源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
星の林に月の舟
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星の林に月の舟 怪獣に夢みた男たち

実相寺昭雄【著】
筑摩書房(ちくま文庫)刊
1991(平成3)年4月発行


実相寺昭雄氏は今年で生誕80年、没後11年を迎へます。享年69は如何にも早かつたですなあ。
もつともこの人の場合、長寿を全う出来ても自分のやりたい事が出来たかどうか。否、出来たとしても世間に認められたかどうか、わたくしは大いに難しかつたのではないかと想像してゐます。

星の林に月の舟』は、実相寺氏がその名声を確立した「円谷プロダクション」に於ける実録小説であります。即ちフィクションなのですが、氏の実体験を基にしてをり、結構な部分が事実と重なるのでは。登場人物で実名で出るのは「円谷英二」「円谷一」「金城哲夫」くらゐですが、他の人物も実名から想像できる名前になつてゐるので、ウルトラ好き、特撮好きなら容易に分かる仕掛となつてゐます。

実相寺氏自身は「吉良平治」として登場します。彼はKXTVの演出家として活躍してゐましたが、何せ癖の強い人なので万人向けの映像を作りません。美空ひばりの接写をして毛穴やのどちんこまでお茶の間に流してしまふ。それが原因で干されてしまひ、円谷プロへの出向といふ名目で閑職に追はれます。

当時の円谷プロは、丁度「ウルトラQ」の撮影中で、吉良平治も途中から脚本参加しますが、カネがかかり過ぎるといふ理由でボツになります。続く「ウルトラマン」「ウルトラセブン」では主に演出を担当。現在も語り草になつてゐる異色作を連発します。
ただ彼の嗜好は、円谷英二の理想から随分離れたところにありました。円谷英二は、子供に夢を与へる、美しいものを作りたいと日々考へてゐました。現実を写すリアリズムは、他の人が勝手にやるから、態々円谷がやる必要はない。だから怪獣も恐ろし気ながらどこか愛嬌の感じられる造形になります。流血などは以ての外。

ところが実相寺氏の嗜好は「生理的な嫌悪感を催す、気持ち悪いもの」「お茶の間が凍り付くやうな、鳥肌の立つやうなもの」であります。発注した怪獣「ガマクジラ」や「シーボーズ」などが、実際の造形が自分の意図したものとは程遠いものとなつたと文句を言つてゐますが、これは当然の事です。円谷英二の意図を完全に把握してゐる高山良策だから、あのぬいぐるみになりました。
従つて実相寺昭雄の代表作を「ウルトラマン」としたり、「ウルトラマン」を象徴する存在として実相寺氏を取り上げるのは、全くの的外れと申せませう。

何だかネガチブな事ばかり述べましたが、本書は当時のテレビ界、芸能界の空気を良く伝へてゐて興味深い一冊であります。「怪獣に夢みた男たち」の本音のぶつけ合ひも熱い。現在、撮影現場でかかる事をしてゐたら到底商売にならないだらうな、と想像させます。
ところで、「可能幸子」のモデルはゐるのでせうか。また、スクリプター「戸倉則子」のモデルは宍倉徳子さんですか?



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硝子戸の中
無題

硝子戸の中

夏目漱石【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1952(昭和27)年7月発行
1968(昭和43)年9月改版
2000(平成12)年11月改版
2011(平成23)年11月改版


硝子戸の中(がらすどのうち)とは、漱石が読書したり執筆活動を行ふ書斎のことであります。漱石は次のやうに述べてゐます。

「いくら狭い世界の中でも狭いなりに事件が起つて来る。それから小さい私と広い世の中とを隔離してゐるこの硝子戸の中へ、時々人が入つて来る。それが又私にとつて思ひ掛けない人で、私の思ひ掛けない事を云つたり為たりする。私は興味に充ちた眼をもつてそれ等の人を迎へたり送つたりした事さへある」「私はそんなものを少し書きつづけて見ようかと思ふ」


漱石はこんなものは他人には関係なくつまらないだらうとか、ここで自分が書けばより他人が興味を持つ記事が押し退けられるとか、いささか自虐的に言ひ訳してゐますが、恐らく内心は「俺が書く以上、下らぬ物は書くまい。読者よ、まあ期待してくれ」くらゐの自信はあるのでせう。勝手に忖度してゐますが。
掲載紙は『虞美人草』以降続いてゐる朝日新聞。順番で言ふと、『こころ』と『道草』の間に連載されたことになり、まあ晩年の作品の一つと申せませう。

漱石には「小品」などと呼ばれる一ジャンルがありますが、この『硝子戸の中』は小品と随筆の中間でせうか。「思ひ出す事など」に比べて肩の力が抜けて、洒脱さが増し、仄かなユウモワさへ感じられるのであります。

笑顔の写真を断る話、愛犬ヘクトーの話、相談に来た女に「それなら死なずに生きていらつしやい」と語る話、友人Oと再会した話、自分の書いたものを読んでほしいといふ女性に「正直にならなけば駄目ですよ」と諭す話(漱石はかういふ、見知らぬ人からの依頼になるたけ応へやうとしてゐます。真面目で律儀であります)、播州の岩崎なる困つた人の話(漱石は随分我慢をしてゐます)、若い女の珍妙な相談に乗る話、母の思ひ出話(漱石は実の父母を祖父母として育てられた)、「病気は継続中です」といふフレーズに欧州の戦争を想起する話、太田南畝の書物を25銭で買つたが、安すぎるから返してくれと頼まれる話(漱石は本のみ返して代金は受け取らなかつた)、世の中の人々との交渉について悩み考察する話、学生相手に講演した時の反応についての話(本当に漱石は誠実で真面目な人だなあと思ひます。かかる人だから胃弱になるのか)等等......漱石の筆にかかると、大して変哲のない硝子戸の中に於ける出来事も無限の広がりを見せます。

かと言つて、無理矢理本作に寓意を求める必要もございますまい。野暮といふものです。何より文章そのものを味はふのが一番であります。(多分意図的に)平易な語や言ひ廻しを採用し、当時の新聞読者に対する配慮がなされてゐますので、現代人が読んでも難解な事は全くございません。わたくしのお気に入りの一冊と申せませう。



抱き人形殺人事件
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抱き人形殺人事件 キャスタードライバー事件簿

井口泰子【著】
集英社(集英社文庫コバルトシリーズ)刊
1981(昭和56)年3月発行


井口泰子さんが2011年に亡くなつてゐた事を知りました。享年74。1937年生まれなので、今年で生誕80年といふことになります。
彼女の作品といへばまづ、『フェアレディZの軌跡』でせうか。しかしここでは、『抱き人形殺人事件』であります。特に理由はありませんが、わたくしが所持する唯一のコバルト文庫といふことで。正確には、当時の名称は「集英社文庫コバルトシリーズ」と申しました。
ところで、このシリーズは、一般向けの「集英社文庫」から派生したと思はれがちですが、実はコバルトが先にあつて、後に一般向けに「集英社文庫」が創刊されました。わりとどうでもいい話。

サブタイトルにある「キャスタードライバー」とは何か。文中では「ところで、キャスタードライバーという仕事も、もうよく知られていると思うのだけれど、ミニFMカーを運転して走り回り、交通情報や、時どきの街の話題を拾ってレポートするドライバーのことである」と説明されてゐます。
さうか、良く知られてゐるのか、わたくしはあまり聞いたことがありませんでした。CBCのレポートドライバーみたいなものですかな。

そのキャスタードライバーの草深真子(くさふかしんこ)が、取材する予定だつた独居老婦人の自宅を訪れたところ、 何と彼女は死亡してゐました。どうやら他殺らしい。現場には、腹を引き裂かれた抱き人形が残されてゐました。これは、何を意味するか。
そして目撃された男性と失踪した少年を探して、真子は仕事上の相棒や妹・弟らを動員して真相を探しに東奔西走。担当刑事の柳くん(独身)に対する好奇心も手伝ひ、捜査に熱が入るのであります......といふ感じ。

当時の若者の風俗や流行、時代世相が色濃く反映されてゐて、中中興味深いのであります。作家の中には、後世に作品を残す事を意識して、故意に執筆時の時代を感じさせぬやうにする人がゐますが、わたくしには寧ろかかる記述がある方が愉しい。獅子文六や源氏鶏太なんかは、今でもたまに読むのです。



拙ブログにて4月24日に取り上げた、ゴジラ俳優の中島春雄さんが亡くなりました。
88歳とのことで、いつかはこの日が来ることは覚悟してゐましたが、やはり残念であります。
円谷英二が範とした「キングコング」は、アニメの手法で表現されてゐますが、予算も時間もない日本では、役者がゴジラのぬいぐるみの中に入る方式をとりました。そこで中島春雄さんに声がかかります。ぬいぐるみは当時100キロを超す重量で、他の人が入ると全く動けなかつたのが、中島さんは「10メートル歩けた」といふことで、その後の運命が決まつたのでした......
今週は追悼週間として、「ゴジラ」や「ガイラ」などを我家で上映してをります。合掌。