源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
四十八歳の抵抗
四十八歳の抵抗 (新潮文庫)四十八歳の抵抗 (新潮文庫)
(1958/10/30)
石川 達三

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四十八歳の抵抗

石川達三【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1958(昭和33)年10月発行
2008(平成20)年3月改版

中高生の頃、出版社各社が出してゐる文庫解説目録を読むのが大好きでした。目録に目を通してゐると、ほとんどの本を読みたくなるのであります。
映画の予告篇と同じで、どんなツマラヌ作品でも、目録では面白さうに思へるのが良いですね。その愉しみは、しばしば実際の読書のそれを上回るのです。

そんな中で、新潮文庫解説目録で気になつてゐた一冊が、『四十八歳の抵抗』でした。自分が四十八歳になるまでには、必ず読まうと心に決めてゐたのであります。
それからたちまち年月が過ぎ、愚図愚図してゐるとわたくしもその年齢に達する恐れが出てきました。さっそく書店へ向ふと、店頭にはありません。名駅前のジュ○ク堂にもなかつたので、天損で取り寄せました。

で、ふとカバーの「新潮文庫 石川達三の本」リストを見て吃驚。何と本書のほかには『青春の蹉跌』しか無いではありませんか。かつては少なくとも40冊以上はあつたと記憶してゐるのですが、それが現在2冊とは。驕れる平家は久しからず。否、別に驕つてはゐないか。

さて本書の主人公・西村耕太郎は保険会社の次長さんです。タイトル通り48歳。定年が55歳の時代なので、あと7年を残すところであります。近く銀婚式を迎へる妻と23歳の娘と共に、まづまづの生活ぶり。
しかしこのまま定年を迎へ人生を終へることに、何か苛立ちを感じてゐるやうです。もつと他の生き方があるのではないか、それを探すのは「今でしょ」とばかりに、同僚の島田課長や部下の曾我法介からの危険な誘ひに乗つていくのでした...

小説としては面白かつたけれど、あまりにリアルな「四十八歳」の生態を見せ付けられて、我が身を振り返ると切なくなるのであります。やつぱりもつと若い頃に読んでをくべきだつたかなあ。
さう言ひながら、わたくしの眼前にも「曾我法介」が現れないかと待望する自分を発見するのでした。中年男性の心理は、発表された57年前と変つてゐないのですねえ。

そろそろ寝る時間です。西村次長と同じく、血圧高めのわたくしは休むことにします。

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忘れられた名文たち
忘れられた名文たち (文春文庫)忘れられた名文たち (文春文庫)
(1997/02)
鴨下 信一

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忘れられた名文たち
鴨下信一【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
1997(平成9)年2月発行


表題に惹かれて、本書を手に取りました。てつきり、現在は読まれなくなつた明治大正あたりの文学者を取り上げてゐるのかな、と想像してゐました。正宗白鳥とか。
さてペイジを捲りますと、想像とは全く違ふ内容で、良い意味で予想は裏切られました。
即ち、一般人にとつての名文とは、いはゆる文豪の文章ではなく、日常目に触れる<雑文>の中にあるといふのです。その言やよし、大いに頷くわたくしがゐるのでした。

そもそも国語の教科書に、大文豪の美文などを収録するのは相応しくないと考へます。ある高校教科書には、日本が誇る国際的大作家の文章が載つてゐますが、句読点の打ち方がまるで出鱈目でした。修飾語と被修飾語の関係がまるで分からない文章もふんだんにあります。
また、現在も人気の高い童話作家兼詩人の文章も教科書に採用されてゐましたが、文語調と口語文が規則性もなく入り乱れ、とても完成された現代文とは申せません。

しかし上記の文章は、文学作品として感動を呼ぶ素晴しいもので、わたくしも好きな藝術品であります。
ただ一般人が手本にするべき文章ではありますまい。

そこで本書で紹介されてゐる<雑文>たちであります。
画家や新聞記者、俳人歌人の文章とか、野球や映画評、果ては悪態文やパソコンの説明書まで俎上に乗せて、名文を発掘してゐます。
ひとことで「達意の文章」と申しますが、いかに様様なスタイルがあるのか、著者は多くの実例を挙げて教へてくれるのであります。

ちよつと古い本ですが、文章のお手本を探す手引きとしてユウスフルな一冊と申せませう。

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ボクの音楽武者修行
ボクの音楽武者修行 (新潮文庫)ボクの音楽武者修行 (新潮文庫)
(2002/11)
小澤 征爾

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ボクの音楽武者修行
小澤征爾【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1980(昭和55)年7月発行
2002(平成14)年11月改版


小澤征爾さんがまだ26歳の時に発表した手記であります。本書は各所で評判を取り、わたくしも読んでみたいと思ひつつ30年以上が経過してゐました。愚図愚図するにも程があらうといふものです。
読み始めると、たちまち夢中になり、あつといふ間に読み終へたのであります。口絵写真の若いことと言つたらないね。

小澤さんは24歳の時に、ヨーロッパへ「音楽武者修行」に出かけます。スクーターを入手したり、貨物船の乗船許可を得たりでは周囲の好意に甘える形になりますが、まあ偉人の快挙の影には大体かういふ援助があるものでせう。そのチャンスを見事に生かすところが凡人との相違と申せませう。

音楽家は概して文章が上手いですね。本書も例外ではなく、短めの文章がテムポ良く連発して、読者に心地良さをもたらすことであらう。



本日の夕方、名鉄豊田市駅の至近距離にある飲食店から出火し、周辺は大混乱でした。
丁度現場に居合はせたのですが、これほど間近で火事を見たのは初めてであります。土曜日の夕方といふこともあり、ただでさへ車の通行量が多いところへ、野次馬たちが蝟集し(スマホなぞで写真や動画を撮つてゐる)、ごつたがへしてゐました。
黒煙が空高く昇り、煙いのであります。消火活動は苦戦してゐるみたいで、中中煙は消えません。現場の北側に位置する年配女性向けの衣料店は、類焼を恐れシャッターを下ろし、営業を中止したやうです。
原因はまだ分からないけれど、最近豊田市内でも火事が多い。おそがいのであります...

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食堂車乗務員物語
食堂車乗務員物語―あの頃、ご飯は石炭レンジで炊いていた (交通新聞社新書)食堂車乗務員物語―あの頃、ご飯は石炭レンジで炊いていた (交通新聞社新書)
(2009/12)
宇都宮 照信

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食堂車乗務員物語―あの頃、ご飯は石炭レンジで炊いていた
宇都宮照信【著】
交通新聞社(交通新聞社新書)刊
2009(平成21)年12月発行


わたくしは乗り物酔ひをしたことがないのであります。
しかし唯一度の例外がありまして、まだ中学生の時分に、鹿児島線特急「有明」に乗つてゐた時です。
食堂車で昼飯を食べやうといふことになり、わたくしはカレーライスを注文したことであるなあ。
美味しく食べたのでありますが、何故かそのあと485系電車に揺られるうちに、気分が悪くなつてきたのでした。
どんなに体調が悪くても、いざ鉄道に乗ると必ず回復するわたくしとしては、稀有な場面である。同時に、食堂車の思ひ出として忘れられぬ出来事でございました。

現在、我が国の食堂車事情はまことに寂しいものであります。一部の夜行列車を除くと、ほぼ全滅と申せませう。
長距離の移動が鉄道から航空機へ移り、食堂車を利用するほど長時間の乗車をする人が減つたことも理由のひとつでせうか。
また、自由席が満席の時に、食事を注文もせずに席を確保するためだけに食堂車へ乗り込んでくる奴もゐて、かういふヤカラが跋扈したのも原因らしい。怪しからぬ話であります。

さて『食堂車乗務員物語』は、長年食堂車に乗務してゐた著者による、愉しい読み物であります。
第一章では今日までの食堂車の歩みを紹介してゐます。栄枯盛衰。
第二章以降は自身の経験をもとに、食堂車勤務の内幕やら体験談やらが開陳されて興味深い内容となつてゐます。
急行「雲仙」常務の話が中心で、著者と夫人のナレソメまで紹介。
当時のメニューが詳しく書かれてゐます。その品書きを見るだけで食欲がわいてきます。「くもみ」風に「じゅるる」と表現したいところであります。

実際に汽車にでも乗りながら読めば、一段と味はひ深い一冊ではないでせうか。わたくしは病院の待ち時間に一気に読んでしまつたが...

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小説GHQ
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小説GHQ
梶山季之【著】
集英社(集英社文庫)刊
1981(昭和56)年2月発行


戦後日本の混乱期を統治したGHQ。この大きな組織について、梶山季之氏が取り組んだ一作でございます。
登場人物は、まづ、髭面の醜男ながら、その人懐こさから味方を増やし、混乱のどさくさにまぎれてのし上がる姫野八郎。
戦時中は姫野の上官だつた綾小路冬彦。不敵な一高生で、姫野の軍師として活躍するニヒルな田丸小弥太。
まあだいたいこの3人を中心に物語が進むのであります。むろん他にも二世のトム・田中や、妖艶な人妻・島田春代、冬彦の父・綾小路秀樹など印象的な人物が物語を彩ります。

姫野八郎のサクセスストオリイの側面もありますが、GHQの政策に翻弄される人たちの群像劇とも申せませう。
農地解放や財閥解体、さらに戦争犯罪人を逮捕し、公職追放を敢行するGHQ。戦争に負けるとはどういふことか、日本国民は身に沁みて理解したことでありませう。

さて、わたくしは本書を大層面白く読んだのでありますが、解説の山口瞳氏は『小説GHQ』を失敗作、とまでは言はないが少なくとも会心の作ではなかつたと捉へてゐたやうです。
どうやら史実を追ふルポルタージュの部分と、姫野ら主要人物が活躍するパートが有機的に構成されてゐないことを指してゐるのでせう。水と油。

ま、いいではありませんか。さういふ欠点を持ちながら、これだけ面白く読ませる作物はさうさうありますまい。
逆にそれだけ、梶山作品の水準が高かつたことの証左にもなりますかな。
560ページ以上もある大厚の小説でありますが、わたくしは2時間で読んでしまつた。困りますなあ。

小説GHQ (集英社文庫 青 43-E)小説GHQ (集英社文庫 青 43-E)
(1981/02)
梶山 季之

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ホルモン奉行
ホルモン奉行 (新潮文庫)ホルモン奉行 (新潮文庫)
(2010/04/24)
角岡 伸彦

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ホルモン奉行
角岡伸彦【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2010(平成22)年4月発行


焼肉屋でお馴染のホルモン。ホルモンといへば『じゃりン子チエ』くらゐしか連想しないわたくしに、自らホルモン奉行を名乗る著者が蒙を啓いてくれました。

まづホルモンの定義ですが、わたくしは牛や豚の腸と捉へてゐましたが、関西では内臓全般を指すのだといふことです。
さらに本書ではタン(舌)やテール(尾)なども含め、精肉・正肉以外のものはすべてホルモンと呼称してゐます。案外ゆるやかな定義であります。自由でいいさね。

元元は一般的な食材ではなく、在日朝鮮・韓国人や被差別部落の人たちの食文化だつたと語ります。著者のプロフィールを見ると、その関連の著書が多いみたいです。眉間にシワを寄せながら深刻に語られがちな話題ですが、あつけらかんとした文章なので、読者も「ああ、さうなの」と気楽に読めます。

で、ホルモン奉行は関西を始めとした日本各地や、本場の韓国そして米国紐育など、精力的に取材を重ねます。ホルモンへの(いささか過剰な)愛情に満ちてゐるのであります。その取材ぶりは、特段のホルモン好きでもないわたくしでも食べたくなります。

特に気になつたのは「サイボシ」つてやつ。食べたいですなあ。初めて知りましたが、正肉を加工したものなので、厳密にはホルモンとは呼べないさうです。
しかしその発生・流通・消費などの面がホルモンと相通づるものがあるので、とりあげてゐます。わたくしの住む豊田市で食べられる店はあるのでせうか...

食べ物の本はあまり読まないわたくしが、珍しく面白く拝見いたしました。
では、ご無礼します。

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