源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
日本語と私
日本語と私 (新潮文庫)日本語と私 (新潮文庫)
(2003/06)
大野 晋

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日本語と私
大野晋【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2003(平成15)年6月発行


大野晋氏が亡くなつてもう5年が経つのであります。井上ひさし氏、丸谷才一氏も鬼籍に入り、日本語の番人と呼べる人たちが少なくなつてしまひました。
その昔、英語教育の泰斗たる故・松本亨氏がその半生を語つた、『英語と私』といふ本がありましたが、これはその日本語版とでも申せませうか。

実家である東京の下町・深川の思ひ出を読みますと、父親から与へられた『広辞林』『字源』がその後の大野氏の方向性に影響を与へたのではないかと思はれます。
特段に教育熱心とも見えない商人の父親がナゼ? と不思議に思ひますが、書画を好む人だつたさうなので、その関連でせうか。
わたくしの父も別段読書家ではありませんが、ナゼか家には新潮社版「現代日本文学全集」全50巻があり、これが無ければわたくしは本好きになつてゐたかどうか。

単なる自叙伝ではなく、日本語研究の実際をうかがふこともでき、まことに興味深いのであります。地道ですねえ。また、日本古典作品に記載がある「校注」とか「校訂」といふのが、かくも大変な作業であつたとは。今後は心して読む。

日本語の源流を求めて「タミル語」に行き着く。これに関しては誹謗中傷がひどかつたやうです。無論わたくしには判定する知識も能力もないのですが、井上ひさし氏が「学者大野晋を信じるが故に彼の学説をも信じる」と語るのに賛成するものであります。

さはやかな読後感。感動の一冊と申せませう。

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助っ人列伝
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助っ人列伝―プロ野球意外史
文藝春秋【編】
文藝春秋(文春文庫ビジュアル版)
1987(昭和62)年10月発行


バレ君がつひに年間本塁打記録を塗り替へたさうで、おめでたうございます。
これまでは王貞治氏の記録(55本)が、いはば聖域みたいになつてゐて、この記録に近付かうとする助つ人外国人は、有形無形の妨害を受ける、といふのが定説だつたやうです。
ところが今回のバレの場合、さういふことはなく、あつさりと新記録を達成しました。これをもつて、日本のプロ野球もやうやく変つたなと評価する声も出てゐました。

しかし考へますに、過去の挑戦者は皆残り試合が少なかつたといふ事情があります。これに対してバレが所属する東京ヤクルトスワローズはまだ相当試合数を残してゐます。さすがに「妨害」をするには試合数が多すぎて、これは諦めざるを得ない、といつたところではないでせうか。

といふわけで、『助っ人列伝』。
「史上最強の助つ人」の呼び声高いランディ・バースを筆頭に、オオルド・ファンには懐かしい顔ぶれが満載であります。
登場人物が多いので各人についての話は避けますが、「日本野球の壁」といふものが予想以上に彼らにとつて障害であつたことが分かるのであります。
日本球界で結果を残せずに去つてゆく選手も少なくありません。きつと日本野球をナメきつて自信過剰になつてゐたせいだらう、と簡単に考へてゐましたが、さういふ選手はむしろ少数派で、多くの選手は何とか日本野球に馴染まうと必死だつたのであります。

現在では多くの日本人選手が米国メヂャーリーグに挑戦し、一部選手は立派に結果を残してゐます。
彼らは自らのプレーを通じて、「ベースボール」なるものを逆に日本に紹介してゐるとも言へませう。
いづれにせよ、お互ひが刺激し合ふことでレヴェルが上るならば、国を越えた交流は大いに結構、と言つたところでせうか。

助っ人列伝―プロ野球意外史 (文春文庫―ビジュアル版)助っ人列伝―プロ野球意外史 (文春文庫―ビジュアル版)
(1987/10)
文芸春秋

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ビルマの竪琴
ビルマの竪琴 (新潮文庫)ビルマの竪琴 (新潮文庫)
(1959/04/17)
竹山 道雄

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ビルマの竪琴
竹山道雄【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1959(昭和34)年4月発行
1988(昭和63)年6月改版


戦時中のビルマに駐屯する、日本のとある小隊の物語であります。
この小隊はとにかく良く演奏し、歌ふ。中でも水島上等兵の奏でる竪琴は絶品なのでせう、その演奏は兵隊たちの心をとらへ、無骨な彼らをも陶酔させてゐます。
その後戦況が悪化し、この小隊はイギリス軍に降伏することになります。捕虜となつたのでした。

しかし山奥ではまだ降伏せず、むなしく抵抗を続ける小隊があり、いたづらに戦死者を出してゐたのであります。
この小隊に降伏を促すために、水島上等兵がその重要な任務に赴くことになりました。
ところが、待てど暮らせど水島は帰つてきません。説得は失敗したのか...生死すら分からず、残された小隊はやきもきする日々が続くのであります。隊長は「自分が行けば良かつた」と悔恨の念にかられてゐます。
一体水島はどうしてしまつたのか...

本来ドイツ文学者が本業の作者が、戦後になり手のひらを返したやうに平和を唱へる人たちに絶望し、やむにやまれぬ心情から執筆したものでありませう。語り手の「私」からもさういふ「怒り」「やるせなさ」が感じられます。
祖国日本のためといふ大義名分で命を落した多くの兵隊さんの鎮魂のため、黙つてゐられないと感じたのではないでせうか。
もともと子供向けに書かれたやうですが、年齢に関係なく、それぞれの心に響く一冊と申せませう。

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鉄道ダイヤに学ぶタイム・マネジメント
鉄道ダイヤに学ぶタイム・マネジメント (講談社プラスアルファ文庫)鉄道ダイヤに学ぶタイム・マネジメント (講談社プラスアルファ文庫)
(2007/03/21)
野村 正樹

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鉄道ダイヤに学ぶタイム・マネジメント
野村正樹【著】
講談社(講談社プラスアルファ文庫)刊
2007(平成19)年3月発行


「鉄道ダイヤに学ぶ」といふ表題につられて購入した本であります。
忙しいビジネス人向けに時間活用術の本が多く出てゐますが、本書はそれらと同列には扱へないやうな気がします。
確かに日本の鉄道システムは、世界でも最高レヴェルの完成度を誇るといはれてゐますが、それを以て大上段に「鉄道に学べ!」といふのはちよつと違和感を感じるところであります。

各章タイトルを列挙しますと、「遅れない、待たせない、誤差がない」「「多忙」に打ち勝つプロの技を盗もう」「線路に教わる「リスク管理」の時間術」「時刻表に学ぶ「ゆとり創造」の時間術」「ライバルに勝つ「個性演出」の時間術」「時間を六倍に活かす「複線型人生」のすすめ」「選択と決断の「ポイント操作」術」となり、それぞれ実際の仕事にどう活かせばいいかを提唱してゐます。

なるほどと膝を打つ指摘もあれば、それはこじつけぢやないの?と首を捻りたくなる意見もございます。純粋にビジネス書として読んだ人からは新味を感じられず、鉄道好きからは、鉄分少なく物足りないといふ反応があるのではないかと懼れるものであります。
と戯言を垂れながら、個人的には愉しめる一冊でした。ボクも「ちくわ切り」で時間を活かさう!

著者自身が鉄道好きださうで、愉しみながら執筆してゐる様子が窺へるのが一番良いところですね。

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現代フランス文学作家作品事典
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現代フランス文学作家作品事典
佐藤朔/白井浩司/若林真【編】
講談社(講談社学術文庫)刊
1981(昭和56)年11月発行


本書の指す「現代」とは、二十世紀以降のことらしい。確かに十九世紀仏文学といへば百花繚乱、世界を代表する文学者を多く輩出したのであります。
従つて十九世紀仏文学については、概観する書物も多く充実してゐるのですが、一方二十世紀(特に第二次大戦後)の仏文学については、単品はともかくそれを俯瞰するかたちで述べるものが目立ちません。
少なくともわたくしが学生であつた時分はさうでありました。

そこで本書。1981年の初版だから既に30年以上前なのですが、画期的な書物ですよ、これは。
実は仏文科学生だつたわたくしも本書を愛用してゐました。何かと重宝します。ユウスフル。
ロマン・ロランからル・クレジオまで何と75名の文学者を収録してゐます。堂堂928頁のヴォリューム。事典の名に相応しいと申せませう。

作家一人につき、その簡略な評伝、評価、そして代表作の梗概で構成されてゐます。この梗概がまた良く出来てゐる。編者の一人である佐藤朔氏も述べてゐるやうに、梗概を書くといふのは大変な作業でありませう。労作とはかかる書物のことを指すのでせう。

あたまから読んでも良いし、事典らしく必要な箇所をまづ引いてみるのもよろしからうと。巻末の参考文献や年表も嬉しい付録であります。
残念ながら現在は絶版。しかし入手方法はあると思はれるので、興味の有る向きは調べてみてください。自分でね。

現代フランス文学作家作品事典 (講談社学術文庫 (390))現代フランス文学作家作品事典 (講談社学術文庫 (390))
(1981/11)
佐藤 朔

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モスラの精神史
モスラの精神史 (講談社現代新書)モスラの精神史 (講談社現代新書)
(2007/07/19)
小野 俊太郎

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モスラの精神史
小野俊太郎【著】
講談社(講談社現代新書)刊
2007(平成19)年7月発行


購入したままはふつてゐた本書。そのうち読まうとして何と6年も経つてしまひました。もつとも我が家には、新刊で購入しながら30年以上未読の本がごろごろしてゐますが...

1961年の東宝映画「モスラ」(本多猪四郎監督)と、その原作たる『発光妖精とモスラ』(以前「源氏川苦心の日々充実」にて取り上げてゐます)を俎上に載せて、縦横に論じてゐます。

三人の純文学者(中村真一郎・福永武彦・堀田善衛)が原作を手がけたのはなぜか?
なぜモスラは「蛾」でなくてはならなかつたのか?
原作と映画版では主人公が入れ替つてゐるのはなぜか?
インファント島とは何処にあるのか?
モスラと日米安保の関係は何か?
なぜ東京タワーに繭を作つたのか?(原作では国会議事堂だつた)
モスラが襲うニューカークシティのセットが「おもちや」みたいに貧弱なのはなぜか?
モスラのモティーフを引き継いだのは、後発の怪獣映画ではなく、あのアニメ作品だつた?

様様な角度から、これらの疑問を解くのであります。同時代の背景を抜きにして語れぬことが解ります。それにしても花村ミチ=樺美智子説はアッと驚く指摘であると申せませう。
若干牽強付会気味なところもあるけれど、ユニイクな視点から、新たな「モスラ」の魅力を提示してくれる一冊でございます。



さてこの週末、近所の豊田スタジアムにて、なにがしといふ有名バンドが来て豊田市は大いに盛り上がりました。
17時30分開演といふのに、もう午前中から人が集まり始め、午後からは名鉄三河線の豊田市駅、愛知環状鉄道線の新豊田駅に到着する電車は軒並み超満員であります。
人波といふ言葉がありますが、本当に波のやうに群集が押し寄せてきます。ちよつと恐いくらゐ。ヒューマンウォッチングには事欠かない。
まあ電車で来る人は良いのですが、困るのはクルマであります。
自家用車で来るヤカラが多くて、周辺の道路は渋滞しまくりでした。不慣れな他府県ナムバアのクルマが変な運転をするものだから、混雑に拍車をかけてゐました。
市内のホテルも大繁盛だつたやうです。グランパスの試合の時も毎回このくらゐ集まれば良いのになあと考へる地元民でした。

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その日本語、伝わっていますか?
その日本語、伝わっていますか? (講談社プラスアルファ文庫)その日本語、伝わっていますか? (講談社プラスアルファ文庫)
(2011/03/22)
池上 彰

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その日本語、伝わっていますか?
池上彰【著】
講談社(講談社プラスアルファ文庫)刊
2011(平成23)年3月発行


池上彰さんが日本語の本を出してゐたので、手に取つてみたのであります。
それにしても池上先生、総てのテレビ出演を休止すると発表した後も、実によくテレビで見かけます。メディアが放つてをかないといふことでせうか。

第一章「放送で苦労しています」...固有名詞の読み方は難しい。正しい読み方をしても、無知な視聴者から「間違つてゐるぞ」と抗議されるとか。痛いですなあ。
今の視聴者は鵜の目鷹の目でテレビ出演者の発言をチェックしてゐるやうです。テレビに出演する人が「特別な人」と目されなくなつたことも原因ですかな。

第二章「とっても気になります」...「ら抜き」「さ入れ」「チョー」「ぢやないですか」「鼻濁音」等等。気になるけれど、単なる日本語の乱れと片付けられぬところに池上氏の苛立ちが窺はれるのであります。

第三章「日本語はむずかしい」...ありがちな言葉の誤用について述べてゐます。かういふのは既出の類書に山ほど出てゐるので、まあ池上氏がわざわざ取り上げなくてもいいかと。

第四章「日本語を捨てようとしたことも」...ワープロの登場までは、国語ローマ字化論は結構勢力があつたと記憶してゐます。現在でも下火になつたとはいへ、埋火のやうにくすぶつてゐるやうです。日本語は論理的ではないとの指摘に対しては、日本語ではなくそれを駆使する人間が非論理的なのであると。賛成。

第五章「漢字もあるからいい感じ」...外来語をそのままカタカナで表記するのは、あまりに芸がないですな。先人は、知恵をしぼり漢字の造語力を遺憾なく利用してくれたのに。なほ、英語圏の人でさへ、日本語学習の際には、カタカナよりも漢字の方が理解しやすいといふ傾向があるといふことです。(意味が類推できるから)

第六章「言葉は生きている」...あまりに誤用が幅を利かせ、悪貨が良貨を駆逐する事態になりますと、せつかく正しい言葉を学習しても虚しくなりますなあ。

第七章「言葉は文化を映す」...時代・地域・人種・職業などで言語は変化する。外国語を学習する時でも、単に言葉を覚えるだけでは片手落ちで、その国の文化・習慣・風俗などとセットで身につけたいものであります。

第八章「敬語を敬遠しないで」...敬語こそ誤用が目立つ分野ですな。日本社会に於いては、敬語は人間関係そのものだと思ふのですが、いまだに不要論を説く人がゐるのですね。日本語学習中の外国人に「日本語には二人称はない」と喝破した人は、大した見識の持ち主だと思ひました。
関係ないが、燕党のわたくしとしては、「バレンティンを敬遠しないで」と申し上げてをきます。

第九章「日本語は美しい」...かつて欧米崇拝の傾向があつた時代、日本人は日本語を過小評価してゐたと思ひます。日本語の美しさを再発見したらば、これを次世代に継承していくのがわたくしどもの務めと申せませう。なんてね。少し真面目になつてしまつた。

正直のところ、本書の前半部分は、わざわざ池上先生が書かなくても、幾多の先行書があるぢやないかと感じましたが、一冊まるごと読了しますと、あのソフトな語り口の講義を聴き終へた快感を感じたのであります。
でも、次はやはり現代史の本を読まう...

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なんたってウルトラマン
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なんたってウルトラマン
竹内義和【著】
勁文社(勁文社文庫21)
1994(平成6)年8月発行


円谷プロダクションが、創立50周年を記念して「怪獣総選挙」なるイベントを敢行したのであります。
既に投票の締切は終り、結果も発表されてゐます。わたくしは当然、「ツインテール」に清き一票を投じたのであります。
新マン世代のわたくしとしては、バルタンやゼットン以上に思ひ入れのある怪獣なのです。
この総選挙、面白い試みとは思ひますが、何分エントリーされた怪獣の数が少ないですね。「巨大フジ隊員」に投票したかつたのに!と残念がる人もゐたのでは。

まあそれは冗談として、50年近い歴史を持つウルトラシリーズですから、どの作品をリーアルタイムで観たかで、好みの怪獣も当然変るわけです。
『なんたってウルトラマン』の著者、竹内義和さんは第一期世代なので、やはり『Q』『マン』『セブン』を高く評価してゐます。それ以降のシリーズは、内心どうでもいいと思つてゐるやうな書きつぷりであります。

本書ではまづ、なぜウルトラマンが過去のヒーローと一線を画し、人気者になつたのかを考察します。
キーワードは「日本独自の(脱スーパーマン)ヒーロー」「(等身大ではない)巨大ヒーロー」「可視光線」といつたところらしい。
次いで、「ウルトラマン」全39話を観直してマヌケな箇所に突込みを入れます。話を面白くしやうとして、一部事実を曲げてゐるのはいただけませんな。
そしてかつての怪獣少年(著者)が考察した怪獣論。
次の章は歴代ヒロインについて述べる。桜井浩子さんは、「江戸川由利子」の時は萌えるのに、「フジアキコ」ではどこか無機質な印象に変る。なぜだらう。
その次は実相寺昭雄論にわざわざ一章を費やしてゐます。どう考へても、この監督は過大評価されてゐるよね。

古くからの友人が集まると、昔のヒーローの話で盛り上がることが多いのですが、本書はそれを一人でやつてのけた一冊と申せませう。結論を述べますと、抜群に面白いですよ。

なんたってウルトラマン (勁文社文庫)なんたってウルトラマン (勁文社文庫)
(1994/07)
竹内 義和

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