源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
苦悩の旗手 太宰治
kunounokisyudazaiosamu.jpg

苦悩の旗手 太宰治

杉森久英【著】
河出書房新社(河出文庫)刊
1983(昭和58)年6月発行

伝記作家として名高い、故杉森久英氏(1912-1997)の著書を、初めて読んでみました。いや、今さらお恥づかしい。高名なのに、未読であるといふ作家は頗る多い。かういふ読書ブログを続けてゐて良かつたと思ふのは、なるべく多くの作家を登場させやうとする為、幅広い選書になることですな。もつとも太宰好きなわたくしとしては、いづれたどり着く一冊だつたかもしれませんが。

40年以上前の作品である為、執筆時は一族の長兄・津島文治氏が健在で、かなり突つ込んだ取材がなされてゐます。文治氏は「世間の人は太宰太宰といってさわぐけれど、私には彼の文学のどこがいいのかわかりません」「あれは一箇の不良少年です」などと困惑気味に語る様子を伝へてゐます。
なるほど、将来を期待されながら放蕩の限りを尽くし、自殺未遂を繰り返し、妻子がありながら最期は愛人と情死するといふ、肉親からすると我慢ならない存在なのでせう。特に津軽の素封家を預かる若き主としては、この弟は常に頭痛の種だつたのではないでせうか。
一方で杉森氏は、文治氏の文学的素養を認め、内心では太宰を認めてゐるのではないかと忖度してゐます。あれほど世間を騒がせた弟の文学を、公に認める訳にはいかぬ、と葛藤してゐたのかもしれませんね。

本書の筆致は、必ずしも太宰に好意的なものではありません。甘えん坊で、他人ばかり頼り、自堕落で意思が弱く、貧窮しても憎んでゐる実家から臆面もなく金の無心をする(その金銭感覚は世間知らずのお坊ちやんそのものであります)、太宰の弱い面をことさらに強調してゐるかのやうでもあります。ガチガチの太宰信者は正視に堪へぬのでは。一見、この人は太宰が嫌ひなのかな、と思はせるほどです。
しかし小説を書くことに関しては一切の妥協をせず、完成度の高い作品を紡ぎ続けました。命を削るやうにして。それだけに、私生活の乱れを原因に、作品が認められないといふのは、我慢がならなかつたのでせう。

杉森氏は太宰の死後、しばらくは太宰に関するものから意図的に遠ざかつてゐたさうです。太宰の名を見ただけで顔を背けたほどだと。
そんな杉森氏でしたが、ある時、執筆に疲れた折に、たまたま机上の一冊を取り、頁を捲ります。「その軽い文体とユーモアが心に沁みた。改めて題名を見ると、太宰の「お伽草子」の中の「かちかち山」だった。笑いの底にたたえられた悲しみが、ひたひたと私の心の中へ流れこんだ」「そうか、君はこういう物を書く人だったのか。こんなやさしい、傷つきやすい人だったのか。こんなにさわやかな知恵をそなえた人だったのか

さらに「浦島さん」、続いて「晩年」の諸作を読んだ杉森氏。最後のパラグラフは、本書全体でも感動的な部分であります。もしくは、この数行の為に、本書を執筆したのではありますまいか。そもそも、太宰に関するものから意図的に遠ざかつてゐた人の机上に、「お伽草紙」が置いてあるのはをかしいですよね。

立ちこめていた雲が晴れて、富士が姿を現わすように、太宰がその大きな姿を現わした。私はこれまでいかに太宰を知らなかったかを、はじめて知った。そして、彼を知らなかったことが、いかに大きな損失であったかを、はじめて知った。

知悉してゐたつもりの太宰を、「はじめて知った」と繰り返す杉森氏。いやあ、かういふ物にぶち当たるから、読書は面白い。やめられないのであります。

ぢや、又お会ひしませう。デハデハ。



スポンサーサイト
台湾鉄路千公里
taiwanteturosenkouri.jpg

台湾鉄路千公里

宮脇俊三【著】
角川書店(角川文庫)刊
1985(昭和60)年8月発行

宮脇俊三氏は、国内のみならず海外の鉄道も乗りまくつてゐます。プロの作家として初めての海外紀行が、たぶん『台湾鉄路千公里』であります。
1980(昭和55)年の6月2日~9日の8日間に亘つて、宮脇氏は台湾の鉄道完乗を目的に訪台してをります。35年前の台湾が宮脇氏の筆によつて鮮やかに蘇るのであります。以降述べる台湾事情は、全て取材当時のことでありますので、ご了承ください。

日本の鉄道の運賃体系は、普通列車から特急まで、基本的に運賃は全て同じで、優等列車には「料金」と称して別途加算されます。特急には特急料金。寝台車には寝台料金など。
これに対して、台湾鉄路局では列車種別ごとに運賃が違ふのださうです。列車種別は5種類あり、例へば台北-高雄間の場合、グレードの高い順に挙げますと、「自強号」「莒光号」「対号特快車」「快車」「普通列車」で、それぞれが違ふ運賃で、料金といふ概念は無いやうです。便利なのか煩はしいのか良く分かりません。
とにかく、宮脇氏はただ完乗するだけではなくて、それら全ての種別にも乗り、富裕層から庶民まで様々な現地の人たちと交流するのでした。

旅のスタイルは基本的に日本国内と変らず、観光は飽くまで二次的な扱ひで、ひたすら列車に乗り続けます。終着駅に着いても、折り返し列車にそのまま乗つて元に戻るだけ、といふこともあります。台湾では鉄道ファンは珍しいのか、さういふ宮脇氏の行動が理解されず、中中帰りの切符を売つてくれなかつたり。
そんな鉄道三昧の宮脇氏ですが、帰途の航空機が桃園国際空港を離陸した後、あと一日でも二日でもいいから、台湾に留まつてゐたいとの衝動に駆られたとのこと。
バスの中で腋を見せながら誘ふ女性、紫色の唾を吐きながら「今上天皇マダ生キテルカ」と尋ねた線香屋のおぢさん、著者の知り合ひの大学教授にそつくりな駅員、「再見」と挨拶したら固い表情で「再会」と訂正した青年......出会つた印象的な人たちが浮かんで来たさうです。刹那的な接触だからこそ、国内旅行に於けるそれよりも更に心に残るのでせうね。付添人に多くを委ねる後年の海外旅行と違つて、一人で何でもやる時代の宮脇氏ですので、筆にも力があります。

日本国内の鉄道旅行記と違ふのは、地名・駅名などが国内に比べて馴染みが無い為、しばしば地図を確認しなければ著者がどの辺を移動してゐるのかが分からぬ事があるところですな。台湾通の人ならさうでもないのでせうが、何しろわたくしにとつて台湾は未訪の地なので仕方がないのです。

ぢや、今夜はこんなところで。デハデハ。



桶川ストーカー殺人事件
okegawasuto-ka-.jpg

桶川ストーカー殺人事件-遺言

清水潔【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2004(平成16)年6月発行

桶川ストーカー殺人事件」については、新潮文庫カヴァーに概説がありますので、引用してみます。

1999年10月26日白昼、埼玉県のJR桶川駅前で21歳の女子大生猪野詩織さんが何者かに刺殺された。執拗なストーカー行為を受け、それを警察に訴えていたにもかかわらず起こった悲劇だった。捜査は難航、迷宮入りかとも言われたが、ひとりの記者が警察に先んじて犯人を特定、犯人逮捕へと導いた。その後、この記者による記事から埼玉県警の不祥事が発覚、全国的な警察批判が高まった。

この事件、皆さん覚えておいででせうかね。上記の「ひとりの記者」が、本書の著者、清水潔氏であります。当時は写真週刊誌「FOCUS」の記者で、記者クラブからは締め出しを喰ふ立場。本人も再三自虐的に「三流週刊誌」と述べてゐますが、恐らく多くの人が同様に、「センセーショナルな見出しと下品な覗き見趣味、強引な取材で煙のないところに煙を立て、あることないことを面白をかしく書き立てる下劣なマスコミ」などと、漠然と認識してゐるのではないでせうか。

しかしその「三流週刊誌」の記者が、警察の捜査(しかも、「数百人体制で」)では迷宮入りかと思はれた事件の犯人を、執念を感じさせる地道な捜査(もはや取材の域を大きく超えてゐる)で突き止めたのであります。
一方で警察は、著者から情報提供を受けながら、怠慢からストーカー行為を繰り返した張本人を逃がしてしまひます。それどころか、その弟を代りに逮捕して一件落着とするのでした。
当然、警察発表に頼る他の「一流」マスコミも情報が無く右往左往するのみであります。昨今テレビニュースを見ても、どの局も同じ表現で事件を報道してゐますが、「警察への取材によると」の乱発ではさもありなむといふところです。

言ふまでもなく、この事件は被害者を刺殺した「実行犯」がゐて、それを指示した「元交際相手」のストーカーがゐる訳で、厳しく断罪されるべきですが、私見ではそれ以上に「警察の犯罪」が重い。そもそも最初の相談時に適切に対処してゐれば、全く違つた展開になつてゐた筈であります。
それどころか、被害者に非があるやうな物言ひで、マスコミもそれに同調するやうな記事を書き、テレビで放送したため、遺族の方々は深刻な二次被害を被つたのでした。

何度も「ストーカーと警察に殺された」との言葉が出てきます。読み進むほどに、「警察」の比重が大きくなつてくるのが分かります。怠慢を隠すために平然と嘘を吐き、それを糊塗するために、故人や遺族を貶める。「遺族は警察に感謝した」などと全く正反対の発表をして恬として恥ぢず、どうしやうもなくなると、トカゲの尻尾切りで末端の数名のみを処分する。
これが、子供の頃憧れた警察官の姿なのでせうか。確かに警察官も人の子、中には一部不心得者がゐるかも知れません。しかしこのケースは上尾署、埼玉県警挙げての大犯罪と申せまう。

結果的に清水氏の一連の取材、捜査によつて、この件は明るみに出ました。さらにこの事件をきつかけに「ストーカー規制法」が誕生します。著者の功績は大と申せませう。
週刊誌の記者といふことで、その文体は時に情緒的、感傷的で、構成も推理小説のやうに読者を導かうとしてゐるかのやうです。
売らんかな、の週刊誌だとかういふ文章になるのでせうか。さういふ部分に抵抗を感じ、「ただの自慢話」と斬り捨てる人もゐます。
しかし、仮に自慢話でもいいぢやありませんか、これだけの仕事を成し遂げたのでありますから。わたくしなぞは、自慢話に値する内容として素直に「スゴイ!」と叫んぢやいます。少なくとも、何もせず批判のみする人たちよりは良いよね。中島みゆきさんの唄ではないけれど、「闘う君の唄を/闘わない奴等が笑うだろう」といふことです。

では、又。ご無礼いたします。



三河を走って85年
20010009784876701292_1.jpg

三河を走って85年 三河線・挙母線とともに歩んだ郷土の歴史と文化

神谷力【責任編集】
郷土出版社刊
1999(平成11)年12月発行

現在、各テレビ局ではローカル線番組が花盛りであります。しかしどこの局も同工異曲の作りで(流石にテレビ東京系は一線を画す内容だが)、扱ふローカル線も大体同じなのです。間違つても名鉄(名古屋鉄道)三河線なんかが取り上げられることはありません。三河線はわたくしが居住する地区でもつとも身近なローカル線なので、まことに寂しいのであります。
なぜ無視されるのか、考へられる理由としては、

 ①刈谷市・豊田市など工業地帯を中心に走るので、旅情に乏しい(実際はのどかな田園風景が多いのだが)。
 ②乗り入れる車両がほぼ6000系シリーズに限定されてゐるため、電車のヴァリエーションが楽しめない(かつては、3700・3730・3770・3780・3850・7300系といつた愉快な仲間たちが活躍するAL・HL車の宝庫だつたのに)。
 ③沿線に著名な観光地が少ない。
 ④ローカル線のくせに、15分ヘッドの電車型ダイヤである。時刻表を見なくても乗れるのはテレビ的に詰まらない(無論これは利用者にとつては良いことでありますが)。
 ⑤その他諸諸。

といつたところでせうか。

気の毒なので、『三河を走って85年』なる書物を広げるわたくしです。
本書は名鉄三河線開業85周年を記念して発行された写真集であります。16年前の刊行なので、今年は実に開業101年といふことになります。
三河線のみならず、既に廃線となつてゐる挙母線(上挙母-大樹寺)も同様に取り上げられてゐるのが嬉しいところです。
当初は「三河鉄道」として開業し、後に名鉄に編入されてゐます。国鉄東海道線のルートから外れ、陸の孤島化が心配された大浜(碧南)、高浜、知立、挙母(豊田)といつた集落を結ぶ目的で建設されたと仄聞してゐます。

本書の構成を大雑把に言ふと、三河線の歴史を概観する「通史編」と、「各駅紹介とエピソード」に分かれてゐます。
各駅紹介では、前述のやうに廃線部分の記述が有るので嬉しい。例へば挙母線の「トヨタ自動車前」駅。現在の愛知環状鉄道「三河豊田」駅の場所とほぼ重なるのですが、実は挙母市時代に「三河豊田」を名乗つてゐたとか。つまり現在の三河豊田は二代目といふことになります。
他の各駅も、昔の写真を見ると実に活気を感じさせます。何しろどの駅も乗客が多い。鉄道が交通の王者であつた時代を偲ばせるのです。
若林駅の開業時の記念写真では、駅長が滑稽なほど威張り腐つてゐるのが印象的。また、修学旅行で碧南駅に集合した大量の生徒たちに、迷惑さうな顔をしてゐる担ぎ屋の小母さんの表情が秀逸でした。

などと取りとめの無い感想が次々と浮かぶ、ノスタルジックな写真集でした。
たまたま、わたくしが三河人なので本書を選んだのですが、郷土出版社では全国各地で同様の写真集を発行してをります。自分の故郷のものを探しては如何でせうか。
ぢや、また。ご無礼します。



もう一人の乗客
mouhitorinojoukyaku.jpg

もう一人の乗客

草野唯雄【著】
光文社(光文社文庫)刊
1984(昭和59)年12月発行

生誕100年を迎へた草野唯雄氏。2008年に亡くなつてゐたさうですが、わたくしは訃報に気付きませんでした。
それもそのはず、遺族の意向で亡くなつた事の発表は控えられてゐたといふことです。人気作家だつたのに、気が付いたら亡くなつてゐたといふのは、ちよつと寂しいものですな。

傑作揃ひの草野作品の中でも、わたくしの好きなのが『もう一人の乗客』であります。
冒頭いきなり、ヒロインの由美が、死体を目の前にして茫然としてゐる衝撃的なシーンから始まります。しかし由美が殺害した訳ではなささうです。とにかくこの場所から離れなくては。現場にゐた痕跡を消し、土砂降りの中、タクシーを捕まえるのですが、やむを得ず見知らぬ男性と相乗りをするはめに。ところが、そのタクシーが事故を起こしてしまひ......

捜査の手が、由美に迫るのに時間はかかりませんでした。決定的な証拠が出た訳ではありませんが、状況証拠は最悪です。由美は現場にゐたことを隠してゐるため、辻褄を合はせやうと嘘を吐き、それを隠蔽するために新たな嘘を......といふ絶対的不利な状況であります。このままでは無実の罪を着せられてしまひます。
証人の一人として、タクシーに相乗りした男を探しますが、これが極めて難航します。つひには男の存在自体が疑はれ、由美には到頭逮捕状が請求されました。「もう一人の乗客」は、いつたい何処へ消えたのか......

ミステリイなので、ここで犯人を書くとつまらない。しかしその鮮やかなラストを、わたくしは紹介したくて仕方がないのであります。ゆゑ試しに読んでくださいませ。但し多分絶版と思はれます。天損ででも中ブルを購買すればよろしからう。
かかる面白い小説が絶版なのは残念ですが、電子書籍版が出てゐるやうです。ぢや、又。


新幹線お掃除の天使たち
sinkansenosoujinotensitati.jpg

新幹線お掃除の天使たち 「世界一の現場力」はどう生まれたか?

遠藤功【著】
あさ出版刊
2012(平成24)年8月発行

東京駅から新幹線に乗る時、特に指定券が取れずに自由席の乗り場で待つ場合、「早く乗せてくれないかな」と若干苛苛します。列車が到着し、既に乗客が全て降車したといふのに。なぜ待たされるかといふと、掃除をするからですね。
直前まで乗客が利用してゐたのだから、当然いろいろ汚れてゐたり、散かつてゐたりします。専門の清掃ティームが無駄なく動いて、所定の時間内に作業は終了してしまひます。実際はほんの数分待つだけなのに、待つ身としては千秋の想ひなのですね。
「掃除はまあテキトーでいいから、早く乗せてよ」と内心感じてゐたわたくしでした。しかし本書『新幹線お掃除の天使たち―「世界一の現場力」はどう生まれたか?』を拝見した今では、「そんなに慌てなくていいぜ」と心の余裕が出来たものです。

わたくしが居住するのは愛知県なので、実際に乗るのは圧倒的に東海道新幹線が多いのですが、本書で取り上げられてゐるのはJR東グループの「鉄道整備株式会社(通称テッセイ)」であります。現在は社名が「JR東日本テクノハートTESSEI」に変更されてゐるやうで、いづれにせよ通称は「テッセイ」で親しまれてゐます。
東北・上越新幹線の東京駅に上り列車が到着しますと、行儀よく一斉に並んだ清掃スタッフたちがお辞儀をして、乗客が降車するや否やダダーッと車内に乗り込み、手際よく清掃作業をしてくれるのであります。その時間はわづか7分間。その神業のやうな動きぶりに、感嘆の声が出るほどです。かつて様々なメディアでも紹介されたので、ご存知の方も多いでせう。海外からも注目されてゐるとか。

本書の構成は「プロローグ」「第1部」「第2部」の三つのパートに別れてゐます。
「プロローグ」では、「なぜ新幹線の車両清掃会社がこれほど私たちの胸を打つのか?」と題し、テッセイといふ会社の概要を述べてゐます。
「第1部」は、「「新幹線劇場」で本当にあった心温まるストーリー」として、「エンジェル・リポート」なる「清掃現場の良い話」を集めたものから一部を紹介してゐます。トイレ掃除の苦闘や、酔客に襲はれさうになつた話とか。
「第2部」は、テッセイをここまでの組織に変へた矢部輝夫氏、そして柿﨑幸人氏の変革の航跡を辿つてゐます。現場と経営陣の距離感を埋め、環境整備、組織再編に手を付けます。「トータルサービス」の導入や「エンジェル・リポート」の開始......功を急ぎたい心を抑へて、焦らず、時間をかけながら丁寧に改革を進める姿勢は、業界を問はず参考になることでせう。
抵抗や反発を受けながらも、より良い会社を目指す姿勢が支持され、テッセイを「最強のチーム」とまで呼ばしめるまでを時系列で記述してゐます。

「あさ出版」といふことで、ビジネス書のカテゴリーになつてゐますが、全体では「ちよつと素敵な話」を集めた心温まる一冊となつてゐます。硬派のビジネス書を期待すると、いささか美談調の内容に辟易する向きをお有りかもしれません。「世界一の現場力」との評も、褒めすぎとは申しませんが、如何なる根拠によるものか、若干情緒的な部分もあります。他方で、第2部の内容をもう少し突込んでくれたら、といふ気もいたします。
しかし著者の目的は、「キラキラと輝く普通の会社」を一般に紹介することのやうですので、かういふ構成になつたのでせう。

いづれにせよ、わたくしが今後新幹線に乗る時は、清掃チームの動きに注目することは間違ひないと申せませう。デハデハ。



鍵のかかる部屋
kaginokakaruheya.jpg

鍵のかかる部屋

三島由紀夫【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1980(昭和55)年2月発行
2003(平成15)年9月改版

今年は三島由紀夫の生誕90年を迎へますが、同時に没後45年に当る年でもあります。即ちその生涯45年に並んだといふ訳ですな。
『金閣寺』『潮騒』などといふ著名な長篇小説は避けて、偏屈にも短篇集『鍵のかかる部屋』を手に取つてみました。
解説(田中美代子氏)によりますと、「約三十年の作家生活を通して、各時期に書かれた短編小説十二編が収録されている」との事ですが、最後の『蘭陵王』だけ最晩年の作品で、あとは大体昭和20年代に集中してをります。この時代が三島由紀夫の所謂「文学的開花」の時期なのでせう。

以下簡単に各作品に触れますと......
彩絵硝子」では、狷之助さんと則子さんの関係がどうなるか、通俗的な読者の期待を嘲ふかのやうな印象です。
祈りの日記」は、どうしても「男もすなる日記といふものを~」を連想しますね、読みにくいけれど。弓男さんを手玉に取るやうな康子さんの態度は、末恐ろしい。
慈善」に於ける秀子さんに対する作者の仕打ちには、高慢な残酷さを感じます。これも「ジャスティファイ」される行為なのか。
訃音」では、檜垣局長(権力者)への皮肉(嫌がらせ)が効いてをります。但しわたくしの好みぢやない。あ、わたくしの好みなんざ誰も聞いちやゐませんわな。
怪物」の松平斉茂氏は、最後の怪物ぶりを披露したが、その思惑は見事に外れ、檜垣(「訃音」の主人公と同名なのは偶然か?)の人望を上げるのに役立つただけのやうです。しかし真に人道的なのは誰なのか、分かつたもんぢやありません。
果実」では、女性同士の恋愛が描かれてゐますが、昨今の同性カップルとは一線を画し、必然的に破滅へ向かはざるを得ない幻想的な存在です。しかし「果実」とはぴつたりの表題ですな。
死の島」に於ける菊田次郎も、幽玄さを湛へた不思議な人物であります。支配人のゐる空間とは、完全に次元の違ふ世界に漂つてゐます。この人、無事に家に帰ることが出来るのかなあ。
美神」のN博士は、もう少しR博士に対して思ひやりがあつてもいいのぢやないか?と別次元の感想を抱きました。あはれなR博士......
江口初女覚書」は悪女の話。まるで新東宝映画を観てゐるやうです。若杉嘉津子か小畠絹子かな。
表題作「鍵のかかる部屋」の、財務官僚と9歳の少女。二人の危険な香りのする関係。息苦しくなるやうな展開であります。使用人しげやの最後の一言は、読む者を凍りつかせるのでした。自分好みの作品。あ、わたくしの好みなんざ誰も(以下略)。
山の魂」は、作者の官憲嫌ひを窺はせる一篇であります。隆吉と飛田のやうな関係は、姿を変へながらも、きつと現在も続いてゐるのでせう。
蘭陵王」は「盾の会」の戦闘訓練での出来事を元にしてゐます。横笛で「蘭陵王」を演奏した青年の最後の一言は、真の敵を見誤つてゐる(と作者が考へる)大衆が念頭にあつたのでは?と脳裏をちらりと過りました。印象的な一篇。

通読しますと、好みは別として、作者の溢れんばかりの才能や技巧を感じない訳にはいきません。そしてその背後には、一般大衆を小馬鹿にする、自信満々の作者のドヤ顔がちらつくのであります。

さて、今夜も更けてまゐりました。この辺でご無礼いたします。



日本共産党の戦後秘史
nihonkyousantounosengohisi.jpg

日本共産党の戦後秘史

兵本達吉【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2008(平成20)年11月発行

相変らずの野党総崩れの中で、日本共産党はわりかしブイブイ言はせてをります。いはゆる「共産党アレルギー」の症状が軽い若い人たちの支持が増えてゐるさうであります。その政策の是非はともかく、旗幟鮮明さが受けてゐるのでせうか。
さう言へば前回の選挙期間中、我が町を訪れた自民党の谷垣幹事長が応援演説の中で、「国民に自分たちのやりたい事を示せる野党は唯一つ、それは日本共産党であります」と述べてゐました。但しすぐそのあとに、「しかし我々は共産党と一緒にやる訳には参りません」と付け加へてゐましたが。

日本共産党(以下、「共産党」と記す)自身も、かつてのガチガチの姿勢から少しづつ変化を見せてゐますね。志位和夫委員長の「ソフト路線」とやらも定着したかのやうです。「選挙協力」を呼びかけるなんて、今までの共産党では、沖縄以外ではまづ考へられなかつたでせう。もつとも、今のところ他党からの色よい返事は無いみたいですが。

さて、そんな共産党ですが、一体どのやうな党だつたのか。かつての党員である、兵本達吉氏が力瘤を入れて執筆した力作がこの『日本共産党の戦後秘史』であります。
無味乾燥な「党史」ではなく(後半はちよつと無味乾燥だが)、著者自らも党員として関はつた立場からの「秘史」でありますので、生々しい内容も含まれてゐます。
兵本氏はスパイ容疑で共産党を除名処分された身でありますからか、個人的な恨みつらみも適当にブレンドされた、辛口の一冊と申せませう。袴田里見・宮本顕治・野坂参三ら共産党の重鎮たちもクズ人間扱ひして躊躇ふところはありません。

いはゆる「五〇年問題」を始めとする党の暗黒史を省みる事なく、党名の改名を勧められたら「改名をする時は、悪いことをした時ですから」としやあしやあと述べる姿勢では、いかに現在綺麗事を並べても本格的な支持は得られないでせうね。
読んで愉しい一冊ではなくて恐縮であります。ぢや、又。