源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
語源の快楽
語源の快楽 (新潮文庫)語源の快楽 (新潮文庫)
(2000/07)
萩谷 朴

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語源の快楽
萩谷朴【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2000(平成12)年7月発行


本書はいろんな言葉の語源を解説する読み物。
取り上げる項目数は多く、これは萩谷版「語源辞典」と申せませう。
普段何気なく使つてゐる言葉の数々。その言葉がいかなる成り立ちを経てゐるのか、などと考へながら使ふことはあまりないと思はれます。実際私も本書の中で語源を知る言葉はほとんどありません。たぶん10以下でせう。
また、一般に定説と思はれてゐる語源も、萩谷朴氏による異説・新説が次々に開陳されて、本当は一体どれなのかますます分からなくなるのであります。

例へば「烏合の衆」。ここに出てくる「烏」とはカラスではなく鵜のことであるといふ異説を紹介してゐます。今までカラス以外のものを想像もしなかつた私としては、惑ふのであります。
あるいは「さばをよむ」の「さば」とは何か。皆様はご存知なのでせうか。無学な私は何となく魚の鯖だと思つてゐましたが、実は「散飯」または「生飯」と書き、握り鮨の職人が客の食べた飯粒を数へることを「生飯をよむ」といつたのだとか。中にはタチの悪い職人がゐて、飯粒の数を誤魔化して客から余分な代金を請求するやうになつた。その行為を「サバをよむ」といふやうになつたのださうです。関係ありませんが、昔青島幸男といふ人は「サバ云ふなコノヤロー」なるフレーズを流行らせたことがあります。
もうひとつ。相撲の「はつけよいや」は、発気揚揚が語源であると以前NHKで紹介してゐましたが、萩谷氏によると、これも違ふと書いてゐます。では何かといふと...まあ本書を読んでみてください。

かういふ話を仕入れて、話の種にするのもよろしいでせう。さりげなく会話に入れてみると「ほほう!」と感心されるかも知れません。
肩の凝らない読み物で、柴田ゆうさんのカバー絵やカットも楽しい一冊であります。

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妖かし大蔵新東宝
妖かし大蔵新東宝妖かし大蔵新東宝
(2001/05)
不明

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妖かし大蔵新東宝
那智史郎/繁田俊幸【編】
ワイズ出版刊
2001(平成13)年5月発行

戦後間もなく勃発した「東宝争議」。その結果、東宝から新東宝が分離独立しました。1947(昭和22)年のことであります。しかし如何せん経営母体が弱体であり、設立当初の理念を実現する映画制作が出来ません。主要スタアや監督たちは、東宝に戻つたりフリーになつたりで、次々と新東宝を去つてしまひます。
市川崑・成瀬巳喜男・溝口健二・五所平之助といつた名匠が佳作を撮りますが、経営の悪化には歯止めがかからず、再建のため、かつて日活の経営陣の一人だつた大蔵貢を社長に招聘するのです。
本書のタイトル『妖かし大蔵新東宝』の大蔵とは、この人を指します。

新東宝といへば「エログロナンセンス」が対句のやうに語られるのでありますが、それはこの「大蔵時代」に次々と粗製濫造された作品群であります。
「大衆の欲望に忠実たれ」と、芸術的作品を封印し、アクション・お色気・ホラー・コメディなど、良識派が眉をひそめる娯楽作品を連打します。
タイトルからして扇情的なものが多く、この点でも邦画他社と一線を画してゐます。試しにいくつかのタイトルを列挙してみませう。
「女真珠王の復讐」「絶海の裸女」「肉体女優殺し五人の犯罪者」「女体桟橋」「人喰海女」「汚れた肉体聖女」「九十九本目の生娘」「生首奉行と鬼大名」「少女妻恐るべき十六歳」...これらはほんの一部なのですが、なりふり構はず観客を集めやうとの意図がはつきりしてゐますね。

その大蔵体制も、放漫経営がたたり行き詰まります。そして1961(昭和36)年、つひに新東宝は終焉を迎へるのであります。本来ならかういふ映画群は歴史に残ることもなく忘れ去られる筈ですが、妙に根強い人気があるやうで、かういふ文献が平成になつてからも出版されるのはその証拠の一つでせう。何しろ新東宝崩壊後に生れた私みたいな者が夢中になつてゐのですからなあ。
そしてゲテモノ好きの皆様にもお勧めするしだいであります。あとがきにもかう書いてあります。
「本書を手にして「新東宝映画を観たい!」という衝動に駆られた読者の皆さん、あなたも我ら同様まんまと大蔵社長と新東宝宣伝部の妖かしの術中にはまってしまったのです」

さあ皆で新東宝映画を観て嗤ひ、いや笑ひませう。今ではかなりのタイトルがDVDソフト化されてゐますし、「チャンネルNECO」などでは毎月何らかの新東宝映画を放映してゐます。ちなみに8月は「女王蜂と大学の竜」「黄線地帯(イエローライン)」。いづれも傑作であります。
仲間が増えることを期待して、今日はここでお別れします。では。

終着駅へ行ってきます
終着駅へ行ってきます (河出文庫)終着駅へ行ってきます (河出文庫)
(2010/06/04)
宮脇 俊三

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終着駅へ行ってきます

宮脇俊三【著】
河出書房新社(河出文庫)刊
2010(平成22)年6月発行

終着駅といふ言葉には旅情をそそるものがります。
ここでいふ終着駅とは、列車の終点といふ意味だけではなく、線路がそこで途切れて文字通りの行止りの終点といふ意味であります。その終着駅のいくつかを宮脇俊三さんが訪れるのですが、駅の選定が渋いのであります。普通なら観光ガイドを兼ねるやうな書籍になりさうですが、宮脇さんにはさういふ思惑はほとんど無いやうに思はれます。

例へば北海道で取り上げてゐる終着駅...根室・根室標津・十勝三股・糠平・増毛・瀬棚。
根室はそれなりの町の筈ですが、そこまで行く路線は貧弱な単線が延びてゐるだけです。「どこへ行く当てもないけれど線路が敷いてあるから走るしかありません、といったような走り方である」(本書より)
眺望は良いけれど、これといつた観光地がある訳ではなく寂寞とした風景が続くだけであります。十勝三股へ向かふ代行バスでは、乗客は宮脇さんの他わづか2名でしたが、「いずれも鉄道ファンらしい若い青年である。訊ねてみると、はたしてそうで、一人は埼玉、一人は神戸から乗りに来たとのことであった。まともな客はひとりもいないのだ」(本書より)といふ笑へない現状。

特に象徴的なのは、私が住む愛知県にある、武豊線武豊駅であります。
本文にもありますやうに、武豊線は東海道線よりも古い、由緒ある路線で、何かと数奇な経緯をたどつてゐます。歴史に造詣の深い宮脇さんとしては「私には歴史的な思い入れや判官びいきがあって、このシリーズに武豊線は欠かせないと信じている」(本書より)のでありますが、一般の人が乗つても何も面白くないでせう。沿線風景も平凡、終点に観光地もありません。しかし宮脇氏の筆になると、行きたくなつて、うずうずするのでした。
これこそ文章の力と申せませう。

河出文庫6月新刊ですが、内容は25年以上も前の鉄道事情が述べられてゐます。廃線によつて現存しない終着駅が多いですので、注意が必要であります。では。

自分で調べる技術
自分で調べる技術―市民のための調査入門 (岩波アクティブ新書)自分で調べる技術―市民のための調査入門 (岩波アクティブ新書)
(2004/07/06)
宮内 泰介

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自分で調べる技術―市民のための調査入門
宮内泰介【著】
岩波書店(岩波アクティブ新書)刊
2004(平成16)年7月発行

一般人でも調査は難しくない、と著者は述べます。
さう言はれてもやはり尻込みしてしまふのが普通の反応でせう。
著者の言ふ通り、私たちは政府や専門家の「お客さん」に成り下がつてしまつたやうです。
批判し、論評はしますが、自分は何も行動しない。特にマスコミ批判は素人論客の大好物ですね。
マスコミの報道で満足しないのなら、自分で調査してみよう!といふ提言が第1章と申せませう。

第2章では資料・文献調査の方法を教へてくれます。インターネットで調べる人は多いでせうが、調べ方によつては逆効果の場合があるといふことです。いふまでもなく信頼性の問題ですね。これは大方の人が感じてゐるのではないでせうか。趣味性の強いページなどは、発表者の思ひ入れが過ぎて事実を歪めてゐることが間々ございます。
他に文献・新聞・統計資料の入手方法が説明されてゐます。問題はここから......

第3章で、いよいよ「フィールドワーク」の説明に入ります。先入観を排するために、まづ本当にその問題が存在するのかを認識することが必要だと分かります。本書の例を挙げると、少年犯罪が増えてゐる問題について調べたい場合、白書の類に当つてみると、実は少年犯罪は減少し続けてゐることが分かり、そもそもその「問題」は無い、といふことが判明するのであります。
フィールドワークは、聞き取り調査を軸にしながら、観察・体験・記録などを同時にする立体的な作業であると説きます。私などはローカル鉄道の問題などで、せいぜい行政(自治体)に聞いたり、乗客や駅前商店街の人と話をしたりする程度であります。しかし、素人の場合、そんなものぢやないかな、と自分を慰めたりして。

第4章は、「まとめかたとプレゼンテーション」。ほつたらかしてゐると、せっかく集めた資料や記録が散逸しますね。著者は二つ折りのフォルダを推薦してゐますが、まあ自分に合つた方式でもいいでせう。
論文化するに際して、まづアウトラインを、といふ助言はまことに的確でした。実際に頭を使ひ、頭を悩ますのは本文よりもアウトラインであることはしばしばであります。

単なるノウハウ公開の本といふよりも、今日の一般市民の尻を叩くといふ側面が大きいのではないでせうか。
行政やマスコミに文句をつけるだけの日々から脱却しませう! 自分たちのことは自分たちで調べませう!なんて感じですかね。

英語と私
英語と私英語と私
(1970/07/25)
松本 亨

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英語と私
松本亨【著】
英友社刊
1958(昭和33)年10月発行
1970(昭和45)年7月改訂


NHKラジオ「英語会話」の講師を長年担当した松本亨氏。もつとも私が「英語会話」を聞き始めた時はすでに退いてゐて、講師は東後勝明氏に代つてゐました。ネイティブゲストはマイケル・ジョン・リトルモアさんとデブラ・ロハスキーさんだつたと記憶してゐます。マイケルさんは、自分の名前はリトルモアだが、もう少しといふ意味ではないなどとつぶやいてゐました。東後先生がマイケルさんに呼びかける時は、「マイコォ」と聞こえました。

さて本書は松本亨さんがいかに英語に関つてきたかを中心に述べる自叙伝とでも申せませうか。
彼が初めて渡米したのは1935(昭和10)年。もうすでに戦雲は漂つてゐたやうです。そして滞米中に日本は真珠湾攻撃で宣戦布告します。当然日本人である松本さんの立場は悪化するのであります。
しかし持ち前の英語力で各地で講演を重ね、反日家たちの理解を得ていきます。むしろ同じ日本人たちからのやつかみの方が辛かつたのではないでせうか。

今でこそ「英語で考える」といふ思想は珍しいものではありませんが、昔の(今も?)英語教育は、文法中心で、英文和訳が幅を利かせてゐました。会話をしても、頭の中で相手の英語を和訳し、返答を日本語で考え英訳した上で口に出すといふプロセスでは、とても英語は身につかないと主張したのであります。
英語が不得手なために、日本は国際社会に於いて不当に貶められたり、不利な扱ひを受けたりするのを目の当たりにしてきて、そのたびに歯軋りして悔しがつた松本亨さんだけに、拝聴するに値する内容となつてゐます。

語学習得については、近道はないやうです。楽をしたいと思つた瞬間に上達は遠のいて行くのでせう。古い本ですが、現在でも十分通用するのであります。今はさまざまなツール類が揃い過ぎて、学習者を過保護にしてゐるきらひがありますね。利用できるものは利用すればいいと思ひますが、手を抜いてはいけません。

ところで本書の最後のあたりで、森といふ人物が出てきます。この人はのちの松本亨高等英語専門学校の代表になる森喬伸氏にほかなりません。業務上横領などで逮捕されてしまひましたが(その後無罪となる)、若い頃は松本氏に傾倒して純粋に英語教育に身を捧げやうと決意してゐたに相違ありません。今でもテコンドー連合の会長なのでせうか。英語教育一筋に生きてきた師匠の背中を見なかつたのか......

蒲田行進曲
蒲田行進曲 (角川文庫 緑 422-7)蒲田行進曲 (角川文庫 緑 422-7)
(1982/08)
つか こうへい

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蒲田行進曲
つかこうへい【著】
角川書店(角川文庫)刊
1982(昭和57)年8月発行


つかこうへいさんの作品はあまり読んでゐませんが、訃報を聞いてこの本を開いてみました。
「蒲田行進曲」小説版であります。映画は3回ほど観ました。
最初に観たのは、高校で鑑賞会みたいなものがあり、講堂といふか体育館みたいなところで観た覚えがございます。高校生の私は「純愛物語だな」と理解して満足しました。映画の中には、青少年向きではないシーンもあり、女性の先生たちは目をそむけてゐました。そんな反応をするなら生徒に見せなきやいいのに。

小説版は元元「銀ちゃんのこと」といふ題名でしたが、「蒲田行進曲」に改題されました。元の題の方が内容に相応しいと思はれますが、商売上の都合でせうか。
二部構成で、前半が「ヤスのはなし」。大部屋俳優ヤスを語り手にして、「銀ちゃん」から小夏を押し付けられるところまで。後半は「小夏のはなし」。小夏が語るその後の展開。階段落ちの結末は?

三者三様の、何と不器用で無様な愛情表現なのでせうか。泣けますねえ。「つかさん、ありがとう」とお礼を述べたくなりました。

では、今夜はこれで左様なら。

市川雷蔵かげろうの死
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市川雷蔵かげろうの死
田山力哉【著】
社会思想社(現代教養文庫)刊
1988(昭和63)年2月発行

3篇の「実名小説」が収められてゐます。それぞれ市川雷蔵・田宮二郎・中平康が主人公となつてゐますが、いづれも華麗なる名声を得ながら不遇の晩年を迎へたといふ共通点があります。

まづは表題作「市川雷蔵かげろうの死」。数奇な出生を経てゐる点で、当り役の眠狂四郎と重なる部分があります。世が世なら彼の名前は、名跡「市川新蔵」を継ぐところだつたのですねえ。名門の子供でなかつたおかげで、雷蔵の名前が転がり込んできた。その後自らの活躍によつて市川雷蔵は大きな名前になりましたが、襲名当時は旧態依然たる歌舞伎界に嫌気がさしてゐたことでせう。
タイトルは作中の雷蔵のせりふから。余生の短いのを悟つたのか、次のやうな言葉をつぶやくのであります。

「...かげろうは朝の九時に生まれて夕方の五時に死ぬそうや。そうするとこの生きものは夜というものがあることを知らんことになる。あと五時間の生命があったらなあ......もしぼくが今死んだら、ぼくの人生は逆に夜ばかりやったような気がするわ。今がようやく夜明けゆうとこや。」
「ぼくは太陽が空の真ん中にあがった白昼を知らんで死ぬのがいやなんや。わびしいなあ。夕陽の沈むのも見とどけて死にたいなあ。」


2作目は「田宮二郎いのち純情の死」。ポスタアの配役序列を不満として抗議し、結果的に大映を解雇された田宮二郎。五社協定があつた当時は、他社の映画にも出演できず、不遇を託つ日々でありました。彼は野心家としてはあまりに純粋すぎたのではないでせうか。タイムショックの司会で人気を博したが、彼は不満だつたでせう。

最後は「闇に堕ちた監督・中平康」。映画監督としてまづ最高のスタアトを切つた中平康。それだけに思ふやうな映画が撮れなくなつた後年の無念はいかばかりか。かつて叱り飛ばした後輩が自分を越す名声を得る。酒に溺れる日々もむべなるかな。

一世を風靡し、名声を手に入れながらも懊悩する映画人たち。著者田山力哉氏の筆力によつて、すぐれた「フィクション」の主人公として蘇つたのであります。これまた絶版ですが、一読の価値はございます。


ただ栄光のために 堀内恒夫物語
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ただ栄光のために 堀内恒夫物語
海老沢泰久【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
1995(平成7)年7月発行

目前に迫つた参議院選挙。自由民主党から比例代表での出馬を決めてゐる堀内恒夫氏。スポーツ省の設立が目標であると語つてゐます。大丈夫かね。
若い世代には堀内恒夫といつても、ピンと来ないかも知れません。低迷した讀賣ジャイアンツで苦渋の表情ばかり見せてゐた監督として記憶してゐるでせうか。

しかし彼は野球人としては、不世出の素質を持つた男として登場したのであります。甲府の高校を卒業後、讀賣に入団して一年目からエースの働きをしました。開幕からの13連勝を含む16勝(2敗)を挙げ、タイトルを総なめしたのであります。彼の不幸は、川上監督を始め、その後の長嶋監督、藤田監督とすべての監督にうまく起用されなかつたことがまづ第一でせう。結果的に20勝以上を挙げたのがたつた一度だけ(26勝)といふのも、堀内を知る者にとつては信じ難いのです。
V9のエースと呼ばれ、200勝も達成したのだから、何の悔いもない現役人生ではないかと人はいふかも知れません。さはさりながら、きつと本人は「こんなはずではなかつた」と、もつと俺はやれたと内心で思つてゐるのではないでせうか。そしてその思ひは妥当なものであると私などは勘考するのであります。

海老沢泰久さんの『ただ栄光のために 堀内恒夫物語』を読むと、栄光の部分よりも、野球の天才ゆゑに他者から理解されぬ堀内投手の、苦悩の部分が印象に残ります。読者には取材した結果を平易な文章で提供するが、作者が主張することはない。却つて堀内の悲しみや怒りが伝はつてくるのであります。
堀内投手の天才ぶりを改めて見せ付けられたといふところでせうか。
こんな選手が日本のプロ野球に存在したことを記録してくれた本書は、多くの人に読んでもらひたい。ところが絶版なのです。おお。

ついでながら、選挙には出て欲しくなかつた...

知的生産の技術
知的生産の技術 (岩波新書)知的生産の技術 (岩波新書)
(1969/07/21)
梅棹 忠夫

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知的生産の技術
梅棹忠夫【著】
岩波書店(岩波新書)刊
1969(昭和44)年7月発行

梅棹忠夫氏逝く。朝刊の1面に訃報が掲載されてゐました。改めてその存在の大きさを思ふのであります。
公式な肩書きは民俗学者といふことになるのでせうが、広く一般の読者を魅了してゐたと思はれます。
中学校の教科書で初めて出会ひ、その文章では自分はあまり読書をしないといふ話を堂々としてゐました。
当時の学校教育では、本を読むこと=善、読まないこと=悪といふ空気がぷんぷんしてゐたので、新鮮に感じたものです。

『知的生産の技術』は、梅棹氏の著作の中では、おそらく3本の指に入るくらゐ、広く読まれてゐると考へます。根拠はないけど。41年前のこの本が、今でも読まれてゐるといふ事実がまづ驚異ですね。情報整理の考へ方と技術を伝授する本としては、その思想は現在でも通用します。もちろん駆使するツール類は変るでせう。しかし発見の方法や、記録する意義、いつでも取り出せる整理の仕方などは、PC時代でも思想は変らない。

「ペンからタイプライターへ」の章は、もちろん今では古い内容になつてゐます。1960年代後半の、日本語の表記問題がどう揺れてゐたのかが分かる文章です。臨場感がありますね。いふまでもなく日本語ワープロの出現によつて、ここに書かれてゐる問題のほとんどは解決してしまつてゐます。同時に、国語ローマ字化運動もなりを潜めました。当然ですね。やはりひらがなが多い文章は読みにくい。
日本語=非論理的言語論といふ、かなりの知識人も唱へてゐた主張をあつさりと否定するところも愉快であります。非論理的なのは、日本語ではなくそれを書く人間のことでした。

最近は本屋の岩波新書コーナーへ行つても、新赤版しかないことが多いので、本書を入手するには注文した方が早いと思はれます。ちなみに岩波新書は赤→青→黄→新赤の順に刊行されてゐます。
ところで気になるのは、「只棹埋男」なる人物が出てくる本のこと。何といふ書名なのか...

返品のない月曜日
返品のない月曜日―ボクの取次日記 (新風舎文庫)返品のない月曜日―ボクの取次日記 (新風舎文庫)
(2003/10)
井狩 春男

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返品のない月曜日 ボクの取次日記
井狩春男【著】
新風舎(新風舎文庫)刊
2003(平成15)年10月発行


この本は以前「ちくまぶっくす」の1冊として刊行されてゐました。それを当時読んだ記憶があります。おそらく学生時代か、本屋に入社して間もない頃であらうと思はれます。従つて、出版事情も現在は当時とはかなり変化があると考へられます。新版が出てゐましたので再読しました。
著者は取次会社「鈴木書店」にて「日刊まるすニュース」を一人で担当、執筆してゐた人。取次とは出版社と書店をの中間に存在するもので、他業界でいふと「問屋」に当たるものでせう。
そして日刊まるすニュースとは、鈴木書店と取引のある書店向けに提供してゐた「瓦版」と申せませう。

私が働いてゐた書店では鈴木書店との取引はありませんでしたが、学生時代にアルバイトしてゐた書店では主取次でしたので、そこで幾度か「まるすニュース」を目にした記憶がございます。手作り感覚満載の情報が紙面から溢れんばかりでした。本書にも実物が掲載されてゐます。何しろたつた一人で日刊(日・祝のぞく)発行するのだから、並大抵の苦労ではなかつたと思ひますよ。単なる本好きでは務まりません。いかに取引書店の役に立つかといふ視点で書かれてゐるので、好評をもつて迎へられたのでせう。
そのアルバイト先の書店は、大学構内の書店だつたため、主取次が鈴木書店で、補完する存在としてトーハン(当時は「東京出版販売」)とも取引がありました。ゆゑにまだ素人だつた私は、トーハンよりも鈴木書店が大きい会社だと思つてゐました。

当時はまだ知られてゐなかつた「取次」といふ会社を知つてほしいといふ意図も見えます。書籍全般に関するうんちくも述べられてゐてなかなか面白い。版型のA版・B版とは元々何なのか、海外で日本の雑誌が日本より早く売られてゐるのは何故か、奥付にはどんな決まりがあるのか、出版社・書店を作りたい人へのアドバイスなど、興味をそそられます。
また「絵本の話でも...」で紹介されてゐる絵本のリストがありますが、これは間違ひなく現在でも通用します。子供に贈るおすすめ絵本といふ意味でも、書店の児童書における基本図書の意味でも押へておきたい書目でございます。

残念ながら、その後鈴木書店は倒産してしまひます。当時の「新文化」の記事では、見通しの甘さが指摘されてゐます。岩波書店に債務を肩代りしてもらつてゐたやうです。
関係ありませんが、トヨタ自動車本社前にも「鈴木書店」なる店がありました。今はどうなつてゐるのか...と思ひ調べてみたら、今も営業中のやうです。以前行つたのは、今はなき名鉄挙母線のトヨタ自動車前駅から行きましたので、少なくとも38年前といふことになります。おお。