源氏川苦心の快楽書肆
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大いなる看取り
大いなる看取り―山谷のホスピスで生きる人びと (新潮文庫)大いなる看取り―山谷のホスピスで生きる人びと (新潮文庫)
(2009/12)
中村 智志

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大いなる看取り―山谷のホスピスで生きる人びと
中村智志【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2009(平成21)年12月発行


人の終末の迎へ方はさまざまであります。
かつて『在宅で死ぬということ』といふ書物を登場させたことがありますが、この場合はとことん「在宅」にこだはつたケースでした。個人差はあるものの、世間一般的には割かし恵まれた最期だつたのではありますまいか。

本書『大いなる看取り』の舞台となる施設は、ドヤ街としてのイメエヂが強い山谷の「きぼうのいえ」。
創設者の山本雅基氏は当初、ホームレスのためのホスピスを目指してゐたさうですが、最終的に「ホームレスに限定せず、行き場のない人たちのホスピスを創らうとしたのです。
ホームレスの人は目立つので認識されやすいが、実はそれ以上に困つてゐる人たちが少なくないといふことです。

即ち「月数万の年金で暮らしていて、お風呂もない昭和三十年代にできたようなアパートに住んでいるお年寄りたちです。特別養護老人ホームは順番待ち。テレビを友達に過ごしていて、孤独死も少なくない」(本文より)、そんな人たちであります。

さういふ人たちは種事情により、家族とは一緒に暮らせず、年老いても看取つてくれる人がゐない。山本氏と妻の美恵さんは、かかる人たちが心安らかに最期を迎へられる施設を作つたのであります。
本来なら国がするべき事業だと思ひますが、何でも民間頼みのこの国では期待しても詮無いことです。(一方で、民間が挙げた成果は、ちやつかり自分たちの手柄にする政府)

著者の中村智志さんは「きぼうのいえ」で多くの入居者を取材します。時には邪魔者扱ひされたり、また時には理不尽な理由で取材拒否されたり...しかしその心根は純粋な人たちが多いのです。否、純粋だからかういふ人生を歩んできたのか、とも思へます。各人の入居に至るまでの経緯を見ると、人生の転機に於いて、計算高い普通の人ならまづ忌避するであらう方ばかり選択してゐるのです。涙が出てくる。
それゆゑか、本書に登場する「きぼうのいえ」の入居者たちは、皆それぞれに満足して、心安らかに最期を迎へられたやうに見受けられます。

いつかは自分にも訪れる「その時」。はたして「きぼうのいえ」入居者ほどの安らぎを得て逝けるのか、良く分かりません。
読後はちよつとしんみりして、我が身を振り返つてしまふ、そんな一冊と申せませう。

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