源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
写真アルバム 豊田市の今昔
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写真アルバム 豊田市の今昔

近藤銈司【監修】
樹林舎発行
2017(平成29)年5月発行


今でこそ周囲には「豊田市民でござい」といふ顔をしてゐますが、実は生粋の豊田人ではありません。しかし6歳から18歳の多感な時期をここで過してゐますので、まあ準豊田人とは申せませう。
そんなわたくしですが、本書が出た昨年、直ぐには購買いたしませんでした。税込ほぼ一万円といふ価格がネックになつたのと、『豊田いまむかし』(郷土出版社)といふ同趣旨の写真集を持つてゐたためであります。

しかし、思へば『豊田いまむかし』は平成元年の出版。ここに出てくる「現在」は、既に30年前であります。もうすぐ「平成」も終ることだし、この30年間の変化を愉しむのも良からうと思つた次第。
丁度UCSカードのポイントがかなり貯つてゐたので、それを駆使して購入したのでした。

2005年に「平成の大合併」があり、豊田市も周辺町村を豪快に編入合併しました。三好町は合併協議から早々に離脱し、独自に市制を敷いた訳ですが、愚図愚図してゐるうちに徳島県に「三好市」の市名を持つていかれまして、情けなくも「みよし市」と平仮名市名になりました。人口増の藤岡町も自力で運営できるかと見られましたが、こちらはすんなりと豊田市に合併。
そんな訳で、本書では藤岡・足助・下山・小原・稲武の「今昔」も収録されてゐます。しかし申し訳ないが、過疎地の今昔は面白くないですね。といふか寂しい。かつての方が賑つてゐた、といふ現実は悲しいのであります。

しかし考へてみれば、中心部の豊田市駅前も同様かも知れません。一見新しいビルヂングは続続と建ち、垢抜けた店舗が開店してゐますが、人の通りは無い。実に寂寞としてゐます。
子供の頃の駅前は、それはそれは雑然とした雰囲気でしたが、とにかく賑はひはありました。本書の写真にもありますが、駅前通りだけではなく、中町(桜町)通り、昭和町通り、竹生通りなどは人でいつぱいでした。

駅はトヨビルといふ駅ビルがあり、ちよつとした地下商店街が形成されてゐました。バスタアミナルは、バスが頭から突込む形でスリリングでした。原田屋書店ではどれだけ滞在しても飽きず、おもちゃの丸森は子供たちの聖地で、親が一緒なら長崎屋やユニーに必ず連れて行つてもらつたのです。
一方駅西は何もなく、桑畑が広がつてゐました。思へば、国鉄岡多線の開通、豊田そごうの開店が転機となり、駅周辺は大きく変化に舵を切つたやうな気がします。

かかる今昔写真集は日本全国でありますので、皆様もふるさとの今昔を探してみてはいかがですかな。
ああ、今回は思ひ出話に終始してしまつた。ご無礼いたしました。



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ゴジラが来る夜に
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ゴジラが来る夜に  「思考をせまる怪獣」の現代史

高橋敏夫【著】
集英社(集英社文庫)刊
1999(平成11)年11月発行


文芸評論家の高橋敏夫氏によるゴジラ論であります。
この方はゴジラは好きだが、ゴジラ映画は嫌ひだといひます。本来ゴジラ映画が示したのは、「怪物が現れた、人間が変れ」といふメッセージを持つた人間世界の否定だつたのだが、後年のそれは、「怪物が現れた、怪物を殺せ」といふ物語に堕してしまつたといふことでせう。
核の恐怖を訴へた第一作のシアリアスさは何処へやら、人間の味方になつてお子様ランチ映画に堕落したと暗に謂つてゐるやうです。

ところで、よく指摘される事に、第5作の「三大怪獣地球最大の決戦」でモスラに説得されてから、ゴジラは善玉になつたといふのがあります(本書にもさういふ記述あり)。しかしそれは違ふとわたくしは思ふのです。映画を観れば分かりますが、ゴジラはモスラに説得されてをりません。
説得に失敗したモスラがやむなく、単身キングギドラに挑む姿を見て、闘争本能に火が付いた結果、ラドンと共にギドラに挑んだのであります。そこには、「人類の為に」などといふ視点は一切ないのであります。
個人的意見としては、ゴジラが正義の味方として描かれてゐるのは、12作目「地球攻撃命令ゴジラ対ガイガン」と、13作目「ゴジラ対メガロ」の二作のみだと存じます。

まあいい。著者は日米によるゴジラ映画競作にも触れてゐます。しかし米国が原爆投下を正当化し続ける限り、納得のいくものは観られないでせう。米国ゴジラでは常に米国は被害者であります。
一方日本の作り手は、ゴジラ映画を作りながら、ゴジラといふ存在を持て余し、「ゴジラといふ存在から逃げ続けてゐる」と指摘します。言はんとすることは分かる。しかし現実には、大森一樹監督が語るやうに「ゴジラのためのゴジラ映画」よりも、「ゴジラといふ稀代のキャラクタアを使つて、どんな映画を撮れるか」と、作り手は考へるやうで。
その意味では、著者はその後も製作され続けたゴジラ映画には不満を抱いたでありませう。実際ゴジラと現代社会を論じながら、そこここに苛立ちを隠せない記述がありますね....

現在は初のアニメ映画化もされ(三部作のうち二作目まで公開)、米国でもシリーズ化(個人的には反対)が決まつてゐます。広がりを持つのは良いですが、肝心の東宝特撮としてのゴジラはどうなつたのでせうか?
「シン・ゴジラ」が予想以上に評判を取つてしまつたので、次の作り手たちは大変でせうね。



日本の国鉄
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日本の国鉄

原田勝正【著】
岩波書店(岩波新書)刊
1984(昭和59)年2月発行


原田勝正氏が亡くなつてから丁度十年。早い喃。
原田氏は単に鉄道ファン向けの著作のみならず、「鉄道史学会」を立ち上げるなど、鉄道を歴史、政治、経済面から学術的に捉へる活動で知られました。

この『日本の国鉄』も、まことに端正かつスタイリッシュな一冊であります。出版された1984年といへば、既に国鉄は末期状態でありまして、第二次臨時行政調査会(土光臨調)による分割・民営化案が提案されてをります。日本の国鉄の歴史を俯瞰するのに、充分な時期と申せませう。

国家にとつて、創業期の鉄道とはまづ中央集権を目的として建設されました。戦時中は「兵器」として活用され、戦後はGHQによる「戦利品」として扱はれ、日本人は屈辱の日々を送りました。そして主権回復後に、漸く国民の国鉄として開花する。本書を読むと、さういふ「誰のための国鉄か」といふ視点でも読めます。
岩波新書といふこともあつてか、文章は論文調で、極力個人的感慨を排してをります。ハードボイルドかつ流線型、無駄のない記述で実に快い。



<その後>退院したはいいが、胃が術前の三分の一となつてゐるため、食事が面白くないのであります。
何しろ少し食べただけで満腹となつてしまふ。自然と食べる物を厳選するやうになります。外食もしにくい。一人前が食べられないのですから。
しかしまあ命があるだけ良しとしますかね。主治医によると、三か月もすれば術前の八割程度までは戻るさうです。
アルコールも少しは飲んでもいいみたいですが、うつかり飲むとビールだけで満腹になつてしまふので、現在避けてをります。
その分、読書や映画鑑賞などで気を紛らわせてゐます。
デハデハ。



天ぷらにソースをかけますか?
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天ぷらにソースをかけますか? ニッポン食文化の境界線

野瀬泰申【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2009(平成21)年1月発行


日本経済新聞社がウェブ上で連載した「食べ物 新日本奇行」(「紀行」ではないやうです)を書籍化した『全日本「食の方言」地図』を加筆改題の上、文庫化したのが本書であります。
食の方言とは言ひ得て妙で、元の表題の方が良いやうな気もしますが、まあそれはいい。土地によつて、食べる物が違ふのは当然の事だし、同じ物でも呼び名が違ふ事もあります。狭い日本なんてとんでもない!

本書の目新しさは、ウェブ上の連載といふ特質を活かし、読者と双方向の内容となつてゐることにあります。例へば表題にもなつてゐる「天ぷらにソースをかけるか」といふ設問には、掲載されるや否や、読者からのメールが続続と届いたさうです。最終的なVOTEの結果は、ソースをかける地区は西日本に集中してをり、従来ならば何となく語られてゐた事が、見事に視覚化されて、食の方言地図が一丁上がりとなる訳です。

他にも、「ぜんざい」か「お汁粉」か、「肉まん」か「豚まん」か、「冷やし中華」か「冷やしラーメン」か「冷風麺」か、「メロンパン」か「サンライズ」か、肉といへば「牛」か「豚」か「鶏」か.....等等、VOTEによる「日本地図」が次々と完成されていくのでした。ところで、わたくしにとつて、「サンライズ」は初耳でした。あと、「他人丼」の分布図も作成して欲しかつた喃。

最終章は、著者本人が東海道を歩いて旅をし、食文化の境界線を自らの足と目で確かめてゐます。新聞記者の血が疼くのか、やはり自分で取材をして初めて納得するのでせうか。
ここでは、「サンマーメン」(初めて聞いた)地帯、「白ネギ」と「黒ネギ」境界線、「イルカ」地帯、「米味噌/うどん」と「豆味噌/そば」境界線、うなぎを「背開き・蒸す」「腹開き・蒸さない」の境界線、「モーニング」地帯などを次々と認定していきます。そしてなぜか「灯油を入れるポリタンク」は赤か青か、の境界線まで調べてゐます。食文化とか関係ないですね。

郷土愛をくすぐり、野次馬的好奇心を満たす一冊で、ネット時代以前には考へられなかつた書物と申せませう。続篇みたいなものもあるやうなので、それも覗いてみます。デハデハ。




101通りの思いやり
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101通りの思いやり 僕たちの「セプテンバー・フォース」

加山雄三松本めぐみ【著】
徳間書店刊
1994(平成6)年10月発行


若大将こと加山雄三氏の愛船・三代目「光進丸」が焼失・沈没したといふニュウスは衝撃的でした。光進丸は若大将の分身ともいへる存在で、彼はショックのあまり予定されてゐたコンサートも延期したさうです。分かる。しかしその憔悴ぶりは気になるところです。

こんな悲劇に見舞われた若大将に対して、ネット民たちは容赦ない言辞を弄するのであります。
即ち。
曰く「しよせんボンボンの道楽だらう。別に同情は出来ないな。」
曰く「金があるんだから、又買へばいいぢやん、大層に言ふな」
曰く「どうせ保険に入つてゐるのだらう、寧ろ保険金でウハウハぢやね?」

嗚呼、無知とは恐ろしいものよ。少しでも若大将の事を知つてゐれば、かういふ物言ひはあり得ません。初代光進丸から自ら設計をしてきた若大将としては、まるで身内を亡くしたやうなものでせう。
ファンとしては口惜しいばかりなので、せめて著書の一つである『101通りの思いやり』をここで緊急登板させるものであります。
著者名は夫婦連名となつてゐて、夫人の松本めぐみ氏は年齢こそ重ねたものの、「エレキの若大将」にて「わたしは、ドラムのノリコ!」などと自己紹介してゐた頃のキュウトさを今でも残してゐます。この人ゐてこその若大将ですね。

本書は「夫婦」「家族」「自然」などに章分けして、夫々に対する思ひやりといふものを加山流に語るといふ内容。
なほ、彼は結構若い頃から「ヅラ疑惑」が絶えないのですが、これに関しては本人よりも義母(つまり松本めぐみの実母)が悔しがつてゐたさうです。ちやんと世間様にカツラぢやないとアピールせよ、などと主張してゐたとか。

彼は若い頃、自らも役員として名を連ねてゐた会社が倒産した際、当時のお金で23億の負債を背負ひましたが、辛苦の上借金を完済しました。しかしそれはまだ30~40代の若々しい時代。何度も逆境を乗り越えてきた加山氏ですが、さすがに80歳でこの仕打ちはないでせうと切なくなります。
本書を読めば、「世間様」の若大将に対する誤解や偏見がかなり解けるであらうと存じますので、ここで取り上げた次第ですが、まあ誰も読まないだらうなあ。