源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
塩狩峠
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塩狩峠

三浦綾子【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1973(昭和48)年5月発行

永野信夫くんは、厳格な祖母と温厚な父と一緒に暮してゐました。母親は信夫を生んですぐに亡くなつたと聞かされてゐます。やがて、思ひがけなく祖母が急死し、同時に見知らぬ女性と女の子が家にやつてきました。実の母と妹であります。
実は母はクリスト教徒で、ヤソを嫌ふ祖母に家から追ひ出されてゐたのでした。信仰を捨てる事は出来ず、夫と息子との別居生活を選んだのであります。しかしその祖母が急逝したため、戻つて来た訳ですな。

祖母の影響もあつて、信夫は中中クリスト教に馴染むことができません。食事の時、父・母・妹がお祈りをするのに、自分だけしないので、疎外感を抱いたりします。しかし、成長するに従ひ、様々な人たちとの出会ひもあつて、クリスト教への抵抗感は徐々に薄れていくやうに見えました。

友人吉川の後を追ふやうに、信夫は北海道へ渡ります。鉄道職員として活躍する一方、吉川の妹ふじ子への愛情を募らせるのであります。上司から娘を貰つてくれと頼まれ断るのですが、それをきつかけに、ふじ子を愛してゐたことを認識するのです。病弱だつたふじ子ですが、信夫の看病の甲斐もあり病状は好転し、二人は結納の日取りを決める段階まできたのですが、運命は残酷でありました......

クリスト教徒向けの雑誌に連載されたこともあり、初めて読んだ時には「クリスト教の宣伝小説かな」と思つたものです。祖母がいかにも愚かしく悪い存在に書かれてゐるやうな気がして、それも違和感があつたのです。
しかし再読しますと、畢竟人は如何に生きるかを問ふ物語だと感じた次第であります。信仰はひとつの道具とでも言ひますか。まあわたくしは、自分に危害を加へる人物の事を「彼をお許しください」などとは思はないし、右の頬を打たれたら左を差し出す度量もございませんがね。

モデルとなつた長野政雄氏の自己犠牲は、信仰の為の結果かどうかは分かりませんが、これはノンフィクションではなく、あくまでも実際の事件を基にした純然たる小説であります。長野氏の死を美化するなといふ批判があるさうですが、自殺説、操作ミス説、覚悟の死説のいづれが事実であるにせよ、警察の捜査ではないのですから、小説の設定は作者に委ねられて当然と申せませう。

感動する人は感動するし、辟易する人はやはり辟易する。人付き合ひも読書も同様ですな。



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国鉄を葬る人たちへの手紙
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国鉄を葬る人たちへの手紙 妻と子どもは訴える

人材活用センター全国連絡会【編】
教育史料出版会刊
1987(昭和62)年3月発行

先達ての『国鉄再建はこうなる』は、分割民営化推進の立場からの書物でしたが、こちらはそれを阻止したい国労の面面(の家族)の視点から刊行された一冊。
元元分割民営化の目的は国労つぶしにあると言はれ、のちに中曽根康弘元首相も認めてゐるさうです。国鉄問題=組合問題と言つても過言ではなかつたと申せませう。

国鉄改革で、最終的に4万を超える余剰人員が出ると試算され、その対象になつた人たちは、約80パーセントが国労であつたといふことです。悪評高い「人材活用センター」なる組織に異動させられ、仕事を取り上げられる。そして三年のうちに再就職を迫られるのであります。
まあ世間一般では当時、国鉄に対する同情も薄く、「まあ已むをえないよね」みたいな空気でしたが、実際に首切りにあふ本人はともかく、その家族は「なぜ?」と疑問に思ふことでせう。うちのお父ちやんは国鉄の為に一所懸命働いてきたのに、何も悪いことをしてゐないのに、どうして首切りにあふの? 

大ナタを振るふのはいいが、その方法が禍根を残したと申せませう。最終的に「人材活用センター」に配属されたのは2万1000人、全国1440箇所に設けられました。で、そこで何をやるかといふと、草むしりとか空き缶拾ひ、レールの文鎮作りなどをさせられてゐたとか。
文中で本人たちも述べるてゐるやうに、草むしりも必要な仕事で、それを卑しめる訳ではありません。しかしそれらの作業をさせる当局の目的は、それまで専門職として技術を身に付けその仕事に誇りを持つてゐた人たちの、人間としての尊厳といふかプライドをずたずたに引き裂き、自主退職へと追ひ込む事であります。

人権無視として国際的にも問題となり、最終的に「人材活用センター」は廃止されるのですが、実はより巧妙な形でそれは生き残つてゐました。何より「人材活用センター」は、その後の「日勤教育」や、民間企業における「追出し部屋」などのはしりとなつたと指摘されてをります。それが事実ならば、まことに罪深い存在であつたと申せませう。

度重なる運賃値上げ、たるんだ事故の続発、利用者無視のスト、客扱ひの対応のひどさ......「国鉄憎し」の大合唱の中で、孤独な戦ひを続けた人々のルポルタージュであります。粛々と国鉄改革が進む中、妻や子供たちがいかに奮闘してゐたのかを知るのも、悪いことではありますまい。


原節子 あるがままに生きて
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原節子 あるがままに生きて
貴田庄【著】
朝日新聞出版(朝日文庫)刊
2010(平成22)年6月発行

一昨年9月に亡くなつた原節子。なぜこのタイミングで登場するのかといふと、先達て某ラジオ番組にて、彼女の評伝を書いたノンフィクション作家・石井妙子氏のインタヴューを聞いたからです。
原節子といへば小津安二郎監督作品に代表される、一歩引いた立ち位置のいかにも日本的な女性を演じてゐましたが、素顔の彼女は大きく異なるとか。石井氏によれば、原は小津作品における自分の役柄に満足してゐなかつたとか。ほほう。

原節子 あるがままに生きて』は、映画評論家の貴田庄氏による原節子の評伝(文庫カヴァーには「エッセイ」と書いてありますが)であります。ほぼ時系列で彼女の生涯を追つてゐます。
原が女学校を中退し映画界に入つたのは、どうやら経済的な理由らしい。義兄の熊谷久虎が日活で映画監督をしてゐた縁で、14歳で女優デビューするのでした。
当初は鳴かず飛ばずでしたが、たまたま日本に来てゐたドイツ人監督のアーノルド・ファンクの目に留まり、日独合作映画「新しき土」のヒロイン役として抜擢され、一躍注目を浴びるやうになります。

しかし原節子は当初、演技が拙いといふことで、何かと大根呼ばはりされるのです。まあ確かに巧くはなかつたかも知れませんが、さう取り立てて騒ぐほどの大根だつたか。彼女自身も、演技の未熟さを自覚しながら、反撥心もあつたやうです。
美男美女といふものは、やつかみも手伝つてか、何かと大根扱ひされるものです。長谷川一夫などは酷い言はれやうでした。
それが山中貞雄、成瀬巳喜男、黒澤明といつた名匠たちに揉まれてゆくうちに、さういふ誹謗は減少し、そして小津安二郎と組むに当つて大輪の花を咲かせた感じでせうか。

原節子本人は、「開かれた女性」だつたので、男性の添へ物的な役に飽き足らず、もつと女性が自らの意思で活動する役がしたかつたさうです。本書によれば、細川ガラシャを演じたかつたと語つたとか。
そして女優といふ職業を実に真面目に捉へてゐました。舞台挨拶を嫌ひ、水着撮影を拒否し、ラブシーンは撮らずと、彼女にとつて、映画女優には邪道と思ふ行為を避けてゐたのです。女優は映画における演技で勝負すべきで、素顔を見せたり私生活を曝したりするのはすべきではないと考へてゐました。
一見わがままのやうですが、むしろ現代の俳優さんたちに見習つていただきたいものです。人気商売ゆゑ、あまり頑ななのも問題ですが、CMのおちやらけた姿を見慣れた後で、映画やドラマのシリアスな演技を見せられても素直に鑑賞できないのであります。あ、わたくしの場合ですがね。異論もあるでせう。

そして42歳での引退。山口百恵さんのやうにことさらに引退を表明する訳でもなく、フェイドアウトするやうに消えたさうです。その後ほとんど公の場に姿を見せず、実に潔い身の引き方でした。
引退の理由については、健康説(目を悪くした)だとか小津監督の死去がきつかけだとか、色色言はれてゐますが、結局本人の真意は分かりません。本書では、実兄の会田吉男カメラマンの不慮の死も引金ではないかと推測してゐます。

本書の刊行時は当然、原節子さんは存命中でしたが、結局隠遁生活を全うしたまま、95歳の生涯を閉じたといふ訳です。見事な一生と申せませう。
すでに「伝説の女優」原節子に関する書籍は幾つも出てをりますが、この『原節子 あるがままに生きて』は、わたくしのやうな初心者にはまことに分かりやすく入門書として恰好の一冊と存じます。


国鉄再建はこうなる
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国鉄再建はこうなる

加藤寛【著】
ダイヤモンド社刊
1985(昭和60)年10月発行

1987(昭和62)年4月1日、日本国有鉄道はその歴史を終へ、JRグループへと移行しました。今年は丁度30周年といふことになります。
30年を機に、当時の雰囲気を伝へる書物をいくつか読んでをります。この『国鉄再建はこうなる』もその一つ。著者は、第二次臨調(土光臨調)の主要メムバアだつた加藤寛氏。カトカンですな。
従つて当然、国鉄の分割民営化については推進すべしとの立場であります。

序章「国鉄はなぜ改革しなくてはならないか」と終章「新生国鉄が未来を拓く」が概論にあたり、真ん中の第一章から第三章はQ&A形式で、想定される疑問や質問に答へてゐます。
膨れ上がる国鉄の赤字が大問題になつてゐました。公共性を盾に、赤字線を造り続け、毎年二万人を超える大量採用を止めず、安全の為と称して人員整理も出来ず、どうせ親方日の丸さ、何とかなるよとやつてきたが、結局何ともならず崩壊したのであります。

加藤氏が語る分割民営化の姿は、既に完成されたものに近いやうです。分社化された各会社の概要や、その株式の保有方式、三島会社の扱ひ、余剰人員の振り分けなど、ソフトな語り口で素人に分かりやすく解説してくれます。
まあ、もう決まつた事ですから、少々気になる事があつても目を瞑りませう、てな感じも少ししますが。
例へば組合問題はほとんど語られません。そもそも分割民営化は国労つぶしだと言はれてゐました。ここでは余剰人員9万3000人のうち、最終的に辞めてもらふ人は4万1000人としてゐます。この人たちは、三年のうちに再就職先を決めていただくと。
「単なる首切りではないのです」と著者は言ひますが、のちの「人材活用センター」の実態を見れば、単なる首切り以上に残酷な事が行われてゐたのですねえ。無論この時点で著者はそれを想定してはゐなかつたでせうが。

30年といへば、ある歴史的事件に対して、一定の評価を下せる期間だと申せませう。本書ではその立場上、バラ色の未来を描かざるを得ない面もありますが、現代の我我が分割民営化が成功であつたか否かの判断を下せる材料を示してゐるのではないでせうか。


一人ならじ
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一人ならじ

山本周五郎【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1980(昭和55)年2月発行

今年は、山本周五郎の没後50年に当ります。
この人の作品は映像化されたものが多いのですが、そのどれもがわたくしの好みではないのです。それで何となく原典からも遠ざかり勝ちになりますが、実際に作品を読むと素晴らしいのであります。映画やドラマになればなるだけ、却つて新たな読者が減るやうな気がするのはわたくしだけでせうか。

有名な作品はたくさんあるけれど、ここでは何となく『一人ならじ』。いちにんならじと読みます。
全14篇の短篇小説が収録されてをります。発表時期は昭和15~32年にわたりますが、そのほとんどは戦前・戦中に集中してゐます。
その内容は、封建的な武士世界の厳しい社会を背景に、己の信念に生きる人たちを描いてゐます。中中良い。

まづ「三十二刻」の宇女。嫁ぎ先の舅から冷たい仕打ちを受けながら、戦において非凡な対応を見せます。ちよつと出来過ぎ。
「殉死」における八島主馬と福尾庄兵衛。殉死を禁じられた中、主君の死に際して二人は対照的な行動をとります。わたくしは八島の現実的な選択を支持したい。
「夏草戦記」では、立番を離れたらいかなる理由でも死罪、との掟の中、三瀬新九郎は敵方に情報を流す裏切者を討つ為に持ち場を離れます。結果多くの味方の生命を救ふのですが(本来なら殊勲者)、それを語る事無く死罪を受け入れるのです。
「薯粥」は我が隣市の岡崎が舞台。十時隼人なる剣豪が登場しますが、少し理想化し過ぎかも。
「石ころ」の多田新蔵に、妻の松尾は結婚当初失望してゐました。しかし新蔵には隠された真の姿があつた。
「兵法者」における水戸光圀は、後年自ら語るやうに残酷だと思ひますよ。
「一人ならじ」の栃木大介は、犠牲的精神からいくさの最中に片足を失ひます。しかし周囲からは大して評価されませんでした。なぜか......? さすがに、表題にもなるくらゐの作品であります。派手ではないが読後にじわじわと味はひが広がります。
「柘榴」における真沙は、新婚時代、その若さゆゑに夫の本質を見抜けなかつたと反省してゐますが、柘榴を新妻に例へる夫はやはり気持ち悪い。
「青嵐」の登女は、夫に隠し子がゐると未知の女から告げられ、その疑惑を夫に問ふこともできずに、子供の世話をみます。いささか現実離れした対応ですが、その結果、最終的に夫婦の結束は強まることになりました。
「茶摘は八十八夜から始まる」も岡崎もの。領主の不行状を改める為、水野平三郎は相伴役を申し出ます。実は水野自身も放蕩生活から逃れられず、自分を戒めるつもりで願ひ出たのでした。その結果、どうなつたのか......?
「花の位置」のみ時代が違ひ、太平洋戦争末期の東京が舞台。発表されたのも正に昭和20年3月。この時代にも目が曇る事無く、かくも冷静に庶民の戦争に対する思ひを活写してゐます。

本書は必ずしも作者の代表作とか有名な作品といふ訳ではありませんが、いづれも水準以上の出来栄と存じます。やはりヤマシュウ、只者ではないな。
出来過ぎのストーリィに、人によつては修身の教科書みたいだと鼻白むかも知れませんけどね。ぢやあまた。