源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
ヨーロッパ鉄道紀行
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ヨーロッパ鉄道紀行

宮脇俊三【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2000(平成12)年2月発行

宮脇氏は若い頃からヨーロッパの鉄道にも頻繁に乗つてゐたさうです。しかしながら、本書を上梓するまで、一冊の欧州鉄道紀行を書いてゐません。
本人の弁によれば、アジアやアフリカ、中南米などと比較して、やはり先進国が集まるヨーロッパでは、元元鉄道が発達・進化してゐるため、実に快適で苦労がなく、トラブル遅延犯罪等に巻き込まれるやうな事も少ない為、執筆意欲が湧かないといふ事らしい。本来なら実に結構な事でありますが、さういふ障害の全くない旅行記などは、読者も読んで面白くないでせう。
そんなこんなで、今まで手を付けずにゐたヨーロッパですが、雑誌「旅」の編集部から勧められたこともあり、本書の誕生となりました。

三部構成で、まづは「1 高速新線の列車」。これに先立つて「宮脇俊三氏と行くスイス登山鉄道の旅」といふツアーが敢行されたさうですが、応募が殺到したため抽選に漏れた人が多く、さういふ人たちを救済するために、再度「ヨーロッパ鉄道旅行」のツアーが企画されました。その紙上再現がこの章に当ります。
さすがに安全安心のパックツアーですので、乗る列車も「ユーロスター」「ICE」「ベンドリーノ」「AVE」と一流、ホテルも一流、トラブルとは無縁の快適旅行であります。即ち紀行文としては、いささか緊張感に欠けるところです。まあ、しやうがないね。ユーロスターでドーヴァー海峡を潜るトンネルに入るまでは皆ワクワクしてゐたのに、いざトンネルに入ると、車窓は当然真ッ暗なので、忽ち退屈するのが面白いですね。

続く「2 地中海岸と南アルプスの列車」は、前章のツアーが解散した後、引き続き宮脇夫妻だけで続行した汽車旅です。もはやツアーではないので、ガイドも添乗員もゐません。乗車したのは、お馴染みの「タルゴ」や、「カラタン・タルゴ」など。スペインの「軌道可変列車」ですが、日本では中中実用化しません。ただし同じフリーゲージトレインでも、日本の新在直通列車で採用されるのとはかなり違ふ方式のやうです。

最後の「3 東欧と南イタリアの列車」では、元出版社勤務で現在文筆家の丹野顯氏との男二人旅。丹野氏は宮脇氏の恩人に当る人ださうで、恩返しのつもりで誘つたとか。丹野氏は海外旅行の経験は余りなく、海外も旅慣れてゐる宮脇氏が引率する筈が......
パリで若い女性数人によるひつたくり襲撃に遭ひ(被害はなし)、それ以降丹野氏は警戒を怠らず、宮脇氏が助けられる場面もあつて立場が逆転したところもあります。
やはり無責任な読者としては、旅人が難儀な目に遭つた方が面白い。芸人が想定外のハプニングをオイシイと感じるのに通づるものがありますね。
デハデハ。今日はこの辺でご無礼します。



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狭き門
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狭き門

アンドレ・ジッド【著】
山内義雄【訳】
新潮社(新潮文庫)刊
1954(昭和29)年7月発行
1975(昭和50)年9月改版
2013(平成25)年7月改版

先日取り上げた遠藤周作氏の『作家の日記』の中で、クリスト教文学としてのジッドについても言及がありましたので、『狭き門』を開いてみます。
手つ取り早く、カヴァー裏の紹介文を引用すると―

早く父を失ったジェロームは少年時代から夏を叔父のもとで過すが、そこで従姉のアリサを知り秘かな愛を覚える。しかし、母親の不倫等の不幸な環境のために天上の愛を求めて生きるアリサは、ジェロームへの思慕を断ち切れず彼を愛しながらも、地上的な愛を拒み人知れず死んでゆく。残された日記には、彼を思う気持ちと“狭き門”を通って神へ進む戦いとの苦悩が記されていた......。

まあ、愉快な話ではございません。血沸き肉躍るストオリイでもありません。実質無宗教が多い日本人にとつては、理解しにくい内容でもあります。アリサつてさあ、何だか面倒くさい女だよね、なんて言はれさうです。

魂の救済や心の安寧を宗教に求めるならば、衣食足りて礼節を知る世界には宗教は不必要な気もします。せつかく広い門があるなら、そちらを通れば良い。態々狭い門をくぐる必要はありますまい。しかしアリサは、ストイックにも楽な道を歩まなかつたのでした。ジェロームへの書簡や日記を読むと、自己犠牲に陶酔してゐたとも受け取れます。若き日の遠藤周作氏は、「宗教的心理の躓き」と表現しました。

相思相愛の関係なのに、周囲も祝福するのに、戦争や病気などで引き裂かれるやうな運命でもないのに、成就しない二人の愛。ジェロームはかはいさうだし、通俗的には妹のジュリエットが掴んだ小市民的な幸せを応援したくなります。
しかし本書のアリサの告白は、比類ないほどの美しさを見せます。本書の白眉であります。純粋すぎて、穢れたわたくしには結構眩しい。目が眩んでゐる間にアリサは向かふ側へ行つてしまひました。

生意気を言はせていただくと、翻訳がちよつと......仏語解釈の講義ならいいでせうが、文藝作品の翻訳としては、用語の選択とか、紋切り型の訳語とかが気になつてしまひました。新訳が欲しいな、と思つてゐたら、既に「光文社新訳古典文庫」の一冊として出てゐました(訳・中条省平/中条志穂)。
此方の方が良かつたかな?



ザ・ベストテン
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ザ・ベストテン

山田修爾【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2012(平成24)年1月発行

現在はテレビが複数台ある家庭が多いと存じますが、かつては一家に一台、家族の団欒の場所に鎮座してゐました。兄弟姉妹の多い時代で、チャンネル争ひも熾烈を極めてゐたと言ひます(我が家では、さういふことは無かつたが)。個人的な感覚では1970年代の10年間がその時代ではないかと。
当然、家族の皆が同じ番組を視聴してゐた訳で、興味の有無に関係なく、共通の話題となり得たのでした。
日本中の庶民がそんな感じだから、子供たちは翌日学校で、例へば昨夜放送されたドリフの番組の話題で盛り上がることができたのであります。

また当時は、「歌番組」も全盛時代でして、各局が競つて流行歌手を登場させてゐました。人気歌手は多忙を極め、バラエティ番組なんかでも、必ず歌手が持ち歌を披露するコオナアがありました。さういへば、当時は繁華街を歩いてゐても、どこかしらからヒット曲が流れてきたものです。ゆゑに、自分の好みの曲でなくても、贔屓の歌手の唄でなくても、ヒット曲は皆が認識してゐました。ウチの父なんぞは、自分の嫌ひな歌手の唄が流れてくると、「何でこんなくだらん歌が流行るんだ」と苦虫顔で毒づく一方、その歌を平気で口ずさむのでした。

「ザ・ベストテン」は、さういふ時代が最後の輝きを見せてゐた時期に始まつた歌番組であります。前例のない「ランキング形式」を採用したことや、司会に黒柳徹子さんと久米宏さんを起用したことなどが功を奏して、大人気番組となりました。
やらせのないランキングを、といふことを重視したため、たとへ山口百恵さんでも11位なら出演できず、逆にテレビ出演拒否が分かつてゐる歌手でも、ランキングにあげた上で「欠席」としてゐました。そのたび久米宏さんが律儀に視聴者に謝罪してゐたのが印象的です。

本書『ザ・ベストテン』の著者・山田修爾氏は、この番組の誕生から終了まで一部始終に関つたディレクター、プロデューサーといふことです。誕生時の苦しみ、ベテランと若手の確執、生番組ならでは事故の数々、スタア歌手との意外な交流など、本人でなければ書けない裏話が満載であります。著者と黒柳徹子さんとの特別対談も収録。さらに巻末には、全603回分の「ベストテンランキング一覧」が。これを見ると、わたくしの場合、70年代まではほとんどの曲を知つてゐるのに対し、80年代以降は、自分の贔屓歌手以外の曲はほとんど知らない。このあたりから核家族化とか、テレビは一人に一台の時代とかに突入するのでせうかね。
「ザ・ベストテン」をリアルタイムで観てゐた人にとつては、丸ごと楽しめる一冊ではないでせうか。



「婚活」症候群
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「婚活」症候群

山田昌弘/白河桃子【著】
ディスカヴァー・トゥエンティワン(ディスカヴァー携書)刊
2013(平成25)年7月発行

「婚活」時代』の続篇に当るものであります。なぜ続篇が必要になつたのでせうか。
著者たちによると、前作では「婚活」なる流行語を生み出し、その必要性も広く一般に認識されたのですが、かなり誤解も招いてしまつたといふことです。
即ち、伝へたかつた事は、①もう待つてゐても結婚できない時代である。②従来の、夫に経済的に依存する結婚の形(本書では「昭和結婚」と呼称してゐます)はもはや望んでも難しい。

ところが、これが誤解・曲解されて伝つたと。多くの未婚女性が望む、相手男性の年収は600万円以上。しかし、特にリーマンショック後は、そんなに稼いでゐる適齢期の独身男性はわづか5.7%(2010年、国立社会保障・人口問題研究所 出生力動向基本調査)なのださうです。すると、独身女性たちはその5.7%に群がり、何とか自分が選ばれるやうに躍起となつてしまつた。要するに未だに昭和結婚の夢を捨てられぬといふ訳です。その結果、なかなかパートナーが見つからず、いたづらに時間のみ経過し「婚活疲れ」を招き、さういふ現象を憂える人々からは的外れな「婚活」批判が起こる。

著者の山田氏・白河氏は、そんな本書の反響は本意ではないとして、改めて「昭和結婚」からの脱却を訴へてゐます。
例へば白河氏は、「働く女性はたつた三つの法則で結婚できる」とし、その三つとは......①自活女子になる②時間の限界のあるものを軸に③条件は広く、場所は狭く。ださうです。
①については、男性の収入のみに頼る生活から、夫婦での「世帯収入」を考へよ(無論男性はその分家事を分担すべし)と助言し、②の意味は、女性の場合「出産」が年齢との兼ね合ひがある為、ここを起点として逆算して婚活を始めよといふこと。
③は文字通り。条件を絞り過ぎると、該当者がゐないし、範囲を広げ過ぎると際限なく広がり、「どこかに理想の人はゐる筈」と、泥沼に嵌る。白河氏は、婚活疲れの女性は「この世にゐない男性」を探してゐるからだ、と指摘してゐます。

念の為に申し上げますが、本書の目的は「みんな結婚しろ」でも、少子化対策のために「産めよ増やせよ」でもありません。「結婚しない自由」は誰にでもございます。結婚したいのに相手が見つからない人に対して、考へ方の転換を促し、背中を押す一冊と申せませう。
「婚活」嫌ひの方はスルーしてくださいませ。ぢやあまた。



作家の日記
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作家の日記 1950・6-1952・8

遠藤周作【著】
講談社(講談社文芸文庫)刊
2002(平成14)年2月発行

違ひのわかる男・遠藤周作氏が逝つて丁度20年が経過しました。遠藤氏は1948(昭和23)年に慶大仏文科を卒業後、鎌倉文庫勤務を経て、1950(昭和25)年に留学生としてフランスに渡ります。当時遠藤氏は27歳。本書『作家の日記』は、その3年間に亘る留学生活を記録した日記であります。

まだ作家デビュウ前だから、表題に偽りありではと勘繰る人もゐるかも知れませんが、遠藤氏は在学中から若手の批評家、評論家として注目される存在だつたさうで、既に商業誌にも寄稿してゐたので、全くの的外れではありますまい。当時から、原民喜や山本健吉、堀田善衛らと交友があつたさうです。日記中に原民喜氏の遺書を受け取る場面があり、同時代人だつたのだな、と分かります。もつとも、遠藤氏が小説家を志したのはどうやらこの留学中のやうですが。

随所に若者らしい学習意欲が窺はれ、まあ若干の生意気さも含まれますが、その真摯な向学心には読者も襟を正すでありませう。何だか寝転がりながら読んでは怪しからぬ書物に思へてきます。実際には少し寝床でも読みましたが。
その生活内容は、読書と書簡に随分と時間をかけてゐます。幼時からカトリックの洗礼を受けてゐた氏ですから、キリスト教文学に特化した研究に没頭します。フランソワ・モーリアックやグレアム・グリーンなど、目的意識を持つた読書に勤しむ。
しかし、健康上の不安が迫りくるのです。持病の肺結核が悪化し、つひにはそれが原因で無念の帰国となります......

生活を管理監督するのが自分しかゐない環境で、今週やるべきこと、今日やるべきことを自らに課し、実行へ移す。これは中中大変なことであります。日記によると、食事に招かれたり、突然来客があつたりで、勉強の予定が狂ふこともしばしば。もし自分なら、それらを言ひ訳にして「まあ、明日でいいや」となりさうです。しかし遠藤氏は求道者のごとく書物に向かふのであります。
もつとも、ある女子学生に、なぜフランスに留学に来たのかを問はれると、日本で二人殺して逃げてきたのだと答へるあたり、後年の孤狸庵先生を彷彿とさせる場面もあつて、嬉しくなります。

本書は、なるべく若い人が読むとよろしい。志を持つた人が挫けさうな時に、本書の頁を捲ればきつと初心を思ひ出し、再び歩き出す心持になるでありませう。
しかしながら、わたくしのやうなおやぢが読むと、中中辛い。学生時代にはそれなりの将来の展望を描いてゐた筈ですが、結局は無為なる日々を繰り返し、「青春という宝」を失つてしまふ。シャルル・アズナヴール。ちよつと、本書は眩しすぎるのです......



警察庁長官を撃った男
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警察庁長官を撃った男

鹿島圭介【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2012(平成24)年7月発行

1995(平成7)年は、或る古老をして「戦後最悪の年だつた」と言はしめたほど、厄災の大きな年でありました。
その代表例が、1月17日の阪神淡路大震災、3月20日の地下鉄サリン事件と申せませう。前者は自然災害(人災とも批判された)であるのに対し、後者はカルト宗教団体(オウム真理教)による凶悪犯罪でした。そして同じく3月の30日に発生したのが、國松孝次・警察庁長官狙撃事件であります。

折からオウムに対する捜査が進んでゐた時期でもあり、公安部長は「オウム真理教の信者グループが教祖の意思のもと、組織的、計画的に敢行したテロ」として断定し、結局それで捜査は終結しました。世間も何となく、ああやつぱりオウムだつたのねと、わたくしも含めてさう認識した人が多かつたと記憶してをります。それにしては実行犯が特定されず、不思議な幕切れではありました。

ところがどつこい、鹿島圭介著『警察庁長官を撃った男』を通読いたしますと、中村某なる老人が「犯人は自分だ」と名乗り出てゐたといふのです(元元、この人物を取り上げたのは「週刊新潮」のスクウプださうですが)。しかも詳細な自供内容で、犯行現場にゐた人物にしか分からぬ事実を次々と述べてゆくのです。さらに使用した銃についても、日本はもとより本場米国でも稀少な銃で、科捜研や科警研のメムバアも知らぬ知識を有してゐました。
著者はウラを取るべく精力的に取材を試みます。銃器類に関しては、態々米国まで飛んで関係者の証言を求める旅をするのでした。

そもそもこの事件は、本来捜査に当るべき刑事部がオウム捜査で手一杯の為、公安部にお鉢が回つてきたといふ事情がありました。これが悲劇の原因で、オウムの事しか頭にない公安トップは「中村説」を相手にせず、事実を捩ぢ曲げてまでオウム犯人説を「創作」したといふ事です。
自らの保身と面子の為に、みすみす真犯人を逃し、迷宮入りにしてしまつた罪は大きい。俄かには信じ難いのですが、近年の警察組織の不祥事の数々を振り返ると、信憑性は高いのではないでせうか。事実は小説よりも奇ッ怪なり。まあ一度本書に目を通してくださいと申し上げます。著者の、事実を求める執念に圧倒される事でせう。