源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
千恵蔵一代
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千恵蔵一代
田山力哉【著】
社会思想社(現代教養文庫)刊
1992(平成4)年6月発行


社会思想社といへば、もう7年も前に倒産した出版社なのですが、映画関連でも良い本を多数世に問ふてゐました。倒産に伴ひそれらのほとんどが絶版になつてしまつたのはまことにもつたいないことであります。例へば教養文庫の映画本なんかは、どこかの出版社が復刊してくれないものでせうかね。

その中の1冊、『千恵蔵一代』はタイトル通り片岡千恵蔵の生涯を追つた名著と申せませう。
千恵蔵といへば、市川右太衛門とともに東映を支へた時代劇の大スタアであります。机竜之介や遠山金四郎など、当たり役が多い。
私などは、本来苦肉の策として誕生した多羅尾伴内がお気に入りであります。戦後しばらくは、GHQの通達により、時代劇の制作が困難になつてゐました。そこで現代劇を、といふことで作られました。

千恵蔵が刀の代りにピストルを持つて、七つの顔に変化する。つまり変装するわけですが、どこから見ても千恵蔵以外の何者でもない。しかし皆は気付かないといふ映画的お約束でございます。小林旭の渡り鳥が歌ふ場面では、悪者が絶対に襲はないのと同じですね。
ある時は片目の運転手、ある時は手品好きのキザな紳士...で、探偵多羅尾伴内も実は仮の姿で、その実態は「正義と真実の使徒、藤村大造」と見えを切るのであります。「使徒」ではなくて「人」だといふ意見もあります。何しろ御大の発音は聞き取りにくいのです。(遠山の金さんでも、桜吹雪を見せて啖呵を切る場面では聞きとれない) さういへばラストシーンで、人知れず藤村大造が去る時に、何やらメッセージをつぶやいてゐます。きつとカッコイイことを言つてゐるのだらうと推測されますが、いかんせん聞きとれないので、理解できぬのであります。

これほどの大スタアも、私生活は恵まれなかつたやうです。身から出た錆とはいへ、晩年の闘病生活のさなかでも、妻や子供が見舞いに来る事は無かつたらしい。愛人や取り巻きが面倒を見てゐたのでありますが、彼らは千恵蔵の葬儀にも出席を許されなかつた。妻が断固拒否をしたさうです。
これには、義憤を感じますね。まあお互ひ言ひ分があるのでせうが。
本書では、ライバルの市川右太衛門は対照的に、息子北大路欣也との共演などで満ち足りた老後を送つてゐるやうな書き方をしてゐますが、実際には、右太御大が亡くなつた時、不遇な晩年が報道されてゐました。
スタアといへども、私生活においては人知れぬ悩み、屈託があるのですね。当然ですが。

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