源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
古都
古都 (新潮文庫)古都 (新潮文庫)
(1968/08/27)
川端 康成

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古都
川端康成【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1968(昭和43)年8月発行
1987(昭和62)年4月改版
2010(平成22)年1月改版


京都の伝統文化や風物を背景に、千重子と苗子といふふたごの姉妹の物語が繰り広げられます。美人姉妹なのだよ。
ふたごといつても、赤子の時分に千重子は捨子にだされてしまひ、それぞれ異なる環境で育てられ成長するのであります。千重子は、苗子の存在すら知らなかつたのですが、苗子は事情を聞かされてゐたやうで、千重子に「あんた、姉さんや」と話しかけるのでした...

良き時代の京都を活写し、観光案内の役割まで担ふ本作品。JR海ではないが、『そうだ 京都、行こう。』と思はせる内容になつてゐます。戦後の川端作品の中では、やはり『眠れる美女』とこの『古都』が代表作と申せませう。
しかし『眠れる美女』は、わたくし好みの少しやばいテイストが底流にありますが、『古都』では、まことにまつすぐな小説であります。千重子のやうに。

ところが作者によると、『古都』を執筆当時の作者は、睡眠薬を多様したりして何かと不安定な精神状態だつたらしい。
かつて芥川賞を落選した太宰治に対して「目下の生活に厭な雲ありて」と、作品の完成度とは関係ない次元の指摘をしましたが、ここでは川端氏本人が生活に厭な雲があつたのでせう。
なので、当初はその影響が出て、辻褄の合はぬ箇所などがあつたとか。出版の際に、校正でさういふ部分は修正したと本人の手記にあります。
ゆゑに、現在わたくしたちは、安心してこの美しい物語を堪能できるのであります。

ひとこと、映画について。
何度か映画化やTVドラマ化されてゐまして、その中でも岩下志麻さんが主演した松竹作品版が好きなのです。当時の岩下さんは絶品であります。彼女の怖いイメエヂしかない人は、是非観るとよろしい。
山口百恵さんの東宝版は観てゐません。三浦友和さんの出番を増やすために、原作にはない登場人物を作つてしまつたといふことで、気分が殺がれるのでした。

ぢやあ今夜はこんなところで、ご無礼します。

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チャイコフスキー・コンクール
チャイコフスキー・コンクール: ピアニストが聴く現代 (新潮文庫)チャイコフスキー・コンクール: ピアニストが聴く現代 (新潮文庫)
(2012/02/27)
中村 紘子

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チャイコフスキー・コンクール ピアニストが聴く現代
中村紘子【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2012(平成24)年2月発行


チャイコフスキー国際コンクールとは、四年毎にモスクワで開催される、まことに権威のある音楽コンクールであります。その権威の高さの割には歴史は案外新しく、第一回開催は1958(昭和33)年ださうです。開催国ソ連の威信をかけたコンクールで、その歴史はさまざまなエピソオドに事欠きません。

著者の中村紘子さんは、1982年の第七回コンクール以来、審査員として度々招かれてをります。本書は1986年、第八回コンクールの模様を、6月のモスクワに降り立つところから最終審査の結果が出るまで、著者の批評メモを織り交ぜながら、わたくしのやうな素人にも分かりやすく叙述されてゐるのであります。その内幕はまことに興味深い。

参加資格は案外ゆるく、年齢が17-32歳ならそれほど厳しい制約はないさうです。もつとも、それなりの自信と実績がないと、出ても恥をかくだけで、実際さういふ人も中にはゐるみたいです。出しちやふ師匠がいかんよね。
また、「ツーリスト」と呼ばれるパフォーマーもゐて、それは何かといふと、珍奇ないでたちで愛嬌をふりまき、肝心の演奏は噴飯物で、審査員たちも笑ひを噛殺すのに難儀する演奏者のことださうです。アメリカ人に多く、わが日本からもそれに次いで多いらしい。うーん。

また、現代のコンクール事情についての考察や、日本におけるクラシック音楽の問題点にも触れてゐます。
今時のコンクールの目的は、はふつてゐても勝手に出てくる神童や天才を期待するのではなく、「正常な才能のための定期的発掘装置とでもいうべきものなのだ」(本文より)
著者もいふ通り、何となく淋しい目的ではありますが、一般の音楽愛好家からすると、さういふ人材もやはり多く発掘してもらひたい喃。

日本はクラシック音楽の「鑑賞者」または「享受者」としては一流レヴェルに達しつつあるといっても、あくまでそれは消極的な意味であって、本来のよき「鑑賞者」としての積極性を残念ながらいまだ持つに至っていない、とでもいえよう。(本文より)

本書から30年近く経つのですが、日本はよき「鑑賞者」として変貌を遂げたのでせうか。
ま、わたくしなんぞは難しいことは考へずに、ただ聴くのみですがね...

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東海道新幹線
東海道新幹線 JTBキャンブックス東海道新幹線 JTBキャンブックス
(2000/07)
須田 寛

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東海道新幹線
須田寛【著】
JTB(JTBキャンブックス)刊
2000(平成12)年7月発行


東海道新幹線が1964(昭和39)年に開業してから、今年で何と50年の節目であります。
それに因み本書をここで...といふのはこじつけでして、本当は別の理由があるのでした。

俳優の宇津井健さんが82歳で亡くなり、我が家で恒例の追悼上映をしました。初ッ端に鑑賞したのは、東映作品「新幹線大爆破」。これはパニック映画全盛の1975(昭和50)年に公開された作品であります。

当時はストや度重なる運賃値上げで国民の国鉄離れが加速し、新幹線が国鉄の唯一の希望であるといふ時代でした。その新幹線を爆破させる映画などとんでもない!と国鉄は制作に協力しませんでした。それが理由かどうか、国内での評判はサツパリで、豪華スタア競演の割には不遇な作品だつたと申せませう。(近年は再評価の流れがあるやうです)

主演は高倉健さんと宇津井健さん。宇津井さんといへば、かつての新東宝を代表するスタアでしたが、会社のエログロナンセンス路線のせいで、作品には恵まれませんでした。ワイヤーで吊られるスーパージャイアンツなんてのもやらされましたね。わたくしは好きだけど。

要するにその映画を観た勢ひで本書にたどり着いた、といふ訳。著者はJR東海の初代社長となつた須田寛さん。これ以上の適役はありますまい。
第一章は「東海道新幹線のあゆみ」で、コムパクトに概観します。
第二章は「ダイヤ」のあゆみ。「一・一ダイヤ」なんて今からは想像もつきませんね。
第三章は「車両」のあゆみ。個人的には100系は名車だつたと思ひます。JR西の500系は山陽新幹線といふことで、ここでは出番なし。
第四章は「きっぷ」にみる営業制度のあゆみ。懐かしいきつぷの写真の数々。涙が出さうです。
第五章は「サービス」のあゆみ。スピードアップに比例するやうに、ゆとり空間が減る傾向があるのは残念であります。時代と共に、求められるサービスが変化するのは承知してゐますが...
第六章は「あす」を拓く、といふタイトルで品川新駅と中央新幹線を扱つてゐます。前者は既に開業済ですが、後者はリニア中央新幹線として2027年の名古屋開業が予定されてゐます。本書の時点では「国の計画」として、財源方式や整備問題を推進すべきとなつてゐる。その後JR海はしびれを切らし、独自の資本で作ることになりましたが。

初版は古いですが、東海道新幹線の歴史を概観するには、悪くない本であります。続篇も出てゐるので、そちらもどうぞ。

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北方領土 特命交渉
北方領土 特命交渉 (講談社プラスアルファ文庫)北方領土 特命交渉 (講談社プラスアルファ文庫)
(2007/12/21)
鈴木 宗男、佐藤 優 他

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北方領土 特命交渉
鈴木宗男/佐藤優【著】
講談社(講談社プラスアルファ文庫)刊
2007(平成19)年12月発行


久々の更新。これは北方領土の日に合はせて読んでゐた本ですが、ここで取り上げるのが一ヶ月以上遅れてしまひました。理由は、愚図愚図してゐたからであります。と態々言ふことではないですね。
『北方領土 特命交渉』の著者二人は、一時期日本国の敵みたいに言はれ、(恐らく)その実情以上に迫害された経験を持ちます。それゆゑ、本書には世間への怨みつらみが満載なのかと警戒しつつ読み始めたのですが、その心配は杞憂でありました。
このお二方は予想以上に高い見識を持つてゐるのだなあ、と感心した次第であります。ま、冒頭で宗男氏も反省してゐる通り、外務省の腐敗化に一役買つてゐたことも事実のやうですが。

橋本・小渕・森の各総理のもと、特命を受けて実際に交渉に当つてきた宗男氏本人ですから、その言葉には臨場感がありますな。必ずしも疑惑の総合商社ではなかつたやうです。極秘情報を守るために、証言で言へないこともあり、一層疑惑を深めた面もあります。ムネオハウスも、実態は報道とはちと違ふみたい。世論の流れに乗るマスコミ報道の恐ろしさがここでも表れてゐますね。

その特命交渉により、ロシヤとパイプを築いてきた宗男氏でしたが、北方領土問題が解決しちやふと困る人たちが彼の行く手を阻んだのださうです。領土問題でメシを喰ふ人たち(本書では実名で出てゐます)が失業するので。そして宗男バッシング。さらに小泉政権での無為無策。
宗男氏が退場させられた後、あと少しで手が届きさうだつた北方領土は、再び遠い地へとなつてしまつた。
外交問題は粘り強い交渉の積み重ねが重要かと勘案しますが、ここで振り出しへ戻つてしまつたのですねえ。

本書で鈴木宗男さんの印象がちよつと変りました。本書で実名批判された方たちは、何かしらの反応を示していただきたい。わたくし共としても、双方の主張を聞きたいものです。
ちと古い本ですが、読んで損はないと申せませう。あ、もし損しても責任は取りませんが。

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オセロー
オセロー (新潮文庫)オセロー (新潮文庫)
(1951/08/01)
シェイクスピア

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オセロー
ウィリアム・シェイクスピア【著】
福田恆存【訳】
新潮社(新潮文庫)刊
1951(昭和26)年8月発行
1973(昭和48)年6月改版
1984(昭和59)年9月改版
2011(平成23)年9月改版


「だが、口惜しいのだ、イアーゴー! ああ、イアーゴー、おれは口惜しいのだ、イアーゴー!」(第四幕第一場)

イアーゴーは悪い奴であります。しかし沙翁悲劇に於いては、ワルの度合が高いほど魅力的といふ、困つたことになつてゐます。
ムーアの英雄オセローは、イアーゴーの讒言をいとも簡単に信じ、精神の安定を失ひ、妻デズデモーナを自らこの手で...おお恐ろしい。

訳者福田恆存氏は、四大悲劇の中でも『リア王』を最高作と評価する一方で、この『オセロー』は、四大悲劇に加へるほどの作品ではないと考へてゐるやうです。

その理由については「解題」に詳述されてゐますので端折りますが、実際に舞台を観てみると迫力に圧倒されて、欠点などは忘れてしまふので、わたくしは全然気にしないのであります。やはり上演してなんぼでせう。
あの『ヘンリー八世』でさへ、BBC制作のTVドラマ化作品を拝見した時、そのきらびやかさには恍惚とさせられたものであります。

沙翁劇には、フォルスタッフだのシャイロックだの、主役以上に存在感を持つ脇役・悪役が存在します。本作では何と言つてもイアーゴーですな。旗手のくせにオセロー以上に出番も多いし、せりふも印象的であります。「空気のように軽いものが、嫉妬に憑かれた男には、聖書と同じ重みをもってくる」

福田氏は「嫉妬の悲劇」ではなく「愛の悲劇」だと述べますが...やはり嫉妬も混つてゐると思ひますけどねえ。
分かりやすさナムバアワンの、沙翁悲劇と申せませう。

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