源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
翻訳の技術
2010012200245566bs.jpg

翻訳の技術
中村保男【著】
中央公論社(中公新書)刊
1973(昭和48)年12月発行


故・中村保男氏の翻訳論であります。
まづかなり長い「序にかえて」で、自身の外国語(英語)学習を振り返ります。特に奇抜な学習法ではなく、正攻法で英語をマスターされたやうです。
それにしても、単語カードの活用は効果が高いのですねえ。今は至れり尽くせりのツール類が、却つて学習者を甘やかせてゐる面もあるのではないでせうか。やはり自分の手で書きながら覚える手法は欠かせない。

パートⅠの「翻訳とは何か」では翻訳不即不離の原理を説きますが、これがなかなか一筋縄ではいかないのです。
逐語訳と意訳のはざまで苦しむ翻訳家の姿が窺へます。
そもそも、海外古典作品の現代日本語訳とは? これはすでに二重のフィルターがかけてあるのでは? などと考へ出すときりがないのであります。

パートⅡ「翻訳の実際」では第一章の「『ハムレット』の翻訳」が面白い。本書全体の中でもさはりですね。
本書が世に出た36年ほど前の時点で、『ハムレット』の翻訳は何と14人もの翻訳者が手がけてゐたさうです。
時代とともに翻訳の日本語も古びていくので、時代ごとに新しい翻訳があつても好いでせうが、14人は多すぎやしませんか。
中村氏は、それぞれの翻訳を比較しながら論じてゐますが、やはり師匠格の福田恆存氏の訳業が総合的に一番優れてゐる...と断定はしてゐませんが、明らかにさういふ意見であることは間違ひないでせう。そしてそれは身びいきばかりとも思へません。
古典の邦訳として、意図的に古めかしい日本語を駆使しながら、現代人にも理解しやすい翻訳...難しい条件を見事にクリヤしてゐます。
他の章でも福田氏への言及は多く、中村氏本人が述べるやうに、本書はまるで「断片的な福田恆存論」と申せませう。

第二章・第三章ではそれぞれ外来語・外国語教育について論じてゐます。即ち「翻訳」といふ切口は、それだけ言語全体に関る問題なのでせう。ちなみに著者は、早期(幼時)の外国語学習には反対の立場であります。
言葉に関心のある人ならば、本書は必ず興味を持つて読破できるはずです。
...しかし入手は結構困難です。

スポンサーサイト
コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
http://genjigawa.blog.fc2.com/tb.php/294-60ed053f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック