源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
新幹線を運転する
無題

新幹線を運転する

早田森【著】
メディアファクトリー(メディアファクトリー新書)刊
2011(平成23)年2月発行

この本はまづ、著者名に惹かれて手に取りました。早田森。ハヤタシンですよ。御存知の方は御存知でせうが、ハヤタ・シンといへばウルトラマンに変身するハヤタ隊員のフルネームであります。
勝手な想像ですが、恐らく著者は特撮・怪獣映画が好きに相違ありません。162頁にも、それを匂はせる記述がございます。東海道新幹線が開業した1964(昭和39)年とはどんな年だつたかを紹介する文章で、東京オリムピックを挙げるのは当然として、「スクリーンではゴジラ、モスラ、ラドン、キングギドラが死闘を演じ」などとメイニアックな話を開陳してゐます。ちなみにこの映画のタイトルは『三大怪獣 地球最大の決戦』(本多猪四郎監督)で、上記の「東宝4大怪獣」が共演した最初の映画。ゴジラシリーズの第五作に当ります。出演者は夏木陽介・星由里子・小泉博・若林映子・志村喬(敬称略)など特撮映画でお馴染みの面々。個人的にはゴジラシリーズの頂点に立つ作品と考へてゐて、これ以降のゴジラ映画は内容・興行とも下降線の一途を辿るのでした。

はいはい。『新幹線を運転する』の話ですね。著者はノンフィクションライターといふ触込みですが、特段のテツではないやうです。お陰で非テツやジュニア読者にはまことに分かりやすい、平易な表現で書かれてゐます。一方で、テツには若干物足りない部分も有るかもしれません。巻末の「主要参考文献」リストを見ますと、大半がわたくしの所持する本でした。この本を一読して感じた「既視感」みたいなものの一因でせうか。

早田森さんの作戦は、新聞紙面で偶然知つた凄腕の新幹線運転士・木内辰也さんに徹底取材し、時速270キロ(当時)で疾走する運転士のさまざまな面を紹介しやうといふ寸法であります。
残念ながら運転室への同席は叶はず、訓練用シミュレータでの紹介となりましたが、そこは文章と木内氏の協力とで、そつなく計器類も紹介してゐます。
時速270キロといへば、普通の人はまづ経験が出来ません。わたくしなどは、高速道路を自分で運転してゐても、時速100キロでかなり怖いと感じてゐます。270だときつとすべてが一瞬のうちに後方へ去つてしまふのでせう。木内氏は、鉄橋を渡る時、トンネルと錯覚することがあるなどと述べてゐたくらゐですから。体感したいねえ。うむ、何だかリニア・鉄道館へ行きたくなつてきました......

巻末には、木内氏を含む五名の現役運転士が集まり、座談会(といふか、インタビュー)のやうすを収録してゐます。ハイテク化された運転室に座る各氏ですが、結局生身の人間が最終判断することが多いやうです。運転中の目標物ひとつとつても、各人バラバラで面白いものだと感じました。木内氏以外の人に取材して同様の本を作らうとすると、全く印象の違ふ本になるのでせうね、きつと。

さ、夜も更けて参りましたので、これにてご無礼いたします。



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大学でいかに学ぶか
無題

大学でいかに学ぶか

増田四郎【著】
講談社(講談社現代新書)刊
1966(昭和41)年5月発行

近年はあまり五月病といふ言葉を聞きませんが、入社や入学自体を目的として活動してきた人々は、何をやれば良いのか分からず彷徨してゐるのではないでせうか。
やはり入つてから何をしたいといふ強い願望が無い人にとつては、入社や入学がゴールとなり、その後の目的を失ふことは容易に想像が付きます。

『大学でいかに学ぶか』は、新たに大学生となつた人向けに、もう50年近くも前に書かれた書物でございます。実はわたくしが大学生になつた頃に購買したものです。その時分は、割かし真面目に「大学での学問の仕方を学びたい」と思考してゐたのですよ。まあ中には、「いかに学ぶか」なんて大きなお世話だぜと呟く人もゐるでせう。それもごもつともだと思ひますので、さういふ人はご随意に。

書名からして、もう少し説教染みた、末香臭い内容かと思ひましたが、これが中中刺激的で、古びた様子が全くない指摘の連続なのですよ。著者は高名な歴史学者なのに、語り口は穏やかで、まるで中学生に対して講演でもしてゐるやうです。約50年前に書かれたといふ予備知識なしに読めば、まるで現在の事を述べてゐると錯覚しさうなほど、先進的なのですね。教育者として学生を見る目は中中に厳しい。逆に言へば、現代の学生も進化してゐないといふ証左でせうか。

明治以降の日本の学界は、十八世紀・十九世紀の欧州を手本にしてきました。確かに当時は西欧といふのが世界の超先進国で、西欧が世界を引つ張つてゐるとの前提で、何となく世界の約束事が作られていきました。しかしながら二十世紀は新興国の時代であります。古い物差しで測れば無理の出る時代。無理とは摩擦だつたり戦争だつたりします。
日本ではさすがに欧米崇拝の風潮は衰へたとはいへ、まだ我我の生活はその延長線上にあるのではないでせうか。
そんな我我が、古い学説を覆し新たな発見をするのは真に難しいことであります。しかし著者は言ふ。

大きなダムも、蟻の穴でくずれるとさえいいます。あの大きなマルクス主義の体系もくずれるかもしれません。(中略)ヨーロッパの偉い学者が考えたことは不動の真理だと考える義理もまったくないのです。(中略)自分はここまでしかわからないが、そこまでについては、動かない証拠をあげ、論証ができるというものを見つけていく。それは蟻の穴ほどの小さなことかもしれません。しかし、そういうことをいくつもくり返してやっているうちに、いつかはダムもくずれるかもしれない、そのあとはだれかが築いてくれるであろう。―そうした、自分を捨て石にする気持ちにならないと、学問というものは客観化してきません」(7「現代学問のすすめ」より)

捨て石ですよ、捨て石。刹那的な功名心、名声を得たいと思ふ心は誰しも有るでせうが、そこをあへて捨て石になれと......何と厳しい世界なのでせうか。
ま、わたくしは歳を取り過ぎてゐますので、若い諸君の中から、覚悟を持つた人が出現することを望むものであります。
いやあ、我ながら無責任な発言ですなあ。

すべては一杯のコーヒーから
無題

すべては一杯のコーヒーから

松田公太【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2005(平成17)年4月発行

実は、古本屋で偶然見つけた一冊であります。一杯のコーヒーから。霧島昇さんとミス・コロムビアさんの歌でありましたね。しかしあの歌、何度聴いても「一杯の公費から」と聴こえます。皆から集めた税金は、例へ一杯あつても節約して効果的に使つていただきたいものです。
いや、さういふ話ではありませんね。コーヒーショップ「タリーズ」の創業者の話であります。

「タリーズ」は、わたくしが居住する街にもあり、豊田市駅前の商業ビル「GAZA」に入つてゐます。GAZAにはしばしば訪れ、タリーズにも買物のついでに立ち寄つたりします。わたくしはコーヒーは嫌ひではないが、いはゆる通でもなく、「コーヒーなら○○ぢやないといけません」などといふ薀蓄も皆無であります。だからどこで飲んでも大差無いと思ふのですが、我が連れ合ひは何故かタリーズへ行きたがるので、まあお付き合ひする訳です。

タリーズの本家が誕生したのは米シアトル。あのスターバックスと同じださうであります。日本進出にあたつては、さぞかし力のある有名企業と手を組んだのであらうと思ひきや、まだ二十代の銀行員が個人でタリーズと交渉し、日本で営業する権利を得たのだといふことです。
その熱血漢こそ、本書の著者・松田公太さんでした。
松田氏は友人の結婚式に出席するために来てゐたボストンで、初めて「スペシャルティコーヒー」に出合ひ、目覚めてしまつた。元々起業志向を持つてゐた松田氏は、「タリーズ」の商業者であるトム・オキーフといふ人物に苦労の末何とかコンタクトを取り、日本でタリーズの店を開きたいと直談判するのでした。しかも、ブランドイメエヂを確立するために、立地は「銀座」にこだわつたのであります。

トム・オキーフの承諾を得た松田氏は、大借金をした上で念願の「タリーズコーヒー」一号店を銀座に開店、始めの数か月は赤字であつたさうです。平凡なる経営者ならば、座して死を待つところでせうが、彼はぢつとしてゐませんでした。如何なるマイナス要因も言ひ訳の材料にせず、それを解消するために、あらゆる努力を惜しみません。
かういふ姿を、日本の商店街のおやぢたちに見せてあげたいと思ひました。

話は変りますが、日本の地方都市の商店街はおしなべて瀕死の状態であります。彼らに吹く逆風は、自らの力ではどうにもならないやうにも見える。旅に出たりすると、買物でもして応援しやうかしらんと思ふのですが、いざ店内へ入ると、やる気のない店主がぼーつとレジに座るだけで挨拶もなく、商品棚は荒れ放題でほこりまるけ。そして常連客が来ればお喋りに興じ、自分がいかに不遇を託つてゐるかを切々と訴へる......これでは買ふ気も失せるといふものです。
また別の商店街では、訪問日がちやうど地元のお祭りの日に当たり、これは稼ぎ時かなと思つたら、商店街は軒並みシャッターを下ろし「定休日」の看板が。せつかく集客が見込める日に、定休日はしつかり取る。それで嘆いてゐては、どうしやうもないではありませんか。

それはそれとして。
その後の松田氏の歩みもまことにドラマティックであります。失敗を重ねながらも順調にビジネスを進めますが、好事魔多し、母親の死といふ現実が待つてゐました。この主治医は怪しからん喃。病院名・医師名を公表しちやへと思つたものです。行員時代に弟も病で亡くし、続いて母まで、早過ぎる逝去。
さういふ悲しみを乗り越え、タリーズコーヒージャパンは上場を果たすまでになります(後に上場廃止してゐる)。サクセスストオリイとして、読物としても中中読ませる一冊と申せませう。

本書は10年前に出てゐますので、その後の政界進出についての心境は分かりません。まあ本人のブログや公式サイトを覗けば分かるのでせうが。松田氏の夢の一つといふ「食文化を通じて世界中の国々がお互いを理解し、尊重し、そして一つになる」(本書より)はどうなつたか。やはり食文化を通じては無理だと思つたのか、それとも夢は実現したと判断したのか、またあるいはもつと別の夢がムクムクと頭を擡げてきたのか。
魅力的な人物でも政界進出すると、たちまち色褪せ、表情まで「彼方側の人」になるのは何故でせうか。恐ろしい世界なのでせうね。
余計な事まで述べてしまひました。他意はございません。ではまた。

なぜ時代劇は滅びるのか
無題

なぜ時代劇は滅びるのか

春日太一【著】
新潮社(新潮新書)刊
2014(平成26)年9月発行

著者はかつて『時代劇は死なず!』といふ、まことに勇ましいタイトルの本を書いてゐますが、ここへ来て『なぜ時代劇は滅びるのか』とかなり弱気になつてきました。
著者は1977年の生れと若いこともあつて、時代劇といつてもテレビ番組中心に研究してゐるやうです。

国民的長寿番組といはれた『水戸黄門』が打ち切りとなつた時に、マスコミも俄かに「時代劇の危機だ!」などと、取つて付けたやうに騒ぎましたが、無論危機はとうの昔からやつてきてゐたのです。
春日氏によると、テレビ視聴率の調査法が変つたことが大きな転換点であると述べます。即ち、従来は世帯ごとの視聴率しか分からなかつたものが、個人の情報まで分かるやうになり、年代性別すら判明するのださうです。
すると、スポンサーがカネを出してゐた番組は、実は自社商品のユーザーとは異なる層が観てゐたことが分かつた。ぢやあ、そんな番組にカネを出す意味はないよね、となつてしまふのだとか。

スポンサーの問題だけではありません。何より作る側に問題が大有りなのであります。第三章以降、役者もゐない、監督もゐない、プロデューサーもゐない、もう誰もゐないと、実名を挙げて指摘します。否、批判します。攻撃します。こんなに実名を出して、今後の時代劇研究家としての活動に差障りがあるのではないかと心配するほどです。
「自然体」と称して時代劇の作り込みをしない俳優の怠慢、時代劇の所作を知らない監督が「新しい時代劇」と誤魔化して作る不勉強、サラリーマン化して時代劇への情熱が皆無の、数字だけ追ふプロデューサー......

確かに人気タレントやアイドルが出てくる「時代劇」は、衣装を替へ鬘を被つただけで、動きや台詞はまるで現代劇、といふものが多いと存じます。演ずる人の所為といふより、それを教へられる人がゐないことが悲劇なのですね。
さういへば松平健さんが「今の時代劇は殺陣ではなくてアクションです。本当の殺陣をやりたいですね」と語つてゐました。(もつとも『暴れん坊将軍』の殺陣はまつたく単調で、何のスリルもありませんが、これも演出側の問題なのでせう)

かかる状況に、時代劇の展望に関して著者はかなり悲観的です。さもありなむ。ただ、作品を通して「お前は間違つてゐるぞ」と反論して貰ひたいとも述べてゐます。そんな作品に出会へたら、その時は謝罪すると。否著者の本心は、是非謝罪したいのだといふことです。心からの叫びですなあ。

わたくしの感想としては、(極極一部を除けば)一から十まで「その通り!」と言ひたい内容であります。ただ、やはり時代劇の再生は無理でせうね。わたくしの実感では、時代劇はすでに(著者が生れる前の)昭和40年代に死んでゐると考へます......

いやな感じ
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いやな感じ

高見順【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
1984(昭和59)年8月発行

かのドナルド・キーン氏は、若い頃胃腸の病気で英国の病院に入院してゐたことがあるさうです。病床のベッドで、ある日本の小説を夢中になつて読んでゐると、日本語は読めないものの直観的に患者に良くない書物だと見抜いた看護師が、そんな本よりこれを読めとしきりに推理小説を薦めたといふことです。以来こつそりと件の小説を読み、看護師が近付く気配がするとそれを隠し、つまらない推理小説を読むふりをしてゐたさうです。(ドナルド・キーン著『日本文学を読む』より)
その日本の小説こそ、高見順『いやな感じ』でありました。なるほど、胃腸病を患ふ人には不向きな小説と申せませう。

さて大谷崎に続いて、没後50年シリーズ第2弾(?)は高見順であります。
ドナルド・キーン氏も夢中になつた『いやな感じ』。主人公は若きテロリストで根つからのアナーキスト、加柴四郎くん。彼の一人称語りで話は進みます。舞台は大正から昭和にかけて、思想的にも不穏分子がうようよとしてゐた時代。
加柴くんは大杉栄の思想に共鳴してゐたが、甘粕事件で大杉は殺害されます。仇を討たんと三月事件を企てますが、これが事前に発覚。実行犯たちは失敗して死刑になるのですが、実は加柴くんはこの事件には参加できず、死に損なひます。その時の無念が彼をニヒリスティックに変へていきました......

作者が「昭和を書く」と意気込んだ作品だけに、まことに迫力がありパワーに満ちてゐます。まるで往年の日活か東映の暗黒街映画を思はせるのです。仲間内の符牒がぽんぽん飛び出し、特に序盤は怒涛の勢ひであります。
東京で人殺しをしてしまつた加柴くん。北海道は根室へ身を隠し、妻と、生まれたばかりの子供と安定した生活に、かういふ生活も良いと思ひ始めます。
しかし加柴くんは仲間に誘はれるがままに、昔の世界へ戻つてゆくのでした。そして凄惨なラスト。まさしく『いやな感じ』の真骨頂であります。

唾棄すべき嫌悪感、といふ程の事もなく、まさしく「いやな感じ」といふ表現がぴつたりの読後感。しかし小説としては真に面白い。心身が健やかな状態の時に読むとよろしからうと存じます。心がやられてゐる時に読んで、更に落ち込んでも責任はとれません。なんてね。

大相撲こてんごてん
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大相撲こてんごてん

半藤一利【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
1994(平成6)年9月発行

黄金週間前に、わが地元の「スカイホール豊田」(ひらたく言へば市の体育館のことですが)に、「大相撲豊田場所開催!」の大看板が掲げられました。地方巡業ですな。10月13日開催と、随分先の話であります。チケット発売開始さへ7月4日からと、まだ二か月もあるのでした。
看板には三人の力士の写真が。おお三横綱だな、と思つてよく見ると、白鵬日馬富士、そして......ん? これは逸ノ城ではありませんか。鶴竜は無視かい。可哀想に。
昔はポスターでも看板でも番付優先だつたと思ふのですが、現在は人気優先みたいですね。横綱大関を差し置いて遠藤君の写真が使はれたりするのを見ると、ちよつと違ふのではないかと勘考します。さう言へばやうやく大銀杏が結へた遠藤関。新入幕の頃は、輪島を彷彿とさせるところもあつたのですが、最近の彼には、服部佑児の影が忍び寄つてゐるやうな気がしてなりません。

ま、それはそれとして、『大相撲こてんごてん』。著者の「前口上」によると、この表題には「こてんこてん」「古典語典」「古典誤伝」「個展語典」の意が含まれてゐるさうな。
よくある軽い雑学・ウンチクものと思はれがちですが、その内容は中中深い。項目も「吾妻鏡」「在原業平」「尾崎士郎」など、一見相撲とは無関係と見えるものから、歴史を絡めて深い考察を見せてゐます。相撲には割かし興味のあるわたくしも知らない背景が沢山あるのです。
相撲のあらゆる所作には、すべて意味が有ると言ひます。それを忘れた現代(当時ね)の相撲界を著者は厳しく批判してゐます。これを老人の繰言と呼んではいけません。元来、相撲は神事であり、近代スポーツの性格を付加された現代でも、それは変らないのであります。

Aといふ横綱がゐました。土俵の内外で騒動を繰り返し、問題児横綱と呼ばれました。当然世間の批判を浴びましたが、彼を擁護する一定の層もゐたのであります。協会は古いよ、現代はヴィジュアルでも愉しませなきや、悪役も必要だよ等等等。
確かに日本相撲協会には古い体質が残り、改善点は山ほどありますが、それと相撲のしきたりを守ることとは全く別問題なのであります。本来の相撲を知る人ならば、相撲に「悪役」がゐる筈がない事を承知してゐます。
さういふ点に納得がいかない向きには、伝統から切り離された、新たな相撲団体を作つて貰ふしかないですなあ。それなら、土俵上でガッツポーズしやうが、倒れた力士に蹴りを入れやうが好き勝手ですよ。

うむ、少し力が入り過ぎたやうです。お恥づかしい。実際には、本書は堅い内容ではなく、気軽に知識を得られる好著と存じます。かういふ話は、わたくしなんかではなく、デーモン小暮閣下や、やくみつるさんにして貰へると説得力があるのですがね。
ぢや、また。ご無礼いたします。

旅は自由席
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旅は自由席

宮脇俊三【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1995(平成7)年3月発行


終着駅は始発駅』『汽車との散歩』に続く、三冊目のエセー集といふことです。
ここで人は突つ込むかも知れません。「エセー集」とは何だ? ちやんと「エッセイ集」と表記しなさいと。
実は、かつて山口瞳氏の作品案内で「エセー集」と言ふ表記を発見したので、いつか真似をしてみたいと勘考してゐたのです。ただそれだけのことなんですがね。

青函連絡船が廃止された時の文章があります。宮脇俊三氏は青函航路に思ひ入れがあり、北海道へ行くなら飛行機で一気に目的地へ到達するのではなく、時間をかけて鉄道と連絡船で行くべしと主張してきました。物書きとして同じ話を繰り返し書くのはよろしくないと自覚しながら、この件については「譲れない」とばかりに、各所で述べてゐます。

遠い所へ行くには、それ相応の時間と手間をかけて行くべきだといふ意見は、もう支持されないのかも知れません。実際、わたくしも会社員になつて以降は、北海道への往路は鉄道利用しますが、復路は時間的制限により航空機を駆使します。ただ、せめてもの抵抗として、千歳からではなく函館空港から乗りますが。あまり抵抗とは申せませんかな。

青函連絡船が廃止された理由はもちろん、青函トンネルが開通し本州と北海道が鉄道で直に結ばれることになつたからであります。鉄道好きとしてはこの上なく慶賀すべきことの筈なのに、この寂寞とした心理状態はどうしたことでありませうか。
連絡船時代は、青森(または函館)に到着すれば、まだ眠つてゐたいのに嫌でも列車から降りざるを得ず、連絡船の一般船室に入り、「今日の津軽海峡は穏やかです」などといふ抒情的なアナウンスを聞きながら『飢餓海峡』に想ひを馳せ、四時間ほどで到着すればまた駅のホームまで我先に走り座席を確保するといつた、どう考へても面倒な行程を経てゐたものです。
現在はうとうと眠つてゐても自動的に津軽海峡を潜つてしまふ。飛躍的に便利になつたといふのに、この喪失感は何なのだらうと不審がるわたくしに、宮脇氏は答へてくれるのです。

函館の名物乞食・万平さんの事を知つたのも本書であります。石川啄木にも詠まれ、地元の人々に愛された矢野万平。万平さんを偲ぶ旅は、歴史に造詣の深い著者ならではのものがあります。何しろ今で言ふ「路上生活者」なので、その生涯については不明の事が多いのが残念ですな。
凡百の鉄道本では、沿線の乞食まで紹介してくれる書物は少なからうと存じます。まつたく、『旅は自由席』ですなあ。

本書で困るのは、読後に旅に出たくなつて禁断症状を発症する事であります。金と暇を作つて、どこかへ行きたい喃......

思索の源泉としての鉄道
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思索の源泉としての鉄道

原武史【著】
講談社(講談社現代新書)刊
2014(平成26)年10月発行


講談社のPR誌「本」に長期連載中のコラム「鉄道ひとつばなし」をまとめたものであります。すでに既刊で三冊出てゐますので、本来なら『鉄道ひとつばなし4』となるべきところですが、今回はタイトルが『思索の源泉としての鉄道』となつてゐます。いささか仰仰しい表題ですね。故・森有正氏のエッセイ「思索の源泉としての音楽」から拝借したのださうです。ふうむ。森有正ねえ......ま、いいでせう。

連載当時が、東日本大震災直後にあたる本書。被災地を巡る発言が多くなつてゐます。『震災と鉄道』と被るところもありますが、それだけ深刻かつ重要な問題として、読者は捉へるべきでせう。

第1章の表題がまさに「東日本大震災と鉄道」で、第4章、第7章でも関連する文章が載つてゐます。特に三陸鉄道の奮闘を讃へ、対照的にJR東には批判的な姿勢が目立つのであります。
震災のわづか五日後に、復旧できる区間から運転再開したのみならず、復興列車として運賃無料で走らせた三陸鉄道。一方で、東北新幹線は逸早く復旧させたものの、肝心の被災地を走るローカル線に関しては放置し続けてゐるJR東。赤字路線にはカネを出したくないといふ本音が見え見えですね。

リニア建設を進めるJR海に対しても、どこか懐疑的な筆致の著者であります。トンネルばかりで車窓が見えないとか、その建設費で日韓トンネルが出来るぞとか。
しかしながら、私見ですが日韓直通特急が走つたとしても、時間がかかりすぎるので結局空路に勝てない。やはり三時間台で到達できるところを走らせるべきでせう。

また、「移動そのものを楽しむ列車」も結構ですが、その路線が本来の使命を果たした上で走らせていただきたいですな。ローカル線は、イベント列車ばかりではなく、まづ地元の人が使ひやすいダイヤで運行を望みます。某ローカル私鉄の社長は、無理に地元の人に乗つて貰はなくてもいいと発言し、あの手この手のアイデアで企画列車を走らせてゐます。順番が逆だと思ふのです。
原氏は、例へばJR九の「ななつ星in九州」のやうな列車を評価してゐるやうですが、あれはまあ普通の庶民にとつてはどうでもいい列車であります。そもそもいつまでも水戸岡氏に頼るのはいかがなものかねと思ふのですが、それはまあいいとして、想定した乗客は日中韓の富裕層といふことで、始めからわたくしのやうな貧乏人は相手にされてゐないのだね、と不貞腐れてしまふのです。

最終章の「よみがえる「つばめ」「はと」」は、架空の乗車記。愉快な読み物ですが、東京-大阪間を従前のやうに7時間30分かけて運転するのならば、編成が地味過ぎはしないでせうか。即ち。
その一。「トワイライトエクスプレス」のやうな寝台列車ならともかく、普通座席車に長時間座り続けるのは辛い。最低でもグリーン車クラスが必要。
その二。従つて自由席は不要。豪華列車に自由席はそぐはない。グランクラス級座席車を中心に、一部普通グリーン車。
その三。フリースペースが無いので、ロビーカーを連結する。乗客同士で話が弾めば、長時間乗車も楽しからう。
その四。EF58に牽かせるのなら、10両編成くらゐにしませう。

えー何だか色色といちやもんを付けたみたいですが、本意はさうではありません。「鉄道ひとつばなし」の長年のファンであるがゆゑの甘えと申せませう。特に第2章「天皇・皇后と鉄道」のやうな文章はもつと読みたいものです。このテエマだけで一冊書いていただきたい程であります。講談社には、今後も「本」での連載を続けて貰うふことを願ひ、この辺でご無礼いたします。では。

痴人の愛
痴人の愛 (新潮文庫)痴人の愛 (新潮文庫)
(1947/11/12)
谷崎 潤一郎

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痴人の愛

谷崎潤一郎【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1947(昭和22)年11月発行
1969(昭和44)年7月改版
1987(昭和62)年6月改版
2003(平成15)年6月改版


大谷崎、没後50年を迎へるのださうです。著作権の問題とかで、色々話題になつてゐますが、青空文庫で読めるまで待つといふ向きもあり、さすがにそれはどうかねえ、と。そこまでして本を買ひたくないのでせうか。
ところで谷崎にはなぜ「大」が付くのか。「大漱石」とか「大鷗外」とは言はないのに。他に「大」が付くのは、「大乱歩」くらゐでせうか。

で、代表作たる『痴人の愛』であります。わたくしが所持するのは、中学生時分に購買した新潮文庫版。当時のチラシも挟み込まれてゐます。新潮文庫版「こころ」を持つた岸本加世子さんが、カツと目を見開いて正面を見据ゑ、「3冊坊主でいいのかナ」などとつぶやいてゐるのです。
このチラシの裏側には、井上靖氏と北杜夫氏の対談の一部が。豪華な顔合せであります。北杜夫氏は、読書と年齢の関係について述べます。「高校時代に読んであまり面白くなかった本が、三十代になって読みかえすと、ハッと啓示を受けるようなこともあります。おそらくその逆に青春時代に読まなければ、その本当のよさがわからないものもあると思う」と。

わたくしにとつては、この『痴人の愛』がまさにさうでした。そりやさうです、中学生がこの作品を実感として理解するのは無理がある。この譲治とやら、莫迦なんぢやないの、と侮蔑の言葉を投げかけ、もう谷崎を読むことはしないのであります。
これはまことに不幸なことですよ。読書と年齢は真に重要なテエマと申せませう。

この小説が発表されたのが、1924(大正13)年のこと。現在以上に倫理観のうるさい世相の中、よくぞ世に問ふたものであります。「大阪朝日新聞」に連載されたさうですが、ここでの掲載は途中で中断し、続きは「女性」なる雑誌で完結を見たといふことです。やはり「大阪朝日」では内容が問題視されたのでせうか。

主人公の河合譲治くんは、28歳独身の会社員であります。この人、少し変つた考への持ち主で、まだ世間を知らぬ娘を引き取り、自分好みの女性に仕立て上げ、いづれは妻にしてもよろしいと夢想してゐました。無論その考へは自分の中に封印し、会社でも君子で通つてゐたほどであります。
それが、浅草の「カフエエ」で働いてゐた15歳のナオミ(漢字では「奈緒美」と書くさうな)が気に入り、比較的容易に念願が叶ふのでした。

ナオミとの同居生活が始まるや、彼女の豪奢好みが発覚し、次々と金のかかる要求を譲治君に突き立てます。譲治君は内心反感や疑惑を抱きながら、ナオミを失ふこと怖さに、結局は要求に応じるのです。譲治君の本心を見抜いたナオミはますます要求をエスカレートさせ、譲治君の貯金は瞬く間に底をつき、実家に嘘を吐いてまで金の無心をするほどになります。

それほどまでにナオミは魅力的な女性なのか? それとも譲治君が余程の莫迦か、マゾヒストか。まあいづれの要素も少しずつ有るのでせう。しかしナオミは高橋お伝的な「毒婦」とは違ふやうです。ナオミは飽くまでも受け身であります。ただし、計算高い。譲治君の自分に対する想ひを熟知しそれを徹底的に利用しました。結果的にすべて譲治君の意思によるものとしてしまふのです。あたしは悪くないんだからね。最終的には、譲治君を下僕か奴隷のやうに扱ひ、それでも譲治君はナオミに惚れてゐるとほざくのであります。クーッ、もう好きにし給へ。
ううむ、ある意味高橋お伝よりも悪辣ですな。

かのドナルド・キーン氏に「誰かに聞かれたら、近代文学における最高の大家は谷崎であると敢えて言うだろう」(『日本文学を読む』より)と評されるだけのことはあります。
当時の遊びや風俗、思想の欠片も垣間見える生々しい作品と申せませう。ま、過剰なほどの西洋崇拝ぶりも窺へ、切ない気分になりますがな。