源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
歴史をかえた誤訳
歴史をかえた誤訳 (新潮文庫)/鳥飼 玖美子

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歴史をかえた誤訳
鳥飼玖美子【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2004(平成16)年4月発行


河野一郎氏の『翻訳上達法』で紹介されてゐた事件があります。
戦後まもなく、ある山村で若い女性が、路上で米兵につかまりジープに乗せられ暴行されたさうです。米兵は軍事裁判にかけられましたが、そこで問題になつたのが、彼女はむりやり乗せられたのか否かといふところ。自発的に乗つたのであれば彼女にも責任があるからです。ところが「助けてください!」といふ彼女の必死の叫びを、通訳が“Would you help me?”と訳した為、裁判官は苦笑し結果米兵は無罪放免となつたのであります。ここでの「~ください」は丁寧な依頼ではなく、女性特有の語尾でせう。それを“Would you~”としたのは誤訳ではないかと河野氏はいひます。ここははつきり“She cried,Help!”と訳すべきであつたと。
結局この女性は、婚約者がゐたのですが別れる羽目になり、自殺したさうです。誤訳が人の生命を奪つた事例と申せませう。

さて鳥飼玖美子さんの『歴史をかえた誤訳』では、個人レベルではなく、国家間のやりとり、即ち外交上の誤訳が重大な結果を招いた話が紹介されてゐます。
ポツダム宣言をめぐつて“ignore”といふ単語を「黙殺」と訳したために起きた悲劇は有名な話。たつた一語の訳をめぐつて、数十万人の生命が左右されたかもしれないのです。

第五章の「文化はどこまで訳せるか」は、個人的には本書の白眉と感じてゐます。「翻訳の方法には二種類しかない」と語つたドイツの学者がゐたさうです。「著者を読者の方にひっぱってくる訳か、読者を著者の方にひっぱってくる訳かのどちらしかない」(190頁)といふわけです。至言ですなあ。

本書は元元ジャパンタイムズから『ことばが招く国際摩擦』の書名で出てゐたのを加筆改題したさうです。内容から判断しますと、元の題の方が良かつたと申せませう。邪推するに、改題は版元の意向ではないかと。
もつとも、本書が瞠目すべき快作であることには変りはありません。通訳を志す人には必読の一冊ではないでせうか。
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