源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
新幹線 保線ものがたり
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新幹線 保線ものがたり

仁杉巌【監修】
深澤義朗【編著】
山海堂刊
2006(平成18)年2月発行


いやあ読み通すのに時間がかかりました。ツマラナイのではなく、その逆で興味深い内容なのですが、何せ専門的な話が多いので理解するために何度も立ち止つたりしたのです。しかし語り口はソフトで親しみやすいので、何とか最後まで辿り着いたといふ訳です。

監修は元国鉄総裁の故・仁杉巌氏。国鉄の分割民営化をすすめるにあたり、最後の国鉄総裁となるかに思はれましたが、組合対策でうまくいかず、分割民営化に消極的と見做され、時の総理中曽根康弘に更迭されてしまひました(後任は杉浦喬也氏)。
仁杉氏による「序文」では、元来土木系の氏が、「保線」といふ作業について誰かに(一冊の書物に)纏めて欲しいと考へてゐたことが明かされます。その眼鏡に適つたのが、編著者としてクレジットされてゐる深澤義朗氏といふ訳ですな。
「編著」だからこの人が一人で書き上げた訳ではなく、複数の執筆者がゐると推測されます。 しかし「執筆者一覧」みたいなコーナーはなく、不思議なのです。

本文を読むと、それまで漠然と「保線」は縁の下の力持ち的な、地味なものだと思つてゐましたが、実は鉄道運営における基盤といふか、花形部署(と呼ぶには過酷過ぎる現場ですが)であることが分かります。
最も古い東海道新幹線は、基本的に盛土にバラスト軌道、木の枕木であります。つまり在来線と大差無いのでした。この上を、無数の新幹線電車が、16両編成の躯体で駆け抜けるのです。何度も何度も実験を繰り返し(重量、速度、直線とカント部分の相違など、様々な要因の差でダメージの度合いも違ふ)、「軌道破壊理論」を構築する。わたくしのやうな凡人には想像もつかぬ世界であります。

東海道新幹線開業時は、路盤が固まつてゐないといふことで、東京-新大阪間の所要時間は、「ひかり」四時間・「こだま」五時間でした。13か月後に漸く、「ひかり」三時間十分・「こだま」四時間運転を実現したのです。これはテツには良く知られてゐる話。
しかし、その13か月の間に、想像を絶する悪戦苦闘が繰り広げられてゐたのですねえ。
また、閑散時に全面運休した「若返り大作戦」を支へた現場の修羅場など、初めて知る事柄ばかりでした。

頭から通読しやうとすれば、かなりの力瘤が必要となりますので、仁杉氏が語るやうに拾ひ読みでも十分にその真髄に触れることが出来るでせう。一寸高いけどね。



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〈図解〉配線で解く「鉄道の不思議」 中部ライン編
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<図解>配線で解く「鉄道の不思議」

中部ライン編


川島令三【著】
講談社(講談社+α文庫)刊
2013(平成25)年1月発行

今度は「中部ライン」を取り上げてゐます。著者によると、中部ラインとは「東京駅を起点に中央線に沿って進み、上信越線、北陸線を経て東京駅にターンするルート」ださうです。

第1章は「発掘・発見!知られざる鉄道 歴史とミステリー」。
川島氏の読者なら、「ウム、この話はどこかで読んだぞ」と思ふ項目が多いかも知れません。それでも、新宿駅の歴史や、北陸線旧線跡の話などは一読の価値はあるでせう。
わたくしも日本の鉄道にはほゞすべて乗つてゐますが(テツぢやないけど)、全ての路線で血眼になつて車窓をチェックしてゐたわけでもなく、当然見逃してゐた箇所も多多ございます。
地元の名鉄や愛環などは、おほむね見所は押さへてゐる心算ですが、それ以外の地域ですと、やはりかういふ書物は助けになるのです。

第2章は「配線図を楽しむ 絶景・名所クローズアップ」。
「美しき新宿駅の配線」によると、新宿駅周辺は超高層ビルが林立してゐるのに、駅を俯瞰できるビルは案外少ないらしい。あつても、一般人は立入禁止の箇所が多いとか。そんな中で、西武新宿駅ビル内にある新宿プリンスホテルは絶景が眺められるのださうです。まあ、態々見に行く機会は無いでせうが。
他には、池袋駅界隈のトレインヴューや八王子駅界隈の鉄道遺構を紹介。首都圏の人達が羨ましくなる一冊と申せませう。

「東海道ライン」と比較すれば、若干内容が薄いか、とも思へますが、それでも一般には解放されない鉄道を紹介したり、立入りできない場所からの写真を多く掲載して、それなりに配慮されてゐます。テツならば一応手元に置いても良いかと存じます。
ぢやあまた。



日本近代文学の名作
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日本近代文学の名作

吉本隆明【著】
大井浩一/重里徹也【構成】
新潮社(新潮文庫)刊
2008(平成20)年7月発行


学生の頃、人並みに吉本隆明を幾つか読んでみましたが、さつぱり分かりませんで、これはわたくしの理解力が足りないせいだらうと消沈してをりました。
その後社会人になつて読み返す機会がありましたが、その時は「ああこりや、悪文だな」と考へるやうになつたのです。ファンの方には申し訳ございませんがね。
さういへば西原理恵子さんの漫画で、よしもとばななさんに「お父さんの本はいつごろから読めたか(理解できるやうになつたか、の意)」と問ふたところ、「今でも読めません(理解できません)」と応へたのがありました。

ところが本書『日本近代文学の名作』は、さういふ書物とは成立事情が違ひます。即ち、吉本氏が口頭で語る内容を、毎日新聞社学芸部の大井浩一、重里徹也両氏がまとめたものであります。語り言葉なので、まことに解りやすい。
何でも吉本氏本人の視力が俄かに衰へ、原稿用紙の升目を埋める自信が無かつたとか。それはそれで寂しい話ですな。

近代文学といふことで、二葉亭四迷から太宰治まで、明治~昭和戦前の作家を24名取り上げてゐます。作家及びその作品の選抜については、毎日の二名によるものださうですが、吉本氏の「わがまま」により、一名だけ外したとか。一体誰なのか、気になります。

従つて江戸川乱歩のやうに、「どういう作家なのか、大まともに論じられるほど読んでいない」と告白する箇所もあります。
一方、岡本かの子については、「漱石、鷗外といった男性作家と肩を並べられるほどのものを書いている」と高評価であります。思はず書棚の「岡本かの子集」を取り出したことであるなあ。
また、鷗外の成功の要因として、あくまでも医学者としての本分を忘れず、文学者としては素人の立場を守つた事であらうなどと指摘します。
さらに、芥川龍之介「玄鶴山房」を激賞するかと思へば、ラストで社会主義者の名前がとつてつけたやうに出てくるのを「つまらない」「軽薄なことだ」と断ずる。自由自在であります。

本書は決して「名作案内」ではなく、ある程度名作を読み込んだ人が唸る種類の一冊と申せませう。同時に、構成担当の御両名の力量にも賛辞を贈りたい。
わたくしとしては、「西脇順三郎」を加へていただきたかつた喃。