馬車鉄道を走らせよとは、いかにも川島氏らしい提言ですが、まあやらないでせうね。

何かと批判される川島節、上から目線の「~すべきである」「~といえる」「~せよ」「~する必要がある」といつた断定調も健在であります。いや、わたくしは大好きなんですけどね。寧ろ、まだ生ぬるいと感じてゐます。
さあ、次回配本は「北海道篇」ださうです。いつになりますやら。