源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
すべての子供たちに
bf0289_ms.jpg

すべての子供たちに―ボリス・ヴィアン詩集
ボリス・ヴィアン【著】
ミッシェル・グランジェ【絵】
永瀧達治【訳】
マガジンハウス刊
1994(平成6)年6月発行


ボリス・ヴィアンの詩とミッシェル・グランジェの絵。両者を結託させたのは訳者である永瀧達治氏。訳者あとがきで、自らのこの所業を自慢気に語ります。お茶目なのです。
と訳知り顔をしてゐますが、ミッシェル・グランジェといふ人は知りませんでした。
なんだか、エキセントリックといふか、苛立ちを隠せないやうな作風。必ず球体(地球)が登場します。
グランジェとヴィアン、二人の共通点はあまり感じられませんが、それが良いのかもしれません。

死神に向つて「君は何と辛抱が足りないことか」と詰め寄るボリス・ヴィアンには、無上の優しさを感じます。同時に諧謔精神、厭世観が適当に混つてゐます。JAZZYであります。
彼の、訳の分からない小説に比して、この詩集では真にストレートに挑発してゐます。
例へば『北京の秋』を読んで(あるいは通読できずに)、ボリス・ヴィアンから離れた人がゐましたら、本書を読んで、もう少し彼にお付き合ひください、とつぶやきたくなるのです。

スポンサーサイト
武蔵野
武蔵野 (岩波文庫)武蔵野 (岩波文庫)
(2006/02/16)
国木田 独歩

商品詳細を見る

武蔵野
国木田独歩【著】
岩波書店(岩波文庫)刊
1939(昭和14)年2月発行
1972(昭和47)年8月改版
2006(平成18)年2月改版


武蔵野とはどこを指すか。無論今の武蔵野市のことではありません。武蔵野線も関係ないですな。しかし武蔵野線は都心からの放射状レールと違ひ環状線(半環状線)なので、駅間にはそれなりの趣があります。
それは兎に角、本文の中では筆者国木田独歩の朋友の見解として、次の意見が開陳されてゐます。

まず雑司谷から起こって線を引いて見ると、それから板橋の中仙道の西側を通って川越近傍まで達し、君の一編に示された入間郡を包んで円く甲武線の立川駅に来る。(中略)さて立川からは多摩川を限界として上丸辺まで下る。(中略)そして丸子から下目黒に帰る。(中略)以上は西半面。
東の半面は亀井戸辺より小松川へかけ木下川から堀切を包んで千住近傍へ到って止まる


今から百年以上も前のスケッチであります。痛快といふか、何だか気持ちがほぐれる文章と申せませう。
同時に貴重な記録にもなつてゐます。

さて表題作「武蔵野」以外も佳作快作傑作が多く収録されてゐます。
「忘れえぬ人々」の叙情性。最後の一文が効いてゐます。「鹿狩り」では、誰でも記憶のある少年時代の心細さみたいなものが感じられます。
「河霧」の豊吉くん、良い味出してゐます。「小春」「初恋」「糸くず」...皆良いですね。
明治の作家たちが古典の棚に納まる中、国木田独歩はまだ読まれてゐるやうですが、その理由が分からうといふとものであります。

*新潮文庫版もあり。

鉄道ひとつばなし3
鉄道ひとつばなし3 (講談社現代新書)鉄道ひとつばなし3 (講談社現代新書)
(2011/03/18)
原 武史

商品詳細を見る

鉄道ひとつばなし3
原武史【著】
講談社(講談社現代新書)刊
2011(平成23)年3月発行


知らないうちに第三弾が出てゐました。「波」での連載ももう15年ださうで、まさかの(失礼)長寿企画となつてゐますね。
ネタ切れを心配する向きもありますが、原武史氏と鉄道のつきあひ方は常人(普通のテツ、といふ意味)とはいささか趣を異にしてゐて、引き出しが豊富なのであります。

なかんづく天皇・皇室と鉄道の関連については、やはり唸らせる記述であります。『「鉄学」概論』と被るところもありますが、やはり面白い。一冊丸ごと「皇室と鉄道」をテエマにした本を出していただきたく思ひます。
鉄道を語るならば、社会とのかかはりや、その地域の歴史とかが絡むと俄然興味が沸くものです。
まださういふ文章の書き手は少数なのが現状であります。原氏の著書はまことに貴重な存在と申せませう。

日本映画俳優全史 男優編
13163712_mbs.jpg

日本映画俳優全史 男優編
猪俣勝人/田山力哉【著】
社会思想社(現代教養文庫)刊
1977(昭和52)年11月発行

表紙は大河内伝次郎、赤木圭一郎、そして高倉健。しぶいのであります。
脚本家の猪俣勝人さんと映画評論家の田山力哉さんの共著。お二人とも既に故人となつてしまひました。

本書は男優編ですが、女優編・現代編もあるやうで、これらも入手したいところであります。
さて第一部と第二部に分れてゐて、第一部はいはゆる大スタア、スタア中のスタア(と著者が考へる)が取り上げられてゐます。
黎明期の尾上松之助(目玉の松ちやん)から現代の草刈正雄までちやうど50人。まあこの人選は妥当なところと申せませう。ただ、1977(昭和52)年当時にはまだ歴史的評価の定つてゐなかつた人たちが数人加はつてゐて、今から見ると「ウーム」となりますが、これはこれで面白い。
第二部はそれ以外のスタアが年代順に並んでゐます。三島由紀夫や新御三家、コント55号の二人も収録され、あれまあと思ひます。さすがに第二部になると、その人選は意見が分れるところでせう。

かういふ種類の本は、古ければ古いほど内容が充実してゐる傾向があるやうです。
ところが「宍戸錠」の項で、次のやうな記述があり仰天しました。

(前略)その当時はまだ非常にやせて繊細な学生タイプであった。その彼が頬がふくらむ病気に掛ったとかで顔が大きくなり、身体全体が肥ってデカくなって、すっかり豪放なキャラクターに一変、(後略)

「頬がふくらむ病気」...ギャグで書いたのでもなささうですが。宍戸錠さんの頬が突然ふくらんだ理由は有名な話でありますが、当時はさうでもなかつたのか。

ま、それはともかく、古い映画の鑑賞時には役に立ちます。一人の俳優人生にも栄枯盛衰といふかドラマがあつて興味深いですね。


落ちこぼれの英語修行
110404_091412s.jpg

落ちこぼれの英語修行―異文化のかけ橋をめざして
國弘正雄【著】
日本英語教育協会刊
1981(昭和56)年8月発行


中学校に進学し、新たに英語を学び始めた頃。
新しい科目といふことで、希望に燃えてゐましたね。そんな時分を思ひ出す書物であります。

若い世代に向けて、「余は如何にして英語達人となりし乎」を語つてゐます。否この言ひ方は誤解を招きますかな。
もちろんタイトル通り英語修行の話が中心なのですが(しかし國弘正雄氏は全然落ちこぼれではない)、これから世に出る若人にとつて、まことに参考になるであらう話が満載であります。

通訳を目指す人たちには、まづ日本文化や歴史・宗教を含めた日本語に堪能であることが必要であると説きます。翻訳家の方たちも同様のことを言ひますね。
それに、さまざまな分野に精通してゐなくてはなりません。ゴルフプレイヤーにインタビューするには、当然ゴルフについて熟知してゐる必要がありますが、案外それに気づかない人が多いらしい。

同時通訳の神様とまで呼ばれた著者の半生記としても読めるのですが、眠つてゐた向学心といふものを呼び覚ましてくれる書物であります。同時に好奇心といふものが薄れてゐる自分に気付き、一人赤面してゐます。
要するに若者のみならず、万人向けの内容と申せませう。