源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
最速伝説―20世紀の挑戦者たち
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最速伝説―20世紀の挑戦者たち 新幹線・コンコルド・カウンタック

森口将之【著】
交通新聞社(交通新聞社新書)刊
2011(平成23)年4月発行

乗物に関しては、20世紀はスピードを追求する世紀であつたと言はれてゐます。例へば鉄道。東京-大阪間の所要時間でいふならば、20世紀初頭の時点では急行列車で約17時間かかつてゐました。1930(昭和5)年には超特急「燕」が登場し、9時間運転を実現します。戦後の1958(昭和33)年には初の電車特急「こだま」がデビュウし6時間50分。そして1964(昭和39)年、「夢の超特急」新幹線により、4時間(翌年に3時間10分)と劇的に短縮されました。現在の最速「のぞみ」は2時間25分といふことになつてゐます。古い設備の東海道新幹線で、しかも品川・新横浜の2駅が新たに停車駅に加はつたことを勘案すれば、大健闘と申せませう。

本書『最速伝説―20世紀の挑戦者たち』では、鉄道に加へ、航空機・自動車の速度への挑戦の歴史にも触れてゐます。サブタイトルにありますやうに、「新幹線・コンコルド・カウンタック」に、それぞれ鉄路・空路・道路の王者を代表させてゐるのです。
第1章「人はいつスピードに目覚めたか」では、世界初の乗り物競争の話から始まり、航空機が陸路を凌ぐまであたりを述べてゐます。意外にも、初期の航空機は、自動車や鉄道よりも遅かつたのですねえ。

第2章(1950年代)から最後の第7章(2000年代)まで、各章で10年ごとを概観してゐます。
わたくしの年代では、物心ついた時点で既にコンコルドや新幹線は活躍中で、他の男の子同様、夢中になつたものであります。しかしクルマにはなぜか興味を示さず、カウンタックについては後の漫画「サーキットの狼」で知りました。所謂スーパーカーブウムを巻き起こした作品ですね。

著者の森口将之氏の肩書は「モビリティジャーナリスト、モータージャーナリスト」とあります。モビリティジャーナリストなる職業は、不勉強にして初見でした。乗物の開発においてスピードを追求する風潮が一段落し、新たな段階へと舵を切つたと、著者は見立てます。だからこそ、最速を目指して人生を賭けた男たちの物語を、ここで書き残しておきたいとの思ひが強かつたのでせう。
そんな20世紀後半の、熱気に満ちた時代を語る著者はまことに活き活きとしてゐます。「おわりに」でも、一仕事終へた充実感のやうなものが感じられます。

欲を言へば、新書一冊に鉄道・旅客機・自動車の20世紀をまとめたため、内容が濃すぎて教科書的な記述になりがちなことでした。たたみかけるやうに事実を列挙する本文は、それなりに心地良いのですがね。例へば存命中の関係者の話を入れるとかが有つても良いかな、と存じます。まあ紙数の関係でせうか。
デハデハ。今夜はこれでご無礼します。



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お気に召すまま
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お気に召すまま

ウィリアム・シェイクスピア【著】
福田恆存【訳】
新潮社(新潮文庫)刊
1981(昭和56)年7月発行

1616年4月23日は、沙翁が死去した日といふことになつてゐます。即ち今年で没後400年といふ節目なのであります。
仏文科に所属してゐながら、沙翁好きが高じて、大学の先生方には沙翁の話ばかりして不愉快な思ひをさせました。反省してをります。しかしそれほど沙翁は面白い。ここでは、人気の喜劇『お気に召すまま』の登場であります。

『お気に召すまま』といへば、男装の麗人、ロザリンド。このヒロインは、追放された元公爵の娘ですが、追放した本人はその父の実の弟、フレデリックなる悪い奴。フレデリックの実娘シーリアと共に生活してゐました。ロザリンドとシーリアは仲良し。
一方、ロザリンドと恋に落ちるオーランド―は、家長である長兄のオリヴァーから、亡父の正当なる遺産も与へられず、何かと冷遇されてゐます。それどころか、邪魔な存在だといふことて、スモウレスラーのチャンピオンと対戦させ、亡き者にしてしまはうと企むのです。この対戦、誰もがオーランド―の無残な敗戦を予想する中、勇敢にもチャンピオンに勝利するのであります。その際に、観戦してゐたロザリンドと相思相愛の一目惚れに陥るのでした......

その後主要な登場人物は、それぞれの事情から、「アーデンの森」へ集結します。ここで繰り広げられる、ロザリンドとオーランド―の恋愛模様。二人の会話は恥かしいのですがね。しかもオーランド―は、ロザリンドの男装に気付かず、彼女を男だと思ひ恋の相談なんぞをしてゐます。それほど恋い焦がれてゐる人のことを気付かぬとは、ちとをかしい。オーランド―は、本当は見破つてゐたのではとの説もある程であります。ま、最後は喜劇らしくハピイエンドに終るからいいけど。

ストオリイは他愛無いともいへますが、機智に富んだ台詞の数々に酔ひ痴れます。例へばロザリンドは、『空騒ぎ』のベアトリス、『ヴェニスの商人』のポーシャと並ぶ知性派ヒロインで、言葉遊びを愉しむ余裕があります。
そしてわたくしの一番好きな(『十二夜』の道化・フェステも良いが)道化・タッチストーン(試金石?)のイキイキとしてゐること! 逆境にもへこたれず、常に地口を忘れず、皮肉たつぷりの発言を連発して観客を喜ばせるのであります。

最近は流行り廃りのサイクルが短くなり、十年一昔どころか、三年一昔といつても良いくらゐの世相であります。しかるに、沙翁は400年の時を越えてもなほ、しかも海を隔てた遠い極東日本で未だに読まれてゐる。これは大変なことです。
作品で押しつけがましい主張をせず、ただ「人間といふものは、かういふものだよ」と、変らぬ人間の豊かさ、愚かさ、儚さ、愛らしさを提示する、その圧倒的な説得力が、観客及び読者に響いてくるからではないでせうかね。

では又、御機嫌好う。



なぜか笑介
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なぜか笑介<全29巻>

聖日出夫【著】
小学館(ビッグコミックス)刊
1984(昭和59)年1月発行(第1巻)

先月、その逝去が報道された聖日出夫さん。
記事によると、死因は胃癌、享年69ださうです。まだ若いのに。三年半も闘病生活を続けての末、亡くなつたといふことで、さぞ苦しんだのではと想像されます。同じく胃弱のわたくしとしても、他人事ではございません。出来れば苦しまずにポックリと逝きたいものですが、普段の素行がよろしくないので、七転八倒の苦しみの末くたばるのかも知れません。

聖日出夫さんの代表作といへば、『なぜか笑介』。「ビッグコミックスピリッツ」にて長年連載された、サラリーマン漫画であります。
主な登場人物は以下の通り。

主人公の大原笑介くんは、「三流私大」出身ながら、一流企業の「五井物産」に入社した新入社員。配属されたのは食品3課。
いつもカリカリしてゐる森川課長。私大出ゆゑに、その実力に比して出世が遅れてゐるといはれてゐます。息子とは、進路についてもめてゐるやうです。
なぜかオネエ言葉の高山係長。おちやらけキャラかと思ひきや、仕事はデキル人です。笑介くんには常に毒舌で厳しく接しますが、愛情が感じられます。
才色兼備の花園さん。仕事のみならずプライベートでも頼りになるスーパー女性であります。
28歳、メタボ体型の先輩、岩田くん。言ひたいことは遠慮なく言ふ性格で、衝突も多いですが、根は真面目。中日ファン。
同期の吉村くんはエリート街道を歩みさうな雰囲気、同じく同期の加藤くんは熱血漢。
他に杉さんといふ女性がゐますが、いまいちキャラクタアが分かりません。
そして人事課の泉今日子さん。美人。一歩下がって男性を立てる、古風な女性といふ印象がありますが、第一巻では、例へ彼女がゐても笑介くんを奪ふわ、などと真に積極的な面を見せます。後に目出度く笑介くんと結婚するのでした。

単行本の表紙には「新入社員マニュアル」とあります。むろんこれは所謂バブル期を背景にしてゐます。努力すれば結果が出た時代。よもや現在のフレッシュマン諸君が笑介くんの真似をするとは思ひませんが、さうかと言つてこの漫画は全く過去の遺物なのかと問はれると、首肯できかねます。人間は数十年程度では、さう変化するものではありますまい。
笑介くんの失敗を笑ひながら、きつと自分の立場に重ね合はせながら読むんぢやないですかね。そして上司に突込まれたら、心の中で「ズッ」とずつこけるのが、正しい反応と申せませう。

笑介シリーズは、この後『だから笑介』『社長大原笑介』と続きますが、作者の逝去により、もう新作の笑介は読めません。まことに寂しいのであります。
さやうなら、そしてありがたう。聖日出夫さん、大原笑介くん。



近大マグロの奇跡
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近大マグロの奇跡―完全養殖成功への32年

林宏樹【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2013(平成25)年12月発行

「近大マグロ」につきましては、その完全養殖成功の一報以来、テレビなどでも喧伝されてゐましたので、広く人口に膾炙するところとなりました。まあもつとも、わたくしなんぞの認識では、「いやあ、てえしたもんだ」レベルで終つてゐましたが。
そこで、この一大プロジェクトの成功に至るまでを俯瞰してみませうと、本書を手に取りました。
まづ基礎知識として、マグロの定義やクロマグロを取り巻く現状などをレクチュアしてくれます。乱獲により天然ものはその漁獲量が激減し、絶滅さへ心配される状況、勢ひ価格はうなぎ登り、最大の消費国である日本としては手を拱いてゐる訳には参りません。

欧州では、稚魚を捕まへてから成魚に育てる「蓄養」と呼ばれる方法が主流らしい。しかしこれでは結局自然財産を喰ひつぶすことに変りはありません。どうしても「完全養殖」のサイクルを確立させる必要がありました。むろん、簡単なことではありません。何しろ、クロマグロの生態はまだほとんど知られてゐなくて、魚のプロほど「養殖なんで絶対無理」といふ意見でした。
その難関に敢へて挑戦したのが、近畿大学水産研究所であります。

1970(昭和45)年、水産庁が指定した養殖実験事業で、サケ、タラバガニとともにマグロが選定されました。期間は三年。前述の如く、未知の分野でありますので、当初は失敗の連続でした。まづ幼魚の「ヨコワ」を活け捕りせねばならぬのですが、このヨコワ、触つただけでも死んでしまふほどのデリケートなもの。結局最初の三年間では、捕まへたヨコワは全滅してしまひます。ここで水産庁の予算も打ち切り。
しかし当時指揮を執つてゐた原田輝雄氏は諦めませんでした。熊井英水氏をはじめとするメムバアたちもリーダーの心意気に応へます。近大では、養殖ハマチやタイを販売し、それを研究資金に回せるといふ利点があつたのです。

それでも産卵が11年も無い時期が続き、リーダーにも迷ひが生じます。この間に原田氏は他界し、熊井氏が指揮官を引き継いでゐたのですが、この熊井氏、近大の二代目総長・世耕正隆氏に相談しました。資金を費やすのみで、全く成果が挙がらぬ研究を続けて良いものか......
「もうやめろ」との指示も覚悟したところ、世耕氏は「生きものというのは、そういうものですよ。長い目でやってください」と励ましたといふのです。平凡な総長だつたら、ここで研究は終つてゐたかもしれません。やはり偉業の陰にはかういふ人物の存在がゐるものです。

待ちに待つた「完全養殖」が達成されたのは、2002(平成14)年のこと。研究開始から、何と32年の歳月が経過してゐました。
初代総長・世耕弘一氏の「不可能を可能にするのが研究だろ」といふ言葉を現実にした訳であります。
その後は養殖クロマグロも次第に安定供給が出来るやうになり、現在では大阪と東京で、近大マグロを食べさせる店を開店してゐるほどであります。熊井氏によると、最終目標は「現在天然界から獲っている年間三〇万尾のヨコワを、すべて完全養殖の稚魚で賄えるようになることと、天然の海洋資源を回復させること」だとか。

熊井氏は成功の要因として、忍耐・観察眼そして愛情を挙げてゐます。諦めずに、正確な観察を続け、研究対象や仲間を大きな愛で包む。分野は違へど、全ての研究者に当てはまる要素でせう。否、学究の徒に限りません。ビジネスの場でも同様ではないでせうか。
原田氏・熊井氏をはじめとするリーダー、精神的支柱である二代に亘る総長の存在、私学であることの強み、「魚飼」のプライドを持つたスタッフたち......いづれの要素が欠けても成功は難しかつたでせう。このプロジェクトに関つた人人すべてに、拍手を送りたい気持ちであります。



智恵子抄
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智恵子抄

高村光太郎【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1956(昭和31)年7月発行
1967(昭和42)年12月改版
1990(平成2)年6月改版
2003(平成14)年11月改版

去る4月2日は、高村光太郎の命日でした。今年は、彼の没後60年といふことになります。
高村光太郎といへば、大概の人は国語の教科書で読んだ事があるのではないでせうか。「僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る」なんて暗唱させられたのでは?

わたくしも中学二年の時に、教科書にて出会ひました。担当の国語教師は、当時30歳くらゐの女性で、高村光太郎にはかなりの思ひ入れのある、否ありすぎる感があり、辟易した覚えがございます。
例へば彼女は、光太郎のプロフィールを生徒に読ませます。父親の名前を「たかむらみつくも」と読んだ生徒に対し大仰に驚いてみせ、正解を述べたあと、その生徒を激しく侮辱するのでした。また、「彼の事を知らなければ、家に帰つてお父さんに聞いてごらん。知らない、なんてバカなお父さんはゐないだらうから」と言ひ放つたのであります。

ところでこの教師は、体罰を与へる時に、生徒の文房具などを使つて殴るので評判が悪かつた。わたくしも、宿題を忘れた罰として、自分の筆箱で力一杯頭を殴られたことがあります。筆箱は変形しまくり、中の鉛筆はボキボキに折れてしまひ使ひ物にならず、コンパスのやうな硬いものさへも変形してゐました。
平手やグウで殴るなら分かるけれど、学生の商売道具である筆記具で殴るとは、此奴は教師の資質はないな、と子供心に思つたものです。

お、失礼。高村光太郎と聞くと、今でも反射的にあの教師の事を思ひ出すので、余計な事を述べてしまひました。
智恵子抄』は、文字通り細君の高村智恵子に対する愛情を高らかに謳ふ一冊。智恵子の死までに書き溜めた詩や散文を一堂に集めたものであります。
智恵子は、光太郎と結婚後、現在でいふ統合失調症を患ひ、療養するも好転の兆しを見せることなく、息を引き取るのでした。最愛の人を亡くした光太郎も、しばらくは何も手に着かず、病人同様だつたらしい。本書所収「智恵子の半生」にも、その時の心境が実に正直に綴られてゐます。時には恥かしくなるほどに。

本音を言ひますと、中学生時に教科書で読んだ時は、それほど心に届かなかつたのでした。当然ですな。恋愛といふものを知らぬ餓鬼が読んでも、精精表面上の意味をなぞるくらゐのもの。
しかしかういふものは、わたくしのやうな莫迦でも、夫れなりの経験を積めば十二分に鑑賞できるのであります。事実、大人になつて再読した際には、涙なしには読めなかつたことを白状しておきませう。

本来なら、こんな詩集は邪道かも知れません。いはば惚気話を読者に読ませる訳ですからな。しかし、死後60年を経ても衰へぬ人気を鑑みれば、光太郎智恵子の二人だけの狭い世界の作品ではないといふことでせう。読者は、「光太郎は俺のことだ!」と自らに重ね合はせ、慰め、心を満たしてゐるのではありますまいか。

あへて「若い人」にではなく、人生経験をある程度積んだ人に、もう一度読み直してはどうでせうかと、お薦めするものであります。わたくしのやうに、涙するかもしれません。



天使が消えていく
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天使が消えていく

夏樹静子【著】
光文社(光文社文庫)刊
1999(平成11)年4月発行

先月、惜しまれつつ亡くなりました夏樹静子さんの作品であります。
第十五回江戸川乱歩賞の候補作品となり、一躍注目を浴びた、いはば出世作と申せませう。(このときの受賞作は、森村誠一『高層の死角』)

砂見亜紀子は、地元福岡で婦人雑誌の記者をしてゐます。取材先の病院で、難病の赤ん坊(ゆみ子)を知り、「天使のほほえみ」に魅せられて何かと世話を焼きます。難病ゆゑ、手術にはお金がかかるのだか、どうやら母親にはその余裕がないやうです。
ゆみ子のことを記事にしたところ、早速反応があり、年配男性が35万円を持参してくれ、お陰でゆみ子の手術は成功します。
しかし、現れた母親、神崎志保は「余計な事をしてくれた」とばかりの対応で、けんもほろろであります。ゆみ子は退院後、母親の志保と暮らすのですが、亜紀子は志保には任せておけないとばかりに、家まで押しかけてゆみ子の面倒を見るのでした。

一方、博多の繁華街にある「ホテル玄海」で、殺人事件が発生します。被害者はやはり地元博多の電機会社の、宮﨑支店長。続いて、「ホテル玄海」の社長もまた変死を遂げ、博多署の捜査一課警部補である巽四郎が捜査に乗り出します。

砂見亜紀子と巽四郎の視線が交互に繰り返されながら、物語は進んでいきます。この両者が、どこでどんな風に交はり、謎が解かれるのか。まことに目が離せぬ展開なのであります。

亜紀子は考へます。神崎志保の、ゆみ子に対する冷たい態度は、本心なのだらうか。しかし生後三か月の赤ちやんに、300万円の生命保険までかけてゐることまで分かつたのであります。
亜紀子は実は妻子ある男性とお付き合ひしてゐます。テレビのディレクターで、彼女は信頼を寄せてゐますが、その彼にして「子供を愛さない母親って、あるかしら」といふ亜紀子の問ひに、「あると思うね」と答へるのであります。

夏樹静子さん自身が、長女を出産して子育てをする経験を経てゐるだけあつて、「天使」といふ表現にはまことに実感がこもつてゐます。事件を解明する鍵も、やはり「母性」が決め手だつたと申せませう。
最終章の神崎志保の手記を読んで、心が動かぬ人はさうありますまい。如何なる小説でも、必要なものは「感動」であると喝破した夏樹さん。従来の男性作家では決して書けなかつた作品だと存じます。注目を浴びたのも当然でせうね。ぢや、また。