源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
三四郎
三四郎 (新潮文庫)三四郎 (新潮文庫)
(1948/10/27)
夏目 漱石

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三四郎
夏目漱石【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1948(昭和23)年10月発行
1988(昭和63)年4月改版
2011(平成23)年2月改版


こころ』に続き、『三四郎』も朝日新聞で再連載が始まつてゐます。これを機に久しぶりに読んでみました。
最初に読んだのは中学生時代。三四郎といへば柔道の連想しかなかつたわたくしは、「中中柔道を始めないな」などと考へながら読んでゐましたが、無論最後まで柔術の話は出てきませんでした。
さうか。小川三四郎であつて姿三四郎ではないのね、とわたくしは一人恥入り、このことは誰にも言ふまいと心に決めたのであります(今書いちやつたけど)。

小川三四郎は熊本の高等学校を卒業して、東京帝国大学に入学するため上京します。当時のことですから当然汽車に乗る訳ですが、途中で早くも色色と印象深い人物と出会ひ、今後の東京生活を暗示するやうな出来事もありました。
初対面の女性とイキナリ同じ宿に泊まるなどして、中中やるもんです。もつとも二人の間には何も起きず、女性からは「意気地のない人」呼ばはりされます。

東京へ出ると、野々宮さんとか、広田先生とか、お調子者の佐々木与次郎といつた面面との交流が始まります。
そして三四郎は里見美禰子といふ女性に心を奪はれて行くのであります。この女性は迷羊(ストレイ・シープ)などと意味深な言葉を発する、一風変つた人物に見えます。彼女は三四郎と相対する時には、何か謎めいた言辞や態度を示し、三四郎くんを翻弄するのでした。わたくしの経験上、かういふ女性は避けた方が良い。
しかし三四郎は与次郎にも気取られるほど美禰子さんへの思ひを募らせる。さうかといつて、これといつた行動を取るわけでもない。さうかうしてゐるうちに、呆気ない展開を迎へるのであります...

久しぶりに読むと、確かに面白い。瑞瑞しい。これが青春だ。夏木陽介。初期作品に見られる諧謔性も垣間見えて(実は暗い影も差してゐるのですが)、才気迸る文章であります。文学者が「国語の先生」だつた時代の、それこそ教科書みたいな作品であると申せませう。

それでは、ご無礼します。

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秘録 陸軍中野学校
秘録・陸軍中野学校 (新潮文庫)秘録・陸軍中野学校 (新潮文庫)
(2003/07/30)
畠山 清行

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秘録 陸軍中野学校
畠山清行【著】
保阪正康【編】
新潮社(新潮文庫)刊
2003(平成15)年7月発行


かつて日活で制作された『間諜中野学校 国籍のない男たち』なる映画を観たので、かかる書物を手に取つてみました。
ちなみにこの映画は1964(昭和39)年の公開なので、市川雷蔵で有名な『陸軍中野学校』シリーズよりも早いことになります。 

さて『秘録 陸軍中野学校』は、畠山清行氏が正編を1965(昭和40)年に、続編を翌1966(昭和41)年に発表した労作力作をもとに、保阪正康氏が編集を加へた一冊であります。
元の版は、正続併せて60編のエピソオドからなり、それぞれが独立した内容となつてゐたのを、保阪氏が28編を厳選しテエマ別に再編集したものです。半数以上は割愛された訳ですが、残つた28編だけでも700頁に及ぶヴォリュームがあり読み応へがございます。

従前、中野学校に関する情報は限定的にしか解らなかつたと言ひます。卒業生たちも黙して語らずの姿勢を貫いてきた証左と申せませう。
何しろ軍の機密を扱ふ秘中の秘の存在。スパイ天国を返上するべく誕生した中野学校だからこそ情報の漏洩は少なかつたことでせう。

本書によりますと、当時の日本の諜報網は案外に進んでゐたやうです。
諜報先進国である英国や独国には及ばぬものの、「新興国」米国を上回る技術を所持してゐたさうです。これは意外な話でした。

選りすぐりの優秀なメムバアを召集し、自由闊達な校風の中で一年間(実際はそれよりも早く卒業させられたやうですが)みつちり叩き込まれたといふことです。

俗世間では一般会社員に化け、親から貰つた名前も捨て、祖国のために命を預けた若者たち。卒業後は各方面に工作員として派遣され、「中野卒業生」は期待通りの成果を挙げたのであります。
むろん彼らの仕事の性格上、誰にもその成果は見えず、従つて素晴らしい功績を挙げても賞賛する人もない、しかも失敗すれば死が待つといふ切ない任務なのでした。

著者は当時はまだ少なかつた文献に徹底的にあたり、関係者たちの生の声を集め、中野学校の全貌に迫らんとしたのであります。吉田茂と東輝次氏との項では、真の愛国者とは誰だつたのかを問ふ象徴的なエピソオドが開陳されてゐます。これを読んで吉田茂の印象が少し変りました。

本書の刊行後、陸軍中野学校に関する書物は続々と登場しますが、現在も褪せることのない存在感を示す一冊と申せませう。

久々の更新で若干疲労しましたので、これから寝ます。晩安大家。

新幹線
新幹線 (カラーブックス (593))新幹線 (カラーブックス (593))
(1983/01)
関 長臣

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新幹線
関長臣【著】
保育社(カラーブックス)刊
1983(昭和58)年1月発行


今年の10月1日で、新幹線の開業から丁度50周年を迎へたことになります。世間でも記念の行事や出版物、TV特番など騒がしいのであります。まづはめでたいと申せませう。

今でこそ、新幹線は世界に誇るニッポンの宝みたいに言はれることも多いですが(わたくしは、かういふ物言ひは好まない)、開通直後からしばらくは「速い」こと以外については、あまり喧伝されませんでした。
むしろ、そのマイナス面を指摘する声を聞いたものです。即ち。
「在来線特急がなくなり、高い新幹線か遅いダラしか選べない」
「3列シートは圧迫感を感じる」
「速いだけで旅情がまつたくない」
「高架からの眺めはつまらない」
「そんなに急いでどこへ行く」

言ひがかりとしか思へぬ意見もありますが、当時はかうした意見が一定の支持を得てゐた記憶があるのです。
特に国鉄は内外に問題山積で、国鉄の悪口は皆の注目を集める好餌となつてゐました。
そんな折、1982(昭和57)年、待望の東北・上越新幹線が新規開業、「ひかり」「こだま」以外の新幹線が登場し、久しぶりの明るい話題となつたのであります。

関長臣著『新幹線』は、そんな時代の一冊。表紙は当然のやうに200系が飾つてをります。デザイン的には東海道・山陽新幹線の0系を踏襲してゐて、窓枠の青いラインが緑に変つたくらゐで何だか保守的だなあと感じたものです。これも組合問題が背景にあつたとか。

著者は言ひます。「本来、新幹線は車両、軌道、信号、通信、電力などを一つのシステムとして完成させたもの」であると。
ゆゑに、技術を輸出する際にも、そのパッケージごと採用されるのが望ましいのですが、某国のやうに各国の「いいとこどり」でつまみ喰ひする場合もあつて難しいやうです。
もつとも本書では一般的な読者を想定して「車両」に重きを置いた編集となつてゐます。順当なところでせう。

本書の内容で気がついた点などを挙げますと、
・禁煙車が導入されてまだ日が浅く、16両中一両だけである
・普通車の座席は転換式クロスが基本(一部固定式も)である
・電気軌道総合試験車の紹介では、「ドクターイエロー」の名称がまだ一般的でないのか、言及されてゐない
・特急券と指定券が一枚で出てくる自販機の実験は岐阜羽島駅で始まつた
・仏国鉄TGVの最高時速がまだ260km/hである
・リニア実験線にも若干触れてゐるが、ここにも決まり文句の「実用化へ向けて前進」のフレーズが(何十年前進しても実現されない)

識者が見ればきつともつと次元の高い発見があるでせう。当時の新幹線を丸ごとコムパクトに紹介する一冊として興味深く読めます。まだ手に入るのかな?

...台風接近中。今夜は一杯呑んでさつさと寝ませうかね。


成功は一日で捨て去れ
成功は一日で捨て去れ (新潮文庫)成功は一日で捨て去れ (新潮文庫)
(2012/03/28)
柳井 正

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成功は一日で捨て去れ
柳井正【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2012(平成24)年3月発行


一勝九敗』に続く、ファーストリテイリング(FR)の柳井社長の経営哲学がぎつしり詰まつた一冊であります。
今や世界企業となつたFRに、かつての「ユニクロを展開する」といふ枕詞は不要になりつつありますな。あの錦織圭選手のユニフォームにも燦然とユニクロのロゴが輝いてゐます。

成功は一日で捨て去れ。中中厳しい言葉ではあります。成功の余韻に浸るのは心地良い。まあせめて半日は待つてやるから、一日経てばその手法はもはや通用しない。次なるミッションに挑戦せよ、といふ感じでせうか。

かつてチェーンストアといへば、渥美俊一氏率ゐる「日本リテイリングセンター(JRC)」で鍛へられた企業が中心で、その理論体系は完成された学問のやうにレヴェルの高いものだつたと思ひます。実際にここからダイエーやジャスコ、イトーヨーカ堂といつた日本を代表するチェーンストアが育ちました。、

しかしFRはどちらかといふとJRCとは背を向ける、とまではいはなくても一線を画した運営スタイルでした。ゆゑに、フリースが爆発的に売れた時には、JRC×FRの論争が勃発したことがあります。
JRCの指摘は、FRがチェーンストアの経験法則を無視してゐるといふものでした。まあここでは詳しく述べませんが、『JRC Report No.99 チェーンストアの目指す品質とは』(JRC発行)といふ書物でその全貌を読めます。

たぶん柳井社長としては、まさにその「経験法則」とやらが気に入らなかつたのでせう。それこそ一日で捨て去る対象だつたのかもしれません。確かに失敗もいくつか重ねましたが、ダメなら引く潔さが良い。これも過去の「かうでなくてはいけない」といふ法則に囚われないからでせう。
本書を読んでも、柳井社長は過去の成功よりも、今の会社の問題点の方に頭を悩ませてゐます。カリスマ創業者(柳井社長は二代目ですが、ユニクロを立ち上げたのは本人)が抱へる問題は大体似てゐますね。急成長による大企業病とか、後継者問題とか...

本書には毎年社員宛にメールで送る「念頭挨拶と年度の方針」も掲載されてゐます。強烈ですねえ。しかし企業トップが、自社の方向性を熱く語るのは必要なことだと思ひます。皆が同じベクトルを目指すことができます。
少し大きくなつた中小企業なんかの中途半端なトップは、自分の言動をあまり表明すると安つぽくなるとでも勘違ひしてゐるのか、あへて自分の背中を見せない人も多い。これでは社員は、どちらを向いて仕事をすれば良いのか迷うではありませんか。

東京五輪の開催される2020年、FRグループは売上高五兆円、経常一兆円を目指してゐます。それまで柳井社長が力技で引つ張れるのか、世代交代はうまくいくのか、注目ですな。

では今夜はこれでご無礼します。グンナイ。

鉄道歴史読本
鉄道歴史読本 (朝日文庫)鉄道歴史読本 (朝日文庫)
(2009/03/06)
梅原 淳

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鉄道歴史読本
梅原淳【著】
朝日新聞出版(朝日文庫)刊
2009(平成21)年3月発行


10月の声を聞き、今年もあと四分の一を残すのみとなりました。
10月といへば鉄道の日を控へます。各方面で鉄道関係の催しなどが目白押しなのです。わたくしもそのいくつかに参加せんと企んでゐます。CSの各チャンネルでも軒並み鉄映画の特集を組んでゐて、一部メイニヤのものだつた頃からすると、隔世の感があるのです。

便乗して梅原淳さんの『鉄道歴史読本』。本書は鉄道史を俯瞰するものではなく、著者が選んだ鉄道史上の20のトピックスを詳述するものです。情緒に流れず、客観的に、その事件の背景までを深く掘り下げる一冊なのです。ハードボイルド。

第1章は「日本の鉄道を変えた「そのとき」」と題して、東海道新幹線の誕生や関門トンネルの難工事などを取り上げます。いはば鉄道版「その時歴史が動いた」ですな。中でも、ねじ式連結器から自動式連結器への一斉取替えについては読み応へありです。

第2章は「高度成長期の栄光と挫折」であります。大阪万博輸送、新幹線博多延伸と国鉄斜陽化、最高時速120キロメートル化、東北本線の近代化、国鉄ハイウェイバスの誕生を取り上げてゐます。
いづれも事業も難産の末成就してゐます。一度は諦められ、外部から批判されながらも信念によつて実現に至るプロセスには、例へば石田禮助氏のやうな強力な信念と決断力、折衝力を持つ人たちがゐたことを忘れてはなりますまい。鉄道版「ルビコンの決断」かな。

第3章は「産みの苦しみ―現代への貴重な礎」。丹那トンネルの難工事、洞爺丸遭難事件、上尾事件を始めとする乗客による暴動など、国鉄暗黒史の中から学ぶ章と申せませうか。かういふ大きな犠牲から学習した上で、次々と巨大プロジェクトが展開されたのですねえ。鉄道版「プロジェクトX」ですか。ちよつと違ふか。

第4章「知られざる歴史」。これはもう「知ってるつもり?!」でせう。「政治駅」岐阜羽島や、札幌ゴムタイヤ地下鉄などの秘話が披露されます。岐阜羽島駅は大野伴睦氏の我田引鉄の賜物ではなく、それどころか彼は新幹線を予定通りの期日に開通を間に合せた功労者だといふのです。しかし駅前に聳える大野夫妻の像が誤解を増幅させたのではないでせうか。あんなもの駅前に要らないのに。

詳細なデエタに基き、硬派の文章で読者を唸らせます。案外そこらのテツは読まないかもね。
文字通りの力作と申せませう。

ぢや、この辺でご無礼します。