源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
日本語のために
日本語のために (新潮文庫 ま 2-2)日本語のために (新潮文庫 ま 2-2)
(1978/10)
丸谷 才一

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日本語のために
丸谷才一【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1978(昭和53)年10月発行


日本語といへば丸谷才一。丸谷才一といへば日本語。そんなイメエヂを強烈に植ゑ付けた一冊であります。「硬い評論と軟い随筆が同居してゐる風変りな本」(「あとがき」より)は、この後も『遊び時間』シリーズなどで継続されていきます。
国語教科書に関しては、本書が書かれてゐた時期、まさしく私は小学生だつたので、取上げられてゐる教科書には一部覚えがあります。ありましたねえ、子供に書かせた詩(のやうなもの)。理由ははつきり分からなかつたものの、読んでゐてとても恥づかしくなつた記憶があるのです。
教科書に載つた詩で、私が一番印象に残つてゐるものは、三好達治「土」であります。かういふのはやはり解釈よりもまづ感じることが先なのでせうね。

私が本書で最も衝撃を受けたのは、引用されてゐる志賀直哉の文章です。何と、日本の国語をフランス語にしやうといふ提案をしてゐるではありませんか。日本の文化の進展が阻害されてゐるのは、日本語のせいだと。それも自分の確固たる信念があるわけでもなく、「フランス語が一番よささうな気がするのである」...丸谷氏は「まつたく無茶苦茶な議論で、馬鹿につける薬はない」と断罪してゐます。そして更に不幸なことに、この意見はその辺のおやぢが酔つ払つて与太を飛ばしてゐるのではない、といふことですね。小説の神様といはれた、日本を代表する作家の発言であるといふことであります。まつたく暗夜行路ですなあ。
日本語ブウムといふのが断続的に起りますが、その都度本書に立ち戻り、大勢にミスリードされることなく一人ひとりが考へる責任があると申せませう。


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おんなひとりの鉄道旅
おんなひとりの鉄道旅 (BE‐PAL BOOKS)おんなひとりの鉄道旅 (BE‐PAL BOOKS)
(2005/09)
矢野 直美

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おんなひとりの鉄道旅
矢野直美【著】
小学館刊
2005(平成17)年10月発行


元はBE-PALといふアウトドア雑誌で連載されてゐたものです。イラストは『鉄子の旅』の菊池直恵さん。帯にも「いってらっしゃい、鉄子の旅へ!」と書いてあります。それにしても、この漫画家はいつも女性を寸胴に描くのでせうか。
全国40路線の旅が収録されてゐます。鉄子といつても鉄分はあまり多くないので、普通の人がローカル線ガイドとして読むのも結構。
地元の人たちとの交流が良いですね。矢野さんはテレビで拝見したことがありますが、相手に警戒感を抱かせずにアプローチするのが上手さうです。私が同じことをすれば、必ず相手は恐れおののいて逃げて行くでせう。
そして写真がとても綺麗ですね。フォトライターだから当然かも知れませんが、これらの写真を見てゐると時間を忘れるくらいです。
コラムでは、一人旅女性に対するアドバイスなどもあつて親切。通読するよりも、常に机の周辺に何となく置いて、くりかへし気に入つた箇所を眺める、といふ感じです。

ところでこの作品は、小学館からすでに文庫化されてゐます。文庫版は加筆されて、上下2分冊となりました。さらに菊池直恵氏の『鉄子の旅 ラピタ出張版』(旅の案内人・矢野直美)が収録されてゐて嬉しい(しかし縮小されて読みにくい!)。これから購入する人は文庫版が良いでせう。
ではまた会ひませう...

天使の相棒
天使の相棒―杉浦忠と長嶋茂雄天使の相棒―杉浦忠と長嶋茂雄
(2003/10)
ねじめ 正一

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天使の相棒 ―杉浦忠と長嶋茂雄―
ねじめ正一【著】
ホーム社刊
2003(平成15)年10月発行


ニュースによると、長嶋茂雄氏はフライデーの記事に激怒し、記事の訂正と謝罪を求めたさうであります。場合によつては訴訟になる可能性もあり、今後のフライデーの対応が注目されます。
かういふイザコザはチョーさんには似つかはしくないですね。しかし傍若無人な週刊誌の取材姿勢に一石を投じる意味では、ほかの誰が怒るよりも効果的でせう。

長嶋さんといへば、その天真爛漫さ。やはり学生時代から変らないのですね。ま、熱心な長嶋信者であるねじめ正一さんですから、理想化されてゐる部分もあるでせうが。
本書はその表題通り、「天使の相棒」たる杉浦忠さんの学生時代が中心になつてゐます。
豊田市に在住する私にとつて、杉浦氏は、郷土のヒーローであります。愛知県の挙母とは、現在の豊田市、挙母高校は現在の豊田西高校のこと。挙母(ころも)といふ地名は難読で、なかなか正しく読んでもらへないのと、有名な自動車会社の名前をアピールするため、昭和34年に挙母市は豊田市に改名したのでした。

共に南海ホークスへ入団しやうと約束した杉浦と長嶋。ところが長嶋は巨人へ入団すると杉浦に伝へます。長嶋はこの時かなり苦悩してゐたやうです。他の文献などで私が仕入れた情報ですと、長嶋はもつと能天気に「ようスギ、俺は南海へ行くのはやめたよ。巨人にするよ。やつぱり巨人は最高だよ」
みたいな感じで意思表明したことになつてゐるのだが、今まで想像してゐた印象と随分違ふのであります。まあ脚色されてゐるのだらうが。

2人の関係に対して、作者ねじめ正一氏の視線はまことに暖かく、安心して読めます。少しでもプロ野球に興味をもつ人なら楽しめる作物と申せませう。

最後の診断
最後の診断 (新潮文庫 ヘ 4-3)最後の診断 (新潮文庫 ヘ 4-3)
(1975/08)
アーサー・ヘイリー

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最後の診断
アーサー・ヘイリー【著】
永井淳【訳】
新潮社(新潮文庫)刊
1975(昭和50)年8月発行


今月6日に翻訳家・永井淳さんが亡くなりました。残念なことです。
永井淳さんと言へば、あの名翻訳家・大久保康雄さんの弟子に当ります。その大久保さんは、翻訳家といふ職業を確立した人。それ以前は、各分野の学者(つまり分かりやすい日本語を書くことが不得手な人)が片手間に手がけてゐたさうです。
ゆゑに昔の翻訳本は、生硬な直訳、日本語ならざる日本語が主流で、例へば観念的な哲学書などはさつぱり読んで分からない翻訳になつてゐました。戦前の岩波文庫などは酷い状態だつたと言ひます。
さらに困つたことに、その読んで分からない翻訳をありがたがる読者が少なからず存在し、あまつさへ通常の日本語の文章も翻訳調に影響された悪文が跋扈したのであります。
つまり私の中では、英米の文芸翻訳に関しては「大久保以前」「大久保以後」といふ分類が存在するのでした。

永井淳さんを語るつもりが、大久保康雄さんについて言を費やしてしまひました。失礼。
さて本書『最後の診断』はかつてのベストセラー作家、アーサー・ヘイリーの初期の傑作であります。まあ「傑作」だの「愚作」といつた評言はまことに主観的なものですから、聞き流してもらつて結構。

スリー・カウンティズ病院の病理部門では、旧態依然の古い体質が蔓延り、患者の治療にも悪影響が及ぶほどでした。原因は、病理の責任者たるジョー・ピアスンが改革を拒否し、現状を維持することに汲々としてゐるからなのです。外科部長兼医師会議議長のケント・オドーネルは、このままではいけないと危機感を抱き、改革実行のため、若きドクター、デーヴィッド・コールマンを招聘します。
コールマンはピアスンと対決し、病院の再生を目指すが...

ピアスンに対して「ざまあみろ」と思つたりしましたが、最後の場面では、コールマンと同じく「胸がいっぱいで言葉につまった」といふところでせうか。

人を動かす
人を動かす 新装版人を動かす 新装版
(1999/10/31)
デール カーネギー、Dale Carnegie 他

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人を動かす
デール・カーネギー【著】
山口博【訳】
創元社刊
1958(昭和33)年11月発行
1982(昭和57)年12月改版
1999(平成11)年10月改版


今勤めてゐる会社で、「箱研修」といふものを受講しました。これはなかなか良いものです。
社内のインストラクターが講師をつとめたもので、本式のものではありませんが、それでも充分さはりは伝はりました。誰もが内面に持つてゐる「自己欺瞞」を解明します。ほら、すぐ君は「箱」に入るんだから。もちろん私も。
「箱研修」については、以下のようなサイトがありました。のぞいてみませう。

http://www.arbingerjapan.com/seminar/voice2/index.html

この『人を動かす』は、すこぶる有名な自己啓発本ですが、自分が「箱」に入つてゐるかどうかを判定したり、「箱」に入つてしまつた身近な人との付き合ひ方を探つたりするのにも使へますね。
以前在籍してゐた会社で薦められて購買したのですが、何となく読まずにそのまま20年近くが経過し、今回やうやく読破したのであります。
当時はこの本の存在を知らず、カーネギーと聞いてもアンドリューと勘違ひして、「ん?鋼鉄王か?」などと言つてゐた。
そもそも「人を動かす」なんて不遜な感じがして、それも長らく本書を敬遠してゐた原因のやうな気がします。
しかし今回読んでみて、なるほどこれは評判になるだけのことはあるなあ、との感想を得ました。もちろん本書で述べられてゐる原則をそのまま行動できる人は稀でせう。たまさかできたとしても、その通りに人が動く保証もありません。
むしろ、自分が人間関係で問題を抱へてゐる時に指針を与へてくれるものとして受止めると良いでせうね。

津軽通信
津軽通信 (新潮文庫)津軽通信 (新潮文庫)
(2004/10)
太宰 治

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津軽通信
太宰治【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1982(昭和57)年 1月発行
2004(平成16)年10月改版


本日6月13日は太宰治の命日となつてゐます。ちなみに「桜桃忌」は6月19日で遺体が発見された日ださうです。その日は偶然にも誕生日と重なつたこともあり、19日を記念日としてゐるのでした。
それにしても、今年は生誕100周年で、太宰作品がいくつも映画化されますが、興行的に大丈夫なのでせうか。聞いたところでは、『ヴィヨンの妻』『斜陽』『パンドラの匣』そして『人間失格』...
うまく映像化できるのか、心配になるやうな作品ばかりですね。新聞記事で読んだところでは、『人間失格』は最後が余りに陰惨なので、映画では救ひのあるラストシーンに変へるとか。映画は原作に忠実に作る必要はないけれど、それはちよつと違ふのではないかな...ま、公開は来年らしいので、のんびり待つとしませう。

この『津軽通信』は、それまでの新潮文庫版に未収録の短編が収められてゐます。作風もいろいろ変化に富み、太宰作品としては傍系に属すると思はれる作品群ですが、まことに興味深い1冊であります。志賀直哉に酷評された『犯人』も収録されてゐます。志賀の批判は当つてゐないと存じますが、少し読むのは辛いですね。完成度は高いと思ふけれど、最後の落ちも含めて、救ひがないといふか、ハードボイルドである。
それでもなほ、本書は読んで欲しい1冊。ある意味、太宰の長編・中篇数冊分の精粋を含んでゐます。よろしく。

超・新幹線が日本を変える
超・新幹線が日本を変える超・新幹線が日本を変える
(2008/06/14)
川島 令三

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超・新幹線が日本を変える
川島令三【著】
KKベストセラーズ刊
2008(平成20)年6月発行


JR東海が、リニア新幹線の東京-名古屋間を自己資金で開通させると発表したのは2007年の12月でした。2025年の開通を目指すといふことです。
そして今回(今月8日)、松本正之社長は中間駅について「1県に1駅が適切」と表明しました。今後建設費をめぐつて地元との交渉が難航しさうですが、JR側が中間駅について正式に意思表示をしたのが初めてとあつて、注目を浴びてゐます。
それにしても、東京-名古屋間は自己資金で、といふ姿勢には老獪なものを感じます。いくら暫定開業とは言へ、名古屋止まりは不便である。名古屋以西へ行きたい人は、結局乗換へを強ひられることになります。ダイヤ作成上も大きな問題が生じるでせう。
関西財界や地元自治体が「新大阪まで一気に開通を!」と国に働きかけ、結局税金を投入して大阪まで造りさうな気がします。
中間駅について、川島令三氏は長野・岐阜の両県には不要と考へてゐるやうです。元々東海道新幹線のバイパスとして計画されてゐるからそれで良いと思ひます。山梨県に駅を設置するのは、実験線の用地確保に山梨県が協力したことで、旧国鉄と話がついてゐたといふことです。ああ。

本書は、現状の新幹線を俯瞰して見るには良いテクストと思ひますが、肝心の「超・新幹線(=リニア)」については、わづか十数ページで片付けられてゐます。また、基本計画新幹線についても同様で、展望につながる記述が少ないと感じるのは私だけでせうか。
そして、この本はなぜか誤字が多い。許容範囲を超えていますね。版元がベストセラーズであることと関係があるのか。「思草社」が倒産してしまつたからベストセラーズから出版されたのか。私は愛知県人なので、2ヵ所も「三川安城」と書かれるのは悲憤するものであります。
川島節自体は相変らず炸裂しまくつてゐますので、予備知識がない人が読むと面白いでせう。逆に事情通にとつては苛苛しながら読む、といふ可能性があります。ま、そんなところです。

文学の輪郭
文学の輪郭 (講談社文庫)文学の輪郭 (講談社文庫)
(1985/10/06)
中島梓

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文学の輪郭
中島梓【著】
講談社(講談社文庫)刊
1985(昭和60)年10月発行

かつて書店員の頃、ハヤカワ文庫の『グイン・サーガ』シリーズを定期購読の予約をしてゐたお客様がゐました。つまり、新しい号が出たらばあたしのために1冊キープしといてね、といふやつです。普通定期購読の対象となる出版物と言へば、週刊誌とか月刊雑誌でせう。小説のシリーズものは通常考へないと思ひます。それだけ『グイン・サーガ』は安定して発行されてゐた、といふ裏返しでもあります。何しろほぼ正確に2カ月ごとに新刊が出てゐたのですから、隔月刊雑誌と変りませんね。
先月26日、栗本薫さんの訃報に接した時にまづ連想したのが、そのお客様のことでした。きつと途方に暮れてゐるのではないだらうか。56歳、早すぎる死でした。

『文学の輪郭』は中島梓名義の、初の文芸評論です。講談社文庫版の表紙デザイン、何でせうか。背表紙がたくさん並んでゐますが...
埴谷雄高『死霊』、村上龍『限りなく透明に近いブルー』をそれぞれ極北・極南と位置付けて論じてゐます。文学に輪郭があるのか否か、私などには良く分かりませんが、これはあくまでも昭和52年当時の見立てで、やはり境界線は潮の干満のやうに常に動いてゐる曖昧なものと思はれます。
確か筒井康隆氏も、輪郭はアメーバ状にしていただきたい、実作者としては足を伸ばす余地が残つてゐる方が希望が持てると言ふ意味のことを書いてゐました。
また、文学はどこへ行くのかと構へながら、小説以外のジャンルを完全無視してゐることが気になりました。これならばいつそ『小説の輪郭』で良いのに。
そんなことを思ひながら読んでゐたのですが、文庫版あとがき「《ロマン革命》序説」にて、私の疑問はおほむね霧散したのであります。あたしはすべて解つてゐるんだからね、と言はれたやうな気分で、最後は心地良く読了できました。
この多作な小説家の、記念碑的評論と申せませう。

鉄子の旅
鉄子の旅 (1) (IKKI COMIX)鉄子の旅 (1) (IKKI COMIX)
(2004/11/30)
菊池 直恵、横見 浩彦 他

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鉄子の旅 1
菊池直恵【著】
横見浩彦【旅の案内人】
小学館刊(イッキコミックス)
2004(平成16)年11月発行


月刊誌「IKKI(イッキ)」にて、「新・鉄子の旅」の連載が開始されました(ただし、漫画家はほあしかのこさんに交代)。
そこで、前作「鉄子の旅」をおさらひすることにしませう。

漫画家のキクチナオエさんに、「トラベルライターが企画する旅に同行して漫画を描く企画」が飛び込みます。あへて詳しく説明しない編集者に、「やります!!」と即答するキクチでしたが、実際に旅が始まると、それは鉄道オタクの横見浩彦氏が計画する過酷な鉄道旅でした。鉄道に乗ること自体が目的で、酒なし美味しいものなし観光なしの旅です。怒るキクチでしたが、結局「昼食は駅弁にすること」を条件に引き受けるのでした。

鉄道情報漫画になるはずが、案内人横見氏があまりに特異でユニークな人物のため、横見氏本人の言動を中心としたギャグ漫画になつてしまひました。全く鉄道に興味の無いキクチの醒めた視線で描かれてゐるため、鉄道好きには物足りないかもしれません。私はあまり鉄分はないので、充分楽しめましたが。
特に後半になると毎回のように女性ゲストが登場し、ようやくタイトル通り「鉄子の旅」となつてきます。そしてアニメ化が決定!といふ盛上つてきた頃に連載が終了してしまひます。
しかしその後も各種イベントや限定復活などで、鉄子の企画は続いてゐました。それらをまとめたのが「鉄子の旅プラス」であります。従つて、「全7巻」ではなく「全6巻+プラス1巻」なのでした。
いずれにせよ、その後に起きたちよつとした鉄道ブームに一役買つたことには間違ひないでせう。
鉄道オタクに対する偏見を助長した部分もあるかな、とも思ひますが、先入観を持たずに読めば楽しめる漫画と申せませう。
さて、今後は新たな作者による「新・鉄子の旅」に期待しませう。横見さんは相変らずのやうです...
なぜ「英語」が聞き取れない、話せない
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なぜ「英語」が聞きとれない、話せない
グレゴリ・ストリカーズ【著】
根本政則【訳】
英友社刊
1979(昭和54)年11月発行


日本人の多くが、中学高校と6年間は英語を勉強するのに、自在に英語を使へる人が少ないのはなぜでせうか。グレゴリ・ストリカーズさんは、日本の英語教育が本物の英語を教へてゐないと指摘しました。また、聞き取りを軽視しすぎであるとも。本来、言語は「聞く」→「話す」→「読む」→「書く」の順番で覚えるのが自然なのに、日本では逆行して教へてゐるので、身につかない。

なるほど、水はワラで20はトゥウェニーと、ネイティブは発音記号通りに喋りませんね。しかしこの考へは「英語の学習開始は、早ければ早いほど良い」といふ意見に通じるものを感じて、私は警戒します。
現役の中学・高校生はこの本はむしろ読まない方が良いかもしれません。なぜなら、私がその頃に読んで、日本の英語教育に対して完全に信用を失つてしまつたからであります。どうせこんな授業を受けてもモノにはならないのだなあ、虚しいなあ。それまで結構あつた英語熱が一気に冷めてしまひました。試験対策もせず、宿題もやらないようになりました。ああ、それは本書のせいではありませんか。さうですね。

北九州市出身の英語教師に本書の話をすると、「この著者は日本の事情をあまり知らないから...」とつぶやき、グレゴリさんに懐疑的な姿勢を示したのでした。その時は「ははあ、自らが属する英語教育界を罵倒されたから批判するのだな」と邪推したものであります。「いや苦心、それは違ふよ」とたしなめる先生を後にして、私は帰途についたのでした。
先生、申し訳ありませんでした...