源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
新幹線ガール
新幹線ガール新幹線ガール
(2007/03)
徳渕 真利子

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新幹線ガール
徳渕真利子【著】
メディアファクトリー刊
2007(平成19)年3月発行


私の新幹線の思ひ出。
小学生の頃は、田中角栄首相の日本列島改造論が大流行、新幹線も「ひかりは西へ」をキャッチフレーズに工事がばかすか進んでゐました。
1972(昭和47)年に山陽新幹線の岡山開通、1975(昭和50)年には博多開通、この勢ひで東北・上越・成田の各新幹線も一気に開通するかと思つたものです。
ちなみに、開通当時の東京-博多間は、7時間を少し切るくらいを要してゐたと記憶してゐます。今は「のぞみ」で5時間弱くらいですから、随分速くなつたものであります。しかも当時の「最速ひかり」(「赤いひかり」などと称した)よりも停車駅は増えてゐるのに。
私の親の郷里である鹿児島へ行く時、西鹿児島行きの「はやぶさ」か、新幹線と特急「有明」の乗継を駆使するかのどちらかでした。子供の私はブルートレイン「はやぶさ」に乗りたがつたのですが、親の意向で新幹線を利用する事が多く、その際によく駄駄をこねたりしました。
博多開業を期に新幹線にも食堂車が連結され、数回利用した覚えがあります。しかし高いメニウばかりで、あまり落着かなかつた。それに比べ、車内販売は良く利用しました。売り子さんが自分の座席の横を通る度に、何かを購買せねばいけないやうな気になりましたね。

当時の売り子さんは、愛想が良くて親切な人とさうでない人との差が大きかつたやうな気がします。徳渕真利子さんの『新幹線ガール』を読むと、現在の「パーサー」はかなり厳しい教育を受けてゐることが分かります。個人の資質に頼る部分が大きかつた過去と比べると、大きな変化と申せませう。小売業全般にいへる傾向ですね。
子供のために、緑茶以外の求める母親に対し、自分のワゴンにはないミネラルウォーターを探す徳渕さん。「小さなお子様が、新幹線が目的地に着く数時間の間何も飲むことができないかもしれない、ということまで想像力を働かせなければ」
かういふ人がパーサーに増えてくれば新幹線の移動も、味気無いものにはならないでせう。
ところで、本書は2年前に出てゐます。徳渕さんは今でもパーサーを続けてゐるのでせうか。

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