源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
あゝ野麦峠
あゝ野麦峠―ある製糸工女哀史 (角川文庫)/山本 茂実

¥540
Amazon.co.jp
あゝ野麦峠-ある製糸女工哀史
山本茂実【著】
角川書店(角川文庫)刊
1977(昭和52)年4月発行


映画化もされ女工哀史の代名詞となつた『あゝ野麦峠』。「アー、飛騨が見える、飛騨が見える」と口にして息を引き取つた女工・政井みねが有名になりました。
著者は数百人に及ぶ元女工に取材し、本書を世に問ふたのであります。
明治の文明開化を支へたのは、劣悪な労働条件に耐へたかういふ女性たちでした。

ではこれら製糸工場の親方たちは、女工たちをアゴでこき使ひ、自分は涼しい顔で楽をしてゐたのでせうか。どうやらさうではなく、親方も自ら水車を回すなどして、労使ともに額に汗してゐたやうです。
製糸工場の運営の実情はまことに心細く、女工たちの待遇が悪いのも「無い袖は触れない」といふのが正確なところみたいです。
世の中のどこかにシワ寄せが行かないと、あの驚異的な国力増強は無理だつたのでせう。昭和戦後の高度経済成長も、終身雇用を前提とした会社に忠誠を誓ふモーレツ社員が主流だつたからですね。無責任男なんてとんでもない! 滅私奉公。

さらに意外な話。著者による糸ひきの後日調査の結果を見ると、必ずしも女工さんたちは悪い思ひ出ばかりではないみたいです。
出される食事は「うまい」が大多数、労働も「苦しい」よりも「楽」を選んだ人が多く、賃金についても「高い」と評価してゐます。総括は「行ってよかった」が圧倒的でした。
しかし体調が悪くても働かされるとして、病気については「冷遇」が多いとか。

日常の労働よりも、冬の野麦峠の往復が辛かつたやうです。何しろ熟練の荷受家業の男でも遭難することがある危険な道程。女工たちは一年の給金を故郷の父母に届けるために、命がけで野麦峠を渡るのでした。涙。
間違ひなく当時の日本経済を支へた女性たち。わたしらもその恩恵を受けてゐると思へば感謝であります...
スポンサーサイト
コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
http://genjigawa.blog.fc2.com/tb.php/4-f2337aa0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック