源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
壇蜜日記
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壇蜜日記

壇蜜【著】
文藝春秋刊
2014(平成26)年10月発行


わたくしが居住する愛知県豊田市駅前に、来月(2017年11月)本格シネコンがオオプンするのですが、そのこけら落とし上映として、ほぼ全篇豊田市内でのロケを敢行した映画「星めぐりの町」が披露されます(全国公開は2018年1月)。監督は黒土三男氏(豊田市在住)。かつて長渕剛さんの映画や「渋滞」「蝉しぐれ」なんて作品を発表してゐます。
主演は小林稔侍さんですが、その娘役に壇蜜さんがキャスティングされてゐるのです。ああ、好い人だ。
わたくし好みの映画では無ささうですが、壇蜜さんを見に行かうと思つてゐます。

ところで、壇蜜さんの話をすると、男性の反応はおほむねニヤニヤと野卑な笑ひを浮かべ、「君も好きだねえ」みたいな表情を浮かべる人が多い。一方女性はあからさまに眉をひそめ、苦心さんあんなのが好みなの?見損なつたわ、と口にはしませんが、さう言ひたさうな顔を浮かべるのです。何故?

この『壇蜜日記』を読みますと、そんな周囲との偏見と闘つてゐる様子が窺へます。
「とかくこの仕事は道楽のように軽視されやすい」
「魚は、生きていても死んでいても人間の何らかの役には立っている。獣もまたしかり。私はどうだ」
「それ売女じゃないなあ。お金もらってないもの」
「意地悪しなければ意地悪されないという理屈は生憎私の生きてきた世界では通用してはいない」
「そんなに価値のあるタレントじゃないのは分かっています、だけどもう少しだけ褒めたり笑ったり優しくしてもらえないでしょうか......って、となりの人に言えたら」

しかし壇蜜さんは逞しく生きる。熱帯魚を愛で、猫を抱きつつ大相撲中継を見て、コンビニの品揃へを評し、ペンギンでお馴染みの量販店で買物を愉しむ。「壇蜜」を演じなくてもいい瞬間の彼女は、テレビで観るイメエヂとはかなり相違があります。それは、普段偏見を抱いてゐる人が読めば彼女の印象が変るであらう生活ぶりと申せませうか。
その独特の文章と相俟つて、不思議な魅力を醸し出す一冊でございます。

デハデハ。御機嫌よう。



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星の林に月の舟
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星の林に月の舟 怪獣に夢みた男たち

実相寺昭雄【著】
筑摩書房(ちくま文庫)刊
1991(平成3)年4月発行


実相寺昭雄氏は今年で生誕80年、没後11年を迎へます。享年69は如何にも早かつたですなあ。
もつともこの人の場合、長寿を全う出来ても自分のやりたい事が出来たかどうか。否、出来たとしても世間に認められたかどうか、わたくしは大いに難しかつたのではないかと想像してゐます。

星の林に月の舟』は、実相寺氏がその名声を確立した「円谷プロダクション」に於ける実録小説であります。即ちフィクションなのですが、氏の実体験を基にしてをり、結構な部分が事実と重なるのでは。登場人物で実名で出るのは「円谷英二」「円谷一」「金城哲夫」くらゐですが、他の人物も実名から想像できる名前になつてゐるので、ウルトラ好き、特撮好きなら容易に分かる仕掛となつてゐます。

実相寺氏自身は「吉良平治」として登場します。彼はKXTVの演出家として活躍してゐましたが、何せ癖の強い人なので万人向けの映像を作りません。美空ひばりの接写をして毛穴やのどちんこまでお茶の間に流してしまふ。それが原因で干されてしまひ、円谷プロへの出向といふ名目で閑職に追はれます。

当時の円谷プロは、丁度「ウルトラQ」の撮影中で、吉良平治も途中から脚本参加しますが、カネがかかり過ぎるといふ理由でボツになります。続く「ウルトラマン」「ウルトラセブン」では主に演出を担当。現在も語り草になつてゐる異色作を連発します。
ただ彼の嗜好は、円谷英二の理想から随分離れたところにありました。円谷英二は、子供に夢を与へる、美しいものを作りたいと日々考へてゐました。現実を写すリアリズムは、他の人が勝手にやるから、態々円谷がやる必要はない。だから怪獣も恐ろし気ながらどこか愛嬌の感じられる造形になります。流血などは以ての外。

ところが実相寺氏の嗜好は「生理的な嫌悪感を催す、気持ち悪いもの」「お茶の間が凍り付くやうな、鳥肌の立つやうなもの」であります。発注した怪獣「ガマクジラ」や「シーボーズ」などが、実際の造形が自分の意図したものとは程遠いものとなつたと文句を言つてゐますが、これは当然の事です。円谷英二の意図を完全に把握してゐる高山良策だから、あのぬいぐるみになりました。
従つて実相寺昭雄の代表作を「ウルトラマン」としたり、「ウルトラマン」を象徴する存在として実相寺氏を取り上げるのは、全くの的外れと申せませう。

何だかネガチブな事ばかり述べましたが、本書は当時のテレビ界、芸能界の空気を良く伝へてゐて興味深い一冊であります。「怪獣に夢みた男たち」の本音のぶつけ合ひも熱い。現在、撮影現場でかかる事をしてゐたら到底商売にならないだらうな、と想像させます。
ところで、「可能幸子」のモデルはゐるのでせうか。また、スクリプター「戸倉則子」のモデルは宍倉徳子さんですか?



ゴジラを飛ばした男
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ゴジラを飛ばした男 
85歳のクリエイター 坂野義光


坂野義光【著】
JUKE弘井【構成】
フィールドワイ刊
2016(平成28)年7月発行


今年5月7日、蜘蛛膜下出血にて86歳で他界した坂野義光監督です。
ゴジラの監督といへば、昭和だと本多猪四郎や福田純、VSシリーズでは大森一樹や大河原孝夫、さらにミレニアムシリーズでは手塚昌明や金子修介といつた面々が思ひ浮かぶでせうか。
坂野監督は、シリーズ11作に当る「ゴジラ対ヘドラ」(1971年)のみの担当ですが、これ一作だけで十分すぎるイムパクトを放つてゐると申せませう。
ゴジラシリーズの対象が低年齢化し、予算も払底する中、坂野監督は第一作同様にメッセージ性を強く打ち出す作品を目指しました。更に大人の鑑賞にも耐え得る作品といふことで、結構ショッキングな映像もあります。
特撮の神様・円谷英二の死を受けて、特撮現場も混乱してゐたさうです。それまで、本編・特撮2班体制だつたのが1版体制となり、坂野氏は特撮パートも監督することになりました(特殊技術は、中野昭慶)。

ヘドラの恐怖に対し、ゴジラは口から吐く放射能噴射で、後ろ向きになつて空を飛ぶといふ、まあとんでもない行動を見せます。田中友幸プロデューサーが入院中だつた為、この演出の了解を得ないままの公開だつたのですが、田中の退院後、案の定苦言を呈されてしまひます。それが原因かどうかは分かりませんが、その後ゴジラシリーズは続きますが坂野氏に依頼は2度と来なかつたさうです。
しかし映画全体にみられる、公害の恐ろしさを訴へるメッセージは強烈で、本作は今なほ、シリーズ中屈指の異色作として、カルト的人気を誇るのであります。

その後については、本書で初めて知る事項が多いのですが、東宝が映画製作を縮小して活躍の場がなくなつたため、水中撮影を中心としたテレビ用の映像制作に関はるやうになります。さういへば「ヘドラ」で山内明が潜水するシーンも、坂野監督自らがスタントをしてゐたとか。
同時に後進に対しての、技術の継承を強く意識してゐたやうです。夢としては、「国際映像大学」を開校することがありました。誰もやつてくれないので、坂野氏自らがスタッフ集めや資金調達に奔走したのですが、中中うまくいきません。結局坂野氏の存命中には叶ひませんでした。
それでも、個人的には「ミロシティ」計画(大学を中心として、各種テーマパークを併設した新しい施設を造る)は、まことに夢がある、素晴らしい構想だと存じます。オカネのある人がこの構想を実現してくれないかなあ。

ところで本書は、「坂野義光著」となつてゐますが、本文は全て「坂野義光は」といふ三人称で語られます。「構成/JUKE弘井」となつてゐますので、この人の聞き書きを中心にまとめたのでせうかね。その辺をはつきりと記して頂きたたかつた喃。



怪獣人生 元祖ゴジラ俳優・中島春雄
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怪獣人生 元祖ゴジラ俳優・中島春雄

中島春雄【著】
洋泉社(洋泉社新書y)刊
2014(平成26)年8月発行

いはゆる新書といふものは、書下ろしで出版されるのが普通かと存じますが、本書『怪獣人生 元祖ゴジラ俳優・中島春雄』の場合はさうではなく、既に同社から単行本として発表されてゐたものを、一部加筆の上、廉価な新書版として再登場したものであります。これは有難い。
もつとも洋泉社新書yでは以前にも、宮脇俊三著『ローカルバスの終点へ』といふ前例がありましたがね(この場合はJTB単行本⇒新潮文庫⇒洋泉社新書yといふ順番)。

中島春雄氏といへば、東宝の大部屋俳優でしたが、何より怪獣映画のスーツアクタアとして海外でも有名な人。1954(昭和29)年の「ゴジラ」第一作以来、1972(昭和47)年の「地球攻撃命令ゴジラ対ガイガン」で引退するまで、怪獣のぬいぐるみの中に入り続けた鉄人であります。その彼が、自らの半生とゴジラとの関りを語つたのですから、痛快の極みだなむ。

円谷英二特技監督に請はれてゴジラの中に入つたのですが、当時のぬいぐるみの重さは150kgもあつたさうです。とても動けるものぢやない。しかし大部屋俳優にとつて、キツイ仕事ほどお金になるのでオイシイ。「できません」などと言へば忽ち外され、代役を立てられるだけであります。持ち前の怪力と若さで乗り切つたのでした。

むろんスタッフたちの努力もあり、中島氏の意見を参考にぬいぐるみは徐々に改善されていきます。遂には1965(昭和40)年の「怪獣大戦争」において、イヤミのギャグ「シェー」をぬいぐるみのまま演じるまでになりました。この「シェー」については賛否あり(まあ「否」が圧倒的に多いのですが)、中島氏も嫌々演じてゐるのだらうな、などと思つてゐました。しかし本書によれば、全ての事情を納得づくで芝居をしてゐたのであります。素晴らしいプロ根性と申しますか。

前述のごとく、中島氏は「ガイガン」を最後に現役引退しました。次作の「ゴジラ対メガロ」では、当然別の人がゴジラのぬいぐるみに入つてゐます。当時わたくしは子供でしたが、親に連れられて劇場で観てゐます。子供心に、「何だか今回のゴジラは動きが雑だなあ」とか「いかにも中に人がゐますといふ演技だなあ」と感じてゐました。むろんスーツアクタアが交代したなんてことは知りませんでした。つまり、子供が見ても違ひの分かるほど、中島氏のゴジラは完成されてゐたのだと申せませう。

円谷英二らと共に「ゴジラ」を創り上げてきたのだといふ自負からか、後進に対しては厳しい指摘をしてゐます。結局みんな、意識しなくても「中島春雄」を真似てしまつてゐるといふのです。中島氏のあの躍動感溢れる動きは、当然中島氏だから実現するのであつて、別の人が演じるなら、その人に一番相応しい動きがある筈だといふことでせう。それを模索する努力もなく、漫然と中島ゴジラを真似てゐてはダメだと。
流石に世界中からリスペクトされる中島氏、凡人とは一味も二味も違ひますなあ。爽快なる一冊でございます。


原節子 あるがままに生きて
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原節子 あるがままに生きて
貴田庄【著】
朝日新聞出版(朝日文庫)刊
2010(平成22)年6月発行

一昨年9月に亡くなつた原節子。なぜこのタイミングで登場するのかといふと、先達て某ラジオ番組にて、彼女の評伝を書いたノンフィクション作家・石井妙子氏のインタヴューを聞いたからです。
原節子といへば小津安二郎監督作品に代表される、一歩引いた立ち位置のいかにも日本的な女性を演じてゐましたが、素顔の彼女は大きく異なるとか。石井氏によれば、原は小津作品における自分の役柄に満足してゐなかつたとか。ほほう。

原節子 あるがままに生きて』は、映画評論家の貴田庄氏による原節子の評伝(文庫カヴァーには「エッセイ」と書いてありますが)であります。ほぼ時系列で彼女の生涯を追つてゐます。
原が女学校を中退し映画界に入つたのは、どうやら経済的な理由らしい。義兄の熊谷久虎が日活で映画監督をしてゐた縁で、14歳で女優デビューするのでした。
当初は鳴かず飛ばずでしたが、たまたま日本に来てゐたドイツ人監督のアーノルド・ファンクの目に留まり、日独合作映画「新しき土」のヒロイン役として抜擢され、一躍注目を浴びるやうになります。

しかし原節子は当初、演技が拙いといふことで、何かと大根呼ばはりされるのです。まあ確かに巧くはなかつたかも知れませんが、さう取り立てて騒ぐほどの大根だつたか。彼女自身も、演技の未熟さを自覚しながら、反撥心もあつたやうです。
美男美女といふものは、やつかみも手伝つてか、何かと大根扱ひされるものです。長谷川一夫などは酷い言はれやうでした。
それが山中貞雄、成瀬巳喜男、黒澤明といつた名匠たちに揉まれてゆくうちに、さういふ誹謗は減少し、そして小津安二郎と組むに当つて大輪の花を咲かせた感じでせうか。

原節子本人は、「開かれた女性」だつたので、男性の添へ物的な役に飽き足らず、もつと女性が自らの意思で活動する役がしたかつたさうです。本書によれば、細川ガラシャを演じたかつたと語つたとか。
そして女優といふ職業を実に真面目に捉へてゐました。舞台挨拶を嫌ひ、水着撮影を拒否し、ラブシーンは撮らずと、彼女にとつて、映画女優には邪道と思ふ行為を避けてゐたのです。女優は映画における演技で勝負すべきで、素顔を見せたり私生活を曝したりするのはすべきではないと考へてゐました。
一見わがままのやうですが、むしろ現代の俳優さんたちに見習つていただきたいものです。人気商売ゆゑ、あまり頑ななのも問題ですが、CMのおちやらけた姿を見慣れた後で、映画やドラマのシリアスな演技を見せられても素直に鑑賞できないのであります。あ、わたくしの場合ですがね。異論もあるでせう。

そして42歳での引退。山口百恵さんのやうにことさらに引退を表明する訳でもなく、フェイドアウトするやうに消えたさうです。その後ほとんど公の場に姿を見せず、実に潔い身の引き方でした。
引退の理由については、健康説(目を悪くした)だとか小津監督の死去がきつかけだとか、色色言はれてゐますが、結局本人の真意は分かりません。本書では、実兄の会田吉男カメラマンの不慮の死も引金ではないかと推測してゐます。

本書の刊行時は当然、原節子さんは存命中でしたが、結局隠遁生活を全うしたまま、95歳の生涯を閉じたといふ訳です。見事な一生と申せませう。
すでに「伝説の女優」原節子に関する書籍は幾つも出てをりますが、この『原節子 あるがままに生きて』は、わたくしのやうな初心者にはまことに分かりやすく入門書として恰好の一冊と存じます。