源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
〈図解〉配線で解く「鉄道の不思議」 東海道ライン編
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〈図解〉配線で解く「鉄道の不思議」
東海道ライン編


川島令三【著】
講談社(講談社+α文庫)刊
2012(平成24)年12月発行

おやこんなシリーズがあつたのかと手に取る。実は「【図説】日本の鉄道」シリーズ」(あのB5の薄い本のシリーズだよ、と言つても分からないか)の別冊を書籍化したものださうです。更にそれを文庫化したのが本書であります。同シリーズを所持する人にとつては紛らわしい一冊ですが、わたくしは購買してゐませんでしたので幸いでした。
第一弾として発表されたのが本書「東海道ライン編」。東海道ラインといふ呼称は著者・川島氏の造語だとか。色々と言葉を創り出す人ですなあ。

3章構成であります。第1章は「駅と配線のミステリー」。東海道を謳ひながら、冒頭に「上野-秋葉原間1.6kmに隠された謎」を持つてきたのは絶妙であります。かういふ書物は、まづ首都圏の読者を惹きつけねばなりません。わたくし自身も秋葉原駅の歴史については無知でした。何しろテツではないのでね。
因みに「愛知の鉄道・舞台裏」「名岐の鉄道」については、地元民だけあつて、わたくしには承知済みの事項でした。

第2章は「知られざる鉄道史」。「東京駅の変遷」「横浜と鉄道」はまさに、日本の鉄道の発祥そのものと申せませう。個人的には「生駒山の壁」が興味深く読めました。近鉄各線が最短距離を通らず、不自然な線形をしてゐる理由が分からうといふものです。

第3章は「配線図を楽しむ 絶景・名所クローズアップ」。「配線図」をダシにした観光案内ですかな。豊橋駅のホテルアソシアからのトレインヴューを紹介するあたりは、流石に川島氏であります。本当に絶景、といふかテツにとつてはいつまでも見飽きない光景なのであります。

講談社の〈図解〉シリーズは、その名に反してあまり図解が目立たぬ本が多かつたのですが、この配線シリーズは文字通り「図解」が活躍し、その名に恥ぢぬ内容であります。カラー頁が多いのもいい。本書の後、「山陽・山陰ライン」「中部ライン」と続き、どうやら配線シリーズで全国制覇するつもりらしい。それも結構ですが、肝心の「大研究」シリーズを早く完結して頂きたいとも思想するわたくしでした。


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戦後史の空間
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戦後史の空間

磯田光一【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2000(平成12)年8月発行

磯田光一氏が世を去つたのが1987(昭和62)年、もう三十年にもなるのでした。まだ56歳の若さだつたのです。
歴史に残る事件や出来事がこれから続発するといふ時期に亡くなつたといふことになります。磯田氏がベルリンの壁崩壊やソ連の消滅を目の当たりにしてゐたら、如何なる視点から読み解くのか、まことに興味深いものがありますが、まあそれも詮無いこと。

新潮文庫の説明文によると、『戦後史の空間』は『鹿鳴館の系譜』『左翼がサヨクになるとき』と併せて三部作を為してゐるさうです。まあそれはいい。とにかく敗戦後の日本を、文学作品を通じて論じます。
敗戦における「無条件降伏」の意味とは何か。ポツダム宣言の条件による降伏とは、本来「有条件降伏」となるべきであると。ポツダム宣言を「無条件に」受け入れる事が、即ち「無条件降伏」ではないのだと指摘します。

また「占領の二重構造」では、戦後のGHQによる占領のみならず、戦前戦中の陸海軍による「軍事占領」に注目します。軍部の圧迫から逃れられた解放感と同時に、新たに米軍による日本の支配の不安。つい先日まで「鬼畜米英」などと喧伝してゐた相手に、媚びへつらふ風潮を苦々しく感じてゐた人も多かつたと言はれてゐます。太宰治もさういふ、偉い人たちが戦後に豹変してしまつたことに失望を隠しませんでした。

さらに戦後を示す数々のキーワード(「新憲法制定」「安保改定」「洋行」「転向」「高度成長」......)を、磯田流に読み解きます。戦後日本は世界にも例のない高度成長で右肩上がりの発展を続けてきたと言はれますが、その変容の仕方や、失つたものなどを情け容赦なく眼前に提示するのでした。

そして最終章の「もうひとつの“日本”」。人々は「戦後」といふ時代を前提にして語り過ぎると指摘。それを崩す作業仮説として、三つの想定を試みますが......中中衝撃的な内容ですな。米国ではなくソ連に占領されてゐたら......日本が米国の51番目の州に編入されれてゐたら......「戦後」そのものの枠組を破砕したら......
荒唐無稽な空想としてではなく、どうやら米国に依存し保護されながら同時に反発を繰り返してきた「戦後」の本質を炙り出す作業だつたやうです。

なほ、引用された数々の文学作品ですが、わたくしは結構読んでゐたつもりなのに、そんな小難しい事は考へにも至らなかつたのであります。情けない喃。



先日、映画監督の坂野義光氏が亡くなりました。86歳。商業映画はあまりたくさん撮つてゐないのですが、何と言つても「ゴジラ対ヘドラ」で、ゴジラを飛ばせてしまつた奴として有名であります。放射能を吐きながら、後ろ向きにタツノオトシゴみたいな恰好で飛んでゆくのでした。あれにはぶつ飛んだ人も多かつたでせう。
そのせいか、その後は声がかからず、ドキュメンタリーの方面で活躍してゐたやうです。近々拙ブログにて著書を取り上げる予定であります。今夜は「ヘドラ」の追悼上映をするかな。
合掌。


鉄道地図は謎だらけ
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鉄道地図は謎だらけ

所澤秀樹【著】
光文社(知恵の森文庫)刊
2013(平成25)年4月発行

わたくしが所持するのは光文社新書版ですが、その後文庫化されたやうですので、ここではそちらを挙げておきます。昔中公新書が文庫化されたりとかはありましたが、本来新書の文庫化といふのは異例なことでした。わたくしも好きではありませんが、まあ仕方がない。

地図といふものは、いつまで眺めてゐても飽きませんね。わたくしも幼少時より、暇があれば地図を読み耽つてゐました。小学生の時分は、給食の時間にいつも地図を広げてゐて、至福のひと時だつたなあ。
同時に時刻表の索引地図も愉快であります。著者は「(鉄道地図を)眺めているとだんだん地図に描かれた地域が、我が領土のように思えてくる」と述べてゐます。丸谷才一氏ふうに言へば「帝国主義的愉しみ」ですかな。

さうして鉄道地図を備にチェックしてゐると、不思議な現象が色々と見つかります。なぜこの路線は不自然に大迂回して遠回りをするのか。なぜこの一区間だけ会社名が違ふのか。同じ位置にある駅なのに、なぜ駅名が違ふのか。
所澤秀樹著『鉄道地図は謎だらけ』ではかういふ疑問に、所澤秀樹氏が懇切丁寧に、即ちメイニアックに答へてくれます。

第一幕の「鉄道地図、七不思議の怪」は、まあ割と他の類書でも紹介される内容です。ドラゴンレール大船渡線とか、土讃線・予土線に挟まれた土佐くろしお鉄道とか。しかしかかる(所澤秀樹氏はこの「かかる」をやたらと多用します)不恰好な路線は、今後「整備新幹線」が開通するにつれて、ますます増えるでせう。既に信越本線・東北本線・鹿児島本線・北陸本線・函館本線などで無残な姿を晒してゐます。

第二幕の「全国津々浦々、「境目」の謎」では文字通り会社間の「境界」について述べてゐます。特に貨物関係はわたくしも知らぬことが多いのです。テツぢやないですからね。一般の読者は付いて行けるのでせうか。

第三幕は「特選 鉄道地図「珍」名所八景」。著者が選んだ珍名所を解説。いづれの「名所」も承知済みですが、最後の第八景は知らぬ事実が結構ありました。わたくし、元元東武関係はちよつと弱いものですから。

所澤氏の著書に慣れてゐない人は、その諧謔調に戸惑ふかも知れませんが、この人は真面目な硬い評論(例へば『国鉄の戦後がわかる本』とか)を書いても、どこか軽いユウモワを交へてゐますので、藝風なのですね。まあ、N・T氏のワルノリぶりに比べたら好感が持てるのではないかと。
旅のお伴に、肩の凝らない一冊と申せませう。

道草
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道草

夏目漱石【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1951(昭和26)年11月発行
1969(昭和44)年2月改版
2011(平成23)年3月改版

いやはや又もや間が空いてしまひました。
さて、昨年(2016年)は漱石の没後100年といふことで盛り上がつてゐましたが、今年は生誕150年に当るのでした。二年続けての漱石イヤーなので、わたくしも『道草』を開いた次第であります。

』『こころ』などと同様に夫婦の問題が描かれてゐます。しかし『道草』がそれらと違ふのは、ほぼ漱石自身の体験を綴つた「自伝的小説」であるといふところですね。主人公の健三が即ち漱石本人がモデルであります。妻のお住が鏡子夫人、さらに金をたかる島田のモデルは養父の塩原昌之助となつてゐます。

ロンドン留学から帰国した漱石。英国では精神的にまいつたやうで、神経衰弱になつて、いはば志半ばで帰国する訳です。その後漱石は『吾輩は猫である』で世に出て、朝日新聞社の専属小説家となります。本作の冒頭に「健三が遠い所から帰つてきて」とあるのは、漱石がロンドンから帰国した事を指してをります。
本作の後は絶筆となつた『明暗』を残すのみで、漱石としては最後期に属する作品。もうこの時期になると、初期に見られた諧謔調は姿を消し、重苦しい雰囲気で物語が進むのであります。

夫婦関係はきくしやくしてゐます。夫は空疎な理屈を振り回す思ひやりのない変人として描かれ、妻は怠惰で夫の仕事にあまり協力的ではないやうに見えます。現在の目から見ると、お住は特段の悪妻とも思はれませんが、毎日夫よりも遅く起きるなど、明治の世では非難されるべき一面があつたのでせう。
しかし後にお住が出産する際には、何だかんだ言つて夫婦の結び付きを感じさせる場面もあり、ちよつと安心します。

序盤で島田に出遭つてから、後の色々な面倒(金をたかられる)を示唆するところなどは、読者の興味を誘ひぐいぐい引張ります。そして徐々に島田が接近する様子は、まるでサスペンス小説のやうであり、読者はどきどきしながら先を急ぐのであります。漱石はまるでエンタメ作家ですね、好い意味で。
それにしても「島田」がかういふ卑しい人物に描かれて、モデルの塩原昌之助の子孫の方は、この小説をどう感じるのでせうか。

漱石を余裕派と呼び揶揄してきた自然主義派が、『道草』で初めて漱石を認めたとの話もありますが、あくまでも自伝的小説であつて、従来の作風を変へてはゐないと存じます。小説作法の上手であるだけの話です。
「世の中に片付くなんてことは殆どありやしない......ただ色々な形に変るから他(ひと)にも自分にも解らなくなるだけの事さ」

国鉄/JR 列車編成の謎を解く
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国鉄/JR 列車編成の謎を解く 
編成から見た鉄道の不思議と疑問


佐藤正樹【著】
交通新聞社(交通新聞社新書)刊
2010(平成22)年10月発行

列車編成の謎とは何ぞや。専門的な内容なのかと思つて手に取ると、一般的な車両編成の概説書みたいなものでした。書名の付け方に一考を要するかと存じます。

内容を概観しますと......まづ第一章は「歴史から見た旅客列車の編成事情」。
日本の鉄道誕生から、車両編成の変遷をざつと紹介しますが、即ち動力の近代化とも申せませう。機関車が牽引する「客車」、無煙化を実現し動力を各車に分散した「電車」、地方ローカル鉄道に革命をもたらした「気動車」、それぞれの特性が、いかに歴史の要請に従ひ登場し、消えて行つたかを説明してゐます。
ところで、わたくしが所持する本書では、ヘッダ部分に章のタイトル(ここでは前述の「歴史から見た旅客列車の編成事情」)が記載されてゐるのですが、最終ペイジ(37ペイジ)のみ「第一章 さいはての植民軌道」となつてゐます。これは、同じ交通新聞社新書の『幻の北海道殖民軌道を訪ねる』のヘッダが紛れ込んだのですね。

続く第二章は「編成の素朴な疑問」。運転士が先頭車両に乗つてゐる理由、車掌が最後尾の車両に乗る理由、最近のローカル線が短編成の理由(国鉄時代は実に無駄に多くの車両をつないでゐました)、新幹線が16両になつた理由、寝台車が編成の端に連結されてゐた理由など、まあ普通の人なら疑問にさへ思はぬであらう事象が解説されてゐます。

更に第三章「編成の不思議」では、「なぜ○○は△△なのか」みたいな、まるで第二章の続きかと思ふやうな話題が満載です。電車と気動車の協調運転の比喩に、手を繋ぐ恋人同士を持ち出すのはどうかと勘考する次第です。

第四章になりますと、「編成のジレンマ」なるタイトルで、例へば多客時に連結車両を増やしたいが、勾配の制限があるためままならぬとかの話が紹介されてゐます。碓氷峠を渡る特急「あさま」(もちろん現在の新幹線ではない)も、最大8両連結といふ制限があつたため、食堂車を泣く泣く編成から外すといふこともありました。
ところで、急行「赤倉」の冷房の話は、うんうんさうだつたなあと頷きながら読みました。冷房装置があるのに(元元ない車両も連結されてゐたが)発電機が未発達のため、自由席の乗客が泣きをみるといふ急行列車。特別料金を徴取する急行で、冷房が無いなど現在では考へられませんが。
因みに急行赤倉は、かつて名古屋から新潟までを走つてゐたロングラン急行。キハ58系気動車の堂々たる12両編成(らしいですね。わたくしの記憶では最大13両繋いでゐたやうに思つたが、記憶違ひか)で運転されてゐました。

最後の第五章「知っていると自慢できる編成の予備知識」では、車両に付されてゐる記号や数字などを解説してゐます。あのキハとかモハとかサロとかいふやつですね。最近は特段のテツではない人にも認知されつつあるやうです。わたくしは無論、テツではありませんがね。
ところで、新幹線の形式ですが、本来0系の次は1系となる筈が、実際には三桁の100系になつた為、続く新車も200系・300系と倣つたと聞いてゐますが、どうなんですかね。現在のJR東は、E1系、E2系......と「E」は付されてゐますが一桁となり、これを「本来の姿に戻つた」と述べる人もゐるのですが。その辺を語つていただきたかつた喃。

冒頭述べたやうに、特段の謎はなく、列車編成に纏はるあれこれ読物と申せませう。内容自体は中中楽しいので、書名で損をしてゐますね。もつとも、新書のタイトルは編集部が命名するケースが多いとも聞きますが......