源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
智恵子抄
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智恵子抄

高村光太郎【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1956(昭和31)年7月発行
1967(昭和42)年12月改版
1990(平成2)年6月改版
2003(平成14)年11月改版

去る4月2日は、高村光太郎の命日でした。今年は、彼の没後60年といふことになります。
高村光太郎といへば、大概の人は国語の教科書で読んだ事があるのではないでせうか。「僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る」なんて暗唱させられたのでは?

わたくしも中学二年の時に、教科書にて出会ひました。担当の国語教師は、当時30歳くらゐの女性で、高村光太郎にはかなりの思ひ入れのある、否ありすぎる感があり、辟易した覚えがございます。
例へば彼女は、光太郎のプロフィールを生徒に読ませます。父親の名前を「たかむらみつくも」と読んだ生徒に対し大仰に驚いてみせ、正解を述べたあと、その生徒を激しく侮辱するのでした。また、「彼の事を知らなければ、家に帰つてお父さんに聞いてごらん。知らない、なんてバカなお父さんはゐないだらうから」と言ひ放つたのであります。

ところでこの教師は、体罰を与へる時に、生徒の文房具などを使つて殴るので評判が悪かつた。わたくしも、宿題を忘れた罰として、自分の筆箱で力一杯頭を殴られたことがあります。筆箱は変形しまくり、中の鉛筆はボキボキに折れてしまひ使ひ物にならず、コンパスのやうな硬いものさへも変形してゐました。
平手やグウで殴るなら分かるけれど、学生の商売道具である筆記具で殴るとは、此奴は教師の資質はないな、と子供心に思つたものです。

お、失礼。高村光太郎と聞くと、今でも反射的にあの教師の事を思ひ出すので、余計な事を述べてしまひました。
智恵子抄』は、文字通り細君の高村智恵子に対する愛情を高らかに謳ふ一冊。智恵子の死までに書き溜めた詩や散文を一堂に集めたものであります。
智恵子は、光太郎と結婚後、現在でいふ統合失調症を患ひ、療養するも好転の兆しを見せることなく、息を引き取るのでした。最愛の人を亡くした光太郎も、しばらくは何も手に着かず、病人同様だつたらしい。本書所収「智恵子の半生」にも、その時の心境が実に正直に綴られてゐます。時には恥かしくなるほどに。

本音を言ひますと、中学生時に教科書で読んだ時は、それほど心に届かなかつたのでした。当然ですな。恋愛といふものを知らぬ餓鬼が読んでも、精精表面上の意味をなぞるくらゐのもの。
しかしかういふものは、わたくしのやうな莫迦でも、夫れなりの経験を積めば十二分に鑑賞できるのであります。事実、大人になつて再読した際には、涙なしには読めなかつたことを白状しておきませう。

本来なら、こんな詩集は邪道かも知れません。いはば惚気話を読者に読ませる訳ですからな。しかし、死後60年を経ても衰へぬ人気を鑑みれば、光太郎智恵子の二人だけの狭い世界の作品ではないといふことでせう。読者は、「光太郎は俺のことだ!」と自らに重ね合はせ、慰め、心を満たしてゐるのではありますまいか。

あへて「若い人」にではなく、人生経験をある程度積んだ人に、もう一度読み直してはどうでせうかと、お薦めするものであります。わたくしのやうに、涙するかもしれません。



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二人が睦まじくいるためには
二人が睦まじくいるためには二人が睦まじくいるためには
(2003/10)
吉野 弘

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二人が睦まじくいるためには
吉野弘【著】
童話屋刊
2003(平成15)年10月発行


書名は、吉野弘さんの作品の中でも、最も有名と思はれる「祝婚歌」の冒頭部分から取られてゐます。
即ち。「二人が睦まじくいるためには/愚かであるほうがいい/立派すぎないほうがいい」
二人の門出に、かういはれると肩の力が抜けて、気取りや衒ひから解放されるやうな気がします。実に優しい言葉ではないでせうか。

吉野弘さんを知つたのは、20年くらゐ前でせうか、佐高信さんがやはり「祝婚歌」を紹介してゐたのを読んで興味を持つたのであります。
その後思潮社から出てゐる作品集を求め、さらに『感傷旅行』といふ詩集を偶然入手し、平易な言葉を駆使した人間賛歌に魅せられたわたくしであります。

佐高氏がしばしば引用してゐたのは、「正しいことを言うときは/少しひかえめにするほうがいい/正しいことを言うときは/相手を傷つけやすいものだと/気付いているほうがいい」といふくだりであります。
自分にとつて正しいと思はれたことが、相手にとつてもさうなのか、常に考へるやうになるきつかけになりました。
夫婦間のイザコザから国際的な外交問題まで、さういふ視点は基本ではないでせうか。

自分が気に入つた本があつても、他人に薦めることは滅多にないわたくしですが、本書は結構お薦めしてゐます。
今回は、新聞の紙面にひつそりと訃報が報じられた吉野弘さんの追悼の意を込めて取り上げました。
ご冥福を祈ります。

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一握の砂・悲しき玩具
一握の砂・悲しき玩具―石川啄木歌集 (新潮文庫)/石川 啄木

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一握の砂・悲しき玩具
石川啄木【著】
金田一京助【編】
新潮社(新潮文庫)刊
1952(昭和27)年5月発行
1968(昭和43)年3月改版
1992(平成4)年6月改版
2012(平成24)年6月改版


聞くところによると、2012年は石川啄木の没後100年ださうです。
死後100年経つても愛される啄木氏の短歌。只者ではないと申せませう。

『一握の砂』には、藪野椋十なる人物の序文が付されてゐます。ジャアナリスト渋川玄耳の筆名だとか。こんな筆名の人がゐるから、椋鳩十鳩椋十問題に拍車をかけるのではないか。関係ないですね。
「我を愛する歌」のトップには、有名な「東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる」が配置されてゐます。
総題の元になつた「頬につたふ/なみだのごはず/一握の砂を示しし人を忘れず」を押し退けての抜擢。その理由は金田一氏の「解説」で詳らかになつてゐました。なある。

『悲しき玩具』になると、生活感が丸出しの歌が多くなります。病苦、生活苦が窺はれて切なくなるのであります。
登場人物については、金田一氏が親切に解説してゐます。痒いところに手が届く。土岐哀果氏のあとがきとともに、我我の鑑賞を助けてくれます。

うん、良いですねえ。啄木。贅沢な御馳走を味はふやうなものです。枕元に置き、折に触れて好きな部分を読み返すのも良い。
今後も新たな読者を増やしてゆくことでせう。

では御無礼します。
正津勉詩集
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正津勉詩集
正津勉【著】
思潮社(現代詩文庫)刊
1982(昭和57)年8月発行

正津勉氏の詩を知るきつかけとなつたのは、以前もちらりと触れた雑誌「翻訳の世界」であります。
英語を母語とする人たちがチームを成して、日本現代詩のこまわり君といはれた正津勉の詩を英訳するといふ連載企画がありました。
座長のロバート・ワーゴ氏(本書で解説を書いてゐます)と男女ひとりづつの米国人、それに正津勉さん本人を含む4人の座談(でもないか)形式で英訳がずんずん進むのであります。
連載1回分につき1篇の詩が原則で、詩集『おやすみスプーン』及び『青空』を中心に選んでゐました。

翻訳に行き詰まると、詩人本人に「ここはどういふ意味か」などと尋ねたりして、リアル感があります。
「おやすみスプーン」には「わたしはおまえをひゃと舌にのせて」といふ一行があり、この「ひゃと」といふのはどんな副詞なのか、とか。あるいは「暑熱」での「わたしは視る」なるフレイズでは、「見る」とどう違ふのか、なんて問合せがあつたり。ちなみに詩人は「強いていへば意思がこもつてゐる」などと答へてゐました。

性と暴力を真つ向から扱ふ彼の詩に、拒否反応を示す人がゐるといふことは後で知りましたが、私は前記の連載を読んでゐて、全く気にならず、むしろ奥底にあるはにかみ、優しさに共感した覚えがあります。確かにまあ「蛆」なんて詩は、内容だけ追ふと「うげッ」となるかも知れませんが、同時に心地良さも感じるのであります。何度も繰り返し読んでしまふ。不思議と申せませう。

正津勉への質問「QUESTION35」がまた面白い。
わたしにとって「抒情」とは、抒情を笑殺する非情ともいうべきものである
(詩は)前衛? ノン! 詩は絶対に後衛にこそ拠って起つべきである
生涯に一度でいい。受付嬢がいて、ガードマンがいて、茶道部がある会社に通勤する自分を夢みなかった詩人がいるだろうか

児童記録やエッセイみたいなものも併録されてゐて、総合的に正津勉の世界が味はへます。イイよ。

紅い椿の花咲く森に
加藤芳明フォト・エッセイ集〈13〉紅い椿の花咲く森に (加藤芳明フォト・エッセイ集 (13))加藤芳明フォト・エッセイ集〈13〉紅い椿の花咲く森に (加藤芳明フォト・エッセイ集 (13))
(2008/12)
加藤 芳明

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紅い椿の花咲く森に
加藤芳明【著】
遊人工房刊
2008(平成20)年12月発行


一年の終りは、難しくて暗い本はやめて、かういふほのぼのしたのがよろしい。
加藤芳明さんの、現在のところ最新のフォト・エッセイ集であります。(第13集)

第1集「早春の小鳥たち」以来、清冽な印象を残す写真と詩で、独自の世界を展開してゐます。
手に取つてみると、つい時間を忘れて見入るキレイな写真です。
「森の生命」とか「自然への回帰」といつたところがテエマでせうか。
プレゼントブックにもおすすめであります。

実は、書店員の頃、加藤芳明さんの自宅にお邪魔したことがあります。
当時このシリーズは、トーハンや日販といつた大手の取次が不扱ひだつたため、納品のため直接岐阜県関市の自宅まで伺つたのであります。
若造(当時の私)相手にもすこぶる丁寧な応対で、気さくな人柄を思はせる方でした。炬燵に招かれ、蜜柑までご馳走になりました。加藤さんは覚えてゐないでせうが。
著者として、1000円前後の手頃な価格で読者に提供したいとの思ひから、安価で出版してくれる会社から本を出してゐるのだが、その出版社はトーハン、日販との取引がないので書店さんに不便をかける、みたいな話をされてゐましたね。(現在は取扱があるやうです)
ほかにも、写真にまつはる秘話、ご自身の健康の話(病気療養中だつた)など、色色な話を聞きました。
その暖かな人柄そのままの作風です。
機会があれば、ぜひ手に取つてみてください...