源氏川苦心の快楽書肆
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モラトリアム人間の時代
モラトリアム人間の時代 (中公文庫 M 167)モラトリアム人間の時代 (中公文庫 M 167)
(1981/11/10)
小此木 啓吾

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モラトリアム人間の時代
小此木啓吾【著】
中央公論社(中公文庫)刊
1981(昭和56)年11月発行

元来「モラトリアム」とは金融・法律用語で、支払を延期・猶予する時に駆使するといふことです。
従つて、亀井静香金融相がいふ「モラトリアム新法」は本来的な用語の使はれ方といへませう。
この言葉を心理学の概念に持ち込んだのは、米国の精神分析学者エリク・H・エリクソンといふ人で、さらに日本に於いて小此木啓吾氏が「モラトリアム人間」なる言葉を定義したのでした。

まあ世間的には、人間が一人前になる以前の猶予期間(学生時代など)をモラトリアムと捉へ、その時期を過ぎてもなほモラトリアム状態から脱皮する意思がない人、でせうか。
といふことで、「モラトリアム人間」は悪い意味に捉へられてゐることが多いやうです。
実際「文庫版まえがき」によると、(自分を棚に上げて)本当にモラトリアム人間には困つたものだとか、全く近頃の若い者、日本人は心配だとかいふ反響が多かつたさうです。山本ベンダサン氏の解説さへ、心の奥底にはさういふ否定的な見方が窺はれる。

もちろん小此木氏の本意はさうではありますまい。現在の(執筆当時のこと)モラトリアム人間がいかにして誕生し、日本社会の中で存在してゐるかを我々の眼前に鮮やかに示したのであります。
しかもそれは個人の域に留まらず、集団としてのモラトリアム化が進み、もはやモラトリアム人間への理解なくして、日本社会の現状を把握できないと言つても過言ではないでせう。
さういふ私も、すでにおつさんになりながらもなほ、「今の自分は本来の自分が落着く場所にはゐない」などと内心つぶやくモラトリアム人間であります。
「母親のモラトリアム人間化」では、すでに母性愛神話の崩壊に言及してゐるなど、現代(2009年)の我々からすると、著者の診断はまことに的確に将来を占つてゐたのではないでせうか。

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