源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
複合汚染
複合汚染 (新潮文庫)複合汚染 (新潮文庫)
(1979/05/29)
有吉 佐和子

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複合汚染
有吉佐和子【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1979(昭和54)年5月発行
2002(平成14)年5月改版


早いもので有吉佐和子さんが世を去つて30年になります。本当に月日が経つのは早い。時蠅矢を好む。
没後30年といふことで、出版界では色色な動きも出てをります。その一番の目玉は、初めて書籍化された(集英社文庫)、『花ならば赤く』でせう。何と53年も前に雑誌に掲載されながら、その後一度も単行本にならなかつたといふ「幻の作品」であります。わたくしもまだ未読でありますので、早く読まんと欲するところです。

ここでは、個人的に思ひ入れの強い『複合汚染』の登場であります。なぜそんなに思つてゐるかといふと、わたくしの読書史上、初めて読んだ現役作家が有吉佐和子さんで、その作品がまさに『複合汚染』だつたのです。
それまでは年少の読者らしく、漱石鴎外芥川太宰と王道を歩んでゐましたが、必然の流れとして、現存する同時代作家の作品にも手を伸ばすことにしたのです。
どういふ経緯か覚えてゐませんが、とにかく初めての現代小説といふことで緊張しながら、同時にワクワクしながら読み始めたのであります。

タイトルから内容はおほむね想像がついてゐたものの、一読して衝撃を受けてしまひました。
まだ「公害」が喫緊の重要問題となつてゐた頃なので臨場感もあります。
いやあ、少年のわたくしには刺戟が強すぎたのですねえ、読後しばらくの間、わたくしは食欲を失くし、歯磨き粉を駆使せず歯を磨くやうになつたのであります。

当時の厚生省は、有害物質とわかつても中中使用中止にせず、それどころか直ちに健康被害が出るものではないとして基準値以下なら使用を認めるケースが多かつたとか。
しかし基準値以下と言つても、ほかの物質と化合すると、想定外の毒物に変化することがあり(要するに「複合汚染」なのですが)、さういふ場合についてはまつたく手付かずの状態だつたさうです。
実害が出てゐるのに、学者先生は「実験をしてみないと分かりません」を繰り返すばかり。著者は取材しながら苛立ちを隠しません。本書が警鐘を鳴らしてゐるのは、大雑把に言つてさういふ部分でせう。それで、学者は確定したことしか言へないが、私は小説家だから書くと宣言する著者。知つてしまつた小説家の責任感みたいなものが窺へるのです。

この作品を新聞の小説欄に連載したといふのが、更に驚きであります。著者は「必ず読者を掴んでみせる」と宣言して始めた連載ですが、そのためにさまざまな工夫がなされてゐます。
例へば冒頭で、市川房江さんの選挙応援の話から入るところ。読者を厭きさせないやうに、青島幸男氏や石原慎太郎氏や若き日の菅直人氏などを登場させ、話の興味をたくみに公害問題へと誘ふのであります。
選挙の話が尻切れトンボだとか、構成に難があるとか批評も聞きますが、これは作者も計算済みでせう。希代のストオリイ・テラアがそんな破綻を来す筈がありません。映画の一寸長いアバンタイトルみたいなものと、わたくしは解釈してゐます。

そして「横丁の御隠居」の存在が大きい。医者や学者の難しい専門話を、そのまま読者に提供しても「あのオ、わかりません」となるのは必定。そこで素人の読者が分かり易いやうに、御隠居との会話のキャッチボールの中で噛み砕いて解説してゆくのです。小説家であるといふことが大きな武器となつてゐますね。

小説と呼びにくい小説ではありますが、読後に受ける感銘はやはり文学作品を味はふ時のそれであります。こんな破天荒な作品を生み出す作家が53歳でこの世を去つたといふのも、返す返す無念ですなあ。せめて昨今の復刊ブウムで、新しい読者が増えることを望むわたくしであります。
ぢやあまた。

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