源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
ヤクザが店にやってきた
ヤクザが店にやってきた―暴力団と闘う飲食店オーナーの奮闘記 (新潮文庫)/宮本 照夫

¥500
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ヤクザが店にやってきた-暴力団と闘う飲食店オーナーの奮闘記
宮本照夫【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2009(平成21)年9月発行


川崎市で飲食店を営む著者は、長年「暴力団出入り禁止」の方針を貫いてゐます。
これは言葉でいふほど容易いことではありません。
強固な意志と覚悟はもちろんのこと、その方針を貫くことによつて生じる様様な事象に対して責任を持たねばならないのです。
従業員に危険が及ぶこともあるでせう。しかし社長は先頭に立つて彼らを守らねばならない。
宮本照夫さんは見事にそれをやつてのけてゐるのであります。

飲食店のみならず、すべての小売業で(大小の差はあれど)同じ悩みを抱えてゐるのではないでせうか。さういふ自分も、DVDレンタル店やAVショップやネットカフェなどで仕事をした経験がありますが、なんとか組と名乗る人々は、どこからともなくするすると近付いて来るのであります。
こちらの言葉尻を捉へて窮地に追ひ込むのが得意です。緊張するのです。大声を出されると、恐くて不当な要求につひ屈してしまひさうなのです。

そんな自分から見ますと、宮本照夫さんの姿勢はまことに尊敬に値すると申せませう。巻末の「宮本照夫の暴対法」は、サアヴィス業に関はるすべての人が必見すべき内容で、参考になるのであります。
読み物としても完成度が高い。まあ、読んで損はありますまい...
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せどり男爵数奇譚
せどり男爵数奇譚 (ちくま文庫)/梶山 季之

¥861
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せどり男爵数奇譚

梶山季之【著】
筑摩書房(ちくま文庫)刊
2000(平成12年)6月発行


「せどり」といふ言葉は古本屋特有の符牒かと思つてゐましたが、別段さういふわけでもないやうです。先日も、ある中古ゴルフ用品屋のおやぢが「大阪方面でせどりをしてきた」などと語つてゐました。要するに転売を目的に同業者から仕入れる、といふ意味合ひで使はれてゐるみたいです。

本書のせどり男爵とは、本名を笠井菊哉といひ、透明なカクテル「セドリー」を愛飲する古書店主であります。古書蒐集にかけてはひとかどの人物。
このせどり男爵が自ら遭遇した六つの物語を、文士である「私」に語る形式になつてゐるのでした。

幻の『ふらんす物語』の蔵書票の謎を追ふ話、韓国まで稀覯書を求める団体旅行での虚虚実実、沙翁の初版本『フォリオ』をめぐつて争つたヤッスーン夫人、どうしても手に入れたい古書のためには平然と殺人まで犯す男、『邪悪聖書』を人の皮で装丁する猟奇的な装丁家...

本作に登場するのは、もはや単なるビブリオマニアではなく、ちょつとイッテしまつた人たちと申せませう。
読む前は、梶山作品にしては地味な題材かと思ひましたが、それは間違ひでした。カジヤマニアでなくても納得の一冊ではないでせうか。

あゝ野麦峠
あゝ野麦峠―ある製糸工女哀史 (角川文庫)/山本 茂実

¥540
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あゝ野麦峠-ある製糸女工哀史
山本茂実【著】
角川書店(角川文庫)刊
1977(昭和52)年4月発行


映画化もされ女工哀史の代名詞となつた『あゝ野麦峠』。「アー、飛騨が見える、飛騨が見える」と口にして息を引き取つた女工・政井みねが有名になりました。
著者は数百人に及ぶ元女工に取材し、本書を世に問ふたのであります。
明治の文明開化を支へたのは、劣悪な労働条件に耐へたかういふ女性たちでした。

ではこれら製糸工場の親方たちは、女工たちをアゴでこき使ひ、自分は涼しい顔で楽をしてゐたのでせうか。どうやらさうではなく、親方も自ら水車を回すなどして、労使ともに額に汗してゐたやうです。
製糸工場の運営の実情はまことに心細く、女工たちの待遇が悪いのも「無い袖は触れない」といふのが正確なところみたいです。
世の中のどこかにシワ寄せが行かないと、あの驚異的な国力増強は無理だつたのでせう。昭和戦後の高度経済成長も、終身雇用を前提とした会社に忠誠を誓ふモーレツ社員が主流だつたからですね。無責任男なんてとんでもない! 滅私奉公。

さらに意外な話。著者による糸ひきの後日調査の結果を見ると、必ずしも女工さんたちは悪い思ひ出ばかりではないみたいです。
出される食事は「うまい」が大多数、労働も「苦しい」よりも「楽」を選んだ人が多く、賃金についても「高い」と評価してゐます。総括は「行ってよかった」が圧倒的でした。
しかし体調が悪くても働かされるとして、病気については「冷遇」が多いとか。

日常の労働よりも、冬の野麦峠の往復が辛かつたやうです。何しろ熟練の荷受家業の男でも遭難することがある危険な道程。女工たちは一年の給金を故郷の父母に届けるために、命がけで野麦峠を渡るのでした。涙。
間違ひなく当時の日本経済を支へた女性たち。わたしらもその恩恵を受けてゐると思へば感謝であります...
昭和八年渋谷驛
源氏川苦心の快楽書肆

昭和八年澁谷驛
宮脇俊三【著】
PHP研究所刊
1995(平成7)年12月発行


宮脇俊三さんは幼時より渋谷近辺に親しんできました。で、渋谷に関して書いた文章を集めて一冊にしたのが本書であります。
寄せ集めの印象はなく、まとまりのよい内容。
白木屋の火事・東京音頭・忠犬ハチ公・玉電と地下鉄...『時刻表昭和史』の渋谷限定版みたいです。

分量の薄さを補ふため、後半に座談会が収録されてゐます。
宮脇氏とは小学校で六年間同じクラスだつたといふ、奥野健男(文芸評論)・田村明(建築学・都市政策)の両氏を迎へての思ひ出話。本書のために再会したのださうです。友情。いいね。
それにしても皆さん大した記憶力です。小学校の入試問題まで覚えてゐるとは。奥野氏が国府津の駅名を「クニフツ」と読んでゐたといふのは笑へます。

「渋谷」への愛情が詰つた微笑ましい一冊と申せませう。
しかし本書はまだ一度も文庫化されてゐません。何故だらう。最近宮脇氏の旧作を再文庫化してゐる河出文庫あたりから出ないかな?

昭和八年 渋谷駅/宮脇 俊三

¥1,377
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実戦・世界言語紀行
実戦・世界言語紀行 (岩波新書)/梅棹 忠夫

¥798
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実戦・世界言語紀行
梅棹忠夫【著】
岩波書店(岩波新書)刊
1992(平成4)年1月発行


民俗学者として世界各地を巡つた著者。
それぞれの土地で現地の言葉を学び研究してきた記録であります。

梅棹氏の外国語との付き合ひ方は、趣味でも教養でもなく、現地の民族をより深く理解するための手段のやうです。したがつて目的を達すればたちまち忘れてしまふ。まあそんな訳で「実戦」なる単語が書名に付されてゐるのでした。

関はつた言語はおほよそ50くらゐでせうか。
ひとつの外国語さへモノにできぬくせに、いくつもの言葉に同時に手を出すのはいかがなものか、といふ声もあります。

しかし梅棹氏は、小鳥の習性を理解できなくてもさへづりは楽しめるし、草花の栽培は難しくてもその姿をめでることはできる、と語ります。
そしてさういふ言語学習法を「小鳥草花言語学」と命名しました。
む。確かに専門家でもない立場ならそれでいいぢやないか、とわたくしは大いに賛同するものであります。

ところが最終章の「世界のなかの日本語」では、従前の日本語ローマ字化論を繰返してゐます。今ではもう流行らないのではないでせうかね。
根底には「日本語は諸外国語に比べて不完全な言語」「日本語は非論理的」などといふ認識があるのでは。複数の正書法があつたつていいぢやないか、とわたくしは思ひますがね。

...と、文句を言ひながら、それでもなほ本書全体の存在価値は大きいと申せませう。民俗学や語学に関心のある人なら必ず愉しめることでせう。


今までは「源氏川苦心の日々充実」なるブログを続けてゐましたが、いはば同工異曲の続篇とでも申しませうか。
何卒よろしくお願いします。
決別!日本の病根
田原総一朗責任編集  決別!日本の病根 (オフレコ!BOOKS)田原総一朗責任編集 決別!日本の病根 (オフレコ!BOOKS)
(2011/11/16)
古賀 茂明

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決別!日本の病根
古賀茂明【著】
田原総一朗【責任編集】
アスコム(オフレコ!BOOKS)刊
2011(平成23)年11月発行


以前も『官僚の責任』といふ古賀茂明氏の著書をとりあげましたが、今回はジャアナリスト田原総一朗氏のインタヴューに答へる形式のものであります。これも家人が購買したのを、こつそり読ませてもらひました。
この「オフレコ!BOOKS」なる叢書(?)、「2時間でいまがわかる!」を惹句としてゐるやうで、実際2時間足らずで読み終へてしまひました。小さい声で告げると、立ち読みで読了できます。

さて『官僚の責任』では、霞ヶ関に巣食ふ病根を表に炙り出して見せた古賀さんですが、処方箋の部分が具体的でなく、やや形式的なきらひがあつたと思ひました。紙数の関係もあるのでせうが。
その点本書では田原氏が読者に代つて突つ込んでゐるので、問題の指摘や改革案がやや具体的になつてをります。

ただやはりこの人も官僚だな、と感じる部分もあります。たとへば。
三陸鉄道が津波で不通になつたお陰でバスが黒字になつた。ところが鉄道を復旧させやうとしてゐる。110億円かかるのださうです。復旧すればまた鉄道もバスも赤字になるので、鉄道の復旧は諦めるべきだと古賀さんは主張します。従来より大幅に通学・通勤時間が増え、やむなく不便なバス利用を強いられてゐる人たちを想像できないのかな、と。道路に費やすお金に比べて、鉄道は冷遇されてゐますね。
また本書ではありませんが、年金支給は80歳からでもいいと発言したこともありました。日本人男性の平均寿命はだいたい80歳ですね。つまり実質年金はナシでいいよと言つてゐるのに等しいのでは。60歳で定年退職した人は、20年間どうやつて生きていくのでせうか。

ま、さういふ点はあるものの、それでも本書で提案されてゐる改革案は現実になつてほしいと考へます。同時に「無理だらうなあ...」と諦めてゐる自分もゐるのですが。あああ。

英会話あと一歩
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英会話あと一歩 とにかく話せちゃうのよ
マーシャ・クラッカワー【著】
光文社(カッパブックス)刊
1980(昭和55)年6月発行


NHKの語学番組で人気者だつたマーシャ・クラッカワーさんの、たぶん最初の著書であります。古い本ですがね、いや、これは良い。
本書一冊で会話が上達するものではなく、英語をモノにするための発想の転換を促すといふ優れものです。

全体で9章に分かれてゐまして、従来の英会話書にも載つてゐさうなパートは、精々第1章「センテンスは短く、短く!」と第2章「全部聞きとらなくたっていいの」くらゐのもの。
当時は英会話の本と謳ひながら、文法中心の構成の本がほとんどだつたやうに思ひます。学校英語の域を出てゐなかつたと申せませう。

マーシャ・クラッカワーさんは米国人の発想と日本人の発想の違ひを挙げて、英語を話す時は米国人的発想を身につけなければいけないと諭すのであります。学校の先生はさういふことは余り教へてくれませんでしたね。テストに出る項目は丁寧に解説してくれましたが。
英単語を詰め込むよりも、会話上達にはその方がずつと近道なのでせう。

さういへばこんな話を聞いたことがあります。米国でトイレに入つてゐる時にノックされたら、何と返すか。真面目な日本人は、文法的に正しい言葉を何とか探し出さうと焦る。「ええつと、何だつけなあ...サムワンインかな?」などと考へてゐるうちに扉を開けられてしまひます。
しかしこんな時は「ゴホン」と一つ咳払いをすれば事足りるといふ話であります。

また、当時の日本人は米国人を理想化してゐました。ベトナム戦争とかでかなり威信を落としてしまつたが、それでもなほ米国は自由の国で、世界最高の国家であると何となく思つてゐました。
それを「そんなことはないのだよ。米国も同様に問題点・悪い点もあります」とばかりに語つてくれたやうな気がしてゐます(実際にはさういふ発言はないのだけど)。

ま、七面倒なことはよろしい。読み物として普通に楽しめるのであります。といつてもさすがに絶版ですが。
文庫版も出たらしいが、それも絶版のやうです。残念。

英会話あと一歩―とにかく話せちゃうのよ (カッパ・ブックス)英会話あと一歩―とにかく話せちゃうのよ (カッパ・ブックス)
(1980/06)
マーシャ・クラッカワー

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東京駅物語
東京駅物語 (文春文庫)東京駅物語 (文春文庫)
(2010/08/04)
北原 亞以子

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東京駅物語
北原亞以子【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
2010(平成22)年8月発行


タイトルに惹かれて手に取つた本。時代背景は明治から昭和の終戦あたりまで。
文字通り東京駅にまつはる物語が連作短篇の形で綴られてゐます。登場人物は市井の庶民が中心で、皆それぞれに読者の分身たる部分を有してゐると思はれます。

「質店の歌人」なる称号にこだはる女、自分は特別な存在と自惚れる男、名前と人格を捨てた詐欺師、自殺願望の男、戦死した冴えない男を忘れられぬ女...
悪人らしい悪人は登場しません。しかしどこか自分に似てゐる人たちばかりで、身につまされる思ひがいたします。さういふ男女の無数の物語を、東京駅は何も語らずただ俯瞰するのみであります。
丁寧な作りの職人仕事、といふ形容が浮かぶ小説『東京駅物語』です。
一勝九敗
一勝九敗 (新潮文庫)一勝九敗 (新潮文庫)
(2006/03/28)
柳井 正

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一勝九敗
柳井正【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2006(平成18)年4月発行


著者は、ご存じユニクロを運営するファーストリテイリングの柳井正社長です。
商売は失敗が付き物で、十回新しいことを始めれば九回は失敗するといふことから本書のタイトルが付けられてゐます。逆にいへば、新しいことに挑戦しない人にはそれが理解できないのでせう。

柳井社長は、あくまでも我流ながら自分の頭で考へて行動した結果、先行するチェーンストア企業各社がかつてぶつかつた壁を乗り越えてきました。これは中中大変なことで、柳井社長の卓越した経営手腕が窺へます。
たとへば紳士服からカジュアルウエアへの転換。多店舗展開するチェーンとしては、対面式(紳士服)よりもセルフ式が有利だといふことです。

また、店長が会社の主役と位置付ける姿勢。とかく小売店・飲食店の店長は激務であります。プレイングマネジャーとして大車輪の働きをしながら、本部のスタッフやなんとかマネジャーとかからは上から目線で扱はれます。
ところがユニクロでは「店長が最終目標」だと言ひます。本部のいふことを聞くだけの店長ではなく、店舗の経営者としての店長。さういふ労働環境ならば多少の激務も苦にならないのでは。

本書の内容については、一から十まで「その通り!」とは思ひません。しかし日本の服飾事情を大きく変へたユニクロであります。少なくともサービス業に携る人にとつては、柳井社長の言葉は傾聴するに値するものと申せませう。