源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
国防
国防 (新潮文庫)国防 (新潮文庫)
(2011/07/28)
石破 茂

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国防

石破茂【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2011(平成23)年7月発行


今から思へば、冷戦時代といふのは東西の緊張状態が続いてゐたのですが、危ういながらもそれなりのバランスが取れてゐたのでせうか。ああ、これが「抑止力」だつたのだな、と今にして理解するわけでございます。
日本を取り巻く状況は、決して平和とは申せません。いかにして国を守るかを真剣に考へない為政者は即退場せざるを得ない国情となつてまゐりました。

この風潮に乗つて、いはゆる極右の皆様が伸してきまして、「反戦護憲の奴らよ、これでも軍備は不要かね、それともただ座して死を待ちますか?」と意気軒昂であります。まるでこの人たちは「中○よ、もつと尖○に接近して、領海侵犯してくれよ、しかし上陸しちや駄目だぞ。平和ボケした日本国民を刺激する程度にやつてくれい」と、内心は考へてゐるのぢやないかと疑念を抱くほどです。あ、本気にしないでください。
まあ必ずしも平和ボケは悪いことではないとわたくしは考へてゐますが、それはあくまでも、今享受してゐる平和が、いかなる先達の苦労により得たものか、そして現在どんな人達によつて守られてゐるのかを十分に認識した上でのことでせう。さうでなければ、有事の際に「銃後の守り」も出来ないと思はれます。

さて石破茂大臣です。先達ての総選挙直後は、まるで毒でもあふいだやうに物凄い面相をしてゐましたが、最近は元のツルツルした顔に戻つたやうです。
本書はズバリ『国防』と命名されてゐますが、国防や軍備に関する教科書的な内容を求めても、それは裏切られることでせう。ではツマラナイのかといふと、さうではない。
軍事オタクなどと呼ばれてゐるせいで、石破大臣は好戦的な人物だと誤解されてゐますが、実はまことに合理的な考へを持つてゐると申せませう。

塩野七生さんの「政治家こそミリタリーを知らなくてはいけない」といふ言葉を引き、軍事を語る=極右、危険思想といつた誤解曲解を正します。
また、軍事費を増やしたケネディが批判に答えた言葉「国民をギャンブルに巻込むわけにはいかない」を紹介し、手を打たなかつた場合のマイナスを考へる。日本でうまくいかないのは、日本国民が自国の民主主義に自身がないからではないかと自説を開陳します。

一読して、石破大臣の「焦燥感」が伝はる一冊と申せませう。国防に関しては日本の常識が世界の非常識といふ現状があります。この話題を口にしただけでアブナイ奴扱ひされてきた風潮も関係があるのでせう。「自分の国は自分たちで守る」世界の大原則を改めて訴へた書物ですな。
石破さんはテレビでは何だか胡散臭い感じを与へますが(失礼)、活字ではあの口調が伝はらない分、素直に読めます。決して「ゲル長官」などと、揶揄してはいけませんよ。

おお。もうこんな時間か。デハ寝ますのでご無礼します。

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汽車との散歩
汽車との散歩汽車との散歩
(2007/03)
宮脇 俊三

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汽車との散歩

宮脇俊三【著】
グラフ社刊
2007(平成19)年3月発行


終着駅は始発駅』に続く、著者二冊目の随筆集であります。
各所に発表したエッセイなどが中心に編まれてゐますので、内容は雑多でありますが、宮脇氏のいはば全盛期に当たる時期の筆ですので、まことに滋味溢れる文章揃いなのです。

どんなに短い文章にも、汽車旅に対する無上の喜びが滲み出てゐるのが良い。限りない愛情。知識をひけらかすこともなく、むしろ知らないふりをしながら、読者に優越感を感じさせ同時にさはやかな感動を与へてくれます。まあ、近年は何かにつけ刺激に満ちたものが横行してゐますので、さういふ風潮に慣れた現在の読者が、宮脇氏の著作にどれだけ満足するのか若干の不安はありますが。

ご本人は自らをマニアと自認してゐるやうですが、本書を読むと、現在でいふテツの範疇を超え、人生の達人といふ趣きを与へるのであります。わたくしとしては、近年若干常軌を逸する傾向がある「テツ」たちに、「宮脇氏を見習ひ、まづは常識人たれ」とつぶやきたい気分なのです。

本書に於ける弊害としては、テツではないわたくしまで、汽車旅に出かけたくなり、果ては禁断症状が出てくるところですかな。ああ、西でも東でも良いから、乗りに行きたい喃。

なほ、わたくしが所有するのは新潮社から単行本として発行されたものですが、その後の文庫版ともども絶版のやうであります。ここでは入手しやすいグラフ社からの復刻版を挙げておきます。

では今日はこんなところで。ご無礼いたします。

話し言葉の日本語
話し言葉の日本語 (新潮文庫)話し言葉の日本語 (新潮文庫)
(2013/12/24)
平田 オリザ、井上 ひさし 他

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話し言葉の日本語

井上ひさし/平田オリザ【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2013(平成25)年12月発行


平田オリザ氏と井上ひさし氏。この二人が話し言葉について語るとなれば、面白くない筈がありません。
この対談は、戯曲の専門誌「せりふの時代」にて、6年間に亘り断続的に連載されたのださうです。ううむ、そんな雑誌があつたとは、迂闊にも知りませんでした。何しろ本屋の店頭でも見たことがないもので。都会の大書店にはあるのでせうがね。1996年創刊ださうで、その時分は、わたくしはまだ本屋に勤めてゐたのに、恥づかしいことであるなあ。
で、今調べたら2010年に休刊となつたさうで、これまた残念な話であります。ちよつと前衛的すぎたのか。

この二人が「話し言葉」について語るとなると、やはりそれは戯曲のせりふが中心になります。全部で13のパートに分かれ、それぞれ興味深いテエマについて縦横に論じてをります。
たとへば方言と標準語の問題(空疎で観念的なせりふは標準語になりがち)。たとへば主語・述語と助詞・助動詞の関係(日本語の会話は主語がなくても、助詞・助動詞のお陰で文意が通じる)。或は流行語について、敬語について、対話について...さすがに示唆に富む内容となつてゐます。

最近足が遠のいてゐる観劇ですが、今後はもつと行つてみませうかと思はせます。言葉の問題は結局生き方の問題に行きつくことも再発見。井上ひさし氏が次のやうに語つてをります。

「人生というのは九割九分までつらいことの連続だというのが、僕の世界観です」「でも、その九割九分、つらい人生のなかで、そのなかにひとつでも希望があればそれにすがって生きることができるんですね。僕の場合で言えば、小説や戯曲を書くという「希望をつくる」仕事につき、死ぬまでその仕事を続けたいというのが、まさに、僕のささやかな希望ですから、これから先も生きていけるわけです」(「12 生きる希望が「何を書くか」の原点」より)

わたくしとしては、この言葉を聞いただけで、本書を開いた意味があつたと思へる、勇気を貰へる発言でした。
かういふ人達の書くせりふが、一流の役者を通じて舞台で語られるのだから、眼前で鑑賞する自分が圧倒させられるのは当然なのでせう。
我我はまだまだ美味しい果実を味はひ尽くしてゐない。それどころか、残された時間を思へば、自分が味はへるのは、そのごく一部のまた一部なのだと思ひ知らされる一冊と申せませう。

ぢやあまた、今回はこれにてご無礼します。

フランス語はじめの一歩
フランス語はじめの一歩 (ちくま新書)フランス語はじめの一歩 (ちくま新書)
(2002/05)
中井 珠子

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フランス語はじめの一歩

中井珠子【著】
筑摩書房(ちくま新書)刊
2002(平成14)年5月発行


日本人が学習する外国語も、時代と共に変つてきてゐるやうですね。英語が断突の一人横綱であることは変らないけれど、大関クラス以下に変動があると思はれます。かつては東西大関クラスにドイツ語・フランス語が並び、その下の関脇小結クラスにはロシア語・中国語・スペイン語・韓国語あたりが相当してゐたのではないでせうか。
近年は中韓の存在感が増し、相対的に独仏の欧州勢は旗色が悪いやうに思はれます。

さて、本書はちくま新書の「はじめの一歩」シリーズの一冊。著者の中井珠子氏は、以前NHKのフランス語会話番組で講師を務めた人であります。
全体で4章構成となつてゐまして、まづ第1章「フランス語を学ぶ前に」で、そもそもフランスはどんな国なのかを改めて紹介します。各地域ごとに、その風土・慣習・産業・地理などの面からコムパクトに解説してくれるのです。
また、フランス語の起源といふか、いかにして現在のやうな形に落ち着いたのか、その歴史もここで講義してくれます。

第2章「発音と文字」では、フランス語の綴りと発音の関係を教へてくれます。フランス語の場合、文字と発音の関係が実に規則的なので、慣れれば未知の単語でも発音することはできるのです。例外がやたら多い英語とは違ふので安心であります。

第3章「フランス語を使ってみよう」では、いよいよ実戦といふ感じで、挨拶に始まり、最後は過去形(複合過去・半過去)まで文法解説してゐます。一部条件法なんかも入つてゐるやうです。本書の眼目の章ですな。実に密度が高い。

第4章「世界のフランス語」では、国際語としてのフランス語の地位について解説してゐます。日本では学習者が減つたかもしれないけれど、世界的に見ればまだまだフランス語は意外と使はれてゐるといふことです。

入門書(はじめの一歩)として読んでも良いですが、わたくしの感覚だとむしろ、少しフランス語を齧つた人が読むと良いと思ひます。たぶん全くの初心者が読んでもピンと来ないことが多々あるのではないかと。初級(条件法・接続法あたりまで)を一応勉強した人が、「ああ、かういふことだつたのか!」と納得するんぢやないでせうか。
あとは、本書では読み方をすべてカタカナ(一部ひらがなも)で表してゐるので、早い段階で発音記号を覚えた方がよろしからうと。それから、やはり眼だけではなく、耳からの学習もひつようですので、CDなどを併用することが必要でせうね。

語学の面だけではなく、フランスといふ国を立体的に理解してもらはうとする親心みたいなものが感じられて、まことに親切な一冊と申せませう。
ぢや、今夜はこれで。眠い。

写真が語る名鉄80年
61PGb3php9L__SL500_SY344_BO1,204,203,200_   写真が語る名鉄80年―電車・バスなどの変遷 (1975年)

写真が語る名鉄80年

名古屋鉄道株式会社【著】
名古屋鉄道株式会社刊
1975(昭和50)年3月発行


わが地元を縦横に走る名古屋鉄道、略して名鉄。その起源は、1894(明治27)年、愛知馬車鉄道としての開業を嚆矢とするものであります。
わたくしの知る限りでは、名鉄は創業65年、80年、100年時にそれぞれ「社史」を発行してゐるのですが、120年にあたる昨年は確認できませんでした。

わたくしが所持するのは80周年時の本書。まだ子供だつたので、父親にねだつて買つてもらひました。当時の金額で4200円と、かなりの高価。決して裕福ではなかつた我が家ですが、快く購入してくれた父親に感謝であります。
本書の発行については、結構前宣伝などをしてゐたこともあり、友人間でも評判になつてゐました。で、我我の仲間内では、ある噂がまことしやかにささやかれてゐたのであります。それは、表題に起因するものでした。

本書を入手したといふわたくしに、友人が耳元でささやきました。「それで、やつぱり写真がしやべるの?」
「写真が語る」といふ部分を子供らしく真に受け、本当に写真が語りかけてくるスゴイ本だと噂になつてゐたのでした。
この友人は何かと騙されやすい子だつたので、適当に答へておきました。彼は混乱に拍車がかかつた顔をして去つたのであります。
ひとつ思ひ出したので、ちよつと脱線。まあ始めから脱線してゐるやうなものですが。

当時通つてゐた小学校の教室の後方に、生徒の意見を集める目安箱みたいなものが設置されてゐました。その箱の名称が「みんなの声」だつたので、わたくしはその騙されやすい友人に云ひました。「この箱に耳を近づけてみりん、みんなの声がワーワーと聞こえるだら」と。
彼は虚心に耳を箱に近付け、「うん、聞こえる聞こえる」。わたくしは腹の中で、莫迦奴、と嗤つてゐましたが、今になつて思ふと、彼は故意にボケてゐたのかもしれません。

いい加減に『写真が語る名鉄80年』の話をしませう。
タイトル通り、貴重な写真を中心に名鉄の歴史を綴ります。特に創業時、そして終戦直後の写真の入手にはかなり苦労したさうです。

第1章「創業時代」:武平町に巨大な「日清戦争記念碑」があつたのが分かる。
第2章「郊外へ進出」:一宮や岩倉へ支線を伸ばす。後に名鉄の一部となる愛知電気鉄道(愛電)や三河鉄道、西尾鉄道、岡崎電軌、美濃電気軌道、岐北軽便鉄道などがすでに開業。
第3章「高速電車へ発達」:郊外へさらに路線を伸ばす一方、名古屋市内線を市に譲渡。ボギー車・半鋼製車が登場。
第4章「名古屋鉄道の新発足」:北の「名岐鉄道」、南の「愛電」が合併し、名古屋鉄道が発足。名車「なまず」「いもむし」もこの頃登場。
第5章「戦中戦後の輸送」:交通統合政策で合併が進む。空襲やたび重なる大地震により大きな被害を受ける。1945(昭和20)年8月14日、終戦の前日に三河線竹村駅で爆撃を受け、多数の死傷者を出すなど、暗黒時代です。
第6章「復興から躍進へ[Ⅰ]」:豊橋~名古屋~岐阜の名古屋本線直通開始。3800・3850・3900系電車が相次いで登場。後の「二扉クロスシート王国」の基礎を作る。
第7章「復興から躍進へ[Ⅱ]」:各ターミナル駅の整備が進み、伊勢湾台風の被害もありましたが、初の高性能車、セミモノコック構造の5000系登場に沸く。発展型の5500系は日本初の大衆冷房車として誕生、東京の電車を10年先んじた。そして1961(昭和36)年、つひに真紅のパノラマカー7000系登場! 日本中をアッと言はせた。
第8章「新時代をめざして」:キハ8000系による高山本線直通再開。駅設備や業務の近代化、高架化や支線の高速化をすすめる。パノラマカーもどき7300系、汎用パノラマカー7700系登場。知多新線開業。
第9章「名鉄の電気機関車」:いやあ、メイニアックだ...
第10章「バスのあゆみ」:「女子前衛隊」の車掌が、化粧品もない時代に鏡をとる姿に涙するのであります。
そして巻末には「資料編」。開業以来の乗車券や観光ポスターが楽しいですな。

今後も地元と共存しながら発展してもらひたいと存するものです。今動いてゐる大プロジェクトといへば、知立駅の高架化でせうか。三河線(山線)の複線化もからむ、大大大工事であります。
そして2027年のリニア中央新幹線開業を睨んだ工事が目白押しなのであります。個人的には、名駅~知立~豊田市間の直通特急の復活を早期に望みます。現在のところ、三河線内は土橋駅のみ停車の予定で、昔は特急停車駅だつた若林・上挙母は無視されるやうです。ま、いいでせう。

ああ随分長々と書いてしまひました。今から名鉄電車に乗つて出かけてきます。ぢやあまた。

小説 土井たか子
IMG_0032.jpg  小説 土井たか子 (現代教養文庫)

小説 土井たか子

大下英治【著】
社会思想社(現代教養文庫)刊
1995(平成7)年3月発行


昨年亡くなりました、土井たか子さんの評伝小説であります。何となく年末ごろの訃報だと思つてゐたのですが、改めて振り返ると、9月20日(公表は9月28日)のことで、もうそんなになるのかと驚くのであります。

小説と銘打つてゐるので、脚色潤色もあるのでせうが、まあほぼ事実に沿つた内容のやうです。大下英治氏のことですから、対象人物を批判めいて書いたり茶化したりはしません。日本の憲政史上、初めての女性党首として注目を浴び、さらにこれまた初の女性衆議院議長となつた頃の書物であります。

戦前は軍国少年ならぬ軍国少女だつた彼女。それが空襲を経て、反戦へと変心します。それでも、憲法九条に初めて出会つた時、戦争放棄はともかく、軍隊を持たぬとはどういふことか、外国が武力行使してきたらどうするのかと不安に思ひます。
そんな時、同志社大学の田畑忍教授の講義に参加し、その「徹底した軍備放棄」の思想に触れるのでした。感化された土井さんは、それ以降「護憲」に大きく舵を切ることになり、憲法学者としての道を歩むのであります。

田畑教授を「恩師」と崇め、その後も進路などで悩む時には、必ず相談してゐたやうです。社会党から衆議院選挙出馬を請はれた時も、田畑教授は固辞する土井さんを翻意させるために奔走したのださうです。師弟愛。

社会党を大躍進させた功績者としての面もありますが、結果的に社公民の枠組みを崩壊させるきつかけも作つてしまつたと申せませう。評価は毀誉褒貶あるでせうが、そこは大下氏の著書であります。あまり悪いことは書いてありません。文字通り小説として、偉人伝の類を読む感覚で良いんぢやないでせうか。改めて故人の冥福を祈るものであります。
では、然様なら。

時代劇博物館
jidaigeki.jpg  時代劇博物館 (現代教養文庫 (1490))

時代劇博物館

島野功緒【著】
社会思想社(現代教養文庫)刊
1993(平成5)年5月発行


もう随分前に『時代劇博物館Ⅱ』といふ書物を取り上げました。
その時、正篇が入手出来ぬので、やむなく続篇を登場させるが、なるべく早く正篇も入手したいものであるなあ、といふ趣旨のことを述べた記憶がございます。
そして今回、遂に念願の『時代劇博物館』を手に入れました。普通にネットで買へますな。拍子抜けしたものです。

著者が本書を世に問ふた背景には、時代劇の著しい衰退があります。昔の子供は皆ちやんばらが大好きで、男の子ならば必ず「ちやんばらごつこ」をしたものであると、著者は述べます。当時の子供たちは時代劇から善悪を学び成長しました。そこには、後の時代みたいに非行に走る少年少女はゐなかつたと。
即ち時代劇の衰退と、少年の非行化は相関関係があるとの意見であります。まあ何ともいへませんがね。

時代劇離れは、若い世代、なかんづく女性に人気がないことによるといふ。その理由として、時代劇に出てくる(主に江戸時代の)風俗、習慣、物価などが理解されてゐないからだと、著者は分析してゐます。
そこで本書では、実在・虚構取り混ぜた時代劇ヒーローを通じて、鑑賞の手引きとなるべく江戸時代の世相や風俗などを解説しやうといふ試みがなされてゐるのでした。

たとへば、旗本と御家人はどう違ふか。千五百石の禄は現在の貨幣価値ではどれだけになるのか。同心とは江戸奉行所の中ではいかなる地位の役職なのか。「七つ下がり」とは、現在でいへば何時何分頃をさすのか。等等等...
これはね、別段時代劇鑑賞のためでなくても役立つ、まことに興味深い内容だと申せませう。
さらに、おなじみの時代劇ヒーロー(旗本退屈男、むつつり右門、遠山金四郎、宮本武蔵など)を例にとつて語るので、親しみやすいのです。

そして巻末では、深沢哲也氏も加はり「時代劇スター番付」を作成します。これは面白い作業ですが、選ぶ人の個人差がありすぎて、島野・深沢両氏の好みがかなり反映してゐると申せませう。少なくともわたくしとしては、結構異議があります。それに、結局殺陣の巧さよりも人気で選ぶ傾向があつたり、番付の地位にやたらと「張出」が多いのも気になります。横綱も三役も基本は東西一人づつであるべきでせうね。
で、このお二人が選んだ上位を紹介すると、以下の通り。(東横綱を一位として、数字で表します)
①大河内伝次郎②阪東妻三郎③嵐寛寿郎④月形龍之介⑤市川右太衛門⑥三船敏郎⑦近衛十四郎⑧若山富三郎⑨萬屋錦之介⑩片岡千恵蔵(以下略)

古い人に偏してゐませんかね。まあこの種のものは遊びだから、構はないか。ひとつわたくしも選んでみませう。
①近衛十四郎②阪東妻三郎③大友柳太朗④嵐寛寿郎⑤東千代之介⑥勝新太郎⑦市川右太衛門⑧萬屋錦之介⑨市川雷蔵⑩三船敏郎(以下略)
ま、明日選べばまた違つてゐるかも知れませんが(笑)
複数の人間でああでもない、かうでもないと議論しながら選ぶのも愉しいでせう。
さういふわけで、満足の一冊でした。ぢやあまた。

東海道新幹線 運転席へようこそ
東海道新幹線 運転席へようこそ (新潮文庫)東海道新幹線 運転席へようこそ (新潮文庫)
(2013/12/24)
にわ あつし

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東海道新幹線 運転席へようこそ

にわあつし【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2013(平成25)年12月発行


新幹線の運転席では何が行はれてゐるのか、どのやうな勤務体系なのか、いかなるメムバアで構成されるのか、どんな会話がなされてゐるのか、わたくしども部外者が普段は知り得ないあれこれを、かつて東海道新幹線の運転士だつた著者が教へてくれる一冊であります。

まづ「新幹線の基礎知識」で、新幹線の歴史、しくみなどをコムパクトに講義してくれます。ご親切にも、興味がなければ飛ばしても良いと著者は述べますが、飛ばすのはもつたいない。短いしすぐ読めます。テツの人はご随意に。わたくしはテツではないのでしつかり目を通します。

その後いよいよ実際に運転する様子がドキュメント風に綴られるのでありますが、二部構成になつてゐます。
第1部は、「0系新幹線でゆく、東京-新大阪(昭和53年春の某日)」、第2部が「N700Aでゆく、新大阪-東京(平成25年春の某日)」であります。即ち、往路は最古参、復路は最新鋭の新幹線電車で我我読者を案内してくれるといふ訳ですな。

0系時代は、2名の乗務員が交代で運転。ゆとりがあります。更に便乗の乗務員もゐたりして、会話も弾むやうです。やつぱり人間ですからね、緊迫した精神状態を3時間10分も持続させるのは無理がありますからな。ワゴンサービスの女の子もやつてきて、中中賑やかであります。

読者のために、乗務員たちの若干不自然な会話の中で、色色なエピソオドを教へてくれます。子供たちへのサアビスで警笛を鳴らしたりとか、架線に凧が引つ掛かりやすいとか、マグロ(轢死体)への対応だとか、虫の死骸で前方の視界が悪くなるとか、花火大会をゆつくり見るためにその前後で時間をかせぐ運転士の話とか、直接運転士に苦情をぶつける乗客だとか、満員状態だとブレーキの効きが甘くなるとか、新幹線の線路を最初に走つたのは阪急電車であるとか、それはまあさまざまな話題を開陳するのです。

中でも事故、或は事故未遂に関する話はゾッとします。開業以来死亡事故を発生させてゐないなどと(正しくは三島駅で死亡事故が発生してゐる)喧伝してゐますが、一歩間違へれば大惨事...といふヒヤリハットは数多くあるのでした。

N700Aによる復路は、すでに著者が退社した後なので、現役運転士(望月氏)の視点から見た話になつてゐます。合理化による人員削減はこの世界にも及び、一人乗務は厳しさうです。しかし最新鋭のハイテク新幹線は、運転士も気分が良ささうであります。
そして読者も楽しい時間を共有でき、満足して本書を閉ぢるのでした。

傷だらけの店長
傷だらけの店長: 街の本屋24時 (新潮文庫)傷だらけの店長: 街の本屋24時 (新潮文庫)
(2013/08/28)
伊達 雅彦

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傷だらけの店長―街の本屋24時

伊達雅彦【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2013(平成25)年8月発行


著者は書店チェーンで、店長を務めた人ださうです。いかに本屋の勤務が過酷であるかを述べた一冊。まあ著者の狙ひは本当は違ふのでせうが、結果的に「俺がどんなに苦労したか、解つてくれよ。いや解らなくてもいい。とにかく吐き出させてくれい」みたいな内容になつてゐます。
わたくしも、複数の書店チェーンで店長を長年やつてましたので、その苦悩ぶりは実によく分かるのであります。
少ない休日に長時間労働、恒常的なサービス残業、能力を超える絶望的な作業量、クレーマーや万引対策、社内営業を強ひられる「本部」対応...とてもぢやないが、本と人が好きでないと勤まらないのであります。

しかし伊達雅彦さんはまだいい。どうやら書店物販専業のやうで、夜10時には閉店できるやうですから。本人もいふやうに、閉店後に自分のやりたい仕事が出来ます。別段過酷さを競ふ訳ではありませんが、わたくしの勤務した店は書籍雑誌のみならず、CDやDVDのレンタルや販売、中古ゲーム、古本、文房具など取扱部門が多く、すべてを店長が面倒を見なくてはなりません(むろんそれぞれに担当者はゐますが、結果責任は当然店長が負ふ)。
いきほひ営業時間は長くなり、早くても夜の2時、これにネットカフェなんかが併設されてゐると、24時間営業が当り前なのであります。例へ休日でも緊急時には呼び出しがかかり、電話での指示で済まないこともあるので、実際に出動することもあります。休日だからといつてうつかり酒も呑めないのであります。たまたま友人と酒を呑んでゐた時に呼び出され、仕方なくタクシーで店に向つたことも。

ああ、いかんいかん。どうしても後ろ向きの話ばかりになります。『傷だらけの店長』に救ひはないのか?
著者は常に理想を求め、志が高いからこそ現状との乖離に苛立ち、もがくのであります。すこぶる優秀な人材だと推測されるのですが、チェーンストアでは求められるスキルが違ふのでせう。

リアル書店は今後、総合大書店と一部のチェーンストアに収斂されてゆくと思はれます。実際、我家の近所にある大型書店は、平日の昼間から決して狭くない駐車場は満杯、道路が渋滞するほどの盛況ぶり。近所の本屋さんが次々と閉店するから、一人勝ち状態なのです。ますます、本好きの理想とする本屋は遠のくことでせう。

「本屋になりたい」といふ人がゐたら、わたくしも著者同様、勧めません。本が好きならなほさらであります。それでも諦めない人には、本書を読んでもらひませう。

スシとニンジャ
スシとニンジャ (講談社文庫)スシとニンジャ (講談社文庫)
(1995/10)
清水 義範

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スシとニンジャ

清水義範【著】
講談社(講談社文庫)刊
1995(平成7)年10月発行


もう3日になりましたが、新年明けましておめでとうございます。
新年といへばめでたいものであります。今年は数年ぶりに三が日休めました。まあ休んだからといつて何か立派なことをするわけでもないのですが。
初詣は地元の挙母神社へ行く。元日は大混雑するだらうと思ひ回避し、2日に行つたのですが、それでも大行列でした。どれだけ待てば良いのか見当も付かなかつたので、フルコースは断念して御参りだけにして、はふはふの体で切り上げたのであります。

そして初夢。毎年ろくな初夢を見ないのですがね。
わたくしが何やらテレビ番組を見てゐます。どうもクイズ番組のやうです。どんな問題かといふと、「おなかいつぱい食べた時の形容は?」みたいな質問。頭の中で「たらふく」かな?と考へてゐたら、正解は「ゆくれつしゆ(yukuressyu)」だといふ。例文「僕はおせち料理をゆくれつしゆ食べました」。 
夢の中のわたくしは、ああさうか、確かに「ゆくれつしゆ」だよな、などと納得してゐます。スタジオ解答者の中で正解したのは、辰巳琢郎さんただ一人でした。いやあ、さすが辰巳さんですねえ、などと司会者や他の出演者から称賛を受けて...

そこでわたくしは目を覚ましたのであります。さすがに冷静な頭になつて、馬鹿らしくなりました。何が「ゆくれつしゆ」だよ。阿呆らしい。
しかしまあ不吉な夢でもないし、そこそこの正月を迎へたと申せませう。

正月といへば清水義範氏。別段決つてゐるわけではありませんが、目出度い正月に清水氏の作品はぴつたりといふことで、この数年は清水作品で年初めを迎へるのが恒例となつてゐます。
そこで今年は『スシとニンジャ』。
『スシとニンジャ』は、ブシとニンジャに憧れて日本にやつて来た22歳の米国青年、ジム・ストーニーくんの体験記といふ形をとつた小説であります。

実際に来日すると、普通の都会に洋服を来た男女が忙しく闊歩し、ブシやニンジャは見当たらず、キモノを着た女性もほとんど見かけないことに軽い失望を感じます。予備知識を仕入れてきたジム君ですらさうなのです。
ジム君は観光中に、サクラギ・リエなる若い女性の知己を得ます。親切な彼女のお陰で、日本滞在はまことに充実したものになつたのであります。
しかしリエはなぜここまで親切なのか? ちよつと不自然なくらゐです。これにはやはり理由があつたのですねえ。リエの目的とは...

好青年ジム君の目を通した日本。ダニエル・カールさんによると、これは自分のことだ!と感じたと言ひます。異なる文化が交はる時に生じる摩擦といふものが、当人には申し訳ないが、傍からは面白くて仕方がないのです。ここから教訓を導いても良いですが、ここではお屠蘇気分に浸りニヤニヤしながら読めば、実に愉しい一冊と申せませう。

そんなわけで、今年もまたよろしくお願ひいたします。ぢやあまた、ご無礼します。