源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
インド鉄道紀行
無題

インド鉄道紀行

宮脇俊三【著】
角川書店(角川文庫)刊
1993(平成5)年3月発行

インドもまた、鉄道王国であります。アジアで一番最初に開通し、それは日本より19年も早いのであります。宮脇氏の取材時(1988年)には、総延長は約62000キロに及んでゐました。ざつと日本の三倍くらゐでせうか。まあ国土の広さが全く違ふので、一概に比較はできませんが。
そんな「鉄道の国」インドですが、宮脇氏が訪れるのはかなり遅くなつてからです。既に35か国に渡航しながら、インドはまだ手付かずだつたのです。本人の弁では、「大切に温存してきた、「とっておき」の国」だとか。
しかし齢を重ね、元気なうちに行かねば永遠に機会を失ふ恐れもあり、意を決して行くことしたさうです。

紀行作家・宮脇俊三が行くからには、当然その旅行記を残すことが大前提であります。インド旅行記は角川書店の「野生時代」に連載することになり、宮脇氏はシベリアや中国でお馴染みになつた「ヒルさん」こと中西千明氏の同行を希望したのですが、中西氏はすでにエライ人に出世してしまひ、多忙にてお伴は出来ないとのこと。読者も残念であります。
代つて宮脇先生のお伴をするのは、若い編集部員の高柳良一氏。この名前にピンと来た人は、映画通かも知れません。かつて「時をかける少女」「天国にいちばん近い島」などの映画で、主演の原田知世さんの相手役として抜擢された元俳優でした。
しかしこの高柳氏、実に物静かで寡黙な人のやうで、宮脇氏が話しかけても「......」と反応が無かつたりします。これでは宮脇氏も肴にできませんなあ。その代りといふか、現地ガイドのポール氏が良い味出してゐます。実に親切で、有能なガイドさんであります。

訪れた主要な土地は、ニューデリー、デリー、カルカッタ、アグラ、ボンベイ、デカン高原など。何処へ行つてもインドらしさが満載であります。喧噪、混沌、貧困(スラム街が多く、しつこい物乞ひの少年少女がどこにでもゐる)。治安も良くないやうです。宮脇氏は一流ホテルだけではなく、庶民の泊まる大衆宿にも投宿したい旨を旅行会社に伝へてゐましたが、無謀とのことで却下されてゐます。
乗つた列車は、「ラジダーニ特急」「エアコン急行」「世紀急行」「ウディヤン急行」など。と言はれてもイメエヂが湧きませんね。「エアコン急行」とは妙な名前ですが、文字通りエアコンが完備されてゐる急行列車ださうです。インドは暑い国なのに、鉄道の冷房化率は低く、冷房付きの列車はかなりグレードが高い扱ひなのですね。当然料金にも差があります。

宮脇氏が残念に思つたことが二点ほど。一つは今回の旅は旅行会社主導でスケジュールが決つた為、暑い時期に訪れたかつたインドなのに健康を気遣はれて11月末の出発になつたこと。
もう一つ。インドの鉄道は線路の軌間の種類がいくつかありまして、特にナローと呼ばれる762mmとか610mmの狭い区間が結構多くて宮脇氏はこれらの列車にも乗りたかつたのですが、実際には1676mmの幹線区間にしか乗れなかつたこと。

この二点が心残りで、宮脇氏は結局翌年6月にインドを再訪します。ポール氏との再会も果たし、念願のナロー区間のひとつである「シムラ軽便鉄道」に乗車するのでした。もう思ひ残す事はないでせう。
経済成長著しい2016年現在のインドは、宮脇氏が訪れた時とは大きく異なるのでせう。しかし(それだからこそ、かな)本書の価値が減じることはありますまい。



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