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2017年01月30日の記事 (1/1)

被差別部落の青春

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被差別部落の青春

角岡伸彦【著】
講談社(講談社文庫)刊
2003(平成15)年7月発行

著者の角岡伸彦氏については、かつて『ホルモン奉行』なる愉快な一冊を読んだ事がありまして、ホルモン愛に満ち溢れた文章に魅了されたのであります。部落出身者であることも公言してゐて、部落関係の著書もあることが分かり、いづれ読んでみたいと思つてゐました。

で、『被差別部落の青春』であります。そもそも平均的日本人は、同和問題をいつどのやうな形で知るのでせうか。わたくしは中学校の歴史の授業で、原田先生から聞いたのが最初ではないかと思ひます。「エタ非人」などといふ言葉も同時に知りました。あらゆる言葉を貪欲に覚えたいわたくしですが、これは知りたくなかつたなあ、と思ひました。「部落」といふ言葉は無論存じてゐましたが、単に山間部あたりの集落といふイメエヂしかありませんでした。東宝映画「大怪獣バラン」では、セリフに「岩屋部落」といふ言葉が連発されるのですが、わたくしが最初にビデオで観た時には、その部分は音声が消されてゐました。タブウだつたのですね。

角岡氏自身は、直接差別を受けたりしたことは無いさうです。角岡氏の両親も同様であると。では差別はもう無いのか? 同和政策が進んだ結果、見た目の衣食住は部落も非部落も変化は感じられぬとか。しかし逆に部落は優遇され過ぎだと逆差別を受ける場合もあるさうです。
一体現状はどうなのかを自身が取材し、レポートしたといふ訳です。
出自をとにかく隠す親と、あつけらかんと部落出身を語る子供。今なほ根強い結婚差別。これは意外なほど相手の親が世間体を気にして、「部落の血が一族に混じるぢやないか」と差別を隠しません。

そんな状況を知る人たちは、どうしても自分が部落出身であることを隠すのですね。少なくとも、自らカミングアウトするやうなことはしない。特に聞かれもしないし、わざわざ言つて、人間関係に影響したら......しかし黙つてゐるのは何となく罪悪感を(何も悪いことはしてゐないのに)感じる。心の負担になるのです。
食肉工場(屠殺場)に対する差別もあるさうで、根は深い。これは同和問題もさることながら、生命に対する教育がなつてゐない証拠ですね。もつともこれは世界的な傾向であります。クジラを殺すなといふキャンペインに通づる愚劣な思想と申せませう。あ、余計な事を申しました。

差別はもうないといふ楽観論と、今なほ激しい差別は存在すると主張する悲観論の両極端が聞かれる同和問題。著者は「その中間」はどうなつてゐるのかを知りたくて、どこにでもゐる普通の部落民の日常を取材したさうです。
また、この問題を扱ふ報道はどうしても暗く、重たいので、読んでゐても心が沈んでくるのですが、角岡氏は「それだけやないやろー。おもろい奴も、笑える話もあるで」と思ひ、持ち前の軽妙な文体で本書を世に問ふた訳です。
部落を語つた本で、これほど読後感爽やかなものも珍しいと言へませう。
ぢやあ、又。



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