源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
みんな日活アクションが好きだった
みんな日活アクションが好きだったみんな日活アクションが好きだった
(1999/06/01)
大下 英治

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みんな日活アクションが好きだった
大下英治【著】
廣済堂出版刊
1999(平成11)年7月発行


先日、井上梅次監督の訃報に接し、『鷲と鷹』『嵐を呼ぶ男』を追悼上映しました。
もつぱら娯楽作品を作り続けた井上監督。古い映画監督がまた一人去つてしまつた。

戦前は剣戟映画を量産した日活ですが、戦時の国策による統合で、大映に吸収されてしまひます。
戦後、1954(昭和29)年、日活は映画の製作を再開しますが、スタッフも俳優も足りません。そこで「引き抜き」を恐れた邦画他社は、あの悪名高き「五社協定」を結ぶのであります。
これにより、日活は独自でスタアを発掘しなければならなくなります。
そこへ救世主として登場したのが石原裕次郎でした。過去にはない全く新しい型の映画スタアとして、人気をさらつたのであります。

裕次郎の人気を決定づけたのが『嵐を呼ぶ男』だといひます。しかしいくら石原裕次郎といへども、彼一人の力で日活を立て直した訳ではない。タアキイこと水の江滝子や、監督井上梅次の貢献は大きいでせう。
何しろこの男性アクション路線が成功したお陰で、のちの小林旭・赤木圭一郎・和田浩治とで構成する「日活ダイヤモンドライン」が完成するのですから。
第一次ダイヤモンドラインの頃が日活の絶頂期と申せませう。それぞれタフガイとかマイトガイなどとニックネームを付けたのも成功要因でせうね。
これに触発されて東宝は「東宝スリー・ガイズ」(佐藤允・夏木陽介・瀬木俊一)、新東宝は「ハンサム・タワーズ」(菅原文太・吉田輝雄・寺島達夫・高宮敬二)を構成しますが、男性アクション路線では日活に敵ひませんでした。

大下英治著『みんな日活アクションが好きだった』は、そんな日活が制作再開をする経緯から、社名を「にっかつ」と改めロマンポルノ制作に移行するまでを活写してゐます。
本当にタイトル通りみんなが好きだつたかはとにかく、確かに「日活アクション」は一つのブランドと化してゐました。これに比肩し得るのは、「東映時代劇」くらゐではないでせうか。
きつと著者大下英治氏もその青春時代、リアルタイムで観た世代ではないでせうか。それにしても大下氏の守備範囲は広い。

「第一幕 日活アクション映画のスターたち」では、ダイヤモンドラインの成立と成熟(和田浩治の離脱、赤木圭一郎の急死があり、新たに宍戸錠・二谷英明がラインに参加)を語り、「第二幕 日活アクション映画を彩る脇役の名優たち」では文字通りバイプレイヤーたちの存在を、「第三幕 日活ニューアクションのスターたち」においては渡哲也・高橋英樹から原田芳雄にいたる次世代のスターを語つてゐます。和泉雅子さんのデビュー時はとても可愛かつたのですよ...余計なことでした。

現在、これらの作品群は、主だつたものはソフト化されてゐるし、「チャンネルNECO」などのCS放送でかなりの日活作品が鑑賞できます。全く良い時代ですなあ。

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