源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
鉄道ミステリ各駅停車
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鉄道ミステリ各駅停車 乗り鉄80年 書き鉄40年をふりかえる

辻真先【著】
交通新聞社(交通新聞社新書)刊
2012(平成24)年8月発行

ミステリ作家辻真先氏は、筋金入りのテツであります。ゆゑにトラベルミステリイの題材は、北は北海道から南は沖縄、果ては歴史上の鉄道や妄想鉄道まで、万遍なく網羅されてゐるのです。
トラベルミステリイといへば、第一人者の西村京太郎氏がゐますが、西村氏の作品は専ら特急列車中心(即ち幹線鉄道)であり、それに対して辻氏はローカル線を舞台にすることが多い。要するに棲み分けが行はれてゐます。
その現象に着目したミステリ評論家の大内茂男氏が、「西村京太郎と辻真先は協定を結んでいるのではないか」と書いたさうです。無論協定を結んでゐる訳ではなく偶然なのですが、奇しくも両者のテツ嗜好の相違が表れてゐて、中中の慧眼と申せませう。
さて本書の内容ですが、著者がこれまでに執筆した鉄道ミステリを地区別に振り分け、自ら解説し、時にはミステリ紹介ではタブーとされるネタバレを織り交ぜて紹介するものです。
普通なら「第○章」とでもするところを、「○番線ホーム」と称し、列挙すれば「1番線ホーム 北海道方面」「2番線ホーム 東日本方面」「3番線ホーム 東海・西日本方面」「4番線ホーム 四国・九州方面」「5番線ホーム 歴史本線方面」「6番線ホーム 妄想本線方面」となります。

で、例へば北海道方面ですと、「士幌線」なんて懐かしい路線名があります。そしてこの路線が登場する自作として『ローカル線に赤い血が散る』を紹介するのです。こんな感じで37の作品が登場し、作者が愛着を込めて解説します。瓜生慎やスーパー・ポテトをはじめとするメインキャラクタアのお披露目も抜かりがありません。
ミステリ紹介では、犯人やトリックを教へてしまふのは当然ご法度とされますが、著者は自分の作品だから遠慮は要らぬとばかりに、豪快に景気よくバラシてくれます。

常識的に考へれば、ここまで内容を知らされると、その作品に対する興味は失せ、読む気はなくなるものですが、不思議なことに、「ううむ、ぜひ読んでみたいぞ」と思はせるのです。宣伝上手なのです。
特に、歴史本線や妄想本線に登場する『サハリン脱走列車』『あじあ号、吼えろ』『急行エトロフ殺人事件』『暗殺列車 山本五十六大将抹殺指令』などは、タイトルを見ただけでワクワクするではありませんか。

著者自身の言葉を引用しませう。

辻の名にまったく接したことがないあなたでも、この一冊を買えば、ぼくの鉄道ミステリを1ダース買う以上の役目を果たすはずだ。三十余年がかりで走ったドン行の路線を、たった一冊の超特急が俯瞰しながら疾駆するといってもいい。費用対効果抜群な買い物であることを出版社に代わって保証しておく


この言葉は決してウソではありません。わたくし自身も、期待以上の読物に、満足してゐるところです......



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変身
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変身

フランツ・カフカ【著】
高橋義孝【訳】
新潮社(新潮文庫)刊
1952(昭和27)年7月発行
1966(昭和41)年9月改版
1987(昭和62)年6月改版
2011(平成23)年4月改版

長年に亘つて、中高生を中心に読まれ続けてゐる(若しくは「売れ続けてゐる」)フランツ・カフカの代表作であります。初出が1915年。即ち丁度100年前。遠く離れた極東日本でもロングセラアとなつてゐる理由は何か。その一つに、実は本書の「薄さ」が関係してゐるのではないかとわたくしは想像します。それは何故か。

学生を苦しめ、読書の習慣を奪つてしまふ「読書感想文」といふのがあります。まづ、強制的に本を読ませるのが逆効果だし、義務感から読む読書は快楽どころか苦痛であり、読後に文章を書かねばならぬとの強迫観念が、本離れに拍車をかけるのであります。さうすると生徒たちも自衛措置が働き、なるべく早く読める薄い本を選び、簡単な粗筋を紹介し、「ボクも頑張らうと思ひます」などと殊勝かつ無難な感想を書いて片付けてしまへば良い。

そこで書店の文庫100選コオナァへ行く。ええと、一番薄い奴はと......うん、これかな。と、カフカの『変身』を手に取ります。どれどれ、巨大な毒虫だと、なにやら面白さうではないか。よし、これに決定。
彼はレヂのおねいさんに『変身』を差出し、カヴァーは要りません、などと告げ清算をすませ、帰宅するのでした。机に向かひ早速読み出した彼ですが、5分もせぬうちに、激しく後悔するのであります。ああ、こんなことなら見栄を張らずに『坊っちゃん』にしとけば良かつた......
かうして、『変身』は、今後も売れ続けることでせう。

主人公はグレゴール・ザムザといふ外交販売員(布地を売つてゐるやうだ)で、ある朝彼が目覚めると、自らが巨大な毒虫に変身してゐるのを発見します。そんな異常な体験をしたら、普通の人なら衝撃のあまり、パニックに陥るところでせう。
ところが我らがグレゴール・ザムザは、会社の上司からの叱責を恐れてゐたり、家族にこの姿を見せまいと苦心したり。さういふ心配をする前に、まづ「なぜこんなことになつた?」と疑問を呈するところではないでせうか。それが、「何だか困つたことになつたなあ」程度の反応であります。

グレゴールの奮闘むなしく、家族にその姿を見られてしまふ(当然だ)のですが、家族の反応もをかしいですな。確かに衝撃を受けて右往左往するさまは描かれてゐるのですが、グレゴール=毒虫といふ現実をあつさり受け入れてゐます。普通なら、グレゴールはこの毒虫にやられたのではないか?などと推理するのが下世話かつ常識的な線ではありますまいか。

父は怒り、母は目を背ける中、毒虫の世話は妹の役割となります。みんな迷惑さうです。しかし一番かはいさうなのは、当然グレゴールであります。彼は家で唯一の働き手として、嫌な仕事もこなしてきたのに、家族はそんな感謝は見せず、まあ面倒なことになつてくれたよとゲンナリしてゐます。誰が外部の人間に相談するでもなく、勝手に懊悩するのです。こんな扱ひぢやあ、グレゴールの前途は容易に想像つくではありませんか......

かかる不条理な物語ですが、取つ付き難いことはなく、ペイジを捲る手は止まらないのであります。これは試される家族愛の物語でせうか。それとも本質を見抜けない凡人を嘲笑つてゐるのでせうか。或は、日常の激務に疲弊したカフカ自身の変身願望の表れなのか。
まあ良く分かりませんけど、わたくしが言へるのは、小説としてまことに面白く、読む度に色色な妄想が湧いてきて愉快であるといふことです。例へば安部公房作品が好きな人には、お好みの一冊となり得ませう。いや、安部ファンならとつくに読んでゐますかね。



ゼロからのMBA
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ゼロからのMBA

佐藤智恵【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2013(平成25)年7月発行

MBAとわたくしの関はりは、一切ございません。かつて本屋にゐた頃に、MBA関連の書籍を売場の棚に並べてはゐましたが、どれ参考のために一冊目を通しませうか、などといふ気分には全くなれず、まあ機械的に「商品」として扱つてゐたわけです。
そのくせ、客から「どの本が良いですか?」などと問はれると、各書の特徴を滔滔と述べ、貴殿のやうな目的だとこの本がお薦めである、或はそのシリーズがよろしからう、などと平気で応対してゐました。不思議ですなあ。これは一体どういふ訳ですかな。

それはそれとして、佐藤智恵氏著『ゼロからのMBA』であります。MBAがどうとかいふことではなく、いろんな人の「勉強法」を拝見するのがわたくしの好みでして。
恥かしながらわたくしは存じ上げませんでしたが、佐藤氏は作家・コンサルタントとして活躍中で、著書も多数ございます。その佐藤さんが、MBA取得を思ひ立ち、見事に本懐遂げるまでの約四年間(たつたの四年間でとは驚きです)の奮闘ぶりを披露した一冊であります。

1997年、当時27歳の佐藤さんは、既にNHKディレクターとして第一線で活躍中でありました。しかるに彼女は、かねてより米国留学をしたいと願つてゐたのであります。この時点ではことさらに「○○になりたい!」「絶対に△△を実現するんだ!」みたいな具体的なものはなかつたと言ひます。
で、留学のための予備校(があるんですね)で相談したところ、MBAを強く勧められます。その気になつた佐藤さんは、超短期決戦での取得を決意。予備校では、「課題エッセイ」の指導を受けながら、TOEFLとGMATの点数を上げることに腐心します。なかなか合格レベルまで上がらず、焦つたり。こんなにデキル人でも苦労はあるのですね。

予備校で担当してくれたデバリエ氏の指導のお陰もあり、見事コロンビア大学のビジネススクールに入学が決定します。次なる関門は、お金。約一年半の留学期間中、何と「家一軒分のお金」が必要なのだとか。卒業後の高給取りが約束されてゐるとはいへ、おいそれと出せる額ではありません。金策に走りますが、結局は足りず、万策尽き最後は親から借金して何とか準備するのでした。
そしてNHKに籍を置いたままでは行けないことが決定し、退局を決意します。まあ双方の言ひ分が分かるだけに切ないですなあ。

入学後は怒涛の学習漬け......だと思ふのですが、本書ではどちらかといへば楽しいことを中心に記述されてゐます。「チーム・ヒッキー」で交流したり、不人気の先生をクビに追ひ込んだり。同時に就職活動もするのだから、それはハアドな日々だつたでせう。
これほど苦労して取得したMBAでも、就職にあたつては万能ではないのですな。
何はともあれ無事に卒業し、就職活動も実つて数社から内定をもらひ、最後は占ひ(!)でボストンコンサルティンググループに決めるのでした。

一応ここまでが「MBA成功物語」で、以降佐藤さんは転職を経験したのち、2012年には遂に独立を果たすのでした。
それほどの苦労をしてお金を注ぎ込んで、価値のあるものですか?と訊かれることもあるさうです。確かにその通りだが、彼女はかう書いてゐます。「ただし、MBAは、人生に選択肢を与えてくれるのは、事実。ここで、人生を変えるか、変えないかは、「本人次第」なのだ。」と。
だからと言つて、本書を読んだ人が「さうか、俺も、私も、MBAを目指さう!」となる必要はないと思ひます。未知の領域に挑戦する内容は、個々人でそれぞれ違ひますからね。ただ、何かを踏み出さんとして中中一歩が出ない人にとつては、背中を押してくれる一冊ぢやないでせうか。

最後に、タイトルについて、色色批判があるやうです。この人、全然ゼロからの出発ぢやないぢやん。東大卒・帰国子女・NHKディレクター......さらに親に巨額の資金を「貸してよお。絶対に返すから」で借りれちやふ家庭は、普通の庶民では中中ありません。かなり恵まれた出発と申せませう。
タイトルが誰の発案か分かりませんが、そこで反発を喰らふのは勿体ない。せつかくの真摯な奮闘記が、不知不識のうちに割り引かれて読まれる恐れがあります。

ま、いまさらわたくしが心配しても詮無いことですが。


井上成美
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井上成美

阿川弘之【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1992(平成4)年7月発行

「最後の海軍大将」井上成美がこの世を去つて、今年で丁度40年になるな......と思ひ、本書『井上成美』を書棚から引張り出してゐたら、著者の阿川弘之氏の死去を伝へるニュウスが飛び込んできました。94歳。「文士」と呼ぶに相応しい人がまた一人ゐなくなつてしまひました。
ところで報道では、阿川氏を「第三の新人」の仲間扱ひしてゐる記事も散見されますが、さうなのですか? ま、いいけど。

海軍省リベラル派三人衆(左派トリオとも)と言へば、米内光政、山本五十六、そして井上成美。作中でも、しばしば「米内山本井上」とひとまとめにして記述してをります。阿川氏はこの三人それぞれの評伝小説を世に残しました。
米内光政は海軍大臣等を経て、内閣総理大臣にまでなつた人物。山本五十六は真珠湾攻撃で名を挙げ、その後戦死し半ば神格化されてしまつた人。

比べて、井上成美は軍人としては「いくさの下手な人」との評が付き纏ひ、ガチガチの堅物と呼ばれ、自分の信念を曲げず、如何なる相手でも理の通らぬ事は痛烈批判し、従つて周囲に敵が多く、肉親さへ彼を敬ひ遠ざけるほどの偏屈な人といはれ、小説や映画の主人公にはなりにくいと思はれます。
しかるに本書を一読しますと、阿川氏は上記三人の中で、最も思ひ入れが強いのは井上成美ではないかと、わたくしなぞは推測するのであります。数多くの人物に取材し貴重な証言を得、膨大な分量の文献に当り、なるべく私見を挟まずに記述することにより、逆に読者に著者の思惑が伝はる作品になつてゐます。

日米開戦には元元反対だつた、米内山本井上のトリオ。米国の実力を知る三名は、あんな国と戦争をして勝てる訳が無いと見抜いてゐましたが、陸軍はヒトラーのドイツ、ムッソリーニのイタリアと同盟を結べば(もちろんこのトリオは、三国同盟には真向から猛反対してゐました)、英米なにするものぞと意気軒昂であり、世論もそれに傾き、海軍内にも「山本腰抜論」が跋扈したとか。
結局山本が米国攻撃の指揮を取り、序盤は花花しい戦果をあげますが、案の定二年もたず戦況は暗転します。そして山本は戦死......
結局、終戦工作(和平交渉)を、米内海相、井上次官のコンビですすめるのですが、時遅く広島と長崎に「新型爆弾」が落とされ、ポツダム宣言を受諾することになりました。

井上は戦後、表舞台から身を引きます。横須賀市長井の自宅にて、子供相手に英語塾なぞを開いて教へてゐたさうです。子供たちは厳しく躾けられたが、この塾に通うことを楽しみにしてゐたとの証言もあります。井上先生は中中の人気者だつたとか。
海軍兵学校の校長をしてゐたこともあり、教育には大いに熱心で関心が高かつた。海兵学校では、敵性語として各所で禁止された英語教育を、頑として廃止しなかつた信念の人であります。
井上は軍人としては中途半端なキャリアだつたかも知れませんが、本人も発言してゐたやうに、本質は教育者だつたのでせう。平和な時代に、彼が教育者として名を残せたら、どんな実績を作つただらうかと妄想してしまふのです。

晩年は、必ずしも恵まれたものではなく、その原因も自らの狷介さ(よく言へば潔癖で、自分に厳しいとも申せますが)が招いたものなので、読者としては歯痒い思ひであります。
色色な立場によつて、その評価が大いに分かれる井上成美。評伝は各種出てゐますが、阿川氏追悼の意も込めて、まづは本書をお薦めします。じわじわと感動が広がつてくる、骨太の一冊であります。


隠された証言
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隠された証言 日航123便墜落事故

藤田日出男【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2006(平成18)年8月発行

去る12日は、あの日航機墜落事故から丁度30年目を迎へたといふことで、報道各社も特集を組んでゐました。
来年から施行される新国民の休日・「山の日」は、当初この8月12日が有力だつたのが、あの悲しい事故が起きた同日に設定するのはいかがなものか、といふ意見に配慮して最終的に8月11日になつたのださうです。最近は何でもかんでも、過剰に「配慮」する風潮ですが、この件については適切な処置だつたと存じます。

拙ブログでも、先達て『墜落遺体』といふ書物について述べましたが、これは元群馬県警の飯塚訓氏が、その遺体確認に特化して詳述した一冊でした。敢へて事故の詳細や事故原因については触れられてゐません。
一方、本書『隠された証言』は、当時日航機パイロットであり、日航の内部組織である「航空安全推進連絡会議」メムバアであつた藤田日出男氏が、その事故原因をとことん追求する一冊です。
事故を起こした当事者側である日航の人物が、果たして客観的な視点で書けるのか? との指摘もありましたが、本書を読み進めるうちに、さういふことは全く関係なく、事実を掘り起こさんとする著者の姿勢に惹かれてゆくのであります。

事故発生後、運輸省(当時)の事故調査委員会は、その調査結果を公開いたしました。その原因は、圧力隔壁の破損と推定し、その破損が起きた背景として、以前大阪空港で発生した「しりもち事故」の際に、修理を担当した米ボーイング社の作業に不具合があつたらしい。ボーイング社は当初否定してゐましたが、後に一転、認めてゐます。
で、圧力隔壁が破壊された際に、機内では相当な減圧(急減圧)が発生したと述べてゐるのですが、この「急減圧」について、著者の藤田日出男氏は疑問を呈してゐます。といふか、本書はこの「急減圧」は発生しなかつたことを証明するためだけに発表されたと申しても過言ではありますまい。

とにかく、事故調はなぜ「急減圧」に拘るのか、何かを隠蔽してゐるのでは......そもそも、事故現場の発見がなぜあれほど遅れたのか......実際には早期に分かつてゐて、故意に隠したのではないか.......生存者が4名ゐたが、それ以外の520名は全員即死であつたといふが、それは本当なのか......疑問が次々と湧いてくるのであります。
実際、生存者の証言では、墜落直後は、かなりの人が生きてゐたといふことです。中中救助が来ないので、耐へ切れず息を引き取つた人が多いと。

そして事故調は施行が迫つた情報公開法を理由に、多くの情報を廃棄処分にしてしまひます。存在してはまずい証拠を闇に葬り去らうとの意図がなかつたか?
疑問を抱へた著者の前に、一人の内部告発者が現れます。田中氏(仮名)といふ人物で、事故原因究明に当つてゐる藤田氏に情報を提供せんと、友人を通じて接触を図りました。田中氏情報は、藤田氏が疑惑に感じてゐたことを裏付けるもので、廃棄処分寸前の資料まで提供してくれたのであります。

各種の資料や証言、実験をもとに、藤田氏は「やはり急減圧はなかつた」と結論付け、事故調に再調査を求めるのですが......現在に至るまで、再調査は実現してゐません。
毎年8月12日がやつてくると、マスコミでも慰霊登山をする方々が報道されますが、セットで「事故原因の再調査」を要求する団体も紹介されたりします。かかる背景が分かると、なるほど再調査を求めたくなるのは当然だなと思はれるのであります。
しかし藤田氏もその後2008年に鬼籍に入り、現実には難しさうですなあ......



線路の果てに旅がある
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線路の果てに旅がある

宮脇俊三【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1996(平成8)年12月発行

かつて小学館から発売になつた『全線全駅鉄道の旅』といふシリーズがありました。これは日本全国の鉄道路線を地域別に10分割し、それぞれに一冊を割り当て解説した全10巻の読物であります(私鉄は東日本・西日本に分け、別巻2冊として刊行)。
編集委員が宮脇俊三・原田勝正の両氏といふことで、宮脇氏も同シリーズに連載をしてゐました(連載時のタイトルは「巻頭エッセイ 魅力の鉄道」)。それを中心に編集されたのが本書であります。
それぞれの回に相当した地区の路線を対象にしてあるので、日本全国から万遍なく選ばれてゐます。

JR線・民鉄線・公営鉄道・第三セクター・新交通システムと実にヴァラエティ豊かな選択。恐らく全体のバランスを考へてのことでせう。
そして旅の形態も、基本は一人旅ながら、TVクルーとの同行取材・編集者同行・カメラマン同行など、普段とは違ふ旅の面も見せてゐます。まあ一言で言へば、実に多彩な旅を演出してゐると申せませう。さう、演出。本来宮脇氏が唾棄すべきものです。
既に紀行作家として大物になつてしまつた宮脇氏としては、誰からも束縛されぬ、かつての気ままな一人旅はもう過去のものになつてしまつた時代ですなあ。ちよつと寂しい。

さて巻末には、終着駅についての考察があります。宮脇氏には既に『終着駅は始発駅』『終着駅へ行ってきます』などの著作がありますが、やはり好きなんですねえ、ここでも語つちやいます。

どん詰まりの「終着駅」、つまり電車の終点としての終着ではなく、もうこれ以上は線路が無く、物理的に進むことは無理です、といふ駅を、その成立や実態とを照らし合せて、宮脇氏は十の分類に分けたのであります。
その名称も「婚約不履行型」「都会の孤独型」「道産子奮闘型」「涙の連絡船型」「北前船慕情型」「黒潮大量型」など、ユニイク。しかしどん詰まり終着駅と言へば、要するに盲腸線であります。経営状態は悪く、廃線の危機に瀕する路線が多いのです。実際、ここで紹介されてゐる終着駅も、現在では結構の数が姿を消してゐます。
せめて本書を鎮魂曲として、消えた駅の冥福を祈りませうか。

では、又。ご機嫌よう。


人間失格
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人間失格

太宰治【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1952(昭和27)年10月発行
1967(昭和42)年9月改版
1985(昭和60)年6月改版
2006(平成18)年1月改版

学生諸君は、夏休み真ッ最中ですな。夏と言へば文庫100冊。暑くて読書どころではないかも知れませんが、わたくしは時間が有れば、近所の冷房の効いた図書館にて色色作業をしてゐます。わたくしが居住するA県T市は、割かしハコモノが充実してゐて、この図書館も中中のものであります。税金を払つてゐるのだし、公共の施設はガンガン駆使しませう。

「新潮文庫の100冊」は、わたくしが子供の頃からあるキャンペインで、以前からすれば「古典的名作」の比率は減つたやうな気がします。その中にあつて、太宰治『人間失格』は、30年来発行部数二位の地位を占めてゐるさうです。(一位は『こころ』)
まあ多くの人に読まれてゐからといつて、必ずしも優れた作品であるとは言ひきれませんが、ツマラヌ空虚な作品ならば、如何に版元が煽らうと、大衆は手に取らぬことでせう。

さてこの作品は、大庭葉蔵なる主人公による、「第一の手記」「第二の手記」「第三の手記」から成り、それを「私」による「はしがき」と「あとがき」で挟む形になつてゐます。
葉蔵は幼時より、人間の営みといふものが分からず、その対応策として「お道化」によつて相手を笑はせる術を身につけます。本心を見せない、孤独な人生が早くも始まつてゐたのでした。

裕福な実家より期待をかけられながら(本人はその自覚はないやうですが)、悪友(堀木)の影響で酒や女に溺れ、クスリにも手を出し、破滅への階段を登つて行きます。「お道化」の皮を剥かれる恐怖から逃れるためのやうですが、ここまでしないといけないのか。
そして女と心中自殺を図り(女だけ死ぬ)、自殺幇助の罪に問はれます。表向きは実家から縁切りの形で、父親は監視目的か「ヒラメ」なる男に葉蔵の世話を依頼しました。

「ヒラメ」の監視下でも葉蔵は本心を隠しますが、「ヒラメ」は容赦ありません。葉蔵を責め、将来の展望を無理矢理語らせやうとするのでした。耐へ切れずに葉蔵は「ヒラメ」から去り、隠遁の道へ。バアのマダムのところに転がり込んだり、純情娘のヨシ子と刹那的な安らぎを手に入れたり。しかしあらうことか、疑ひを知らぬヨシ子は、出入りの商人に騙され、いたづらをされてしまふのです。ああ、何といふこと。全てに絶望した葉蔵は、一層酒に溺れ、クスリ中毒になり、またもや自殺未遂事件を起こし、その荒廃ぶりは実家にも知れることとなります。
そして「ヒラメ」と堀木がやつてきて、葉蔵を「療養せよ」と諭し入院させます。サナトリウムだと思つてゐた葉蔵は、実はそこは精神科(当時の言葉で言へば、き○がい病院)であることを知り、再びショックを受けるのでした。自分は狂人扱ひされてゐたのだ。この瞬間の為に、本作は執筆されたのかも知れません。

その後長兄から父の死を知らされ、病院を出て、実家から汽車で四、五時間の場所にある、かなり老朽化した家屋に移動させられます。まだ27歳なのに、たいていの人から、40以上に見られると語り、手記を終へるのでした。

改めて読んでみても、やはり暗いなあ。ただの暗さではありません。
太宰治はかつて、芸術はサーヴィスで、ご馳走を読者に提供するべきといふ意味のことを、志賀直哉を批判した文章の中で書いてゐました。その言葉通り、太宰作品は絢爛たるご馳走で、読者に至れり尽くせりのサーヴィスを提供します。
ところが『人間失格』においては、さういふ面はほとんど見せず、まるで遺書のやうに、自らの為に書かせてくれと言はんばかりの筆致であります。読んでゐて辛い場面が多いのに、目を背けることが出来ない迫力に満ちてゐるのです。巷間言はれるやうに、自己憐憫の文学ではない。
もしさうであるなら、死後67年を経た現在でも、若いファンが増え続けてゐる事実はありますまい。甘いですかな?



タクシー狂躁曲
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タクシー狂躁曲

梁石日【著】
筑摩書房(ちくま文庫)刊
1987(昭和62)年9月発行

昨年8月5日の「タクシーの日」に、梁石日氏の『タクシードライバー日誌』を取り上げましたが、今年もまた同氏の『タクシー狂躁曲』の登場であります。
前者が梁石日氏の実体験をもとに、タクシー界の内幕を描いたノンフィクションであるのに対し、後者(こちらの方が古いのですが)は創作(小説)である点が違ひと申せませう。否、創作であつて欲しいなあ。と考へる程のアウトローぶりなのです。
なほ、本作は『月はどっちに出ている』のタイトルで映画化されてゐます(崔洋一監督)。

七篇の短篇から成る連作集であります。
まづ「迷走」。(多分大手会社ではない)都内タクシーの運転手の一日が綴られてゐます。出勤風景からして深刻かつユウモラス。渋滞に巻き込まれた挙句遅刻をしたため、配車が無い。そこへ体調不良の運転手が早退したため、運よく彼の車に乗れることになり、遅れた分を取り戻さんと、あの手この手......そしてへとへとになつて帰社すると、何と突然の解雇が待つてゐた......

次の「新宿にて」。友人の漢成亨と新宿にて飲んでゐると、ある事件をきつかけに日本のチンピラ学生たちとイザコザが起こり、警察に連行されてしまひます。学生はすぐに解放されたのですが、こちら朝鮮人二人に対しては、警察はあからさまな差別を示すのでした。これに反抗した漢成亨は、驚愕の行動に出ます。

共同生活」では、「ぼく」が細川なる友人の家に転がり込みます。居候の筈の「ぼく」が、たかられつ放しなのが面白い。細川は、「ぼく」が朝鮮人であることを知り、その後「ぼく」への態度に変化を見せます。

祭祀(チエサ)」といふ作品では、在日の一族の法事を通じて、朝鮮人の本質に迫る意欲作とお見受けしました。

続く「運河」は、従兄からの電報で十年ぶりに大阪へ帰るところから始まります。大阪では、酒乱で日常的な暴力を振つてゐた父親がまだ住んでゐます。その横暴ぶりに、母親をはじめ家族はリアルに生命の危険を感じるほどでした。再会は出来れば避けたいのであります。はたして従兄の要件とは何か? 父親とすれ違ふラストシーンの緊迫感と言つたらなかつたですね。

そして「クレージーホースⅠ」。運転手の口を探していた「ぼく」は、組合「新差別」(すごい名称だ)でタクシー会社を紹介してもらひます。ところがとんでもない会社で、管理職からして勤務中に堂々とギャンブルに興じ、車は空中分解寸前のポンコツ、日報も出納帳もない超どんぶり勘定......そこで知り合つた「伊藤」なる男がゐて、偶然にも彼は小学生時代の同級生でした。ところが......

最後は「クレージーホースⅡ」。タクシー会社の同僚で、極道の紺野といふ男がゐます。所長も敬語で対応するほど、怖がられてゐます。仮出所中なので、偽装の為にタクシー運転手をしてゐるのでした。
整備不良の車で危うく命を落とすところだつた新井は、整備担当の老人を袋叩きにします。老人は自分で始末をつけると意味深な発言。その後、倒産目前の会社に火災が発生......もう何でもありのクレージーワールドであります。

梁石日氏の作品には、必ず「在日」といふテエマが付き纏ひます。同時に、大阪生まれで大阪育ちの彼は日本人以上に日本を知る一人でもあります。差別をする日本人を非難するでもなく、実に覚めた目で社会から食み出た人物たちを描き切ります。その愚かしさ、強かさ、可笑しさが読者を圧倒するのでした。


日本の名列車
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日本の名列車

竹島紀元【著】
祥伝社(祥伝社新書)刊
2006(平成18)年7月発行

毎朝、朝刊が投函されると、一面から総合面・政治面・経済面・国際・オピニオン(社説)までざつと目を通します。
その後、紙面をひつくり返し、最終面(即ちテレビ欄)を捲ると、「訃報」のスペースがあります。何となくここを確認するのが日課となつてゐて、先日(7月27日付)、竹島紀元氏の死去を伝へる記事を発見しました。
さうか、竹島氏もつひに......と感慨に耽つたものです。

一般的な知名度は低いかも知れませんが、一定以上の年齢のテツならば知らぬ人はゐないと思はれる、テツ界の大物であります。わたくしはテツではありませんが、偶然知つてゐました。
念の為に申しますと、竹島氏は鉄道ジャーナル社を立ち上げ(当初は鉄道記録映画社)、雑誌「鉄道ジャーナル」や「旅と鉄道」を発行し続けた人であります。

「鉄道ジャーナル」誌は単に趣味人の好奇心を掻き立てるのみならず、その名の通りジャーナリスティックな視点からの記事が好評で、わたくしの周辺を取り巻くテツどもの評価でも、類似誌は色色あれど「ジャーナル」誌が一番人気でした(30年くらゐ前の話ですが)。
実際、テツ誌で最大部数を誇ると言はれる「鉄道○ァン」誌は、対象を広く浅く取るやうで、どうもジュニア向け、或はビギナー向けといふ印象が強く、したがつてテツどもはこの雑誌を読むのが恥づかしく、読みたい時は他人に知られぬやうにこつそりと隠れて読む雑誌と言はれてゐました。
一方、「鉄道○クトリアル」誌は逆に狭く深く、即ちメイニアック過ぎて、余程の重症テツが定期購読するもの、と相場が決まつてゐたやうです。
なほ、「レ○ルマガジン」誌は、創刊30年を越えた今でも、何故か新参者扱ひされる雑誌であります。

その点、記事の速報性・娯楽性・社会性・対象の広さ(鉄道のライバルであるバスや航空機も平気で特集する)など、バランスの取れた内容の「ジャーナル」誌は、様様な層から支持を得てきました。
ただし、近年は長年の功労者である種村直樹氏を切つたりするなど、編集方針も変つてきたやうです。迷走、とまでは言ひませんが、今後の方向性はまだ鮮明になつてゐないやうに思はれます。

さて今回は竹島紀元氏を追悼し、『日本の名列車』の登場であります。
全八章からなり、第一章~第六章はかつて「旅と鉄道」や「鉄道ジャーナル」などに発表した作品からセレクトされてゐます。特に第五章「特急さくら 西へ!」は「鉄道ジャーナル」名物コーナーとなつた「列車追跡」シリーズの第一回目といふことで、実に力の入つた作品であります。当時、「さくら」佐世保編成の、早岐-佐世保間は、タンク機C11の牽引だつたのですねえ。テツならば常識なのでせうが、生憎わたくしはテツではないので、 知りませんでした。

第七章・第八章は書下ろし。回顧調の文章なので、第六章までとは、その濃淡の相違が目立ちます。ゆゑに、本書全体ではちよつと「寄せ集め」感は否めないですかな。
書名は『日本の名列車』ですが、『日本の愛称列車』とでもした方が、内容に沿つてゐるやうに思ひました。竹島氏の、鉄道旅に対する愛情が(やや過剰な形で)、その抒情性溢れる文章と共に読者にビシビシ伝はる一冊と申せませう。