源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
もっと秘境駅へ行こう!
もっと秘境駅へ行こう! (小学館文庫)もっと秘境駅へ行こう! (小学館文庫)
(2003/07)
牛山 隆信

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もっと秘境駅へ行こう!
牛山隆信【著】
小学館(小学館文庫)刊
2003(平成15)年7月発行


秘境駅へ行こう!』の続篇であります。鉄道趣味の一分野として、秘境駅探訪はすつかり定着したみたいですね。
今夏も「青春18きっぷ」なぞを駆使して暴れまくつたテツどもがゐることでせう。
ところで、消費税率が上昇したことにより、「18きっぷ」も値上がりしてしまつた。一枚(五回分もしくは五日分)のお値段11,850円ださうです。消費税率10%になつたあかつきには、12、000円を超えることでせう。困つたものだね。

さて本書『もっと秘境駅へ行こう!』の話。前作が評判を呼んだことで、二匹目の泥鰌を狙つたのでせうか。
いやいや。本書は単なる二番煎じではありません。それは何故か。
前作は「秘境駅」自体の知名度が低いこともあり、まづは秘境駅そのものの紹介に力点が置かれてゐたやうに感じます。ゆゑに、「周囲に人家が全く無い」「駅に通じる道が無い」といつた、牛山氏が判定する「秘境度」の高い駅が選ばれてゐました。ちよつと怖い駅も。
つまり「これが秘境駅ぢや、参つたか!」的な駅ですね。そこまでに至る牛山氏の、偏執狂的な、否独創的なアプローチや駅の愉しみ方が開陳され、読者は「ふふ、こんな人もゐるのだな」と若干の距離を置いて本を閉ぢるのです。

ところが、この続篇は、取り上げる駅の選定からして前作と違ひます。その章立ても「「海」へと続く駅」「川を「独り占め」できる駅」「駅旅のついでに「温泉」で入浴」...などと、駅そのものよりもその周辺情報で、より多くの読者をつかまんとしてゐるかのやうです。
駅の周辺の住民に取材を敢行したりして、観光ガイド本には載らない情報を広く求める姿勢が目立つのであります。これは好い傾向と申せませう。

わたくしはテツではないので、本書に登場する駅で、下車したことがあるのは半数ほど。その中でも思ひ入れがあるのは「嘉例川」「備後落合」ですなあ。
「嘉例川」は特急「はやとの風」にて下車したのですが、同じく下車した小母さんがこの駅に感激してしまひ、わたくしに駅舎を背景に写真を撮らせたり、「ああこんな素敵な駅に来られるなんて、幸せ!」と叫んだりしてゐました。少しオーヴァーぢやないかと思ひました。
「備後落合」は芸備線と木次線のジャンクション駅で、子供のころから時刻表を眺めては、「きつと活気のあるタアミナル駅に相違ない。行つてみたいなあ」と夢想してゐました。その後、最初の国鉄全線完乗旅行中に、念願の下車を達成したのですが...何とうらぶれた駅なのか、想像とまるで違ひ、衝撃を受けたのであります。備後落合駅前簡易郵便局で貯金をしただけで、あとは駅周辺に何も無いではありませんか。

さいうふのも旅情のひとつでせう。この『もっと秘境駅へ行こう!』は、そんな駅に降り立つた時に感じる旅愁まで伝へてくれる一冊なのであります。
ああ、汽車に乗りたいなあ...テツではないけど。

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プレイボール
プレイボール (1) (集英社文庫―コミック版)プレイボール (1) (集英社文庫―コミック版)
(1996/05)
ちば あきお

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プレイボール 1
ちばあきお【著】
集英社(集英社文庫コミック版)
1996(平成8)年5月発行


今年の「全国高校野球選手権大会」も大詰めを迎へてまゐりました。参考までに述べると、わが母校は愛知大会(予選)の一回戦で見事コールド負けを喫したのであります。

我が家に配達される新聞紙上では、高校野球を舞台とした漫画や映画の特集が組まれてゐましたが、一見して「何か足りない」と思ひました。
『ドカベン』『タッチ』といつた古典から最近の高校野球漫画まで、そのヒーローと語録が紹介されてゐるのですが、紙面を見てわたくしは、「ちばあきお作品が無いぢやないか」とつぶやいたことですなあ。彼の野球漫画はもう忘れ去られたのか?
寂しく思つたので、一般大衆に注意喚起するといふ重大使命のためにも、ここで『プレイボール』を語りたい。なほ、『キャプテン』は中学野球の話であります。

その『キャプテン』で最初の主人公であつた谷口くんが、墨谷中学を卒業し墨谷高校に進学するのですが、その谷口くんの高校ライフを描いたのが『プレイボール』なのです。

中学時代に指の怪我をしたため、高校に入学しても野球は断念せざるを得なかつた谷口くん。そこへサッカー部のキャプテン相木くんが声をかけます。サッカーならできるだらうと。
持ち前の努力と根性でサッカー部でも頭角を現すのですが、ある事件をきつかけに、相木キャプテンは谷口くんの心がいまだ野球にあることを知り、野球部へ転部させるのであります。代打なら活躍できるだらうと。

しかし谷口くんの執念は、代打屋に終らせなかつたのであります。何と曲がつた指のままで、送球の練習をするのでした。
当初はゴロの送球でしたが、その後ノーバウンド送球にも成功します。
ところが、今度は送球を受ける側の野手が谷口くんの球を捕球できません。みんなポロポロエラーする。なぜか?
実は、指にひつかからないやうに投げてゐたのが原因で、知らず知らずのうちに谷口くんはフォークボールを投げてゐたのです。こんなことがあるのでせうか。(後に指の手術を済ませ、スーパー谷口として生れ変ります)

リーダーとしてのしての谷口くんは、俺について来い式ではないやうです。自分の方針をナインに理解されず、反発を喰らふこともしばしば。しかし谷口くんは、ナインに求める以上の試練を自らに与へ、最後にはみんなの心をひとつにしてしまふのです。さういへば投手の松下くんも「だけど谷口さんてふしぎな人だ...たとえやることがなんであろうと またみんなをひっぱりあげてしまった ふしぎな人だ...」と語つてゐました。

さて、ちば漫画といへば擬音・擬態語。オノマトピア。中でも、打者がマスコットバットと二本重ねて素振りをする時の音「カキ カキ」がわたくしのお気に入り。城東高校との練習試合でそれを満喫できます。

一番山本「がんばれよ墨谷っ...」「まかしとけって カキ カキ」⇒ホームラン
二番太田「たのむぞ太田」「まかしとけって! カキ カキ」⇒サード強襲ヒット
三番倉橋「たのむそ倉橋!」「オウヨ!! カキ カキ」⇒センター越二塁打
四番谷口「たのむぞ谷口!」「(無言)カキ カキ」⇒左中間越二塁打
五番山口「さあつづいていこうよ!」「オウヨ!! カキ カキ」⇒ライト前ヒット、送球間に二塁へ
六番中山「さあ中山さんもつづいてくださいよ」「まかしとけって! カキ カキ」...キリがないですな。

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マクベス
マクベス (新潮文庫)マクベス (新潮文庫)
(1969/09/02)
シェイクスピア

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マクベス
ウィリアム・シェイクスピア【著】
福田恆存【訳】
新潮社(新潮文庫)刊
1969(昭和44)年9月発行
1992(平成4)年2月改版
2010(平成22)年8月改版


今年は沙翁の生誕450年なのださうです。その作品はいまだに読み続けられてゐて、現役の作家に伍する存在感があります。
日本語訳に関しては、故福田恆存氏のものが止めを刺すと思はれますが、それ以後もさまざまな人が沙翁作品の邦訳に挑んでゐます。素材としてもそれだけ魅力的なのでせう。
この『マクベス』も、四大悲劇のひとつに数へられるだけあつて、根強い人気があります。こんな荒唐無稽なストオリイなのに、どういふ訳でせうか。

さてマクベスはスコットランドの武将であります。そのマクベスの前に、三人の魔女が登場します。この魔女たちの存在が『マクベス』に大いなる味はひを与へてゐるのです。「きれいは穢い、穢いはきれい」
マクベスは魔女たちに「いずれは王ともなられるお方!」などと煽てられ、気になつてしまふのです。現在の王は健在なのに...

普通なら笑ひ話として看過するであらうところを、考へ込んでしまふマクベスの一本気。女房からそそのかされたとはいへ、結局は自らの意思でダンカン王を殺害してしまひます。あとはもう勢ひで、従者たちを殺し、政敵バンクォーを殺し、バンクォーの息子も殺さうとしてこれは失敗、さらにマクダフの妻子をも殺すといふ殺人ショーぶりであります。
魔女から「女の股から生まれた者にはマクベスは倒せない」との言葉をもらつたマクベス。誰でも女から生まれたに相違ありません。しかし最期はマクダフにやられてしまひます。では予言は外れたのかといふと、さうでもありません。一休さんみたいな落ちが待つてゐました。

どんな人間の心にも、多かれ少なかれ潜む野心や猜疑心。しかしマクベスは理性よりも本能が勝つてしまつたのでせう。さういふものが無ければ、魔女の言葉にもマクベスは毅然と対応できた筈であります。
さういへば、沙翁の個人全訳を成し遂げた小田島雄志氏は、次のやうな要旨の発言をしてゐました。「シェイクスピアは、人間かくあるべしみたいなことは言はない。ただ、人間はかういふものだと我々の眼前に提示するのみである」と。うーむ。

『マクベス』は、沙翁作品の中でも短い部類で、ストオリイも一直線で読破するのに時間がかかりません。学生諸君には、読書感想文にもお勧めであります。
ぢや、又。

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中国という大難
中国という大難 (新潮文庫)中国という大難 (新潮文庫)
(2013/04/27)
富坂 聰

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中国という大難
富坂聰【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2013(平成25)年4月発行


テレビでもお馴染みの富坂聰氏が、その取材力・人脈を駆使して公にする中国レポートであります。
本書では一般の報道では伝へられてゐない事項がわんさと盛り込まれ、門外漢のわたくしにとつては「ほほう」と唸る事実が多いのです。俺だけか?

六章構成なのですが、そのうち第一章と第二章だけでも十分なイムパクトがあります。
第一章は「三峡ダムが中国を滅ぼす」と題し、環境汚染の実態をルポしてゐます。まあ大体の事情は各種報道で分かつてゐる積もりで読み始めると、想像以上のひどさに唖然とするのであります。

特に水の問題。北京オリンピックを機に、河川を汚染する企業が摘発され、北京周辺から排除されました。おかげで外国人の目に触れる部分はキレイになつたやうに見えます。しかし実態は、さういふ企業は地方に追ひやられただけで、別の場所で更なる汚染を引き起こしてゐました。著者は取材のため、特に汚染が酷い場所まで車で案内されるのですが、「近づけば悪臭で分かるから」といふ理由で窓は開け放しだつたさうです。

わたくしもごく最近、同乗者ふたりを乗せて車を運転してゐましたが、先に降りる一人が、下車寸前に何と放屁を爆発させたのであります。これが猛烈な悪臭を放ち、涙が出るほどでした。本人は涼しい顔で「ぢや、お先にー」などとうそぶいて去つてしまひ、残るわたくしとあと一人は「くそつ、あいつ何を喰つたらこんな臭い屁が出るんだ!」と窓を全開にして苦悶したことであります。

おそらくそれの数倍から数十倍(計測できるのか知らないが)もある悪臭の中で、日常を送らねばならぬ地元住民。無論住民たちは抗議行動を起こすのですが、浄化工事もままならぬやうです。こんなところにも都市と地方の格差はあるのですね。
著者の取材に応じた若い中国人ビジネスマンの話。「中国の経済発展を止めるのは不良債権でも人民元の切り上げでもなく、まさにこの“水”なんじゃないかって」 
さうすると中国が狙ふのは...? 日本も対岸の火災視できなくなるであらう、と著者は言ひます。

第二章は「汚職天国」であります。中国の腐敗ぶりは巷間でも伝へられるところ。しかし昨今始まつたものでもなく、中国何千年の歴史は汚職の歴史といふくらゐ根が深い。
むろんどの国でも汚職はありますが、中国の役人が汚職と無縁で生きることはまことに困難。摘発する側より、享受する側に廻らうと考へても不思議はありません。

習近平くんも腐敗撲滅に取り組んでゐるポオズを見せますが、単に政争の具と化してゐます。人民の支持を得やうとする時、「日本叩き」と並んで有効なのが「腐敗摘発」らしい。しかし本書を読んだ後では、本当の意味の腐敗撲滅は不可能であることが分かります。

長くなるので第三章以下については省略。
別に他所の国の問題だから、そんなに深刻に受け取らなくてもいいぢやん、と考へる向きもあるかも知れませんが、現在は鎖国時代ではありませんからな。
すでに中国とは相当の関りを持つてしまつたわが国ですから、中国の「大難」はそのまま日本の「大難」に直結する恐れがあると申せませう。剣呑剣呑。

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雷蔵好み
雷蔵好み (集英社文庫)雷蔵好み (集英社文庫)
(2006/07)
村松 友視

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雷蔵好み
村松友視【著】
集英社(集英社文庫)刊
2006(平成18年)7月発行


市川雷蔵が映画界にデビュウしたのが1954(昭和29)年、即ち今年で60周年であります。CSの各チャンネルでも雷蔵映画は花盛り。その若すぎる死からでも既に45年経過してゐます。現在でも衰へぬその人気の秘密とは何でせうか。
かく言ふわたくしも雷蔵映画は大好きで、かつて『雷蔵、雷蔵を語る』とか、『市川雷蔵かげろうの死』などといふ本を語つたことがあります。

本書『雷蔵好み』は、作家村松友視氏の眼を通して語られる雷蔵評伝または雷蔵論もしくは雷蔵小説であります。
市川雷蔵は前述の通り1954(昭和29)年に銀幕デビュウを飾り、1969(昭和44)年に37歳の若さでこの世を去る訳ですが、この期間は日本映画全盛時代とすつぽり被つてゐます。
同時期には同じ大映では勝新太郎、東映では中村錦之助・大川橋蔵、日活では石原裕次郎などのスタアが活躍してゐました。

村松氏は、これらのスタアは(今のTV時代のスタア俳優も)、どんな役を演じてもその俳優でしかないと言ひます。例へば片岡千恵蔵の場合でも、どんな役を演じても片岡千恵蔵であると。市川右太衛門しかり、長谷川一夫しかり、三船敏郎しかり。これを村松氏は「金太郎飴現象」と呼称しました。

この現象から脱皮しやうともがいた俳優もゐました。東映の錦之助や橋蔵などがさうで、役者としての新境地を求めて「異色作」と呼ばれる作品に挑戦したのです。しかし成功せず、従来のファンも失ふといふ結果になつたのです。それほど金太郎飴は美味しいのでせうね。

ところが市川雷蔵はあつさりとこの壁を破つたやうです。例へば、三島由紀夫『金閣寺』を映画化した「炎上」。
すでに時代劇スタアとしての地位を築いてゐた雷蔵に、周囲はこの映画への出演に否定的でした。何しろ、吃音症の丸刈り青年の役です。せつかく今まで築き上げた雷蔵のイメエヂに傷が付く、従来のファンが離れて行くぞ...
しかし雷蔵は期待以上の演技で、役者としての新しい抽斗を増やすことに成功したのでした。

つまり雷蔵は日本の男優の中では、ひとつのイメエヂに染まらない稀有な存在だつたと申せませう。普段の姿がスタア然としてゐなくて、まるで公務員みたいな風貌であつたといふギャップも原因のひとつでせうか。
そんな雷蔵さんの魅力を、自身もファンである村松氏が愛情を込めて綴る一冊なのです。

ひとつだけ気になる些細なこと。雷蔵は出生時の本名は「亀崎章雄」で、その後「竹内嘉男」さらに「太田吉哉」と改名してゐます。この件をもつて、雷蔵は三度本名が変つたと著者は表現してゐます。しかし正しくは三度ではなく二度ではないでせうか。揚げ足取りみたいですが、気になりましたのでね。
では、ご無礼します。

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タクシードライバー日誌
タクシードライバー日誌 (ちくま文庫)タクシードライバー日誌 (ちくま文庫)
(1986/10)
梁 石日

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タクシードライバー日誌

梁石日【著】
筑摩書房(ちくま文庫)刊
1986(昭和61)年10月発行

8月5日は「タクシーの日」であります。日本で最初に運賃メーターを装着したタクシーが登場したのが、大正元年のこの日ださうです。案外古い話ですな。
で、かういふ書籍を取り出してみたのですが、既に3日が経過してゐました。わたくしもやることが一一にすいので、自分でも厭になりますな。

梁石日氏といへば、『夜を賭けて』『血と骨』といつた作品で名の知られた作家でありますが、デビュウ前にタクシー運転手を十年間も勤めたのださうです。
事業に失敗した著者は負債を抱へ、家族を残し単身東京へ出るのですが、再起のきつかけを掴めません。あまつさへ三日間水だけの生活が続いた時に、偶然目にしたタクシー乗務員の募集広告に応募したといふことです。
募集の問合せの電話代や履歴書を買ふお金すらなく、着てゐたオーヴァーを強引に質に入れて金を作つたといふ有様でした。中中壮絶な話であります。

都内の中小タクシー会社の運転手になつた著者。給与体系や労働環境など、業界の内幕を教へてくれます。長時間勤務、不安定な収入、横暴かつ傍若無人な客のあしらひ、交通事故の恐怖...30年ほども前の話ですが、現在でも劇的に改善されたといふ話は聞きません。
昨今「ブラック会社」なる存在が盛んに喧伝されますが、タクシー会社といふのは業界丸ごと問題の「ブラック業界」とも申せませう。
ただ、一説には現役ドライバーは同業者が増えるのを嫌ふので、必要以上にタクシードライバーのマイナス点をアピールしてゐるとも。まあ会社の規模の大小や、勤務地が大都市であるか地方都市なのかで待遇や勤務形態は違ふやうですがね。

...ううむ。せつかくの「タクシーの日」に因んだ本でしたが、何かと後向きになつてしまふ本書は相応しくなかつたかも知れません。少なくとも本書を読んで「よし、俺も一丁タクシー乗務員に転身したる!」と叫ぶ人は少ないだらうなあ。
タクシーは社会そのもの。矛盾だらけの現代社会のしわ寄せを受けてゐるのがこの業界なのでせうか。
しかし読み物としてはすこぶる面白い。入手の機会があれば一読をお勧めするものであります。

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こころ
こころ (新潮文庫)こころ (新潮文庫)
(2004/03)
夏目 漱石

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こころ

夏目漱石【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1952(昭和27)年2月発行
1968(昭和43)年6月改版
1987(昭和62)年6月改版
2004(平成16)年3月改版

学生諸君は夏休み真盛りですね。夏休みと対句になるのが読書感想文。これが評判悪い。
最初から感想文を書く目的で読まされるから、読んでゐても集中できず、面白くないでせう。したがつて、せめて早く読めるであらう薄い本を選ぶ傾向があるのです。

今手許に、「新潮文庫の100冊 2014」といふ毎年発行される小冊子がありますが、この中に「新潮文庫ロングセラーTOP20」の情報が掲載されてゐます。その顔ぶれを見ますと、30年前と大して変つてゐないやうですね。
このうち、3位『老人と海』・5位『異邦人』・6位『友情』・9位『悲しみよこんにちは』・15位『変身』などは、まづその薄さから選ばれたのではないかといふ疑念が沸くのです。『変身』なんかを感想文の対象に選んだ生徒は、きつと激しく後悔したのではないか。
では1位は何かといふと漱石の『こころ』で、不動の地位を誇つてゐます。同様に不動の2位が太宰治『人間失格』。重たいですな。

さて『こころ』が「朝日新聞」に連載されてから100年といふことで、「朝日」本紙では100年ぶりの連載を実施するなどイヴェントが行われてをります。それほどこの作品はイイのか? わたくしも久しぶりに頭から読んでみました。

上中下の三部構造になつてゐます。上は「先生と私」。先生は仕事もせず他人とも交はらず、妻と二人でひつそりと読書三昧の日々を送る人。将来の展望も抱いてゐません。その先生との数少ない友人として「私」との交流が綴られますが、「私」にも隠してゐた秘密がありました。
先生はいづれは話すことを仄めかしながら、が結局直接伝へる機会を得ず...「私」は父の病状が思はしくないため、帰郷してしまひます。

中は「両親と私」。帰省した「私」ですが、父親の容態が悪化し、東京へ戻る機会を逸してしまひます。教育を受けた「私」と、明治になつても色濃く残るムラ社会の中で生きる両親との精神的支柱が異なつてゐることが判ります。日本が近代化する過程のみならず、実はかういふ親子関係は現代でも引きずつてゐるのではないでせうか。
さうかうしてゐるうちに、「私」は先生から分厚い封筒を受け取ります。只ならぬ予感に囚はれた「私」は、東京行きの汽車に飛び乗るのでした。

下は本作の白眉「先生と遺書」。このタイトルで、もう先生はこの世にはゐないことが推察されますが、『こころ』は推理小説ではないので良いのです。今まで隠されてゐた先生の秘密が明かされていきます...ここでは詳しい話はしませんので、未読の人はまあ読んでみて下さい。

わたくし(源氏川)は、お嬢さんが不憫で先生に恨み言のひとつも言ひたくなりますよ。これが近代人の苦悩なのか。
漱石は乃木将軍の殉死にショックを受けたといはれてゐます。自分も後追ひを考へるほど影響が大きかつたらしい。その想ひを先生に託したのでせうか。さう考へれば、先生の自殺も頷けないこともないのであります。

ところで、重い主題の小説ですが、すこぶる読みやすいので現代人にも人気があるのが判ります。しかも終末は予想できるのに、サスペンスフルな展開を見せる『こころ』。相反する要素を抱へ読者を飽きさせないのでした。

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土俵の真実
土俵の真実―杉山邦博の伝えた大相撲半世紀 (文春文庫)土俵の真実―杉山邦博の伝えた大相撲半世紀 (文春文庫)
(2010/06/10)
杉山 邦博、小林 照幸 他

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土俵の真実―杉山邦博の伝えた大相撲半世紀
杉山邦博/小林照幸【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
2010(平成22)年6月発行


今年も暑い暑い名古屋場所が開催され、横綱白鵬の30回目の優勝で終了したのであります。安定してゐたねえ。二敗目を喫した時も、まあ白鵬関の優位は動くまいと予想しましたが、果たしてその通りになりました。
それよりも豪栄道関の大関昇進には「唐突」の感がありましたねえ。万年関脇のイメエヂでしたが、白鵬関に連勝したことがポイント高い。さういへば「ぽいんとたかし」といふ漫画家がゐましたが、最近は新刊が無いやうです。どうでもいいけど。

といふことで、今回は『土俵の真実』です。著者はお馴染み杉山邦博氏と、ノンフィクションライター小林照幸氏。立場も世代も違ふ二人が、愛する大相撲を大いに語り合ふのです。特に杉山氏の発言では、貴重な提言も述べられます。その中でも、力士に場所前の「土俵祭」に参加させよといふ提案は早速取り入れられたやうで、杉山氏の影響力の大きさが判らうといふものです。

あの時津風部屋の暴行死事件以降、稽古場における体罰に対して各相撲部屋では必要以上にナアバスになつてゐるさうです。竹刀を持つただけで「やあ体罰だ、やあ暴行だ」と騒がれるのを過度に恐れ、新弟子を甘やかしてしまつてゐる。
ただでさへ飽食時代でハングリーさを失つた日本人の若者が「ぢやあ辞めるよ、こんなところ」と逃げ出しても不思議は無いのです。

親は親で、昔は「一人前になるまで戻つて来るな」と送り出したものが、現在は「辛かつたら、いつでも戻つて来い、地元に良い仕事があるぞ」なんて言ふ。
これでは、まるで腫れ物に触るかのやうな新弟子への対応になるのも頷けると申せませう。杉山氏によれば、入門後一年、二年経つても「股割り」が出来ない取的がゐるさうで、これは衝撃的な話です。あの高見山の「努力と辛抱」は継承されなかつたのでせうか。
杉山氏が、改革派と呼ばれる貴乃花親方に期待を寄せるのももつともな話であります。

小林氏のパートでは、各所で繰り返す杉山氏礼賛が鼻につくとか、杉山氏の分担分では八百長についての言及がまるで欠落してゐるとか、気になる部分はあるものの、全体的には好角家にお勧めの一冊と述べて、今日のところは寝ることにします。

ではまた。

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