源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
怪獣大戦争
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怪獣大戦争 怪獣小説全集Ⅱ

黒沼健/吉田誠/小林晋一郎【著】
出版芸術社刊
1993(平成5)年12月発行

怪獣総進撃』の続編といふか、姉妹編ですね。「空の大怪獣ラドン」「モスラ」「ゴジラVSビオランテ」の3作品の原作もしくはノベライズが収録されてゐます。

ラドンの誕生」は、映画「空の大怪獣ラドン」の原作。黒沼健氏の筆によるものであります。ラストシーンが、完成作品と大きく違ひますね。氷漬けにして爆破するなんて。個人的には、完成作品のラストが好きであります。ゴジラ程ではありませんが、核に翻弄された悲劇性が強調されて、余韻を感じさせます。何を隠さう、わたくしは東宝怪獣ではラドンが一番のお気に入りなのです(円谷怪獣ではツインテール)。
この作品の後にもラドンは何度か映画に登場しますが、いづれもゴジラの引き立て役でわたくしは不満であります。東宝四大怪獣(ゴジラ、ラドン、モスラ、キングギドラ)の中でも地味な扱ひなのです。是非フルCGで新作を作つていただきたい。

吉田誠氏による「大怪獣モスラ」は、原作ではなく映画「モスラ」のノベライズださうです。なるほど、関沢新一氏の完成脚本を忠実に再現してゐます。この吉田氏といふのは、解説の竹内博氏さへ「何一つ情報がない」と述べるほどの謎の人物なのです。「モスラ」といへば、純文学系作家3名(中村真一郎・福永武彦・堀田善衛)を原作に迎へたことで有名ですが、こちらは本書に収録されてゐません。読みたい方は拙ブログに以前登場した『発光妖精とモスラ』で読めます。

最後の「ゴジラVSビオランテ」の原作は、歯科医の小林晋一郎氏が投稿したもの。小林氏は高校生の時にも、円谷プロにシナリオを投稿したことがあり、それが『帰ってきたウルトラマン』の「許されざるいのち」として結実した実績を持ちます。完成作品はかなり改変されてはゐますが、ゴジラ史的にいへば平成VSシリーズのプロトタイプを作つた重要な位置を占めると申せませう。
ゴジラといへば、わたくしも「シン・ゴジラ」を観ました。ゴジラシリーズは「ビオランテ」以降は全て劇場へ足を運んで鑑賞してきたのですが、今回は迷つたのであります。「ファイナルウォーズ」みたいな困つた作品だと嫌だなとか、「シン・ゴジラ」の評判はゴジラ未体験の人が中心で、怪獣映画を見慣れた人からの評価がイマイチだとかで、逡巡したのであります。
そんな時、村井美樹さんが「面白かったー!」とツイートしてゐましたので、それをきつかけに見に行くことにしました。
最寄りの映画館で見られるかと思つたら、其処は以前6スクリーンあつたのが知らぬ間に2スクリーンに縮小されてゐて、「シン・ゴジラ」は上映してゐませんでした。衝撃。
で、次に近い映画館に行つてきました。ちやつかりメンズデイを利用。感想は「KINENOTE」に書きましたのでここでは割愛いたします。ただ、心配したほど酷い出来ではなく、一安心でした。
ぢやあ、また。



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全国鉄道事情大研究 青函篇
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全国鉄道事情大研究 青函篇

川島令三【著】
草思社刊
2016(平成28)年9月発行

「はじめに」にも記述がありますが、このシリーズの前作『中国篇②』が刊行されて以来、何と7年ぶりの新作であります。過去最大のブランクですので、もうシリーズ継続は諦めたのかと思つたほどでした。
残るは東北・北海道地区なのですが、この間に発生した東日本大震災の影響で東北の鉄道事情は大きく変化してしまひました。恐らくこれも空白期間が長引いた一因なのでせう。

前作の帯による予告では、次回配本「東北篇①」となつてゐましたが、近年の変化が著しい青函地区を取り上げ、最新刊は『青函篇』として発表されました。北海道新幹線の開業を待つての執筆だつたと思はれます。
北海道新幹線については、予想通りその遅さに言及してゐます。北陸新幹線の場合は、整備新幹線標準の時速260キロでも(東京駅から北陸各都市まで)2時間台のため、あまり問題にされませんが、より遠距離の新函館北斗までは(東京駅から)4時間2分と、航空機に対して優位に立てる数字ではありません。青函トンネルが諸問題によりネックになつてゐるのも痛いところです。

その他、JRから切り離された「道南いさりび鉄道」を始めとして、本書に登場する路線は、経営の厳しいところが多い。それなのに漫然と各駅停車をちんたらと走らせるだけの地区には、川島氏も苛立ちを隠さぬ筆致ですな。
過疎地区では少子化などにより利用者は減る一方なのに、これといつた手を打てないままの鉄道会社が目立つのです。このままでは座して死を待つ(廃線になる)だけなので、沿線の観光資源を活かした施策を打ち出すことが必要であると。例へば津軽鉄道。金木駅から太宰治記念館まで馬車鉄道を走らせよとは、いかにも川島氏らしい提言ですが、まあやらないでせうね。

何かと批判される川島節、上から目線の「~すべきである」「~といえる」「~せよ」「~する必要がある」といつた断定調も健在であります。いや、わたくしは大好きなんですけどね。寧ろ、まだ生ぬるいと感じてゐます。
さあ、次回配本は「北海道篇」ださうです。いつになりますやら。



命をつなげ
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命をつなげ 東日本大震災、大動脈復旧への戦い

稲泉連【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2014(平成26)年12月発行

あの大津波から五年半。未だにあのショックは忘れられません。今後も忘れることはありますまい。関連書籍も多く出ましたが、辛すぎて中中目を通す心持にはなれませんでした。
この『命をつなげ 東日本大震災、大動脈復旧への戦い』は、津波により流された汚泥や瓦礫に埋もれた道路を、地元の人々が夫々の使命感から立ち上がり、文字通り命懸けで復旧へと導いた実話を取材した一冊であります。

すべてが流された故郷の風景。「おまえの家も、俺の家も、もうないよ」と立ち尽くす男性。いつたいどこに道路があつたのかさへ分からないのです。
元元海運に頼つてきた三陸地方は、陸路が脆弱であつたさうです。そんな三陸に「大動脈」国道45号線が全線開通したのがやうやく1972(昭和47)年になつてからのこと。この命の道が寸断されたのであります。

火災が起きても消防団が行けない。自衛隊が活動しやうにも、現地へ辿り着けない。そこで地元の建設業者が動き出します。動かせるだけの重機と可能な限り多くの人を集め、緊急車両や救援物資を運ぶ車両が通れる道を、一車線でいいからまづ開通する。
しかし道路上には流された家など、多くの物があります。家の中には人がゐるかも知れません。泥を除ける作業中に、遺体が発見される可能性もあります。そして作業員は昼夜兼行での強行作業。自らも被災してゐて、心身とも限界なのです。「とにかく道を通すのだ」の一念で動くのでした。

国や県の指定業者が動けない。ならば動ける我々がやるしかない。指示が無くても、管轄が違つてゐても、違法であらうが、困つてゐる人たちの為には行動あるのみと考へたのです。情報も寸断され、彼らが「くしの歯作戦」を知つたのは、ずつと後のことださうです。

ほかにも、民間、公務員に拘らず、かかる混沌状態で「腹をくくつて」自分の役目を果たした人たちの行動が描かれてゐます。何の手がかりもない中、とにかく動いた人たち。もつと彼らの事は知られても良いのではないかと思ひ、今回取り上げてみました。

デハまたお会ひするまで、御機嫌よう。



水戸岡鋭治の「正しい」鉄道デザイン
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水戸岡鋭治の「正しい」鉄道デザイン 私はなぜ九州新幹線に金箔を貼ったのか?

水戸岡鋭治【著】
交通新聞社(交通新聞社新書)刊
2009(平成21)年8月発行

本書はライターの渡邉裕之氏が水戸岡鋭治氏にインタヴューしたものをまとめたものださうです。聞き書き。ゆゑに読者の眼前で語つてゐるやうで、まことに分かりやすい。

実は水戸岡氏に対するイメエヂは、わたくしにとつて必ずしも芳しいものではございませんでした。評判を取つた787系にしても、外観はともかく居住性に関しては不満が残るものでした。あれなら783系(ハイパーサルーン)の方が陽気でエキサイティングで、乗つて愉しい電車だと思ひます。
ところが、九州新幹線が開通して800系が登場しますと、一気にこの電車に惚れこんでしまひました。続いて「いさぶろう・しんぺい」をはじめとするキハ40系改造車。走行路線の魅力と相まつて、実に愉快痛快であります。少なくとも国鉄時代では考へられぬ概念をもつた列車群と申せませう。

水戸岡鋭治の「正しい」鉄道デザイン』は、水戸岡氏が鉄道デザインについて如何なる思想を有してゐるのか、その一端に触れる事ができる一冊であります。デザインに正しいとか、正しくないとか区別が有るのか?とも思ひますが、まあいいでせう。特に第三章・第四章は、鉄道を離れて、一般ビジネスマンの仕事にも参考になると存じます。
「これまでになかつたもの」を求めるJR九州と水戸岡氏との、世にも幸福な出会ひが実現した経緯も面白い。

ただ、第五章で述べてゐる「大鉄道時代」は、もう来ないと思ひます。水戸岡氏は、鉄道が「再び注目」されてゐると語つてゐますが、残念ながら陸路交通の手段としては、新幹線と大都市交通線以外は衰退するでせう。否もう既に瀕死の状態ですね。
例へ「ななつ星in九州」のやうな超豪華列車が花盛りになつても、それは鉄道の復権とは関係ありますまい。むしろ滅びゆくものへの挽歌を連想するのはわたくしだけでせうか。ああ、さうですか。それなら良いけど。
国が「クルマがなければ生活出来ない」社会を目指してきたわけで、現状は十分予想できたと申せませう。特に地方では少子化・過疎化も著しく、鉄道の衰退に拍車をかけてゐます。

理想を語るのも大切ですがね......



夏の夜の夢・あらし
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夏の夜の夢・あらし

ウィリアム・シェイクスピア【著】
福田恆存【訳】
新潮社(新潮文庫)刊
1971(昭和46)年7月発行
2003(平成15)年10月改版

沙翁喜劇の代表作の一つといはれる『夏の夜の夢』と、最後の浪漫喜劇『あらし』をカップリングした、お徳用の一冊であります。

『夏の夜の夢』は、執筆時期としては「喜劇時代」の幕開けくらゐですかな。それまでの、例へば『じゃじゃ馬ならし』のごとき写実的な、いかにも喜劇喜劇したものとは一線を画してゐます。妖精も出るしね。
わたくしは沙翁劇に於ける「道化」が大好きなのですが、それに劣らず「妖精」も熱愛してゐます。本作ではパックといふ「茶目な妖精」が登場します。しかし彼は命令された人物とは(誤つて)別人に惚れ薬を塗つたりして、騒動を起こすのであります。
そして殿様の結婚を祝つて、無学だが人間味たつぷりの愛すべき職人たちが披露する芝居が面白い。オルガン修理屋、大工、仕立て屋などが、観客に気を遣ひすぎて却つて訳の分からないドタバタ劇になつてゐます。「たまたま、それがし、スナウトなるもの、石垣の役をば演じます」。
最後の口上でパックが述べるやうに、すべて一夜の夢の物語と思へば、こんなに素敵な夢はない。

一方『あらし』は、最晩年にあたる「浪漫劇時代」の、しかも一番最後の作品。近年の訳では『テンペスト』となつてゐることが多いやうです。この後は『ヘンリー八世』を残すのみですが、これは沙翁の未完原稿を他者が完成させたとも、合作ともいはれてゐて、沙翁の単独執筆としては『あらし』が事実上最後の作品なのださうです。
ミラノ大公だつたプロスペローは、その弟アントーニオーにその地位を奪はれ、追放された身。妖精エーリアルの魔力を借りて、弟とその一味に壮大なる復讐を遂げる、といふ物語。恋愛あり、陰謀ありの世界ですが、すべてはプロスペローの思惑通りになつていきます。これはエーリアルの力が大きい。彼はプロスペローには恩があるため逆らへず、とにかく酷使され、不満たらたらながら抜群の働きを見せるのであります。

結末を知らぬ当時の観客は、これを喜劇と認識せずに、はらはらしながら観劇したのではないでせうか。プロスペローが完全に復讐を遂行してしまへば、とても喜劇にはなりません。そこで彼は、アントーニオーらが十分苦しんだとみて、赦すのであります。そして魔法の杖も捨てて、以後は魔法を封印します。さらにエーリアルも解放してあげるのです。
一応ハピイエンドと申しても良いのですが、どうもアントーニオーの最後の台詞を見ると、心から反省してゐるのかどうか、疑はしい。そこを「エピローグ」で、観客に向けて拍手をもつて我に力を、てな感じで呼びかけます。自分の今後の安寧は、観客に委ねるといふことですかな。

最後に、いつもながら福田恆存氏の翻訳には舌を巻きます。そして充実した解題と中村保男氏の解説。これらを読む為だけでも、新潮文庫版を選択する価値があると申せませう。