源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
映画芸術への招待
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映画芸術への招待
杉山平一【著】
講談社(講談社現代新書)刊
1975(昭和50)年8月発行


大学時代に、著者の講義を聞いた記憶があるのです。多分客員といふ立場だと思ふのですが。
こんなあやふやなことしか言へないのは、あまり真面目な学生ではなかつた証左と申せませう。

さて本書は映画の芸術性についての論考が中心であります。
その昔ドイツの美学者コンラート・ランゲといふ人は、映画非芸術論を展開したさうです。
映画は絵画や文学と違ひ、現実をそのまま映すだけではないか、誰が撮影してもやはり同じものしか映らない、かかるものは芸術とは言へまい。乱暴にまとめればさういふことです。

著者はランゲの主張を退ける形で、モンタージュをはじめとして様様な技法の歴史を開陳します。また、映画表現は制約があるがゆゑに作品に深みが出るとの指摘は首肯するところであります。
さらに、似て非なる演劇との比較や、逆に相反すると思はれがちな文学との近似を平易なる文章で解説をするのでした。

若干気になりますのは、著者はどうやら「芸術」なるものを神棚のやうな一段高いところに奉り、映画もその仲間である高尚なものなのだよ、と内心考へてゐるのではないか、といふことであります。
さういふ一種の「臭み」を除けば、まことに読みやすい入門書と申せませう。

映画芸術への招待 (講談社現代新書 409)/杉山 平一

¥663
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プロ野球監督列伝
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プロ野球監督列伝
近藤唯之【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1984(昭和59)年11月発行


本書は今から28年も前に書かれたプロ野球監督列伝なのですが、その時点で、プロ野球創設以来監督(代理を含む)を経験した人は113人に及んださうです。
近藤唯之さんは、何とそのすべての人を取材したさうであります。これは大変なことですね。本人も「胸の中でひそかに温めている誇り」と述べてゐます。

本書ではそのうち、三宅大輔さんから王貞治さんまで30人を取り上げてゐます。
余りに多くのエピソオドが語られ、しかも複数の話が前後するので、慣れない人は面喰ふかもしれませんね。これが近藤節の特徴の一つと申せませう。
監督は孤独な存在であります。野球を語つてゐるのに、結局男の悲しさを感じさせる一冊となつてゐます。



ところで昨夜、自宅で本を読んでゐますと、突然爆音がしたのであります。同時に窓ガラスががたがた揺れました。隣の部屋にゐた家人も「今の何?何?」と飛び出してくるではありませんか。
カーテンと窓を開けて外を見る。すると南方に実に不気味な噴煙が。キノコ雲を思はせるやうな、不吉な煙です。
「まさかあそこで爆発が? しかしここから1キロ以上は離れてゐるが...」腑に落ちぬ思ひのまま、寝てしまひました。
翌日、やはり工場で爆発があつたことが分かり、現地へ行くと工場の屋根は吹き飛んでゐて、ガラス窓はほぼ全てなくなつてゐました。仰天したのであります。
我が家でさへ窓ガラスががたがた揺れたことを考へると、工場の近辺の方たちはさぞ驚いたことでせう...

ブロ野球監督列伝 (新潮文庫)/近藤 唯之

¥620
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ジュリアス・シーザー
ジュリアス・シーザー (新潮文庫)/シェイクスピア

¥420
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ジュリアス・シーザー
ウィリアム・シェイクスピア【著】
福田恆存【訳】
新潮社(新潮文庫)刊
1968(昭和43)年3月発行
1979(昭和54)年3月改版
2005(平成17)年5月改版


3月15日。シーザーに占ひ師が「3月15日に気をつけなさい」と忠告した日です。
本書『ジュリアス・シーザー』は、沙翁作品の中でも地口や無駄話が少ない。結末へ向つてまつしぐら。流線型でカッコいいのであります。

ポンペイとの戦に勝利したシーザー。ローマ市民のヒーローとなつて王冠を捧げられまます。
ところが権力が集中することに不安を抱く一派もゐまして、人望のあるブルータスにシーザー暗殺をそそのかすのであります。
ブルータスは懊悩しますが、私利私欲のためではないと、結果シーザーを殺害するのでした。Oh!

ブルータスは、ローマ市民に暗殺の理由を説明して、彼らを納得させてしまひます。今度はブルータスが市民の英雄になるのですが、直後、アントニーに演説の機会を与へてしまつたのが命取りに。
ここでアントニーは、巧みな煽動によつて市民の心をつかみ、大逆転をするのです。
シーザーの善行(?)を述べ、彼に野心はなかつたと説く。しかしブルータスは野心を抱いてゐたといふ。そしてブルータスは公明正大の士である...
このくだりはまことに有名で、教科書にも登場しました。お陰でブルータスは追ひつめられ、最後は切ないことになりました。
彼はワキが甘かつたといふしかない。

人間の本質といふものは、洋の東西問はず昔も今も変らないものであることだなあ、と感じるのが沙翁の芝居であると申せませう。
ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ
ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ (講談社文庫)/面高 直子

¥610
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ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ
面高直子【著】
講談社(講談社文庫)刊
2010(平成22)年7月発行


戦後の混乱期、日本に駐留する米兵(コメヒョウに非ず)と日本人女性との間に生れた子供たちの多くが孤児になつたといひます。
孤児となつた理由はいろいろあるでせうが、歓迎されざる存在として生を受けたといふ点で共通点があります。
さういふ孤児たちを引き取り養育してゐた施設の孤児院がありました。「エリザベスサンダースホーム」といひ、現在も創設者・澤田美喜さんの遺志を継いだ人たちが運営を続けてゐるさうです。

そのエリザベスサンダースホームで、本書でその短い生涯が語られる「後田義明=スティーブ・ヨシアキ・フラハティ」も同施設の出身であります。
実母はこころならずも、義明をホームへ託し、必ず迎へに行くと誓つたのでした...

義明はその後米国のフラハティ家の養子となり、米国人スティーブとして生きることになります。しかしあまりに繊細な彼は、スポーツの世界でヒーローにならうとも、米国人として受け入れられてゐないと感じてゐたらしい。
それが理由なのかは明確に語られませんが、野球界での輝かしい未来を約束されながら、スティーブは軍隊に志願します。しかも平時ではありません。ベトナム戦争が泥沼化してゐた最悪の時期でした...

本書が成立した事情もまことにドラマティックであります。面高昌義・直子夫妻の存在がなければ、彼の生涯はかうして世に出ることはなかつたと申せませう。その辺の経緯は読んでみて、と申し上げてをきます。

最近涙もろくなつてゐるなあ、と感じてゐる方は、ハンケチを用意して読まれることをお勧めするものであります。恥づかしながら、わたくしは後半ほとんど泣きながら読んでゐました。

では、ご無礼します。
権力者たち
源氏川苦心の快楽書肆

権力者たち
アーサー・ヘイリー【著】
永井淳【訳】
新潮社(新潮文庫)刊
1979(昭和54)年11月発行


30年くらゐ前でせうか、日本でもアーサー・ヘイリーのちよつとしたブウムが起りました。
日本の読者に対し、ヘイリーは「私の作品が日本で歓迎されるのは当然」とコメントしたことがあります。これを読んだ友人のMくん、「何と思ひ上つた奴め!」と怒り、あらうことかわたくしの蔵書『最後の診断』を蹴飛ばしたのであります。
もつともヘイリーの真意は、経済成長著しい日本では、経済に対する関心が高いので自分の作品も読まれるのであらうといふ程度のものらしい。

ごく乱暴にいふと、アーサー・ヘイリーの作品は古い物ほど面白いと申せませう。
本書『権力者たち』は第2作目(共著を除く)で、その法則どおり引き締まつた構成で読者を飽きさせません。
ところが日本に翻訳紹介されたのは最も遅い方に属します。『マネーチェンジャーズ』や『自動車』が紹介されても、本書は『高きところにて』の仮邦題(原題が“In High Places”ゆゑ)で、その存在はファンの間で知られてゐましたが、なかなか翻訳されなかつたのであります。
その理由につきましては翻訳者の永井淳氏が解説してゐるので読んでみてください。

東西が対立し緊張してゐた時代の物語なので、今読むとピンとこないかも知れません。第三次世界大戦の恐怖が現実味を帯びてゐた頃の話です。
カナダ首相ジェームズ・ハウデンがソ連の脅威に対抗するために、政治生命を賭けて「統合法」の成立に邁進します。はて「統合法」とは一体...?
同時にカナダが抱へる移民問題も提示されてゐました。密航者アンリ・デュバルをカナダに入国させるために奔走する若き弁護士アラン・メイトランドの活躍が光ります。

いつたん物語の中へ入れば、緊迫感のある展開に引き込まれることでせう。ちと古いけれど、入手は何とかできる筈であります...

権力者たち (新潮文庫 ヘ 4-7)/アーサー・ヘイリー

¥734
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