源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
まほろ駅前多田便利軒
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まほろ駅前多田便利軒

三浦しをん【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
2009(平成21)年1月発行


まほろ市は東京の西に位置する街らしい。神奈川県と間違へさうな、あの市がモデルのやうです。
そのまほろの駅前に、多田啓介が開業した便利屋があります。よろず請負ひます、といふやつですな、
猫の死骸を片付けろだの、押し入れの突つかい棒が外れたので付け直せだの、夜逃げした店子の荷物を処分しろだの、「そんなことは自分でやれ」と言ひたくなるやうな依頼のお陰で、多田くんの商売は成り立つてゐます。

さるご婦人からチワワを預かつて欲しい、と依頼を受けた多田くん。ところが、チワワを連れて別の依頼主の仕事をしてゐる間に、見失つてしまひます。幸ひある男がそのチワワを抱いてゐるのを発見したのですが、その男がかつての同級生・行天春彦でした。同級生といつても別段友達でもなく、常軌を逸した無口ぶりで、高校の三年間で発した言葉が、裁断機で誤つて小指を切断してしまつた時の、「痛い」のみだといふから徹底してゐます。

再会した行天くんは、別人のやうに饒舌な男になつてゐました。そんな彼が、地元まほろ市にゐるのに「多田の事務所に泊めてくれ」と頼みます。何だかワケアリのやうです。
結局行天は多田の家(事務所)に居座り、そのまま同居人となつてしまふのでした。
この二人の若者、多田と行天のコンビを主人公にした物語であります。大体行天くんが突飛な行動を起こし、多田くんがそれに振り回される感じ。対立もします。遂に「出ていつてくれ」のセリフが飛び出しますが......

どうもわたくしは捻くれてゐるせいか、素直に物語には入つていけませんでした。現在の人気漫画にも通づる、ストオリイよりもキャラクテールの魅力に頼る感じはします。事実続篇も出てゐるやうです。
多分若い人たちには受けるのでせう。映画も評判を取つたと仄聞してをります。ずしりとした読後感を求める人には向かぬけれど、この二人に魅了された読者は、いつまでも彼らの活躍を読みたいと願ふでせう。



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愛の試み
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愛の試み

福永武彦【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1975(昭和50)年5月発行


人生初の手術をすることになつて、15日間程入院してゐました。病室では暇だらうから、何冊が本を持参した訳です。
ドナルド・キーン氏は高見順『いやな感じ』を病床で読んでゐたさうであります。素晴らしいチョイスですね。
病人には相応しくない書物であると直観的に気付いた看護師が、そんな本はやめてミステリーにせよ、としきりに薦めたとか。だからキーン氏はこつそりと『いやな感じ』を読みつつ、看護師が入室したら咄嗟につまらないミステリーを読むふりをしたさうです。

まあ人の事はどうでもよろしい。持ち込んだ本の一つが本書『愛の試み』であります。
実は今年は福永武彦の生誕100年に当り、モスラ以外の本もちよつと取り上げやうかと。
冒頭から「僕は愛について語りたい」とストレートなのです。タイトルの「試み」とは、まあ試しにやつてみるか、といふ程度の事ではなく、命を賭して孤独と向き合ふ覚悟を決める事らしい。

章立ては、愛が芽生えて、成長し、揺れ動き、成就或は破局を迎へる一連の流れに沿つてゐます。警句集とも捉へることが出来るでせう。ところどころに挿入される「挿話」(掌小説)がまた良い。創作者による実践篇とでも申せませうか。
思索の元になる人間観察の確かさも(その表現も)舌を巻くものがあります。頭から読んだ後、折に触れて気に入つた箇所を再読するのもよろしいでせう。

うむ、病み上がりの身には久久の更新は疲れる。今回はこんなところでご無礼します。




雷電本紀
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雷電本紀

飯嶋和一【著】
小学館(小学館文庫)刊
2005(平成17)年7月発行


相撲界は相変らず問題続きで、ワイドショウの恰好の餌食となつてをります。では角界といふのは、昔は良くて最近急に駄目になつたのか。いやいやさうではありますまい。
例へば暴力問題。昔は「兄弟子はムリ偏に拳骨」と呼ばれたやうに、とにかく口より手が先に出る指導だと言はれてゐます。暴力の無い日はなかつたでせう。弟弟子は「なにくそ、今に見てをれ」と、歯を喰ひしばつて耐へたのであります。そして自分が兄弟子になると、「俺もかうして強くなつたのだ。これは後輩の為の愛のムチなのだ」と信じ込み、今度は後輩に鉄拳指導・制裁を加へるやうになるのでした。

当時は問題にもならなかつたでせう。しかし時代は暴力(体罰含む)否定であります。昔と比較すれば遥かに民主化された相撲部屋ですが、それでも一朝一夕に暴力根絶とは参りません。八角理事長は頑張つてゐるとは思ひますが、兎に角相撲協会憎しの逆風は強い。その反動で、世間はあの貴乃花親方を擁護したのでせう。しかしどう考へても協会より貴が悪い。白鵬ふうに言へば、本来子供でも分かる事なのに、相撲協会に反発する一派に喝采を送ることで世間は溜飲を下げてゐたのでせう。
序でに申せば、やはり風当りの強い池坊氏の発言も、わたくしは至極当然の常識的なものだと考へます。

さて、何かと伝統伝統と強調する相撲界。しかし実態はどうだつたのか。改革なくして、現在までこの興行が続いてゐるとは思へぬのですが。
本書『雷電本紀』の時代は、力士は各藩お抱へで、スポンサアである藩の意向が色濃く土俵に反映されてゐました。
その為には拵へ相撲もするし、勝負が明らかな一番に物言ひを付けて、強引に預りや引分にしたりするのです。
そんな時代に一人敢然と立ち向かつた雷電。折しも世は飢饉続きで庶民は飢餓寸前、更に悪政が拍車をかけてゐた正にその時、民衆はこの雷電に希望を託したのであります.....

生涯に僅か10敗しかしなかつたといふ強豪力士を主人公にした、骨太の評伝小説であります。あくまでも小説なので、実在しない人物も出れば、時代背景に目を瞑つた部分もあります。しかし改革者の孤独といふものは時代を問はず、普遍性を持つものでせう。同時にその足を引張る一派の愚劣さも同様ですね。
最後の釣鐘新造騒ぎは、純粋な雷電の心持が政争に利用された感があり、眞に腹立たしい。この世渡り下手では、如何に強くても「ヨコヅナ」の称号は遠かつたのでせう。
さはさりながら、力士として以前に、人間として実に魅力的な人物を創造した本作は、細いかも知れないが長く読み継がれるのではないでせうか。




出版禁止
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出版禁止

長江俊和【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2017(平成29)年3月発行


著者の長江俊和氏の事は寡聞にして存じ上げませんでしたが、テレビの人なんですね。ディレクタアとか演出家とか色色ご活躍されてゐるやうです。筒井康隆原作「富豪刑事」も手掛けてゐたとか。あれは面白かつた。
深夜放送の「放送禁止」といふのが有名ださうで、自らの脚本・監督で映画化もされてゐます。他にも「なになに禁止」といふ作品がいくつかあつて、本書『出版禁止』もその一つであります。

長江俊和氏は知人から、掲載禁止となつたあるルポルタージュの原稿を手に入れます。タイトルは「カミュの刺客」、筆者は若橋呉成といふルポライター。内容は、執筆時より七年前に起きたある心中事件をテエマにしてをります。著名なドキュメンタリイ作家であつた熊切敏が愛人と心中事件を起こし、自らの命を絶つたのですが、女性はその後息を吹き返して助かつたのであります。
妻帯者であつた熊切氏としては、不倫事件でありスキャンダルと申せませう。
その女性は回復後もマスコミの取材などは一切拒否し、表には出ませんでした。そのうちに世間から忘れ去られていつた事件であります。

若橋呉成氏は、この難攻不落の女性と接触することに成功します。ルポでは新藤七緒といふ仮名で登場しますが、彼女は熊切氏の秘書でした。若橋氏のインタヴューに対して、案外素直に証言しますが、いくつかは回答を拒否します。
一方若橋氏としては、実はこの事件は殺人ではないかといふ疑念を持ちます。新藤七緒は熊切氏殺害の刺客ではないか......
しかし関係人物への取材を重ねるうちにその思ひは揺らいでいきます。そして、殺人説を否定する決定的な証拠まで突き付けられてしまふのです。
そして若橋氏は新藤七緒への取材が度重なるうちに、心に変化が現れてくるのであります。心中事件の真相を明らかにするといふ目的だつたのが、次第にをかしくなつてきます。更にルポ形式での記述は途中で終り、日記体の記述になつてくるのです......

流石にテレビ畑で名を成した人だけに、一読して映像が浮かぶやうな文章であります。あつといふ間に読了します。一応ミステリと言はれてゐますが、ホラアの要素もあります。いささかグロな展開にもなりますが、それは必要であつたのか。終盤になると、何となく結末が分つてくるのですが、それを裏切りたい著者の想ひがさうさせたのか。結末については、異論もありさうです。実際酷評する人も多い。
しかし読者サアヴィスを意識した作りは好感を持ちます。電車内の移動中とかに読むには格好の一冊でせう。
デハデハ。今日の日はさやうなら。





或る女
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或る女

有島武郎【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1995(平成7)年5月発行


今年は有島武郎生誕140年。クリスト教徒のくせに不倫をした上、心中自殺を遂げた人であります。故に内村鑑三は激怒しました。享年45。
或る女』は彼の作品中でも代表作と目されます。ドナルド・キーン氏も絶賛してました。
主人公の「或る女」こと早月葉子にはモデルがあり、それは国木田独歩の前妻である佐々城信子であります。独歩自身は「木部孤笻」として登場します。

葉子は十代で木部孤笻と恋に落ち、周囲の反対を押し切り結婚、一女(定子)を儲けますが、すぐに木部孤笻に失望して逃げてしまふ。そして両親亡きあとに、米国の木村なる実業家の元へ嫁ぐことになります。しかしこれは生活の為で、葉子には木村に対する愛情はなかつたのであります。
米国行きの船旅中に、今度は船の事務長である倉地と恋に落ちます。しかし彼には妻子がゐました。それを承知で不倫の恋に陥る葉子。米国に上陸するものの、もう木村には完全に関心はなく、病気を理由に日本に帰つてしまふのです。酷い奴だ。

日本では倉地との事実上の夫婦生活を始め、妹の愛子と貞世をも呼び寄せます。しかし木村は新聞記事で不倫を暴かれ、醜聞で職を失ひます。やむなく彼は裏のヤバイ仕事に手を染めるのですが......
一方木村は葉子を諦めきれず、手紙と送金を継続します。葉子は木村と結婚する気は皆無なのに、金だけは送らせてゐました。やはり酷い奴。

葉子は次第に倉地の自分に対する愛情を疑ふやうになります。美しく成長する妹の愛子や貞世にも嫉妬してしまふ。倉地のみならず木村の友人・古藤や、船旅中に知り合つた青年・岡にも、愛子との関係を疑ふのでした。ちなみに古藤は葉子からバカにされてゐますが、常に本質を見抜いてゐるのが古藤でした。古藤のモデルは有島本人らしく、好い男に描かれてゐます。
嫉妬から貞世に辛く当るやうになり、それが一因で貞世は腸チフスを患ひます。葉子は後悔し、必死の看病をしますが、自らも病に倒れます。

その後の葉子は段々と被害妄想が酷くなり、常人とは思へぬ言動を繰り返すやうになります。周囲の人間も次第に遠ざかり、それがますます葉子に疑心暗鬼を生じさせます。美しかつた葉子も、すつかり痩せこけて窶れてしまふ。かつての妖艶さは見る影もない......

モデル小説といふことで、発表当時はあまり評価されなかつたやうです。通俗文学と見做されたのですね。小説の後半は事実とはかけ離れ、あまりの相違に佐々城信子は激怒したとか。うむ、さうだらうなあ。
しかし徹底したリアリズムに支へられた本作は、ヒロインの悲劇(まあ、自滅といふか自業自得なのだが)を感情を交へる事無くハードボイルドに描ききつた佳作と申せませう。使用単語や言ひまわしに独特なものがある為、現代読者にはとつつきにくいかも知れませんが、そんなことも忘れるほど迫力に満ちた一作であります。

デハデハ、今夜はこれでご無礼します。