源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
文学入門
文学入門 (岩波新書 青版)文学入門 (岩波新書 青版)
(1950/05/05)
桑原 武夫

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文学入門
桑原武夫【著】
岩波書店(岩波新書)刊
1950(昭和25)年5月発行
1963(昭和38)年11月改版


『文学入門』。直球のタイトルであります。今時かういふ書名は、気恥づかしくて付けられないでせう。
昭和25年といふ、まだ戦後の混乱が続く時代を感じさせます。
なぜか。当時の文化人と呼ばれる人たちは、敗戦の責任の一端に、日本の文化が欧米に比して大きく遅れを取つてゐたことがあると感じてゐたらしい。文化国家を目指す日本としては、如何なる文学が必要か、啓蒙活動が必要だ...
戦後日本の、アジア軽視・欧米追従の姿勢はかういふ点も関係してゐるのでせう。

友人のS氏は「俺のバイブルだ」と評し、先輩のN氏は「つまらん本だ」と切り捨てた本書。ちよつと見てみませう。
第一章「なぜ文学は人生に必要か」では、文学の面白さを広く指す言葉として、「インタレスト」なる用語を多用します。作者が読者に迎合する面白さは低俗で、断じてインタレストではないさうです。
人生は合理性一辺倒では生きられず、人生に充実と感動を与へるものが必要だと説き、それが正にインタレストなのでせう。

第二章「すぐれた文学とはどういうものか」では、トルストイが提唱した藝術に不可欠な三要素「新しさ・誠実さ・明快さ」を借用し、桑原流文学論を展開します。ここでもインタレストといふ概念が比重の重さを占めてゐます。

第三章「大衆文学について」では、すぐれた文学が生産的・変革的・現実的であるのに対し、通俗文学は再生産的・温存的・観念的であるといふ。日本ではこの通俗文学がはびこり、それは出版社・作家・読者・批評家の共同責任であると述べます。この人は要するに、通俗文学が好きぢやないのですね。

第四章「文学は何を、どう読めばいいか」この題に反感を抱いた人は(わたくしもさうですが)、従来の日本の文学観に引き摺られてゐるからださうです。ふうん。巻末の「世界近代小説五十篇」は、作者なりの回答なのでせう。俳句や短歌に対する評価の低さは気になります。

第五章「『アンナ・カレーニナ』読書会」は、まあ第四章の実践篇と申せませうか。恥づかしながら、わたくしは『アンナ・カレーニナ』を読んでませんので、発言内容についていけないところもありますが...K先生の自身たつぷりな語り口は絶品ですな。

文学入門といふよりも、日本の文学はかうあるべきだといふ提言を込めた、桑原武夫氏による文学評論ですかな。特に第一章・第二章には卓見が多く含まれ、現在も版を重ねる理由が分からうといふところです。

ぢや、ご無礼します。

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