源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
銭ゲバ
銭ゲバ 上 (幻冬舎文庫 し 20-4)/幻冬舎

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銭ゲバ 下 (幻冬舎文庫 し 20-5)/幻冬舎

¥680
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銭ゲバ<全2巻>
ジョージ秋山【著】
幻冬舎(幻冬舎文庫)刊
2007(平成19)年10月発行


銭ゲバ。
ゲバはゲバルトに由来します。
70年代の体臭がぷんぷんする作品であります。
公害が社会問題化してゐましたね。怪獣映画でも東宝で『ゴジラ対へドラ』、大映で『ガメラ対深海怪獣ジグラ』と、相次いで公害の恐ろしさを訴へました。
現在と比較して、企業の環境対策といふのは、ほとんどなされてゐない状態だつたのです。
そんな時代の作品であります。

蒲郡風太郎は、幼時に母親を病気で亡くしました。金がないために、医者から見離されたのであります。その時の悲しい体験から、とにかく銭を得るために、あらゆることをします。
そして念願かなつて大企業の社長にまで上り詰め、政界進出も果たすのであります。

風太郎の口癖は、会話の語尾に付ける「~ズラ」。
長野県の方言ださうです。口癖ぢやないか。さう言へば静岡県用宗の友人も、この「~ズラ」を駆使してゐました。
これが愛知県西三河になると、「~だら」に変化するやうです。

そんなことはどうでもいい。
全てを手にした蒲郡風太郎に、驚愕のラストが訪れます。ああ、何てことだ。
この漫画を読んでゐますと、正義とか善悪とか、さういふ概念はどこかへ吹つ飛び、人間の業といふものを思ひ知らされるのであります。

軽い気持ちで読み出すと、頭をガンと打たれることでせう。

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にんじん
にんじん (岩波文庫)/ルナアル

¥693
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にんじん
ルナアル【著】
岸田国士【訳】
岩波書店(岩波文庫)刊
1950(昭和25)年4月発行
1976(昭和51)年2月改版


にんじんはルピック家の末弟であります。その風貌から、家族からは「にんじん」と呼ばれてゐます。何かと冷たい扱ひを受けてゐるやうですが、決してへこたれた様子を見せないのであります。
などと書くと、未読の人は「ほほう、可哀想な少年が逆境に負けずにひたむきに頑張つて、成長する感動物語だな」と思ふかも知れません。

必ずしもさうではない。にんじんは結構計算高く、残酷な一面も持ち合はせてゐます。ウソもつく。少年文学の古典と呼ばれる作品の主人公としては、どうなのかねといふ意見もありませう。

しかし、冷静に振り返ると、まことにリアルに少年の心理を描いゐるのは間違ひありません。少なくともわたくしの少年時代を思ふと、全く純真ではなく、打算と妥協の毎日であつたやうな気がします。子供つてのはそんなもんさ。

違ひますか。

鉄道地図 残念な歴史
鉄道地図 残念な歴史 (ちくま文庫)/筑摩書房

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鉄道地図 残念な歴史
所澤秀樹【著】
筑摩書房(ちくま文庫)刊
2012(平成24)年1月発行


元々山海堂といふ出版社から出てゐた、『鉄道地図の謎』なる本の改題発行であります。
内容からすると、改題して正解と申せませう。
まあ、鉄道地図からみた、日本の鉄道史とでも言ひますか。所澤節が全開でございます。念のためにいふと、スイッチバックとか短絡線とかルウプ線とか、さういふ類のものではありません。

原著では「路線図に隠された鉄道の憂鬱」といふサブタイトルが付されてゐました。
誰が憂鬱になるのか。著者でも読者でもなく、路線そのもののやうです。
つまり、常に政争の具にされ続けた、鉄道路線の憂鬱であります。彼らだつて、自ら望んで誕生したものばかりではないのです。

地元代議士の都合で作られた路線は、結局赤字を生み出し、国鉄の経営を圧迫しました。民営化が迫ると、今度は一律の官僚的基準でどんどん廃線となります。路線ごとの「名称」が優先されて、実情は無視されました。

また、近年新たに噴出してゐるのが、整備新幹線との「平行在来線」問題であります。
すでに「東北本線」「信越本線」「鹿児島本線」などの在来線が分断され、なんとも見つとも無い姿になつてゐます。これを憂鬱と言はずして何と言ひませうか。
今後も「長崎本線」「北陸本線」「函館本線」などで、同様の問題が起きるでせう。

残念な歴史は、実は始まつたばかりかも知れません。それを感じてゐる著者・読者は、やはり憂鬱にならざるを得ないのであります。

...それにしても、本書を発掘、再発行した筑摩書房はなかなかのものであります。
レトリック感覚
レトリック感覚 (講談社学術文庫)/講談社

¥1,155
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レトリック感覚
佐藤信夫【著】
講談社(講談社学術文庫)刊
1992(平成4)年6月発行


いやいや、これは愉快な書物であります。
レトリックといふと、文章を書く上での手練手管みたいな感覚がありましたが、文章作法そのものと言つて良いのでせうね。
かなり長い「序章」でレトリックの歴史を概観し、ここだけでお腹いつぱいになります。

著者の分類としては、「ことばのあや」といふ概念がレトリックの総称となり、「比喩」がその下位分類となつてゐます。
その「比喩」の更に下位分類として「直喩」「隠喩」「換喩」「提喩」があり、また「ことばのあや」の直属の部下として「誇張法」「列叙法」「緩叙法」を茶目つ気たつぷりに紹介してゐます。
「緩叙法」なんて、余りなじみがありませんが、説明を聞くと、なるほどよく見るテクニークでした。
実は「源氏川苦心の快楽書肆」では、あへてレトリックを排除してきた心算だつたのです。しかし本書を読んでしまふと、いろいろ駆使したくなりますね。
効用につきましては、私は、レトリックに實用的と藝術的との區別はないと思ひます。オヤどこかで見たやうな文章だな...