源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
意気に感ず
意気に感ず (角川文庫 緑 224-34)意気に感ず (角川文庫 緑 224-34)
(1980/05)
源氏 鶏太

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意気に感ず
源氏鶏太【著】
角川書店(角川文庫)刊
1980(昭和55)年5月発行


源氏鶏太を知る人も尠なくなつたことでせう。
かつては書店の文庫本の棚を我が物顔で占領してゐた源氏氏も、現在は古本屋ですら僅かしか見られません。流行作家の常であります。

大衆の支持を集めた理由としては、①主人公は庶民派の快男児が多く、共感を呼んだ。②古来よりの王道である勧善懲悪が徹底してゐた。③虚飾のない実直な文章が分かり易く、すいすい読める。④以降もいろいろあるだらうけれど、とりあへずそんなところで。
実際、『天上台風』なんて作品は、昔の小さい文字でページにびつしり字が詰まつてゐて、それが800ページ以上もある小説ですが、半日もせずに読了してしまひました。これはちよつとをかしいくらゐだ。

マイトガイの映画「意気に感ず」を観たので、その原作を読まうと取り出した一作であります。
主人公・志田英吉くんは、30歳手前の会社員。金はないが、女性にはモテるらしい。この彼に、ライヴァル会社の女性社員から面会が。
要件は、好条件の引抜であつた。月給を現在の会社の倍を支払ひ、しかも支度金まで出すといふのです。
会社を辞める気のない志田君は、断る心算で、今夜君を抱けるなら承諾すると返答します。とんでもない奴です。
果たせるかな彼女から即座に平手打ちを喰らふのでした...そりやさうです。
ところが、いつたん去つた彼女は、再び志田くんの前に現れ、条件を呑むといふではありませんか。いつたいどうなつてゐるのでせうか...?

王道サラリーマン小説に、企業ミステリーの要素も絡めた娯楽小説と申せませう。殺人は起きないけれど。
機会があれば、是非手に取つてみてください。
ぢや、これにて失礼。

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読書論
読書論 (岩波新書)読書論 (岩波新書)
(1964/11)
小泉 信三

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読書論
小泉信三【著】
岩波書店(岩波新書)刊
1950(昭和25)年10月発行
1964(昭和39)年11月改版


読書論。などと名乗ると堅苦しいのですが、何のことはない、読書の悦びについて、一冊丸ごと語る本であります。今から63年前の初版とは思へないほど、本好きの思考回路は変つてゐないことが分かり、微苦笑を禁じえない、と言つたところでせうか。

第一章「何を読むべきか」、第二章「如何に読むべきか」は余計なお世話ですと片付けることも出来ますが、多読の勧めは理にかなつてゐる。本を選ぶ際の選球眼は、ある程度読書量がないと養へないと勘考するものです。

第三章「語学力について」、第四章「飜訳について」では、読書にも外国語の知識が必要となることを説いてゐます。もつとも、昔の岩波文庫赤帯の翻訳は、酷い誤訳だらけだつたと聞いてゐますが。

第五章「書き入れ及び読書覚え書き」。読んだ本を自らの血肉とするにはどうすれば良いか、のヒントが書かれてゐます。文豪たちの書き入れは(特に夏目漱石)実に愉快ですね。

第六章「読書と観察」、第七章「読書と思索」では、受動的に本を読むだけでふむふむと納得するだけでは、結局他人の思考を自分の頭でなぞるだけであるといふ危険性に言及してゐるのだ。

第八章「文章論」。ある程度読書人としてのレヴェルが上ると、文章論は避けられないさうです。さうなのか? 

第九章「書斎及び蔵書」。昔も今も変らない、読書家の永遠の悩みであるとともに、愉しさであります。理想を語るのはタダですから。

第十章「読書の記憶」は、著者小泉信三氏の読書自叙伝となつてゐます。あくまでも小泉氏の読書遍歴なので、一般人が参考にするやうなものではなく、一種の読み物と申せませう。

先ほども述べたやうに、読書好きの興味は、昔も今も変らないやうです。本書がいまだに流通してゐるのは、そんな事情もあるのではないでせうか。そして一生に読める本の量を類推して絶望し、選択眼が向上する。
ま、たまには外れを引いて、くだらぬ本と付き合ふのも愛嬌かな、とも思ひますがね。

ぢやあ、こんなところでご無礼します。

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あなたに褒められたくて
あなたに褒められたくて (集英社文庫)あなたに褒められたくて (集英社文庫)
(1993/08/20)
高倉 健

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あなたに褒められたくて
高倉健【著】
集英社(集英社文庫)刊
1993(平成5)年8月発行

 
文化勲章を受章しました高倉健さん。80歳を越えてもカックイイですね。
仁侠映画でストイックに耐へる姿が強烈に印象に残つてゐます。映画での役柄といへば、恐らく多くの人が同じやうに「曲がつた事ができない前科者の健さん」を思ひ浮かべるのではないでせうか。

しかしわたくしは、初期作品に見られる「やんちやな健さん」も好きであります。人気が出つつあるが、まだまだ大物ではない時期に、暴れん坊社員などを演じる健さんは微笑ましくもある。誰何されて「旋風太郎です!」なんて答へるシーンは笑つてしまひますね。

大物になるきつかけとなつたのは、多分、新東宝からやつてきた石井輝男監督との出会ひではないでせうか。
娯楽映画の何たるかを知悉する石井監督。あの「網走番外地」シリーズも石井監督のアイデアから生まれたのださうです。網走での健さんは、後の任侠作品と違ひ、実にイキイキと暴れてゐます。我慢しない。耐へない。本能のまま動き回る橘真一を演じて、観客に爽快感を与へるのです。
ただ、網走も石井監督が外れた新シリーズは雰囲気が変り、普通の任侠映画になつてしまつたのは残念でした。

『あなたに褒められたくて』はかなり以前の作品で、その存在は知つてゐたのですが、文化勲章を機に手に取つたのであります。「あなた」とは誰のことかも分かりました。ははあ。

善光寺参りの話や、村田兆冶さんへ花を贈る話、小林稔侍さんから思ひ出の表札を貰ふ話など、皆印象的です。
若い頃のやんちやな話もあります。「ガチャ」への悪戯はひどいですな。本人が気付かないのは笑へますが。
それから丹波哲郎さんの催眠術。丹波さんのは本格的ですが、健さんも催眠術をするとは驚きであります。素人が催眠術をかけるのは危険だと聞いてゐますが、事故はなかつたやうでなにより。

飾らぬ人柄がこの一冊に詰まつてゐます。ファンではない人が読んでも、きつと好感を抱くであらう本書。ファンの人ならなほさら好きになる本と申せませう。
もつとも、ファンならとつくに読んでゐるかな。

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広告みたいな話
広告みたいな話 (新潮文庫)広告みたいな話 (新潮文庫)
(1990/10)
天野 祐吉

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広告みたいな話
天野祐吉【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1990(平成2)年10月発行


天野祐吉さんの突然の悲報には驚いたのであります。最近までテレビでも拝見し、わが家で購読する新聞紙上でも、CMについての連載を続けてゐたといふのに。
実は、筑紫哲也氏亡き後、判断に迷う問題などの羅針盤として密かに頼りにしてゐた人でした。大衆に分かりやすく、ユウモワも交へつつ、実は深い問題を突つ込んで、なほかつ権力にも迎合しない。カッコイイ人だなと感じてゐただけに、まことに残念であります。

『広告みたいな話』は、文字通り得意の広告の話かと思つたら、広告の話はほとんど出なくて(だから「みたいな」と入つてゐるのか)、五つのキイワードから現代を読み解いてゐる本であります。

まづ「無重力の時代」。新人類ブーム、遊園地ブーム、温泉ブームから無重力感を感じる理由を述べてゐます。新人類なんてのは時代を感じさせます。
続いて「言文一緒の時代」。言文一致ではないさうです。現代の書き言葉に元気がなく、危篤状態であると指摘します。ニュース原稿の「書き言葉」振りは、その後ますます拍車がかかつてゐるのではないでせうか。
「カフェバーの時代」では、天野流カフェバー入門が開陳されます。カタカナ職業の人たちが中心の世界ださうです。カフェバーの客がみな、なぜサメた表情をしてゐるのかを考察してゐます。
続く「ハンフリーの時代」。ハンフリーとは外来語ではなく、半分フリーの人たちを省略した天野さんの造語でした。精神的にはハンフリーの人は、現在相当数に上るでありませう。
最後の「テレビの時代」では、突然マクルーハン論が始まり戸惑ふのですが、これが中中面白い。短いブウムで終つてしまつたが、天野さんはマクルーハンからテレビの見方をいろいろ教はつたさうです。

巻末に多田道太郎氏との対談も収録されてゐて、まことにお得な一冊と申せませう。
かうして見ると、我我は改めて惜しい人を失つたことが分かります。
改めてご冥福を祈るものであります...

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ニッポン鉄道遺産
ニッポン鉄道遺産―列車に栓抜きがあった頃 (交通新聞社新書)ニッポン鉄道遺産―列車に栓抜きがあった頃 (交通新聞社新書)
(2009/06)
斉木 実、米屋 浩二 他

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ニッポン鉄道遺産―列車に栓抜きがあった頃
斉木実/米屋浩二【著】
交通新聞社(交通新聞社新書)刊
2009(平成21)年6月発行


日本に鉄道が開通してから140年余。当初こそイギリス人に頼つてゐましたが、ほどなく日本人自身による運営を始め、独自の鉄道体系を創つてきたのであります。
その長い歴史の間に、さまざまな車両や施設、サービスなどが生まれてきました。同時に、時代の変化により、消滅するものも当然あります。

しかしそれらの中にも歴史的な価値を持つものが少なくありません。そのまま消えゆくには惜しい! 「鉄道遺産」として残したいぞ。
といふものを集めたのが本書でございます。鉄道版絶滅危惧種と申せませうか。
項目のひとつに「パノラマカー」を載せてくれてゐまして、これが本書購入の決め手となりました。

目次を見ると、ああ確かに最近とんと見ませんなあ、といふものばかり。タブレット・腕木式信号・赤帽・開く窓・栓抜き・オルゴール等等等...
著者の二人は、せめて記憶に残さんとばかり、愛情を込めて精力的に取材してゐます。残念ながら、本書刊行後に消えてしまつたものもいくつか見受けられますが、却つて本書の存在価値があらうかと思はれます。

ただし、折角写真家のお二方が担当してゐるのに、写真が少なめだなあと勘考するところです。カラー写真を中心としたヴィジュアル版として出した方が良かつたかも知れません。定価はハネ上がるでせうが。



さて本日は自分のクルマを車検に出したのであります。もう好い加減に買ひ換へてもいい時期なのですが、いかんせん懐具合が許さないといふありさまでして。
先日、有名な某クルマ専門店に見積もりを依頼しました。一時間ほど待たされて金額を教へてくれたのですが、その際「えー当店の車検ですが、おかげさまで好評でして、一日では終りません。その間の代車も出せません」と言はれました。それぢや駄目ぢやん。最初に言つてくれたら良いのに。
で、別の店に頼んだら半日で終りました。金額も安かつたので結果オーライなのでした。2年後は新車が買へたらいいなと夢想してゐるのであります...

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厄年
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厄年―避けられない人生の危機をいかにして切り抜ける
中岡俊哉【著】
二見書房(サラブレッド・ブックス)刊
1986(昭和61)年2月発行


中岡俊哉さんが亡くなつてから、早くも12年が経過しました。
プロフィールによると中岡さんは、馬賊を夢見て満州に渡つたのださうです。当時は馬賊つて憧れの対象だつたのでせうか。どうでもいいことですが、ちよつと気になつたのでね。

中岡さんといへば、心霊写真をはじめとする超常現象の著作で有名な方ですが、本書は、ずばり「厄年」がテエマでございます。
そんなの迷信ぢやないの...とのつぶやきも聞えてまゐります。まあきつとさうなのでせう。
その辺は曖昧なままでも良いので、とりあへず彼の「厄年論」を読んでみました。

まあひとことでいへば、厄といふのは「陰(マイナス)と陽(プラス)のパワー・バランスの崩れ」なのださうです。つまり陰陽道が元になつてゐる。詳しく書くときりがないので止めときますが、一応は体系化された理論のやうです。しかし、さう言はれても「なるほど!」と納得する人は少ないかもね。

そして、厄年に災難に遭遇した人たちの実例がこれでもか、といふくらゐ紹介されてゐます。一瞬「やつぱり厄年はあるのかなあ、さういへば俺も厄の時に散々な目にあつてゐたつけ」と考へかけるのですが、男女とも厄年は3回あり、しかも前厄・後厄と前後賞みたいにあるので、厄年は9年に及ぶのです。
それなら、災難がたまたま「厄年」に当つたとも考へられぬこともない。結局、謎の域を出ないといふ腰砕けの話になるのであります。

さはさりながら、読み物としては面白い本です。海外にもある「厄年」事情も分かり、雑学のネタにもなるでせう。問題は、入手できるかどうか...

厄年―避けられない人生の危機をいかに切り抜けるか (サラ・ブックス (417))厄年―避けられない人生の危機をいかに切り抜けるか (サラ・ブックス (417))
(1985/12)
中岡 俊哉

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カナダ=エスキモー
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カナダ=エスキモー
本多勝一【著】
朝日新聞社(朝日文庫)刊
1981(昭和56)年9月発行


まづタイトルの話。『カナダ=エスキモー』。中黒(・)ではなく、等号(=)が駆使されてゐます。すると「カナダ」と「エスキモー」は同義なのか?
いやいや。これは、本多勝一氏独特の用法なのでした。

本多氏いはく、読点と中黒の役割をはつきり分けなければいけない。たとへば事象を列挙する時、「錦之助、橋蔵、千代之介、扇太郎の四人は...」と書きますと、読点の本来の用法から逸脱するので、かかる場合は中黒を用ゐるのださうです。
そして外国人の姓名の間に入れる記号は、「ダン・ユマ」のやうに中黒ではなく「ロバート=ダンハム」みたいに等号を利用するといふことです。外来語の単語を繋げる場合もおんなし。ゆゑに『カナダ=エスキモー』となる。
正確ぢやないかも知れませんが、大体さういふことのやうです。

さて『カナダ=エスキモー』は、本多氏のごく初期のルポルタージュ『極限の民族』三部作の第一部にあたるものであります。本作によつてスタア記者・本多勝一は誕生したと申せませう。
初期作品といひながら、すでに本多節は全開であります。
特に「ソリ犬」についての記述。犬は甘やかさず、厳しく接します。動物愛護団体のメムバアが読むと「残酷だ」と非難するでせう。しかし彼らは、ペットショップで値札を付けられ陳列されてゐる犬や猫を見ても平気なのですね。こちらの方がよほど残酷ではありますまいか。

ま、いい。読めば分かることであります。
今日はここらで御無礼します。

カナダ=エスキモー (朝日文庫)カナダ=エスキモー (朝日文庫)
(1981/09)
本多 勝一

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