源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
日本語という外国語
日本語という外国語 (講談社現代新書)日本語という外国語 (講談社現代新書)
(2009/08/19)
荒川 洋平

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日本語という外国語
荒川洋平【著】
講談社(講談社現代新書)刊
2009(平成21)年8月発行


「日本語を外から眺める」といふ、今までになかつた切り口の本であります。面白い。
6つの章から成つてゐます。それぞれ見てみませう。

第1章「日本語はどんな外国語か?」
『日本人の知らない日本語』のところにも書きましたが、多数の日本人は、日本語を特別難しい言語であると思ひたがる傾向がありますね。本書でも指摘がありました。難解に感じられる理由を単語数の多さ、敬語(待遇表現、といふものださうです)、表記の複雑さの3点を挙げてゐます。日本語は世界で9番目に多い話し手がゐるさうです。驚きですね。

第2章「日本語の読み書きは難しい?」
日本語には正書法といふものは定められてゐないのですね。確かに同じ文章を感じ交りで書いても仮名ばかりを駆使しても通用します。この辺が外国人には「はつきりしてくれ!」と言ひたくなるところでせう。
「コノテーション」といふ概念は今まで知りませんでした。以前スポーツ紙の記事で、同じ「酒を飲んだ」行為が、白鵬の場合は「勝利の美酒の余韻に浸る」と表現されたのに対し、朝青龍には「ヤケ酒の二日酔」と書かれてゐました。これは関係ありませんか。

第3章「日本語の音はこう聞こえる」
「ピーナッツせんべい」は何拍か?といふ問題。絶対5拍ですよ、と私は思つたのですが、9拍でも正解なのださうです。七五調の散文や詩に慣れてゐる人は、きつと5拍と答へると思ふのですが。わざわざピーナッツせんべいの写真まで添へてありますが、問題のヒントにはなりませんね。洒落ツ気があります。
「水」といふだけの台詞でも、イントネーションの相違で全く違ふ意味合ひになる。なるほど、この辺は日本語を外から眺める姿勢がないと気付かないものです。

第4章「外国語として日本語文法を眺めてみると」
いよいよ佳境に入つて行きます。
国文法と日本語教育文法は、優劣はなくそれぞれの目的が違ふと著者は語ります。納得。私も知り合ひの中国人に、生意気にも日本語を教へたりしますが(ほとんど雑談)、テキストの内容は明らかに日本人が学校で習ふ国文法とは違ふのであります(ちなみに凡人社のを駆使してゐます)。最初はですます調で動詞の変化をするのが違和感があつたのですが、すぐに「合理的だ」と思ひました。「形容詞+です」はをかしいのでは?とも考へた時期もありましたが、今は慣れてしまつた。

第5章「日本語表現のゆたかさを考える」
更に盛り上がつてまいりました。
「山田選手はかなり練習させられていたらしいよ」といふ一文を解析します。テンス(時制)・アスペクト(相)・ボイス(態)・ムード(法)と連打でたたみ掛けます。この辺りは快感すら覚えますが、読む速度が遅くなります。先生、少し待つてくださいといふ感じ。普段何気なく使ふ私たちの日本語には、実にさまざまな表現があるのだと思ふと、嬉しくなります。

そして最終章・第6章「日本語教育の世界へ」
日本語だけを使つて日本語を教へる「直説法」。コツがいろいろ書かれてゐますが、実際には中中骨でせうね。そもそも私は中国人に日本語を教へる必要性から、中国語を学び始めたのですから。しかし中国の日本語教室の授業風景を見学した時は、中国人の日本語講師がすべて日本語で講義をしてゐました。熱心な中国人学習者に感動したのであります。

言葉は一種の道具でせう。即ち正しい使ひ方をしないと、効用は期待できません。著者の荒川洋平氏は商売道具の日本語に対し、敬意といふか愛情をもつて接してゐるやうに思はれます。言葉について語るのは楽しいことですが、本書はさういつた暖かさも感じる一冊と申せませう。

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