源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
哲学者かく笑えり
哲学者かく笑えり (講談社文庫)哲学者かく笑えり (講談社文庫)
(2001/12/14)
土屋 賢二

商品詳細を見る

哲学者かく笑えり
土屋賢二【著】
講談社(講談社文庫)刊
2001(平成13)年12月発行


某誌に連載中の「ツチヤの口車」なるものは屡読んでゐましたが、一冊まるごと土屋教授の本を読むのは実は初めてであります。まあ何と言ひますか。
私事になりますが、かつて人前で話をしたり、文章を書いたりする際には、なるべく意味の無いことを発表したいと考へてゐました。こんな下らぬ人間が立派なことを発言するのは恥づかしいと思想してゐたのです。内容は無いのに、聴衆や読者には「ほほう!」と唸られたい。これが理想でした。しかし当然のことながら、これが難しい。

そんなわたくしにとつて、土屋教授の一連の作品は、かなりの変化球とはいへ理想的と申せませう。人を喰つた文章ながら、一見起承転結を完成させると見せてをいて、結局何も残らない。実に潔いではありませんか。

などと真面目に語るのも照れ臭くなつてきたので、最近見聞した事件を開陳しませう。否、事件でもないけれど。
豊田市の主要国道248号線沿いを歩く、京都弁の三人の女性がゐました。それぞれ70代・40代・10代と思はれ、10代の子からすれば母と祖母でせう。スカイホール豊田から名鉄豊田市駅へ向ふやうです。

すると、沿道にある地元のふとん屋さんを通りかかると、その店名は何と読むかで論争が始まりました。
娘「ねたまん、だつて。変な名前」
祖母「あれは『わたまん』でせう」
娘「えーさうかな。だつてふとんだから「寝た」まんぢやないの?」
母「私も『ねたまん』だと思つた」
祖母「ふとんだから「綿」まんなのよ、きつと」

そのあとも論争は続きましたが、彼女らの間では結論が出ず、気まづくなつてゐました。三人の後を付かず離れず歩いてゐたわたくしは、地元民として真実を伝へるか否か逡巡しましたが、結局勇気を出せず...

watanman

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村
スポンサーサイト
コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
http://genjigawa.blog.fc2.com/tb.php/152-e9357ba5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック