源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
冬の鷹
冬の鷹 (新潮文庫)冬の鷹 (新潮文庫)
(1976/12/02)
吉村 昭

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冬の鷹
吉村昭【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1976(昭和51)年11月発行


医書『ターヘル・アナトミア』の和訳書である『解体新書』を訳出した前野良沢と杉田玄白。
しかし実態は前野良沢がほぼ独力で翻訳し、杉田玄白は翻訳作業が始まる時点ではオランダ語のABC(アルファベット)も知らなかつたといふ。蛮勇をふるふにも程があらうと言はれさうです。
ほとんど手がかりが無い中で、大いなる苦難の末、一応の訳出を果たします。しかし、どうしても分からない箇所も多くあり、そんなところは類推で無理やり翻訳してゐるので、当然誤訳もそこかしこにあるのでした。
オランダ語学者として完璧な翻訳を期す前野良沢と、医学者として医療の進歩を優先する杉田玄白。2人の対立が表面化します。結果、前野良沢は翻訳者としての名前を出さず、杉田玄白の訳書として世に問ふことになりました。
それまでの漢医学を否定する側面を持つ『解体新書』は、一大センセーションをもたらします。杉田玄白は紹介者として名声を博す一方、頑固な完全主義者・前野良沢は貧窮の境遇に陥り、私生活にも恵まれません。読者は、自然と前野良沢に感情移入してゆくのであります。

少々の瑕疵には眼をつぶり、とにかく前進する人と、足元を固めないうちは、前に進まない慎重な人。現在でも、かういふ対立はとかく生活の場、ビジネスの場などで散見されるのではないでせうか。
しかし世間的には敗者となつた前野良沢に、作者は暖かい眼を向けてゐるやうに思へます。
最後に近い場面で、視力が衰へ身体も自由が利かなくなつた良沢が独りで死を待つだけの情況に追ひ込まれます。そこで迎へに来るのが、他家に嫁いだ娘の峰子でした。一緒に暮らさうと引取りに来たのです。辞退する良沢に対し語気強く主張し、この父にうなづかせるくだりがあります。告白しますと、私はここで泣いてしまひました。小説を読んで泣くなど滅多にないのですが...やられましたねえ。おすすめです。

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