源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
おちおち死んでられまへん
おちおち死んでられまへん 斬られ役ハリウッドへ行く (集英社文庫)/福本 清三

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おちおち死んでられまへん 斬られ役ハリウッドへ行く
福本清三【著】
小田豊二【聞き書き】
集英社(集英社文庫)刊
2007(平成19)年7月発行


現在民放唯一の連続時代劇として孤軍奮闘する「逃亡者おりん2」にて、なんと福本清三さんがレギュラー出演してゐるではありませんか。
しかも、おりんを狙ふ謎の悪党集団「剣草」の首領役であります。大物なのです。因みに役名は酉兜幽玄(とりかぶとゆうげん)。名前からして只者ではない。

本書は、そんな福本さんが「ラストサムライ」に出演した時のエピソオドが中心になつてゐます。聞き書き担当は前作「どこかで誰かが見ていてくれる」と同様、小田豊二さんであります。どうやら何度も京都まで足を運んだやうです。

全編読みどころで、前作同様痛快な清三語録が実に良い。
「ラストサムライ」に出演してみて、日米の映画に対する考へ方がずゐぶん違ふことに気付いたさうです。
ハリウッドでは、日本の時代劇みたいな映画的約束といふものがないらしい。リアリズムを追求するのだとか。日本の時代劇にオーヴァーアクションが多いのは、歌舞伎出身の役者が多かつた影響ですかな。確かに冷静に考へれば、不自然なのですが、福本氏のいふやうに、それが日本映画のいいところでもあります。やはり娯楽映画には荒唐無稽さとか、夢を与へる要素がほしいところです。

また、年輪を重ねた人ならではの人生観がそこかしこに散りばめられ、思はずうなる箇所も多い。河出書房ではないが、ヘタな人生論より福本清三、てな感じです。
今度は「おりん」に関するネタを中心に、三冊目を待望するのもであります。では。
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秘境駅へ行こう!
秘境駅へ行こう! (小学館文庫)/牛山 隆信

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秘境駅へ行こう
牛山隆信【著】
小学館(小学館文庫)刊
2001(平成13)年8月発行


著者の牛山隆信さんのことは、漫画『鉄子の旅』で知りました。
旅の案内人・横見浩彦氏の暴走ぶりと比べ、実に冷静温厚な印象で、常識人といふ感じを受けたのであります。
その後秘境駅のTV番組に牛山氏本人が出演し、やはりテンションを抑へた調子で秘境駅の解説をしてゐました。意外と普通の人なんだな、とその時は思ふのです。

ところが本書を読むと、やはり普通の人ではないことが判明します。
北から南へ、選りすぐりの秘境駅31駅を紹介してゐますが、まづ普通の人なら近付かうともしない駅ばかりですね。例外は最後の肥薩線の駅でせうか。これらは「いさぶろう・しんぺい」なんかで訪れた人が多いかもしれません。
牛山氏は、秘境駅を「鉄道以外の手段でたどり着くのが困難な駅」と定義してゐます。駅に通じる道がない、周囲に民家がないなどその存在意義が疑はれる駅ですね。そんな駅にわざわざ苦労して訪れて、時にはやむなく線路やトンネルを渡ります。これは真似をしてはいけません。
そして宿泊は駅寝。まあ普通の妻子持ち会社員なら避けるでせうが、著者はむしろ嬉々として敢行してゐます。いかに気に入つた駅であらうと、わたくしはそこで寝やうとは思ひませんな。

しかしそれぞれの駅自体にはえもいはれぬ魅力を感じるのであります。「俺も行つてみたい!」と考へる人たちのために、それぞれの章末に「ビギナーのための行き方ガイド」が付されてゐます。
くれぐれもマナアを守つて、秘境駅めぐりをしませう。
わたくしから一言述べますと、長時間の待ち時間もあるので、本を持つて行くと良いでせう。ま、JTB時刻表一冊でも十分愉しめますが...
歴史をかえた誤訳
歴史をかえた誤訳 (新潮文庫)/鳥飼 玖美子

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歴史をかえた誤訳
鳥飼玖美子【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2004(平成16)年4月発行


河野一郎氏の『翻訳上達法』で紹介されてゐた事件があります。
戦後まもなく、ある山村で若い女性が、路上で米兵につかまりジープに乗せられ暴行されたさうです。米兵は軍事裁判にかけられましたが、そこで問題になつたのが、彼女はむりやり乗せられたのか否かといふところ。自発的に乗つたのであれば彼女にも責任があるからです。ところが「助けてください!」といふ彼女の必死の叫びを、通訳が“Would you help me?”と訳した為、裁判官は苦笑し結果米兵は無罪放免となつたのであります。ここでの「~ください」は丁寧な依頼ではなく、女性特有の語尾でせう。それを“Would you~”としたのは誤訳ではないかと河野氏はいひます。ここははつきり“She cried,Help!”と訳すべきであつたと。
結局この女性は、婚約者がゐたのですが別れる羽目になり、自殺したさうです。誤訳が人の生命を奪つた事例と申せませう。

さて鳥飼玖美子さんの『歴史をかえた誤訳』では、個人レベルではなく、国家間のやりとり、即ち外交上の誤訳が重大な結果を招いた話が紹介されてゐます。
ポツダム宣言をめぐつて“ignore”といふ単語を「黙殺」と訳したために起きた悲劇は有名な話。たつた一語の訳をめぐつて、数十万人の生命が左右されたかもしれないのです。

第五章の「文化はどこまで訳せるか」は、個人的には本書の白眉と感じてゐます。「翻訳の方法には二種類しかない」と語つたドイツの学者がゐたさうです。「著者を読者の方にひっぱってくる訳か、読者を著者の方にひっぱってくる訳かのどちらしかない」(190頁)といふわけです。至言ですなあ。

本書は元元ジャパンタイムズから『ことばが招く国際摩擦』の書名で出てゐたのを加筆改題したさうです。内容から判断しますと、元の題の方が良かつたと申せませう。邪推するに、改題は版元の意向ではないかと。
もつとも、本書が瞠目すべき快作であることには変りはありません。通訳を志す人には必読の一冊ではないでせうか。
天平の甍
天平の甍 (新潮文庫)/井上 靖

¥420
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天平の甍
井上靖【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1954(昭和29)年3月発行
1990(平成2)年2月改版
2005(平成17)年3月改版


その昔、某芸人が雑誌にて、好きな作家として「井上やすし」なる人物を挙げてゐました。
この人誰?と思つたら、『ドン松五郎の生活』の話をしてゐたので、「井上靖」ではなく「井上ひさし」のことであつたと判明したのであります。さういふ訳で、いまだに井上靖と聞くとその件を思ひ出すのでした。

それはそれとして、『天平の甍』。
学校の歴史でも必ず習ふ、遣唐使と鑑真和上でありますが、教科書ではあまりにあつさりとした扱ひですなあ。
鎖国以前の日本は、唐に学ばんとする姿勢が旺盛だつたやうです。当時は世界の先進国だつたといはれる中国。第九次遣唐使のメムバアはそれぞれの想ひを胸に秘め(秘めない奴もあり)、大陸を目指しました。

命がけで渡る唐の地。無論今の留学生とは覚悟が違ひます。当時の日本を背負つてやつてくるので、使命感は想像以上でせう。
だから個人で学ぶ意義よりも、いかに教へを故国へ伝へるか、に重点が置かれるのであります。ひたすら経文の書写をする業行の行為は、その最たるものと申せませう。

そして日本側の招聘に応じて何度も来日を企てた鑑真...世界中の情報が居ながらにして容易に手に入る現代を思へば、二度と来ない時代であります。
引き締まつた硬質の文章は、われらに改めて読書の悦びを教へてくれるのでした。
常に不平不満をもらす向きに読ませれば、しばらくは大人しくなりさうです。ボクも。

松蘿玉液
松蘿玉液 (岩波文庫)/正岡 子規

¥420
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松蘿玉液
正岡子規【著】
岩波書店(岩波文庫)刊
1984(昭和59)年2月発行


薄い書物でありますが、これがまことに面白い。正岡子規後期の随筆作品であります。
文庫カヴァーの説明によると、表題は子規が愛用してゐた中国産の墨の銘ださうです。
話題は多岐にわたり、政治家や文学者を論じ、ベースボールを愛し、俳句の剽窃とは何かを論ずる。その断定調に笑つてしまふこともあります。

伊藤博文は「利口なやうで愚」、大隈重信は「行届いたやうで行届かぬ」と評し、「人身攻撃」の妥当性を説く。
西鶴・近松・蕪村の3人を元禄の三文学者と称しながら、それぞれの欠点をあげつらふ。俳句で酷似する作品が多いことを取り上げて、「暗合か剽窃か」を一つひとつ検証し、優劣を論ずる(読み応へあり)。
世評や権威とは無縁の子規だから、読んでゐて痛快であります。

しかし本書で目をひくのは、やはりベースボールを紹介する文章でせう。この薄い本の中で10ページ近くも費やしてゐます。しかも図解入り。
ベースボールに要するもの」として、「凡そ千坪ばかりの平坦なる地面(芝生ならばなほ善し)皮にて包みたる小球(直径二寸ばかりにして中は護謨、糸の類にて充実したるもの)投手が投げたる球を打つべき木の棒(長さ四尺ばかりにして先の方やや太く手にて持つ処やや細きもの)...」と丁寧に解説してゐます。が、当時の人は多分イメエヂが掴めなかつたことでせう...

しかし、岩波文庫も高くなつたものですな。この薄さで420円とは...
凛 村井美樹写真集
村井美樹 ファースト写真集 『 凛 』/著者不明

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凛 村井美樹写真集
西田幸樹【撮影】
ワニブックス刊
2012(平成24)年1月発行


写真集は読書の対象になるのか?といふ疑問もございますが、村井美樹さんの写真集なら取り上げない訳にはいきますまい。完全に個人的趣味。綺麗ですな、いやまつたく。
どうやら一般的には、彼女はクイズ番組で回答するイメエヂが強いらしい。
だから、その知性溢れる才色兼備の村井さんが、あんな姿で、あんなポオズで、まあ何て大胆なのでせう、といふ反応が多いやうです。

しかし察するに、元元彼女はチャレンジャアの資質があるのでは。
デビュウ前には、なるせゆうせいさんの演出で、あんなことやこんなことを演じてゐたとか聞いてをります。
また『新・鉄子の旅』によると、横見浩彦氏が「お風呂のシーンとかあったら、やっぱり脱ぐの?」「人前で裸になるの?」なんて訊ねたところ、「作品に必要ならそれは...」と返答しかけてゐます。ここで編集者カミムラ氏が暖かいコーヒーを供し、その話題は中断するのですが。
ま、わたくしとしては、脱衣方面はこのくらゐで打ち止めを希望するものであります。

しかしこの写真集のおかげで、また知名度が上がつたやうで結構なことです。上がりすぎると詰まらないけど。
今のところ「村井美樹つて誰?」とか「Qさま!以外で見たことがないぞ。本当に女優なの?」なんて反応がまだあるので一安心です。かういふ意見を聞くと思はずにやりとほくそ笑むのでした。

文句の付けやうがない写真集ですので、せめて版元のワニブックスさんに「もつと早く配達してよ」と苦言を呈してをきませうか。
宿命-「よど号」亡命者たちの秘密工作
宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作 (新潮文庫)/高沢 皓司

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宿命-「よど号」亡命者たちの秘密工作
高沢皓司【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2000(平成12)年8月発行


「よど号」ハイジャック事件が発生した時、わたくしはまだ頑是無い子供でありました。よちよち歩きとまでは申しませんが。よつて当時のことはほとんど覚えてゐません。
ひとつには同時期に開催された大阪の万国博覧会の印象が強すぎて、ほかのニュウスはかき消されてしまつたといふ事情もありさうです。

北朝鮮へ渡つた「よど号」メムバアは、予想外の好待遇で迎へられ、朝鮮労働党から有形無形の恩を売られたことで、思想改造も容易に進んだのではないかと思はれます。
その後は金日成体制下の主体(チュチェ)思想に則り、労働党の傀儡もしくは手下として動くしかありませんでした。日本人拉致事件にも関つてゐたのです。

日本の関係者が全く情報を得られず、何となく北朝鮮国内で不自由な生活を強ひられてゐると思ひ込んでゐた時期に、実は彼らはヨーロッパ各国で活動したり、ちやつかり日本へ潜入したりしてゐたのでした。
また、9人のメムバアは全員が同じ方向を向いてゐた訳ではなく、主体思想に馴染めない者もゐました。さういふ人物はある日忽然と姿を消すのであります...

質量とも充実したノンフィクションと申せませう。著者の高沢氏は、メムバアのリーダー・田宮高麿の友人だつたさうで、高沢氏だからこそ彼らもここまで語つたのでせう。
2012年2月現在、9名ゐた「よど号」メムバアのうち、健在が確認できるのはわづか4名に過ぎないのださうです。
彼らには今後の展望は見えてゐるのでせうか。現在も続く悲しい歴史であります。
用心棒スチール写真全348
用心棒スチール写真全348 (小学館文庫)/黒沢プロ

¥500
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用心棒スチール写真全348
黒澤プロ【協力】
小学館(小学館文庫)刊
1999(平成11)年6月発行


黒澤明監督の『用心棒』。スチール写真とともに物語をたどる一冊であります。
写真は、タイトルに「全348」とあるから多分348枚収録されてゐるのでせう。数へてないけど。
黒澤監督の大ヒット作であると同時に、俳優三船敏郎の代表作とも申せませう。次回作『椿三十郎』とともに、三船=豪快な素浪人のイメエヂを決定付けたのです。
のちのTV作品『荒野の素浪人』『素浪人罷り通る』なんかも、『用心棒』そのままのキャラクタアでした。さういへば『荒野の素浪人』に登場する大出俊さんの「五連発の旦那」鮎香之介は、仲代達矢さんの卯之助に想を得てゐるのでせうね。

ところで本書には「エピソード」なるコラムが処々方々に配置されてゐます。
まあ、おほむね黒澤監督がいかにスゴイかを喧伝する内容ですな。ある文章では時代考証に厳しいと述べられてゐますが、一方他所で「黒澤監督は時代や本物にこだわっていたわけではなかった」と書かれてゐます。狐につままれたやうな気分でございます。結局黒澤監督はスゴイのさ、と主張したいのでせうか。
最後の「エピソード」にもありますが、黒澤監督は徹底して面白い娯楽作品を作らうとしたのに、周囲(評論家など)が監督を神格化したいのか、色色な理屈を付けてゐます。世界のクロサワが単なる娯楽作品を作る訳がない、とでも言ひたいのでせうかね。わたしら素人は純粋に愉しめば良いでせう。
本書はその手段のひとつとして、布団の中でも気軽に観られる『用心棒』であります。

さて夜も更けました。それでは、おやすみなさい。